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知らない人について行ってはいけません
しおりを挟む今日は朝から市場通りに向かって歩いていた。宿屋の女将さんから数日間大きな市が出ると聞いたからだ。珍しい物もたくさん販売されていると聞き、どんな物があるか興味があった。フィオと雪うさぎでシチューを作る約束をしているから、その材料も買いに行かなくてはならない。
朝早くに宿を出たからまだ朝の市場は賑わっている。様々な色とりどりの野菜、果物、肉や魚、その隅で手作りらしき雑貨など、商魂たくましい人々により色々な物が売られ、中には薬草の専門店みたいなお店まででている。
すぐに食べられるような物では、パンや屋台なんかもあったりして、屋台周辺では香ばしい匂いやほんのり甘い匂いなど、お腹が空く匂いが漂っている。
過去の召喚者のお陰で基本的な調味料が揃っているので、屋台でも日本と比べたらイマイチだが、ある程度の美味しい物が食べられる。異世界の朝の市場に並ぶ屋台の食材はとても豊富で、見たことの無い物も売っていて見て歩くだけでも面白い。
パン屋には、数種類のパンが置いてあるが、菓子パンや惣菜パンといったものはなさそうだ。茶色いシンプルなパンが大小販売されており、少しだけだが白いパンも置いているみたいだ。
白パンは小さく、値段も他の物より高いので、製粉を丁寧に行なっている事がうかがえる。嗜好品扱いなのかな?
ふと見ると服屋のマーサさんが手袋やマフラーなどの小物を売っていた。レイ達に気づいたマーサさんは、レイとフィオを見て微笑みながら手を振ってくれた。裁縫が得意なマーサさんは、先日、フィオに可愛いリュックを作ってくれた。帰ってからレイが付与魔法で時空魔法を付与し、マジックバックにした。とても重宝している。
お礼に手作りの菓子は渡したが、それ以降も何かと気にかけ可愛がってくれるので是非挨拶がしたかった。しかし、残念ながらお客さんがいたので話しかけることはできなかったけど、レイは手を振って応えた。あとでまた会いに来よう。
今日の市場は冬籠りするための年末大売出しをしているようで、特に活気に溢れていて、多くの人で賑わっていた。向かい合ったお店の間には、人が何人も横に並んで歩けそうな幅の道が作られているが、買い物客で埋まって歩きにくい。特に小さなレイやフィオは埋もれてしまいそうになる。
「あれ?レイちゃん?」
知らない男の人の声に呼び止められた気がしてレイは声がした方へ顔を向けた。そこには冒険者グループらしき集団がいた。どこかで見た気がするが、やはり知り合いではない。
「レイちゃんだよね。ギルドで有名な。一人で買い物?こんな人混みだと危ないよ。一緒に買い物付き合おうか?」
人好きのする笑顔で近づいてきたが、この人混み。立ち止まっているのも迷惑がかかりそうだし、何より知らない人間にホイホイついて行く程楽観的な性格はしていない。
「一人で大丈夫です。ありがとうございます」
返事を返し、相手の反応も見ずにそのまま人の流れに乗っていった。そんな人混みの中、かきわけるように歩き、昼食用にと気になったものを購入しアイテムボックスに放り込み、人混みを脱出しようと試みたが、人に埋もれて身動きが取れなくなってしまった。腕の中のフィオが時折苦しそうな声をあげる。
もうダメだ……。
ぐぇっとレイの口から変な声が漏れた時、スッとレイを持ち上げ縦抱きに抱き上げられた。そのままズンズン人混みを抜けていく。突然の出来事に呆然としていたレイ。至近距離には、サラサラのシルバーブロンドにパッチリ二重の濃紫の瞳は、完全に暮れきる前の空を思い出させた。
(おぉ…美人)
綺麗な顔がすぐ側にある事に気づき、レイは無意識に息を止めている事に気づいた。美人さんの肩に手を置いて深呼吸。呼吸ができるって素晴らしいな。長身男性に抱き上げられているため目線の位置が一気に変わった。それにしても、高い位置から見てもすごい人。人間の頭だらけだ。チラチラ美人さんを見つめている人がいるのもよく見えた。
「あの…ありがとうございます」
「……興味があるのだろうが、あんな人混みに挑むのはお勧めしない」
「そうですね。反省してます」
「市場の後はどこかに行く予定だったのか?」
「あ、冒険者ギルドに…」
レイの一言を聞き無言で冒険者ギルドに向かって歩いていく。ギルドに近づくにつれ、人混みは減少していったが、それでもレイを縦抱きに抱き上げたまま下そうとしなかった。普段のレイならば下ろすよう伝えるのだが、男から感じる威圧感に何も言えず黙って抱き上げられたまま運ばれた。
抱えられたまま冒険者ギルドのドアを潜る。ピーク時間を過ぎたギルド内はそれでもざわざわと賑わっていた。その賑わいがレイ達の登場によりピタリと止まり室内はシーンとなった。そのまま受付まで歩いて行き受付のオルネアさんの前で下された。レイ(赤ポンチョの小さな女の子)と男(美人だが無表情)の組み合わせにオルネアはパチパチと目を瞬かせていたが、にっこりと笑って対応してくれた。
「あらあら、レイちゃんとヴァン様のコンビで来られるなんて珍しいですね」
ヴァン様と言うのか。ハッと我に返った様にレイはヴァンに礼を言った。
「あのっ…ありがとうございました」
人混みの中では視野が狭く気づかなかったが、よく見るとレイの肩程までありそうな長剣を携え、鎧ではなく革や布の装備を身につけている。全体的に黒く、シルバーの髪色も相まって夜をイメージさせた。
「あぁ。危ないからもうあんな所行くなよ。変な連中がつけてたぞ」
ヴァンはあまり表情が変わらないからか、レイは怖さを感じていたが、レイの頭を撫でる手はとても優しく何度も撫でられるとレイの気持ちも落ち着いてきた。
「変な連中ですか?」
全然気づかなかった。あの人混みでそれに気づく方もすごいと思うが。しかし、誰だろう?
「レイの黒髪黒目は珍しい。そういうのは人身売買で高値で売れるから人攫いに狙われやすい」
この世界では黒も珍しいのに髪と目が同色。背が低く庇護欲をそそる華奢な肢体。この世界では和風の顔立ちは異国めいた顔立ちで目立つ。
日本では人攫いなどには無縁だったため、レイは意識する事もなく気づいていなかったが、周りから注目を浴びていた。
人攫いに気をつけるのはわかる。わかるけど、それは心配のしすぎではないだろうか。誰が好き好んで私なんか狙うんだ?人攫いにも好みというものがあると思う。でも、まあ一応、日本人特有のっぺり顔マニアがいた時のために訊いておこう。
「ちなみに、気をつけるにはどうしたらいいと思います?」
「隙を見せない事だな。それと、変な虫に対しては気を持たせる言動をしないように」
「あ、それならできそうです」
ま、基本だよね。それくらいなら普段からやってる。レイが頷くと、ヴァンさんの眉間に皺がよった。あれ?なんか全然信用されてない気がする。
「出来ていないから、つけられてたんだろうが。まぁいい。何かあったら俺を頼れ。力になる」
レイの頭に手を置いたまま、どんどん眉間に皺を寄せて行くヴァン。心配してくれているとわかってはいるが、整った顔立ちで眉間に皺を寄せていく表情がとてもガラが悪い。そのまま「またな」と言って去って行ったヴァンの後ろ姿を見送っていると、後ろから笑い声が聞こえてきた。
「あぁ…ごめんね。あの泰然自若としたヴァン様があんなに人の事を気にしているのも初めて見て…。しかも若干振り回され気味なのがまた笑えるなって」
クスクスと笑っていたオルネアは、胸に手を置き大きく深呼吸してやっと落ち着いた。
「さっきのヴァン様ね、あの若さで金ランクの冒険者なのよ。しかもソロで活動してるの。あんな言動初めて見たんだけど、やっぱりヴァン様も人間なんだなってちょっと安心したわ。レイちゃんガンガン甘えてあげてね。その方がヴァン様にも良い気がするわ」
出来が良すぎて他人と疎遠になるタイプの人かな。まあ、今後そんなに会う事もないだろうが、会った時にはお礼に何かを渡してもいいかもな。その時、腕の中のフィオが大きく息をついたのに気づいた。
「あの男、相当強いし、物凄い魔力量だ」
レイにしか聞こえない小さな声でフィオが呟いた。軽く震えているのは気づかなかった事にしておこう。
「ところでレイちゃんは今日は何の用事で来たの?」
そうだった。今日は『雪うさぎの討伐』の依頼達成の報告に冒険者ギルドを訪れたのだ。依頼達成の報告をすると、この依頼達成をもってレイのランクがあがった。レイの銅のタグにラインが一本引かれた。
「はい。レイちゃんおめでとう。銅一ランクになりました」
「おお!レベルアップ」
サボりながらもコツコツと依頼をこなしていたらランクが上がっていた。ま、銅は誰でもランクが上がると言われているから順当といえば順当なのかな?
雪うさぎ一匹を納品し、二匹を解体に出して肉だけをもらい残りは買取に出す。
オルネアに礼を言い、冒険者ギルドを後にした。
次に行ったのは小さな商店。看板も出ていない様な店だ。
「……いらっしゃい」
奥に座って煙草をふかしている店主は多くの皺が顔に刻まれたお爺さんだ。
チラッとこちらへ視線を投げたきり、愛想なく手元の本へと視線を戻す。
「種や球根を買いに来たんですがありますか?」
レイが訊くと、お爺さんは「あるよ」と本を読みながら答える。
「食べられる物がいいです」
「一番端の棚、上から三段目」
勝手にとれという事かな?完全に商売する気がないと見た。
レイは言われた通り棚から何種類かの種と球根を取ってお爺さんの元へ。
「いくらですか?」
「銀1枚だな」
レイがカウンターに硬貨を乗せると、お爺さんはそれをチラッと見て「まいど」と言った。商品を包むとか一切なし。レイは商品をアイテムボックスに放り込み店を後にした。
「どうしてあんな小汚い店を選んだんだ?」
フィオが疑問に思ったことを素直に聞いてきた。確かにすぐ側には大きくて賑わった店がある。
「ああいった人気のある店には大抵、種や球根は売っていないんだって。農業をしている人は自分で採取しているから買う人があまりいないみたい。そんな商品、置いても売れないから回転率が悪いんだろうね。その点、さっき行ったみたいな老人の暇潰しみたいな店には置いてある可能性が高いんだって」
売ってる店を見た事ないから、宿屋の女将さんに聞いておいたのだ。売っていて良かった。
「昼も随分すぎちゃったね。宿屋に戻ってお昼ご飯にしようか」
そして、日を改めて孤児院に行くか。今日は人に疲れる日だったな。ぐったりしながら一人と一匹は帰路についた。
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