誰が為の異端審問か。

月白ヤトヒコ

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で、なにを聞きたい?

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「ふゎ・・・」
「寝不足?」
「え?あ、ごめん。昨日ちょっと・・・」
「…なんなら、午後にするけど?」

 眠そうに欠伸あくびする薄味な眼鏡を見上げる。

「あ~…いや、大丈夫」
「ふ~ん…なら、いいけど。で、アンタはオレとなに話したいワケ?」
「その前に、場所移動しない?」

 教会ではできない話を、か。

「近くにいい場所はあるかな?」
「…いい場所って?」
「なるべく人の少ない開けた場所」

 今の時間帯だと・・・

「昨日の公園でいいか?ガキ多いと思うけど」
「いいよ。行こう」

 ライと一緒に公園へと向かった。

「・・・人、結構いるんだけど?」

 一歳から四、五歳程のちびっ子達が遊具や砂場をうようよ。その母親達がベンチに座りながらお喋りに興じている。保護者同伴での遊び。

 最近は物騒な為、小さい子供を遊ばせるのはもっぱら、午前中に限られている。ここ数日。夕方の公園には、子供の影さえ見えない。

「こんなもんだろ。ここなら、誰も周りを気にしないからな。ガキは小さ過ぎて話を理解できない。その母親達は、自分達のお喋りに夢中」
「成る程…」

 遊具の無い芝へと移動。
 ライが持っていた敷物の上に座る。

「準備いいんだ?」
「元々、外で話すつもりだったからね。まずは、君の名前を教えてよ」

 にこりと微笑む薄味の眼鏡。

「・・・コルド。で、なにを聞きたい?」
「まずは、事件のあらましを」

 少し考えて、口を開く。

「最初は、苛烈な取り立てで負債者の生き血をすすると称されて恨まれていた高利貸し。次に、犬や子供を殺して喰うという噂のあった浮浪者。そして、精神を病み、道行く人に死を告げていた老女。それぞれ、吸血鬼、狼男、バンシーとささやかれていた。その三人が順番に、噂にちなんだ異様な殺され方と遺体損壊をされた。と、言ったところか?」
「遺体損壊?」

 不思議そうに聞き返すライ。

 深呼吸して、口を開く。

「・・・首を切って殺すなんて、現実的に考えて、無理だろ?切り落とすなら、相当切れ味のいい刃物と、それなりの腕が必要となる」

 首には幾つも関節があり、その骨と骨の間を狙って切らないと、首は落ちない。骨や筋肉が柔らかい子供ならかく、大人の首を落とすのは相当な重労働だと、物の本には載っていた。

 斬首刑は、ギロチンが発明されるまでは相当悲惨な刑だったらしい。死刑執行の首斬り人の腕と斧の切れ味に拠っては、何度も…わざと切れ味の悪い斧を使用する場合もあり、そういうときには何十回と首へと斧を振り下ろし、吹き出した血や肉が削げて、ぐちゃぐちゃに飛び散り、骨が露出して、首が折れてもまだ、首が繋がったままで、それでも罪人が死ねないという地獄の苦しみの、惨憺さんたんたる刑罰だったという。

 だから、一発で首を落とすギロチンは慈悲の処刑道具だとわれている。
 火刑や絞首刑、斬首刑よりも罪人を苦しめない、王侯貴族への高貴な刑罰とされている。

 斬首については、色々と調べた。気分を悪くさせながらも・・・調べずには、いられなかった。

「ギロチンでも使ったってなら別だが、そんな物そうそう無いだろ。それに、生きたままの人間の目蓋まぶたや口を縫い付けられるとでも?幾らなんでも抵抗する筈だ。殺してから、首を切ったり目や口を縫ったと考えるのが自然だ」
「あ、そっか…」
「杭打ちもな。杭なんて先が丸い物、普通に刺そうと思っても、人間の胸には刺さらないぞ?肋骨ろっこつがあるからな。もし、生きたまま杭を打つなら・・・数人がかりで抑え込んで、ハンマーかなにかで打ち突けるしかない」

 折れた肋骨が、肺やら心臓に刺さってそう。スプラッタな・・・

「寝てるときは?それなら、抵抗もない」
「寝てたとしても、一発で目ぇ覚めンだろ。派手に胸打てば、その衝撃でさ」
「その一発目で死んだのかもしれない」
「だとしても、声はどうなる?断末魔の叫びってやつ。杭を打った場所は多分発見現場だが、そんな声を聞いたって話は聞かない」
「どうして犯行場所がわかるの?」
「発見現場には大量の血痕があったそうだ。だとすれば、殺してから…」

 あまり時間の経たないうちに、死後硬直が始まる前の身体が柔らかい間に、

「…発見現場で、胸に杭を打ったんだろ」
「杭以外の外傷は…」

 杭以外の目立った話は聞かない。

「心臓を一突きして、その傷ごと杭で潰せば、外傷は上書きされる」
「そう、か・・・」

 薄味な顔が考え込み…

「って、ちょっと待って!なんでそんなこと君が知ってるのっ?君幾つだっ?」

 驚いたようにオレを見下ろす。

「なんでって、噂してンだろ?街中で」
「いやいや、そんな噂は無かったよ?」
「は?噂と新聞記事からの推測だが?」

 あと、レイニーからの裏情報。

「推、測?誰かから聞いたとか?」
「いや、オレの考え」
「君っ、ホントに幾つっ!?」
「十歳くらい」
「サバ読んでるでしょ!」
「いや、普通に十歳くらいだし」

 誤差があっても、プラス一歳くらいか?

「くらいってなにっ?かなり怪しいからっ!」
「言われてもな?正確な年齢は知らん」
「年齢を知らない?なんで?」
「捨て子なんて珍しくもねーだろ」
「あ…ごめん。でも君って、今はいいとこの子だったりする?」
「…なんでそう思う?」
「ん?だって、いい服着てるし、子供とは思えない知識量。学者辺りの養子かな?って」
「・・・服は貰い物。うちに針で仕事してる奴がいるからな。読み書きは…」

 死んだ院長に…

「基本だけ教わって、あとは独学。本読んでりゃ、知識は身に付く」
「独学っ?どうやって?」
「無料で本公開してるとこがあるだろ」
「無料で…本?もしかして、図書館?」
「そ。本読み放題」

 ま、孤児だから貸し出しはできないけど、中で読み捲る分には問題無いし。

「教会に行きゃ、ただで聖書も読ませてくれる。お陰で、ラテン語も読める。あと、辞書引きゃフランス語とイタリア語もな」

 本当に、読むだけはできる。英語と、聖書に載ってるラテン語以外は話せないけど。

「…君って、本っ当に十歳?」
「多分な」
「…本当に学者の養子じゃないの?言語学者や医者辺りとかのさ?」
「…一応、そういう話はあった。ま、断られたけど。打診して来た側から」
「え?なんで?」

 意外そうな表情。

「さあ?素性の知れない人間を、家に入れたくなくなったんだろ?途中でさ」

 理由は、判っている。

「・・・なんか、ごめん」
「別に」
「・・・首、どうかした?」

 不思議そうなライの指摘で気付いて、

「なんでもない」

 無意識に首を撫でていた手を下ろす。

「…一件目と三件目は殺人現場と遺体損壊の現場が別ということも考えうるけど…その二つは、近くというのは間違いない筈だ。だとすると、犯人は複数犯という可能性もある」
「・・・複数、か」
「或いは、荷車や馬車を使ったか…ま、オレが推すのは複数犯だな」
「なんで?」
「目撃証言が無いから。複数で見張っての犯行…じゃないかって、思った。あとは単純に、人手が多ければ、遺体損壊に掛かる時間も少なくて済むだろ」
「・・・・・・」

 薄味の顔が不快そうに歪む。

「でもそれは、かなり怖いことだけどな」
「怖い?」
「当然だろ。化け物が本当にいると信じて、人間を殺し回っている頭のおかしい連中が、何人もいるってことになる」
「それは・・・確かに怖いな」
「しかも、警察にも裏稼業の人にも、まだ知られてない奴らが・・・」
「え?」
「街ン中、警察もヤバい筋の人達もうろうろしてンのに、情報無いらしいし」
「…本当、君って…ちなみに、どこ情報?」

 レイニーからの裏情報と、孤児の必須スキル。

「街歩いてりゃ、なんとなく判る。どこに所属している人なのかは、見れば割とな?」

 警察もヤバい筋の人も、普通に暮らして行く上ではなるべく避けて通りたい存在だ。孤児オレらには特に。

「・・・なんか、凄い当たり引いたかも」

 小さく呟くライ。

「当たり?」
「…君が…こんなに詳しい情報を持っているとは思ってなかったから…」
「警察のが詳しいと思うけど?普通に」
「警察が部外者に話をすると思う?」
「いや、全く」
「なのに言うんだ…まあ、兎に角、君と話せてよかったよ。ありがとう」
「そりゃどうも」

 オレも、割とスッキリした。こういうこと、家では話せないから・・・

「また、話せる?」
「…ま、気が向いたら」
「それじゃあコルド、またね」
「んー」

 また話すとは限らないけど・・・

 ライが去ってから、

「…君、ライが嫌いなの?ずっと嫌そうな顔してたみたいだけど」

 近くで座っていたファングに聞いてみると、ぷいと横を向いて無視された。

「ま、いいや。あの人・・・」
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