誰が為の異端審問か。

月白ヤトヒコ

文字の大きさ
9 / 61

人狼に死を。

しおりを挟む
 深夜。

 ひっそりとした路地裏。

 石畳に散乱する白い欠片と動物の毛皮。白い欠片は、形状からして動物の白骨。散乱するそれらの中心からは、乾いた白骨を染めようと赤い液体がゆるゆると流れ出る。ソレは、胸からナイフの柄を生やし、ほぼ衣服をまとっていない男から流れ続ける。致死量はとっくに過ぎ去り、男は既に息絶えている。

 闇の中、パキッと乾いた音が響く。長身の影が小さな骨を踏み、砕けた音。

「………」

「ふっ、そう嫌そうな顔をするな」

 異様な現場にも関わらず、揶揄からかうように笑みを含んだアルトの澄んだ声。

「人狼に死を…ふふっ」

 クスクスとわらう声が闇夜に響く。

※※※※※※※※※※※※※※※

 翌朝の新聞。

 怪死事件再び!殺されたのは人狼か?

 今朝未明、腰に毛皮を巻き付けたのみでほぼ衣服をまとっていない状態で、胸にナイフが刺さった男性の遺体が発見された。

 現場には、動物の毛皮と白骨が散乱しており、遺体の近くには『人狼に死を』という血文字が残されていた。

 先日殺された金融業を営む男性の事件とも関連性が疑われており……

※※※※※※※※※※※※※※※

 同日。午前中。

 街を歩いていると、見慣れぬ背の高いひょろりとした男がいた。
 眼鏡を掛けた神父服の男が、困ったようにうろうろと同じ場所を何度も通っている。迷子か?

「ね、君。少し聞きたいことがあるんだけどいきかな?教えてくれない?」

 柔らかいテノール。
 話し掛けられてしまった。面白いから見ていたのがバレたか…遠目よりも若く感じる。

「・・・なんか用?」
「え~と、教会はどこかな?道に迷っちゃって。案内してくれると嬉しいな」

 にこりと微笑む薄味な顔の眼鏡。

「…なにくれる?」
「え?あ~と、確か、キャンディが…」

 ごそごそとポケットを探る眼鏡の彼。

「飴は要らん。ロザリオか聖書がいい」
「え?いや、あの…それ、ボクら聖職者の必需品なんだけど?」
「予備、あるでしょ?どうせ布教用が幾つか。聖水か聖油でもいいが」
「道案内を頼んだ途端のカツアゲ…都会って、田舎よりも怖い…」
「人聞き悪いな?熱心な教徒ですね、差し上げましょう。くらい言いなよ。あと、ここはそこまで都会じゃない」
「え?そうなの?って、それは置いといて。神父に対価を要求する時点で君が熱心な教徒じゃないことは明白だよ?」

 苦笑気味の断定に頷く。

もっともだ。それで、なにくれる?」
「…熱心な教徒じゃない君が、どうしてボクらの必需品を欲しがるのかな?」
「売ろうかと思って」
「…君ね、他の神父様や司祭様にそんなこと言うと、すっごく怒られるよ?」
「だろうな。ま、人は見て言ってるさ」
「それは、ボクが舐められているっていうことでいいのかな?君に」

 うん。割と舐めて掛かっている。とは言わず、もう半分の思っていることを返しておく。

「なんだろ?親しみ易いから?」

 オレは割と人見知りのたちなんだが、この眼鏡とは話し易い。

「へぇ…ボクって、そんなに親しみ易いかな?割と存在感薄いって言われるし、よく忘れらるんだけどな」
「そう」

 確かに、顔は薄味な顔だな。特徴が眼鏡というか…

「君は、地元の子?」
「まあね」
「…なんか、この街ざわついてるよね」
「…もしかして、知らないのか?」
「なにを?」

 きょとんと首を傾げる眼鏡。

「・・・マジかよ…新聞読まねーの?」
「新聞?ああ、今朝のはまだ読んでないや。移動でバタバタしていたから」
「……ふぅん…これから、この街ではロザリオや聖水が高く売れると思う」
「え?なんで?」
「…連続怪死事件。一件目が吸血鬼。ンで、二件目が今朝。人狼だとよ」
「え?え~と…吸血鬼…や、人狼?に、殺された人がいるってこと?」

 困ったように言う眼鏡。
 吸血鬼や人狼の存在を語られても、その反応は当然だろう。だが、そうじゃない。

「違う。最初に殺されたのは、負債者の生き血をすすると言われていた高利貸し」
「え??」
「今朝のは、犬を殺して食う浮浪者。血も涙もない吸血鬼と噂されてた因業いんごう爺と、犬や子供を食い殺すっていう噂のあったホームレス。どうせ、どっかのイカれた奴がったンだろ」
「???」

 意味のわかっていなさそうな顔。

「高利貸しに恨みのあった連中はかなり多い。ンで、ホームレスの方は便乗犯だか愉快犯なんじゃねーの?それを、面白おかしく記事にすンのが記者の仕事。で、犯人はヴァンパイアハンターなんじゃないか?なら、殺されたのは吸血鬼に違いない。吸血鬼は実在した?だとよ」
「…え~と?ごめん。ついてけない」
「だよな。でも、これが現状。御愁傷様」
「御愁傷様って…」
「ツイてないだろ。こんな時期に、なにも知らされずに来るなんて」

 ミステリー小説なんかだと、事件のあった街にやって来る奴は、優秀な奴か駄目な奴。
 あとは、犠牲者か事件の収集を図る奴。
 そして、引っ掻き回す奴か相当な物好きと相場が決まっている。いや、傍観者というのもあったか?
 記録者、または語り部。

 ・・・う~ん…犠牲者?

「…君、なんか失礼なこと考えてない?」
「・・・ん?ああ、違ったか」

 神父服ということは、この眼鏡は教会側の人間。
 なら、犠牲者にはならない…筈だが、偶々犯人を知って消されるということも無きにしもあらず。うん。

「気のせいだ。まあ、死なないよう気を付けろ。で、なにくれる?ロザリオか聖水。現金でもいいぞ?」
「え?今なんか君、かなり物騒なこと言ったよね?」
「実際、物騒だろ?この街は。で、なにくれンの?さっさと出せよ」
「いや…君、なんでそんなにがめついの?割といい格好しているよね?」

 割といい格好、ね。
 ま、うちは服にはあまり困っていない。
 ウェンとステラが針子をしているし、ババアのツテで要らない服が貰えて、二人にはサイズ直しもリメイクもお手のもの。
 だから、格好だけではオレらは孤児には見えないかもしれない。言動ですぐに判りそうなものだが…

「…教会行きてぇなら、十字架探しゃいいだろ。迷子でも辿り着ける。じゃあな」

 と、眼鏡に背を向けて歩き出す。

「え?あ、待って!君…」

 声を無視して待ち合わせへと向かう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

処理中です...