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第八章 義父の反対

第三十二話

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 義父は、はぁ……とため息をついて話し始めた。

「……ひとまず、二人の婚約は認めよう」

 先程までの諦めたような口調に戻ってはいたが、許しの言葉を聞けて喜びと驚きのあまり、勢いよく顔をあげてしまう。

 見てみると、義父の表情は先程までの無関心顔に戻っていたが……最初のような冷たさは感じなかった。

 それに、まだ何かを考えているように見える。

 私としては婚約を認められただけでも満足ではあったが、イラホン様はそうではなかったらしい。

「……私は彼女と結婚しますよ」

 キッと義父の方を睨むように見据えて、そう言い放つ。

 その表情は怖いくらいだったけれど、義父の方は気にもとめていないようだった。

 そして独り言でもこぼすように、ぼんやりと考え事をしている様子の義父が語り始めた。

「私は三大神の一人……世界や人間をつくった一人だ。けれど人間の醜い言動を見ていると……つくったことに後悔している。そんな人間を生かす空をつくったことも」

 人間の醜さは……否定しようがない。

 その醜さを幼い頃からずっとぶつけられてきた人間だからこそ、人間がどんなに歪んだ表情で笑うのか、どんなに心が汚れているのかを私は知っている。

 けれど神の妻になって、家族の幸せや恋の成就を純粋に願う参拝者たちを見て……そういう人間ばかりではないことも知っている。

 今はもう、人間がただの醜い存在ではないと思っている。

「確かに醜い人間もいますが、そればかりでもありませんよ」

 イラホン様も私と同じ想いだったのか、そう答えてくださった。

 ただ義父はイラホン様の答えを聞いているのか分からない……無関心とは違った、虚ろな目をしているように感じた。

「私も昔はそう思うことができた。だが……後悔は増すばかりだ。神として人間にパワーを与えながら、私は人間が消えるべきではないかと考えている」

 義父はステンドガラスに目をやり、ゴミでも捨てるような感覚で気軽に人間を消すと口にする。

 あまりの恐怖にゾッとする。

 けれどイラホン様はまっすぐに義父を見つめて、すぐさま答えた。

「私はあくまで父上の息子に過ぎないので、その疑問に答えられる言葉を持ち合わせておりません。ただ人間と神の夫婦である我々が、答えのヒントに少しでもなれればと思っております」

 ……え!?

 口を挟める雰囲気じゃないから黙っているけれど、あまりにも責任重大すぎない!?

 私とイラホン様のこれからに、人間全体の消滅がかかっているということでしょう!?

 重すぎる……ッ!

 心の中であたふたしつつも、表情には出さず血の気が引くのを感じながら静かに震えていると、イラホン様が手をぎゅっと握って微笑んでくださった。

「アルサは何も気にしなくて良いんだよ。俺が幸せにするから」

 私に背負いきれるものじゃない……そう思っているのに。

 イラホン様がそばにいてくれて、手を握って微笑んでくださるだけで心強くて……きっと大丈夫だろうと思ってしまう自分がいる。

 無責任かもしれないけれど、私や参拝者を幸せにしてくださるイラホン様であれば……義父の考えを変えるきっかけになりえるかもしれないと思えた。

 だから私もイラホン様に倣って、真剣な表情で義父を見つめる。

 義父はこちらをじっと見つめて、はぁ……とまたため息をついていた。

「……そうか。ならばお前たちの答えを、楽しみに待っているとしよう」

 そして全く楽しみじゃなさそうにそう言って、私と義父の初めての顔合わせは終わった。

「おかえりなさいませ。アルサ様、旦那様」

 ――行きと同じように瞬間移動で屋敷に戻ると、マラクが行きと同じように出迎えてくれた。

 それになんだか心の底からホッとしてしまって、膝から崩れ落ちるようにへたり込んでしまった。

 すごいお人と会って、すごい会話をした気がする……。

 あまりにも神々しすぎて、スケールが違い過ぎて……緊張の糸が切れてしまったのか、もう立ち上がる元気が残っていない。

「キャッ……!?」

 へたり込んでいると、イラホン様に抱き上げられて思わず悲鳴が出る。

「お疲れ様、アルサ。怖い思いをさせてごめんね」

 イラホン様は申し訳無さそうにしながら、そう仰る。

 いえいえ、私は何もしておりませんと、勝手に緊張していただけですからと答えたいけれど、疲れすぎたためか思うように言葉が出てこない。

 ……もうヘロヘロだ……。

「……お疲れのアルサ様のために、スペシャルな湯をご用意しております。今日は湯にゆっくりと浸かって、お早めにお休みになりましょう」

 そんな私に、マラクが優しくそう言ってくれた。

 さすができる神使……マラクがキラキラと輝いているように見えた。

 今日ばかりは、お言葉に甘えよう。

「ならば、このまま風呂まで運ぼう」

 けれどウキウキした様子のイラホン様にそう言われて、私はヘロヘロの身体に鞭打って必死に抵抗しなければならなくなってしまった。
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