【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ

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第四章 ゆるやかな変化

3.5 帰り道

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「おもちめっちゃおいしかったなぁ」
「うん、しかも安かったし」

 俺と悠也がバスを待ちながら話していると、同じく停留所に並んでいたじいさんに声をかけられた。

「学生さんかい?」
 俺たちははい、と声をそろえる。

「いいねえ、私も若い頃は友人と休みのたびに旅行するのが好きでね」
 懐かしむように目元をほころばせ、ゆったりと話す。俺はどう返事をしていいのかよくわからず、曖昧に微笑んだ。

「へええ」とじいさんの話に元気よく相槌を打っていた悠也が突然、
「あの、今日彼の誕生日なんです」
 と俺の方を指したので、一瞬ぎょっとして悠也を見る。

「そうかあ、おめでとう」
 特に何かをいぶかしむ様子はないじいさんの表情に、俺はほっと胸を撫でおろす。

 悠也といると、昔からじいさんばあさんに話しかけられることが多い。幼い頃から物怖じせず、人懐っこい雰囲気をまとっているから、自然と話しかけたくなるのだろうな、と思う。

「気をつけて帰るんだよ」
「おじいさんも帰るところなんですか?」
 にこにことしながらじいさんが「そうだよ」と行き先を告げると、悠也が「え⁉︎」と言ってバス停の標識を慌てたように見る。

「それ、ここのバス停じゃなくて、えっとたぶん、向こうです。ここだと反対行っちゃいます!」
「ありゃま!」
 じいさんは、「どうも、助かったよ」と手を振り去っていった。

「よかったな、乗る前で」
「うん、そだな」
 俺は心の中で、おっちょこちょいなじいさんだな、と思った。

 帰り道、バスは貸切状態で、俺たちは一番後ろの席を陣取っていた。お土産にそれぞれ買った木彫りのキーホルダーを悠也と見せあう。
 一応家で食べようと思って買った団子のパックががつぶれないように、紙袋の中身を確かめて、ごそごそといじっていると、悠也が「ほんとはさっきさ、」と唐突に口を開いた。

「デートって言いたかったな」
 
 バスに揺られながら、悠也はもどかしそうな顔でぼそりと小さな声でそう言った。

「そんなの、そんなこと言ったらあのじいさん、ぎょっとしちまうぞ」
 俺は一瞬口ごもってから、そう返す。
 今は誰も聞いているはずがないし、バスの運転手の耳にもきっと届かない距離だとわかっているのに、それでも俺はそわそわしてしまう。

 
「そうかなあ」
「そうだよ」
 悠也はバスの椅子にもたれかかる。
「そっかぁ」
 と言いながらも、やや眉間にしわを寄せる横顔は、どうも納得がいっていないようだ。

 悠也にとっては当たり前に受け入れてくれることでも、世間一般で男同士でデートをしていると言って、もし「恋人です」なんていきなり話したら、おおそうか、とはならないだろう。この関係を誰かに認めてもらうことなど、俺には想像ができない。

「デートもそうだけど、お前、彼って、言い方は、変に思う奴もいるだろうから…さ」

 悠也は、俺の歯切れの悪い言葉を聞くと、ちょっとしょんぼりしたような顔でだまってうなずいた。悠也が決して何か悪いことをしたわけじゃないのに、 まるで叱るような調子で言ってしまったことを俺は後悔して、申し訳ない気持ちになる。俺は口を閉じ、悠也と反対の方向を向いて頬杖をついた。

 悠也が、本当はちゃんと「付き合っている」と言いたがっているのは、わかっている。そんなふうにこの関係を大切にしてくれることが、嬉しい気持ちがないと言えば嘘なのに。

 だけど、それでも俺は怖かった。誰かに笑われたり否定されたら、この脆い日々は瞬く間に崩れてしまう。
 こいつが気にしないでいてくれても、きっと俺は耐えられない。悠也が俺の代わりに傷ついたり、俺のせいで嫌な思いをするのをみたくない。

 高橋みたいに男二人でずっと一緒にいることを、これからもからかってくるやつだっているだろうし。でも、悠也はごまかすのが下手だし、このままずっと嘘をつき続ける、ことだっていいのかはわからない。けど…。
 悶々と考える俺の思考は、悠也が俺の肩を唐突にとんとん、と叩いてきたことで途切れた。ぴくっと反射的に振り向くと、ぶすりと俺の頬に悠也の人差し指が突き刺さる。

 ほっぺたをぷしゅっとつぶされ、 俺は悠也をじとっと見る。
「にゃにすんだ」
 めちゃくちゃふぬけた声がでて、何とも言えない悔しさと恥ずかしさで、俺は梅干しでも食べたみたいに顔をぎゅうっとしかめた。 子どもの頃から、毎度悠也のこの手口に引っかかっている俺は何なんだ。

 悠也は声をあげてくふっと笑いながら、俺の頬をさらにつんつん、と突いてきた。くすぐったさに俺は身をよじる。
 
「プレゼント、誰にあげるんですか?て店員さんに言われたときにさ、大事なやつにあげるんですって話したんだ。それならいいよな?」

 急に何もかもを抱きとめるかのように、俺の心の声全部丸ごと聞いていたかみたいに、悠也はそう言って微笑んだ。

 なんで、お前はいつもそう、俺の不安とか痛みをどこかへかっさらうように、そばにいてくれるんだ。
 泣きそうで、でも今めそめそしたら、あまりにもかっこ悪いな、俺。

「…ん、いい」
 上手に何かを言葉にすることができないまま、それをごまかすように俺は、悠也が俺を突っつく人差し指を片手で掴んだ。

「うん」
 悠也の微笑が、頬に触れた指先のやわらかさがじんわりと体を温めて、こんなにも無敵で。

 悠也の指はやっぱり細くてちっちゃいな、と変にどぎまぎしてしまう。
 悠也の肌は無駄にやわらかいし、指先もピアニストか何かみたいにすっと長くて綺麗だから、あんまり強く握ったら壊れてしまうんじゃないかと錯覚しそうになるくらいで。

「かえでーいつまでつかんでるんだよ~」
 そう言われて俺は「うっ」と慌てて手を離した。急いで弁解するように何か言おうとするより前に、悠也が唐突にあっと声をあげ手を前に伸ばす。

「次だ!」
 悠也が危なかった~と慌ててバスの降車ボタンを押す。「サンキュ」と言いながらも、俺の心臓は変な音を立てている。
 悠也は親指をぐっと突き立て、何故かものすごく得意げな顔をした。

 指を触って変に意識してたのは別に俺だけで、特に何か気にするような様子もない悠也に、よかった、と安堵するとともに、小さなため息が漏れる。

 あーあ、てか俺だけ気にして馬鹿みたいだな。
 ほっぺ触りたい、とか、ずっと指を離さず握っていたい、だなんて。さすがに駄目だ。変な衝動には気づかないふりをして、宙を仰いだ。

 ゆらゆらと揺れるバスに身を委ね、ちょっと目を閉じる。
 もうすぐ、停留所で、いつもと変わらない場所に戻っていく。訳の分からない動悸だってすぐにおさまる、大丈夫だ。

 
「かえで、つかれた?」
 バスを降りると、心配そうに悠也が俺を見てきた。
「え」
 俺は慌てて首を振る。
「いや、全然、違くて!あー、腹は減ったけど。」
 嘘じゃない。五平餅は消化が良すぎたようで、お腹が今にも鳴りそうなほどへこんでいる。
 
「そっか、かえでって腹減るといつも静かになるよな」
 ぐ、なんか恥ずかしい。空腹だと機嫌が悪くなるから、黙って耐えることは多いけど。

「うし、帰ろうぜ」
「んー、また明日も遊ぼうな」
 悠也が子どもみたいな返事をして、俺はちょっとこいつ勉強は大丈夫なんだろうか?と心配になる。

「課題もあるだろ?帰ったらやれよ」
「ん?うー」
 悠也からは、返事と言えるか怪しい返事が返ってきた。

 会話は変わらずに幼なじみのままなんだ。高校や中学の時に戻ったみたいに、今を一緒に過ごせて。
 だけどお前はやっぱりいつもやさしくて、俺と一緒に過ごす何でもない日常を大事にしてくれていて。

 俺は悠也のそういうやさしさに甘えて縋っている、とも思う。
 だけど、もう少しだけこのまま。東京に戻ったらこんな風に当たり前に会うことはできないから、今はどうか。
 悠也が楽しそうに笑ってくれるから、俺のわがままはふわふわと心を漂って、溢れていく。

 離れたくない、と思う。一日中そばにいたのに、今日が終わってしまうのが、悠也と別れるのが寂しいなんて、俺は本当にずいぶんと欲張りになってしまった。

 そういえば昔は、この道を他愛なく手を繋いでスキップもしていたな。
 もちろん今はそんなこと断じてできない、むしろどうしてガキの頃はあんなに恥ずかしげもなく、ずっとスキンシップしていられたんだろうか、と思う。(悠也は今も変わらず無邪気にやってくるが、例外だと思う。この歳になってそんなことしている男子学生は、少なくとも東京でも見たことがない)

 俺は歩く時の癖で雑にズボンのポケットに手を突っ込んでいるし、誰が見ているかわからないところで、手を握り合ったりなんかしない。
 
 でも、肩と肩が触れ合うような距離で互いに歩調を合わせるように歩いて、静かだけど、不思議と心地の良い時間を全身で浴びるように、俺はポケットから手をだして、空を仰いだ。

 涼しい風がさっと軽やかに肌に触れていく。気持ちのいい秋めく夕方に、深呼吸した。まだ仄暗くなり始めたばかりの夕空に、いつのまにか星が一つきらりと浮かんでいた。
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