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66)良い兄であるということ
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「みんな……とは、あの屋敷にいた他の子供達のことか?」
「はい。私はあの子たちと幼い頃より寝食を共にし、家族同然で育ちました。なので、美味しいもの、素敵なもの、綺麗なものなどに出会うと、つい『あの子達にも見せてあげたいな』と思ってしまうのです」
私はそう答えて、朝日を浴びて宝石のようにキラキラ光る、穏やかな朝凪を眺めた。
目を閉じれば昨日の事のように思い出す、懐かしい過去。
幼い頃、土谷田様の膝の上で飲んだクリームソーダ。
彼のお気に入りの子のお誕生日会。
仲間たちと協力し、助け合って暮らした日々……。
幸せだったとは言い難いはずのあの日々も、今思い出すと不思議と楽しかったことばかりが頭に浮かぶ。
それはあの屋敷で飼われていた仲間達が、皆優しくて聡く、仲間想いのいい子達ばかりだったからだと、今なら分かる。
「家族同然、か……。それが日和の望みならば、叶えられるよう今度掛け合ってみよう」
「えっ、よろしいのですか?」
「ああ。そのくらいの望みは叶えてやれるだろう。こんな力なき私でも」
「――? 力なき?」
不思議なワードにふと水湊様の顔を窺いみるけれど、水湊様のお考えはその穏やかな表情からは読めない。
「あの子達は施設でも仲間同士助け合って暮らし、みな素直で良い子ばかりだそうだ」
「あの子達が?」
「ああ。彼らの生育歴を鑑みれば、あれだけ精神が安定している事は驚きだと施設医が言っていた。あの調子ならばカウンセリングの期間が終わり次第、すぐにでも良い里親が見つかるだろう」
「里親……。では、あの子達に近い将来、本当の家族が出来るかもしれないのですね」
「そうだ。あの子達は置かれた境遇こそ不幸だったかもしれないが、日和のような良い兄貴分が傍で面倒を見ていたことは、非常に大きかったと思う。日和はどんなときも、自分より彼らの身を案じ、辛いことから彼らを守ってきただろう?」
「私は『守る』なんて大それた事はしていません。むしろ、守りきれなかった事ばかりで」
「ふふ、そんなことはない。今も彼らと幸せな時を共有しようとしただろう? 何時いかなる時も己の味方でいてくれる者の存在は、子供の生育にとってとても重要だ。日和は彼らにとって、本当に良い兄だったのだと私は思う」
「そ、そうでしょうか……」
そう言い切る水湊様に、私は恥ずかしい気持ちと誇らしい気持ちが、心の中で綯い交ぜになった。
私にそんなつもりはなかったけれど、そうだったら嬉しく思う。
みんなが元気に過ごしていることが知れたことはもちろんだけれど、何より水湊様が私のことをそういう風に見てくれていたことがとても嬉しい。
けれどもふと見上げた水湊様の表情は、何故だか憂いを帯びていた。
「ああ。お前は本当に良くやっていると思う。――――私とは大違いだ」
「――? 水湊様だって東條院家のために毎日身を粉にして働かれておりますし、素敵なご令弟がお二人もいらっしゃるではありませんか」
「はは。『家のため、身を粉に』……か。それは単なる役割……いや、口実だな。仕事で忙しくしていれば、家に居なくても済み、父親の抑止力にもなる。私たち兄弟は、あくまで利害が一致しているから共に暮らしているに過ぎない」
「利害……?」
そう仰る水湊様のお顔は、悲しげな微笑みだった。儚げなそのお顔は、私が見た事のない水湊様らしからぬ表情だ。
「律火に限って言えば、母が死んだあの日から私を恨んでいるだろうな。私さえいなければあの会社を継ぐは律火だったし、母は今も生きていた。私さえ居なければ……と」
「……!? お待ち下さい。律火様はお優しい方です。そんなお考えを持たれるようなお方では、決して……!」
「ふふ、日和は律火が好きなんだな。だが、律火は優しいからこそ、だ。律火の父を不幸のどん底へ突き落としたのも、そのせいで母を死なせたのも。全て、私なんだ」
「律火様のご両親……?」
律火様のご両親は、水湊様のご両親でもあるはず。けれども水湊様の言い回しを聞いていると、とてもそんな風には思えない。
詩月様のご出自が少し複雑であることは、大海原君からふんわりと聞いている。けれども、律火様と水湊様にも何らかのご事情が……?
私は無意識に怪訝な顔をしてしまっていたのだろう。それに気がついた水湊様がふっと表情をお緩めになった。
「――――少し話しすぎた。体が冷えたので車に戻る」
「あ……。はい」
水湊様の困ったような笑みを目の当たりにして、自分がこの件に踏み込みすぎたと悟る。
愛玩奴隷は主人を癒す存在でなくてはならない。
そう考えた私は、スッと言葉を飲み込んだ。
「はい。私はあの子たちと幼い頃より寝食を共にし、家族同然で育ちました。なので、美味しいもの、素敵なもの、綺麗なものなどに出会うと、つい『あの子達にも見せてあげたいな』と思ってしまうのです」
私はそう答えて、朝日を浴びて宝石のようにキラキラ光る、穏やかな朝凪を眺めた。
目を閉じれば昨日の事のように思い出す、懐かしい過去。
幼い頃、土谷田様の膝の上で飲んだクリームソーダ。
彼のお気に入りの子のお誕生日会。
仲間たちと協力し、助け合って暮らした日々……。
幸せだったとは言い難いはずのあの日々も、今思い出すと不思議と楽しかったことばかりが頭に浮かぶ。
それはあの屋敷で飼われていた仲間達が、皆優しくて聡く、仲間想いのいい子達ばかりだったからだと、今なら分かる。
「家族同然、か……。それが日和の望みならば、叶えられるよう今度掛け合ってみよう」
「えっ、よろしいのですか?」
「ああ。そのくらいの望みは叶えてやれるだろう。こんな力なき私でも」
「――? 力なき?」
不思議なワードにふと水湊様の顔を窺いみるけれど、水湊様のお考えはその穏やかな表情からは読めない。
「あの子達は施設でも仲間同士助け合って暮らし、みな素直で良い子ばかりだそうだ」
「あの子達が?」
「ああ。彼らの生育歴を鑑みれば、あれだけ精神が安定している事は驚きだと施設医が言っていた。あの調子ならばカウンセリングの期間が終わり次第、すぐにでも良い里親が見つかるだろう」
「里親……。では、あの子達に近い将来、本当の家族が出来るかもしれないのですね」
「そうだ。あの子達は置かれた境遇こそ不幸だったかもしれないが、日和のような良い兄貴分が傍で面倒を見ていたことは、非常に大きかったと思う。日和はどんなときも、自分より彼らの身を案じ、辛いことから彼らを守ってきただろう?」
「私は『守る』なんて大それた事はしていません。むしろ、守りきれなかった事ばかりで」
「ふふ、そんなことはない。今も彼らと幸せな時を共有しようとしただろう? 何時いかなる時も己の味方でいてくれる者の存在は、子供の生育にとってとても重要だ。日和は彼らにとって、本当に良い兄だったのだと私は思う」
「そ、そうでしょうか……」
そう言い切る水湊様に、私は恥ずかしい気持ちと誇らしい気持ちが、心の中で綯い交ぜになった。
私にそんなつもりはなかったけれど、そうだったら嬉しく思う。
みんなが元気に過ごしていることが知れたことはもちろんだけれど、何より水湊様が私のことをそういう風に見てくれていたことがとても嬉しい。
けれどもふと見上げた水湊様の表情は、何故だか憂いを帯びていた。
「ああ。お前は本当に良くやっていると思う。――――私とは大違いだ」
「――? 水湊様だって東條院家のために毎日身を粉にして働かれておりますし、素敵なご令弟がお二人もいらっしゃるではありませんか」
「はは。『家のため、身を粉に』……か。それは単なる役割……いや、口実だな。仕事で忙しくしていれば、家に居なくても済み、父親の抑止力にもなる。私たち兄弟は、あくまで利害が一致しているから共に暮らしているに過ぎない」
「利害……?」
そう仰る水湊様のお顔は、悲しげな微笑みだった。儚げなそのお顔は、私が見た事のない水湊様らしからぬ表情だ。
「律火に限って言えば、母が死んだあの日から私を恨んでいるだろうな。私さえいなければあの会社を継ぐは律火だったし、母は今も生きていた。私さえ居なければ……と」
「……!? お待ち下さい。律火様はお優しい方です。そんなお考えを持たれるようなお方では、決して……!」
「ふふ、日和は律火が好きなんだな。だが、律火は優しいからこそ、だ。律火の父を不幸のどん底へ突き落としたのも、そのせいで母を死なせたのも。全て、私なんだ」
「律火様のご両親……?」
律火様のご両親は、水湊様のご両親でもあるはず。けれども水湊様の言い回しを聞いていると、とてもそんな風には思えない。
詩月様のご出自が少し複雑であることは、大海原君からふんわりと聞いている。けれども、律火様と水湊様にも何らかのご事情が……?
私は無意識に怪訝な顔をしてしまっていたのだろう。それに気がついた水湊様がふっと表情をお緩めになった。
「――――少し話しすぎた。体が冷えたので車に戻る」
「あ……。はい」
水湊様の困ったような笑みを目の当たりにして、自分がこの件に踏み込みすぎたと悟る。
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そう考えた私は、スッと言葉を飲み込んだ。
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