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【過去話】フィオの昔話
しおりを挟む一番最初の記憶は、生臭い匂いと錆鉄のような匂い。それと滑りのあるものが身体中に張り付いた感触。そして息苦しさ。
顔に張り付いた滑りを必死に床に擦り付け取り除き、ようやく空気を感じた。その直後、全身を内側から刺しながら全身をバラバラにされるのではないかと思うほどの痛みが襲い、内側から力が…魔力が溢れ出してくるのも感じながら耐えられずに床をのたうちまわった。
痛みに暴れていると徐々に滑りが取れてきた。未だ張り付く滑りをある程度取り除き目を開けて見ると、汚れた半透明の膜が一部視界を邪魔するように張り付いた状態でボヤけていているが、前には10人程の人影が見え、痛む体に鞭打ち後ろを振り向くと、白い尻尾を血に染め、脚を広げ大の字に拘束されたままで血の海の中、絶命している元生物らしきものが見えた。
肺に満たされた何かがせりあがってくる。思わず咳き込み吐き出すと、体に纏わりついている滑りが出てきた。呼吸が苦しい。ずっと全身に激痛が駆け巡っている。我慢できずに再びのたうち回っていると自然と滑りは外れ、視界を遮っていたものがなくなり鮮明になる。
ここはどこだ?
あれはなんだ?
おれはなんだ?
「ぁ……あ……」
声がうまく出ない。
「おい!生きてるぞ!成功か?」
「分からん。視覚や聴覚は正常のようだが……だが、小さいな」
「まだ生まれたてだからか?死ぬなよ~。これが成功しないと俺たちが国王に殺されるからな。頼むぞ~化け物」
化物?
聞こえてくる声に思わず反応した。声の主に身体に張り付く体液を雑に拭かれ、籠の中に入れられる。
「見た目は犬だな。これがフェンリルなのか?」
「フェンリル…なんだろ。最古の魔族アヴァド族の血と古狼と獣人を何匹も掛け合わせて獣人族の腹から出てきて生きてるなんて…気持ち悪ぃな」
見た目は真っ白な子犬。しかしその体から発せられる魔力は獣人族とは違う異質なもの。
「しかし…信じられんな。文献にあった通り混ぜて生きてるんだからな。力は強く高魔力の生き物なんだろ?これを大量生産してうまく調教出来れば、我が国も力を持てる」
「出来ればな。ここまで来るのに何体駄目にしたよ?獣人は幾らでもいるが、古狼は数が少ないんだぞ?それにアヴァド族なんて、捕らえているアイツ以外見たことないぞ。まったく…何十体と失敗して出産まで漕ぎ着けたのはコイツだけだ。割りに合わんだろ」
「どうしてコイツだけ成功したんだ?法則はなんだよ?」
「わかんねーよ。わかったら苦労しないさ」
「ま、こっからはヘマにしないようコイツを育てれば研究費も入るだろう」
「あぁ。何もわからない赤子の頃から調教してたら言う事聞くだろ。ひょっとしたらパパって言われるかもな」
「ははっ、化け物にパパか。キモいな」
そんな会話を聞きながら、さっきまで自分の容れ物だったものが片付けられていくのを見ていた。
……連中の会話が理解できる。恐らくこの知識と理解力は、種を提供させられた者達のものだろう。
それから、体が馴染むための期間なのか時折訪れる身体の激痛に苛まれつつ、研究員の手により育てられた。
そこで教えられる人間至上主義、自分は人間の道具となるために生まれたのだと言うことを徹底的に叩き込まれる。
そしてフェンリルについて。風魔法が得意で巨大な白い化け物。鋭い爪と牙を持つその姿へと成長すればなるらしい。そんな姿、いつなるのだろう。
余計な事は考えないように感情や情緒を一切無視した教育方針で育てられた。食べ物にも眠る場所にも困らなかったが、つまらないし、ここの連中はムカつくからいつかこの場所を出ようと決めたが、まだ知識も体の状態も充分ではないのでしばらく残っていた。
魔族と獣が混じった俺の体はとにかく丈夫だった。
そのため、生まれて半年で騎士団との戦闘訓練が始まり、初めは鬱憤晴らしの格好の餌食となったのか『化け物』と罵りながら複数の騎士から容赦なく浴びせられる攻撃。人間の騎士団の動きなどすぐに見切ってしまったため、容易く避けることができた。それに反感を買ったのか怒鳴りながら再度攻撃してきたが、面倒くさくなったので反撃して黙らせてやった。そしたら無駄に絡んでくる奴がいなくなった。静かで良い。
それから一年程経った頃、獣人狩りと人間同士の戦、獣人との戦に駆り出されるようになった。自分と同じ製法で、生き物を生産しようとしていた研究者達は、少しずつ類似する物を生産できるようになったが、皆短命で長いものでも一年持たずに死んでいった。
夜間抜け出し記録を見ると、常時、獣人の女子供30人程がストックされ、古狼も強制繁殖させながら生産しているが、それだけ用意しても成功率は低いようだ。
戦闘か狩りをする毎日を過ごし、さらに1年程経った。3歳になると、事態は変わった。
獣人の怒りを買いすぎたこの国は、滅ぼされる。製造された混合種は保護されるが、自分の他にはあと1体だけになっていた。
この時、振り返って滅ぼされた国を見た。
燃える炎の赤と、大地を染める血の赤。そこに怒りという感情を見つけた。
…俺はずっと怒っていたのだろうか。感情がよくわからない。
……つまらない。
……生きているのが。
そう思って生きていたが、その赤を見た瞬間は気分が少し高揚した。
騎士団で学んだ感情。
その1つがあちこちに見て取れる。憤怒、恨み、憎悪、激憤。これがそうかと理解した。
それらを与えてきたもの、自分を縛るものがなくなった。俺はこれからどうすればい?高揚した気分から一転身体が震える。心も脱力する。
ずっと自分の体を縛っていたものがなくなってしまった。気付かぬ間に奴らを心の支えとしていたのだ。その支えを無くして襲われる不思議な感覚。その時に思い出した『赤』。大地を染める『赤』。あれを見たら、この感覚は無くなるのだろうか。
国を滅ぼし救出してくれた獣人達は、優しかった。自分と一緒に救出されたもう一体の混合種はすぐに死んでしまった。
獣人達は、大人は人間に近い姿をしているが、幼少期は動物の赤子と見た目が同じ。俺の見た目が赤子と思われ同情されたのだろう。まぁ、確かに生まれて3年しか経っていないが。
獣人達はある程度自分を受け入れてくれてくれたが、混合種の自分は異質。
どちらかというと、俺は魔物に近いのではないだろうか。黒い澱みから生まれてくるのが魔物だ。その仕組みは俺も知らないが基本知能は低く共通言語は話さず、意思疎通は難しい。だから、生まれた瞬間から1人で生きていく。生きるも死ぬも自分次第。魔物は力が全てだから、本能的に強い奴に皆従う。従わない奴は殺される。生き残りたかったら強くなればいい。強くなって弱い奴を従わせればいい。そんな弱肉強食の世界の生き物。
1人の俺はやはり魔物にちかいのではないだろうか。
俺は獣人の腹から生まれたが、何種も混ざった化け物には、獣人達も畏れがあるようで、見守るというよりは、関わりたくないという空気が常にあった。
身体も成長しなかった。ずっと仔犬のような姿のままだった。通常、獣人族は産まれて少ししたら人化するのに。それもまた、獣人達に避けられる要因だった。
住む場所や食糧を与えられたけど、それだけだ。
誰も、自分に何をすべきか教えてくれず、与えてくれなかった。
だからずっと思っていた。つまらないと。
あの『赤』を見た時の高揚感を思い出す。
殺せばつまらなくなくなるのかな。
強い奴を探せば
自分を殺してくれる奴を探すか。
そんな時、あの一人の獣人に会った。
高齢の獣人は寝床から自力で起き上がれず、いつも窓辺に置かれたベッドから外を眺めていた。名をフィオドールといった。
フィオドールは、常に穏やかだった。自分を見ても畏怖の感情は見せず、常に穏やかだった。
共に過ごした伴侶は、既に寿命で亡くなっていて、次は自分の死を待つのみとなっていた。
ある日聞いてみた。
「何故?」
「ん?」
「何故、アンタは死を待つだけでする事もないのに、そんなに穏やかで幸せそうにしていられるんだ?」
「ふむ。おまえ名は?」
「化け物」
「では、化け物。私は生涯愛する唯一の人を見つけたからだよ」
「…………。唯一?」
「そう。唯一の人だ」
「もう死んだんだろ?いないんだろう?」
「いるよ。ずっとここに」
フィオドールは頭を指さす。正直ボケたんだと思った。
「記憶にいるよ。彼女の匂い、声、体温、珍しい黒髪をしたその姿。思い出も全て残ってる。そして、彼女との大切な最後の約束があるから」
「約束?」
「フフ。とても可愛い約束だ」
「どんな約束?」
「彼女は私が寿命を全うしたら、迎えに来てくれるんだって。だから、私は死は怖くないし楽しみでもある」
「来ないだろう?」
「さぁどうだろう?私は迎えに来てくれると思うんだよねぇ」
「来ないよ」
「フフ。うっかり者の彼女のことだから、遅刻はするかもね」
穏やかな微笑みを浮かべながら語る楽しそうなその声。
今の自分には何もない。楽しい事も何もない。
この時、妬み、羨望を感じ胸がモヤっとしたが、それがなんなのかはこの時わからなかった。
フィオドールに聞かされる思い出。
この獣人は自分にないものを持っている。
それを手に入れたら、つまらなく無くなるのかな。
黒髪の唯一の人。
自分も手に入れたいな。
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