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73 双子皇子
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その日の夜遅く、三国間会談は終了した。
戻ってきたキラとムーンシュタイナー卿から、マーリカとユーリスに対し協議内容の説明があった。
一連の出来事の発端は、帝国メグダボルの第四皇子と第五皇子がゴルゴア王国に遊学したことにある。
次期皇帝決めの『英雄の称号』集めが失敗に終わった時点で、彼らはこの先どう生きるかをよく考えるべきだった。
彼らに残されていた道は、次期皇帝である第二皇子の傘下に加わるか、皇子の位を返上し市井に下るかのどちらかしかない。市井に下るのは、未来の皇帝に従えないのなら、反対勢力に担ぎ出されない為である。
彼らは第二皇子に従うことを選択しなかった。そうなると、残された道はただひとつ。
この道も、自ら身分と以後の復権の権利を放棄すれば、一定の補助を受けることができる。一向に動かない場合、身分を剥奪され援助なしに放り出されるのは時間の問題だった。
だがこの双子の皇子たちは、そちらも選ばなかった。恐らくは、皇帝側からも意思確認は来ていただろう。でも何も答えないまま、あろうことか、遊学という名目で他国へ逃げてしまったのである。
ただ、他国で過ごす場合、彼らに特別な権限は与えられない。彼らの母親はゴルゴア王国の王妹だが、帝国メグダボルに嫁ぐ際、男児が生まれても王位継承権からは除外される取り決めをしてある。
これは、現皇帝が皇帝の座に着いた時、不要な争いを好まない彼が大陸の殆どの国と不可侵条約を締結したことに基づく。婚姻によって国の合併が行われぬ様、きちんと線引きが為されていた。
その為、双子は『英雄の称号』集めで不正があったと疑われてはいたが、証拠不十分なこともあり、当面の遊学は害がないだろうと暫しの間見逃されることになる。いずれ時期がくれば、どちらかの道を選ぶのだろうと。
誰もが、彼らがここまで馬鹿げた行動を起こすとは考えていなかったのだ。
今回起こした行動の理由について、幾度も尋問を受けあらかた話した第五皇子セルムとゴルゴア王国の魔導士たちは、改めて関係者の前で証言した。
元々人嫌いだったセルムは、どうやったら魔物を仲間に出来るかにずっと興味を持っていた。元々魔物と魔泉の研究をしていたゴルゴア王国の魔導研究所の魔導士たちと関わることで、その追求が可能になってしまった。
セルム自身に、魔導士たちを洗脳に掛けた認識はなかった。よって、洗脳は無意識下に行われたと判断された。年齢に比べ内面が幼いセルムは、己の欲望を抑えることを得意としておらず、また周りに諌める者がいなかったことも原因のひとつと考えられる。
――そう、双子の兄アルムは、セルムの道を正すことはなかった。むしろアルムは、セルムを精神的に支配していたのだ。アルムはセルムを使い、自身は手を汚すことなく秘密裏に邪魔者を排除してきていた。『英雄の称号』集めに関わった者たちの死も、全てアルムの「お願い」でセルムが闇魔法を用いて行なっていたことだったという。
誰も知らなかったその事実は、セルムの口から知らされた。これには、帝国メグダボルの特使、第二皇子ジリアスも思わず手で顔を覆う。
第四皇子アルムは、セルムとは違い魔力には恵まれなかった。その代わり、他者を虜に出来る巧みな話術と頭脳を持っていた。
ゴルゴア王国の前国王に甘言を囁き続けたのは、アルムである。
国王を味方につけたアルムは、甘く囁き続けた。魔物を自由自在に操れる様になれば、アルムが帝国の皇帝となる。アルムが皇帝になれば、ゴルゴア国王が望んだ一夫多妻制を後押しし、妾を妃に迎えてやることが出来ると。
アルムは本当に皇帝の座を狙っていたのか。こればかりは本人に聞いてみないことには分からない。叛逆を目論んだのかただの甘言のひとつだったかにより、アルムに対する処罰の程度も変わる。
そこで、空間魔法で拘束されていたままのアルムを連れてきた瞬間。
セルムは気が狂った様に叫ぶと、隣でセルムの闇魔法発動を警戒していた帝国の皇室付き魔導士、スタンリー・ウォルシュを巻き込み闇の檻に閉じ籠ってしまった。
一瞬で騒然となった会場でひとり冷静だったのは、意外にも気弱な印象のある第二皇子。
「すぐに出てきますから問題ないです」
穏やかな笑顔で言い切った直後、本当に闇の壁に穴が空きスタンリーが出てきた時には、会場内はどよめきに包まれた。
尚、闇の檻が発動したままなので技をよく知るキラがどういう原理かと問うたところ、「中に自分の分身を作って置いてきたんです」とあっさりと返される。さらりと言われたが、とんでもない高等技術と魔力量がなければ出来ない内容に、「これが噂に名高い大魔導士か」と感嘆の声を漏らした。
セルムを取り出したければ分身を戻せばいいと言われ、セルムに騒がれても面倒だと誰しもが内心思っていたこともあり、協議はそのまま続行となった。
空間魔法で閉じ込められたままのアルムは、それでも尊大な態度を崩さなかった。
何故ゴルゴア王国に遊学しようと決めたのか。
その質問に対しては、「第二の陰険な顔は好かない。高貴な俺が庶民になるのもあり得ない。だからだ」と答える。一同はポカンとしたが、アルムが冗談ではなく本気で言っているのだとその態度から察した。
では、何故セルムに実験を行わせ従順な魔物を作り上げようとしたのか。
その質問に対しては、「セルムはやりたがっていた。俺はそれを後押ししただけだ」と責任がないことを主張する。セルムが自由に実験出来る様、ゴルゴア国王に頼み込んでやったのだと。
何故友好国であるウィスロー王国を実験場に選んだかの問いに関しては、「最初の黒竜が落ちた時にウィスロー王国が何も反応しなかったから」と答えた。これには、ウィスロー王国側の二人が悔しげに唇を噛む。黒竜がムーンシュタイナー領に落ちた際、国がきちんと対応をしていれば、少なくとも今回の惨劇の会場には選ばれなかったのだ。
もし実験が成功し大型の魔物を手懐けたのならどうするつもりだったのかを尋ねると、アルムはこう答えた。
「俺を選ばなかったメグダボルが間違っている。だからその過ちを正すのは正義だ」と。
最後に、何故セルムを支配していたのか、その理由を帝国の第二皇子ジリアスが尋ねた。
「セルムは俺の所有物だ。自分の所有物をどう扱おうが、俺の自由だろう? それとも何か? ジリアスは、指一本動かすにも誰かの指示を必要とするのか?」
何を聞いているんだ、とばかりの態度のアルムに、ジリアスは言葉を失う。
そして、嘆息を漏らした。
「――減刑、更生の余地はありませんね」
その言葉を以て、三国間会談は終了を迎えた。
戻ってきたキラとムーンシュタイナー卿から、マーリカとユーリスに対し協議内容の説明があった。
一連の出来事の発端は、帝国メグダボルの第四皇子と第五皇子がゴルゴア王国に遊学したことにある。
次期皇帝決めの『英雄の称号』集めが失敗に終わった時点で、彼らはこの先どう生きるかをよく考えるべきだった。
彼らに残されていた道は、次期皇帝である第二皇子の傘下に加わるか、皇子の位を返上し市井に下るかのどちらかしかない。市井に下るのは、未来の皇帝に従えないのなら、反対勢力に担ぎ出されない為である。
彼らは第二皇子に従うことを選択しなかった。そうなると、残された道はただひとつ。
この道も、自ら身分と以後の復権の権利を放棄すれば、一定の補助を受けることができる。一向に動かない場合、身分を剥奪され援助なしに放り出されるのは時間の問題だった。
だがこの双子の皇子たちは、そちらも選ばなかった。恐らくは、皇帝側からも意思確認は来ていただろう。でも何も答えないまま、あろうことか、遊学という名目で他国へ逃げてしまったのである。
ただ、他国で過ごす場合、彼らに特別な権限は与えられない。彼らの母親はゴルゴア王国の王妹だが、帝国メグダボルに嫁ぐ際、男児が生まれても王位継承権からは除外される取り決めをしてある。
これは、現皇帝が皇帝の座に着いた時、不要な争いを好まない彼が大陸の殆どの国と不可侵条約を締結したことに基づく。婚姻によって国の合併が行われぬ様、きちんと線引きが為されていた。
その為、双子は『英雄の称号』集めで不正があったと疑われてはいたが、証拠不十分なこともあり、当面の遊学は害がないだろうと暫しの間見逃されることになる。いずれ時期がくれば、どちらかの道を選ぶのだろうと。
誰もが、彼らがここまで馬鹿げた行動を起こすとは考えていなかったのだ。
今回起こした行動の理由について、幾度も尋問を受けあらかた話した第五皇子セルムとゴルゴア王国の魔導士たちは、改めて関係者の前で証言した。
元々人嫌いだったセルムは、どうやったら魔物を仲間に出来るかにずっと興味を持っていた。元々魔物と魔泉の研究をしていたゴルゴア王国の魔導研究所の魔導士たちと関わることで、その追求が可能になってしまった。
セルム自身に、魔導士たちを洗脳に掛けた認識はなかった。よって、洗脳は無意識下に行われたと判断された。年齢に比べ内面が幼いセルムは、己の欲望を抑えることを得意としておらず、また周りに諌める者がいなかったことも原因のひとつと考えられる。
――そう、双子の兄アルムは、セルムの道を正すことはなかった。むしろアルムは、セルムを精神的に支配していたのだ。アルムはセルムを使い、自身は手を汚すことなく秘密裏に邪魔者を排除してきていた。『英雄の称号』集めに関わった者たちの死も、全てアルムの「お願い」でセルムが闇魔法を用いて行なっていたことだったという。
誰も知らなかったその事実は、セルムの口から知らされた。これには、帝国メグダボルの特使、第二皇子ジリアスも思わず手で顔を覆う。
第四皇子アルムは、セルムとは違い魔力には恵まれなかった。その代わり、他者を虜に出来る巧みな話術と頭脳を持っていた。
ゴルゴア王国の前国王に甘言を囁き続けたのは、アルムである。
国王を味方につけたアルムは、甘く囁き続けた。魔物を自由自在に操れる様になれば、アルムが帝国の皇帝となる。アルムが皇帝になれば、ゴルゴア国王が望んだ一夫多妻制を後押しし、妾を妃に迎えてやることが出来ると。
アルムは本当に皇帝の座を狙っていたのか。こればかりは本人に聞いてみないことには分からない。叛逆を目論んだのかただの甘言のひとつだったかにより、アルムに対する処罰の程度も変わる。
そこで、空間魔法で拘束されていたままのアルムを連れてきた瞬間。
セルムは気が狂った様に叫ぶと、隣でセルムの闇魔法発動を警戒していた帝国の皇室付き魔導士、スタンリー・ウォルシュを巻き込み闇の檻に閉じ籠ってしまった。
一瞬で騒然となった会場でひとり冷静だったのは、意外にも気弱な印象のある第二皇子。
「すぐに出てきますから問題ないです」
穏やかな笑顔で言い切った直後、本当に闇の壁に穴が空きスタンリーが出てきた時には、会場内はどよめきに包まれた。
尚、闇の檻が発動したままなので技をよく知るキラがどういう原理かと問うたところ、「中に自分の分身を作って置いてきたんです」とあっさりと返される。さらりと言われたが、とんでもない高等技術と魔力量がなければ出来ない内容に、「これが噂に名高い大魔導士か」と感嘆の声を漏らした。
セルムを取り出したければ分身を戻せばいいと言われ、セルムに騒がれても面倒だと誰しもが内心思っていたこともあり、協議はそのまま続行となった。
空間魔法で閉じ込められたままのアルムは、それでも尊大な態度を崩さなかった。
何故ゴルゴア王国に遊学しようと決めたのか。
その質問に対しては、「第二の陰険な顔は好かない。高貴な俺が庶民になるのもあり得ない。だからだ」と答える。一同はポカンとしたが、アルムが冗談ではなく本気で言っているのだとその態度から察した。
では、何故セルムに実験を行わせ従順な魔物を作り上げようとしたのか。
その質問に対しては、「セルムはやりたがっていた。俺はそれを後押ししただけだ」と責任がないことを主張する。セルムが自由に実験出来る様、ゴルゴア国王に頼み込んでやったのだと。
何故友好国であるウィスロー王国を実験場に選んだかの問いに関しては、「最初の黒竜が落ちた時にウィスロー王国が何も反応しなかったから」と答えた。これには、ウィスロー王国側の二人が悔しげに唇を噛む。黒竜がムーンシュタイナー領に落ちた際、国がきちんと対応をしていれば、少なくとも今回の惨劇の会場には選ばれなかったのだ。
もし実験が成功し大型の魔物を手懐けたのならどうするつもりだったのかを尋ねると、アルムはこう答えた。
「俺を選ばなかったメグダボルが間違っている。だからその過ちを正すのは正義だ」と。
最後に、何故セルムを支配していたのか、その理由を帝国の第二皇子ジリアスが尋ねた。
「セルムは俺の所有物だ。自分の所有物をどう扱おうが、俺の自由だろう? それとも何か? ジリアスは、指一本動かすにも誰かの指示を必要とするのか?」
何を聞いているんだ、とばかりの態度のアルムに、ジリアスは言葉を失う。
そして、嘆息を漏らした。
「――減刑、更生の余地はありませんね」
その言葉を以て、三国間会談は終了を迎えた。
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