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6 利休の死
楽茶碗
しおりを挟む6 利休の死
その二年後の天正年十九年(1591)、千利休は豊臣秀吉の勘気に触れ、茶器の高額な販売を「売僧の頂上(まいすのちょうじょう)」と咎めら切腹して果てた。
僧籍にあるにも関わらず、不当な金儲けを行った首魁、ということである。
しかし、それは表向きのことであり、実情は、大きくなり過ぎた利休の政治力を、秀吉は疎ましくなり殺したのだった。秀吉は諸大名を懐柔させるために千利休の茶の湯を利用し、利休に諸大名との政治交渉の一部を任せていた。
利休の狭い茶室は密談を交わすには格好の環境でもあった。
そのため秀吉は利休の茶の湯に権威を持たせ、利休の茶を喫することは特別な名誉であるとし、利休が職人に作らせた驚くほど高価な茶道具の流通も許した。
しかし、これはあくまで豊臣秀吉という絶対権力者の後ろ盾があってのことであり、利休の茶の湯の権威も秀吉が使役する政の道具に過ぎない、と秀吉は思っていた。
ところが、利休が追い求めた茶の湯、そして千利休という人間には魅力があり過ぎた。
多くの大名が利休に心酔してその弟子となり、利休の影響力は次第に増して、その言葉は政治をも動かすほどになってきた。
豊臣政権の絶対権力の確立と永続を目指す豊臣秀吉にとって、己以外に政を左右する者がいるのは許すことが出来ない。秀吉は四年前に伴天連追放令を発布したが、その理由の一つには自らの権力を脅かす危険性があったからである。
秀吉にとって利休は「獅子身中の虫」となってきていたのだ。
もはや、利休が排除されるのは時間の問題に過ぎなかった。
「千利休に政治力があり過ぎるから切腹を命じる」
と世間に公表したのでは収拾がつかない。そんなことをしたら豊臣政権の権威を損ねてしまう。
そこで世間では利休の高額な茶器販売が目立っていたため格好な口実にされたのだ。
利休は己の茶の湯の理想を追求するためにどうしても金が必要だった。
新たな茶道具を作るにも、理想の茶室と庭を造るにも大金が必要である。
何事も新しい試みというのは甚だ金の掛かるものなのだ。
利休がそうやって作り上げた茶の湯を最も楽しみ、利用したのは誰あらぬ秀吉なのに、それを今になって秀吉が咎めるのは矛盾している。
しかし権力者にとっては道理などはどうでもいい、権力の邪魔になった者は排除されるしかないのだ。
いずれにしても千利休にはもう生きる道は残されていなかった。
あるいはこれは長次郎を犠牲にした報いだったのかもしれない。
利休の死を知ったリユは世の無常に力を落とし涙するしかなかった。
手を合わせて一心に千利休の冥福を祈るのだった。
利休の切腹に連座して、天下一茶碗師の楽宗慶と楽常慶、楽宗味の父子は利休の遺族の千少庵らと共に会津の蒲生氏郷の許に配流された。
「売僧の頂上」の楽茶碗を作った陶工として、さらに利休の親族として罰せられたのである。
楽常慶と楽宗味兄弟の妻らには子がなかったために離縁されて実家に戻った。
罪人の妻として生きるよりもその方がましだと楽親子は思い、妻らを説得して男たちだけで会津へと旅立って行った。
しかし、リユは一人で京に残り、幼児の惣吉を抱えて必死で生き長らえ父と兄弟の帰洛を待つしかなかった。
三年後の文禄三年(1594)、秀吉の勘気は解けて千少庵らと共に楽父子も帰洛が許され、上京の油小路一条下の屋敷で作陶に戻ることが出来た。リユも共に屋敷に住むことが叶い、以前のように焼き物工房の手伝いに励みながら懸命に我が子の惣吉を育てた。
帰洛直後に宗味は楽の苗字を捨て田中姓に戻り元の土風炉師になった。
帰洛後しばらくは仕事も振るわなかった常慶と宗味であるが、数年後には楽茶碗の制作も許され、楽の苗字に復帰して家業を盛り返すことができた。兄弟は新たな女性と再婚して家庭を持った。
リユは常慶の後妻に楽家の切り盛りを託して家を出ることに決めたが、有能なリユに去られては困ると常慶はリユを説得して後妻には家事をさせ、リユに工房の仕切りを続けさせた。
慶長三年(1598)には太閤・豊臣秀吉が亡くなった。
まだ幼子の秀頼の将来を案じながらの死であり、天下には今後の風雲が予想された。
その二年後には関ヶ原の戦いが起こり、世の実権は徳川家康が握ることとなったが、大阪には豊臣秀頼がおり、まだまだ戦乱は収まりそうになかった。
慶長十年(1605)にはリユの父の楽宗慶(田中宗慶)が亡くなった。
宗慶は元々が土風炉師だったのを、婿の長次郎の不行状によって不本意ながら楽茶碗師となり、天下一の称号まで得たものの、親族の千利休の切腹に連座して会津に配流になるなど周囲に振り回され通しの人生だった。
早くに妻に先立たれながらも常慶、リユ、宗味らを育て上げ、ひたすら家族の幸せを願った真摯な人間であった。
常慶、リユ、宗味は盛大な弔いを上げて、亡くなった父の宗慶に感謝を捧げ、楽家の存続を誓うのだった。
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