削除予定の世界で、俺たちは生きている。

 遠野駆には、人に言えない「視界」がある。

 現実のすべてが──建物も、空も、隣を歩く人間も──ソースコードとポリゴンの集合体として見える。壁の表面にはテクスチャのパラメータが浮かび、風に揺れる木の葉にはオブジェクトIDが張りついている。

 物心ついた頃から、ずっとそうだった。眼科でも心療内科でも「異常なし」。だから駆は、見えるものについて語ることをやめた。見えたところで何かできるわけでもない。気のせいだと流して、面倒を避けて、省エネで生きる。それが遠野駆の運用方針だった。

 その日常が壊れたのは、五月の終わりだった。

 転校生・白瀬結衣。色素の薄い髪が光に透ける、どこか現実離れした少女。彼女が教室に足を踏み入れた瞬間、駆のコード視界にノイズが走った。微細な砂嵐のような信号。普通の人間の周囲には、絶対に発生しないはずのもの。

 同じ頃、街に「バグ」が現れはじめる。
 商店街の壁面から色が消える。放課後の校舎で同じ十七分間が繰り返される。河川敷の空間が折り畳まれ、まっすぐ歩いても出発点に戻される。
 現実を構成するシステムに、致命的なエラーが発生している。そして放置された空間は、世界から「削除」される。

 バグを視認できるのは、駆だけ。
 バグの物理的な暴走を、その身ひとつで抑え込むのは、劇画から抜け出てきたような異質な存在感を持つ男・豪剛健。
 そして──バグの発生源は、白瀬結衣、彼女自身だった。

 彼女の感情が揺れるたびに、世界が壊れる。
 孤独を感じれば色が消え、後悔に囚われれば時間がループし、自分の居場所がないと思えば空間そのものが歪む。

 駆の役割は「デバッグ」。コード視界でバグの原因を突き止め、修正パッチを当てること。だが気づいてしまった。いくらコードを直しても、彼女の心が揺れ続ける限り、世界は壊れ続ける。

 技術では、人は救えない。
 けれどこの視界がなければ、彼女に手は届かない。

 壊れかけの世界で、冷めた少年は初めて「面倒ごと」に自分から手を伸ばす。
 削除予定の世界を、まだ終わらせないために。
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