青の光跡

桧山 紗綺

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27 高貴なご婦人

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 突如話に入ってきた女性にソフィアはどうしてか既視感を得た。
 女性は繊細なレースを使ったドレスといい、堂々とした佇まいといい、一目で高貴な方なのがわかる。
 主人には失礼だがこんな安宿にいるのが不自然でならない。
「お話が聞こえてきたから割り込んでしまったわ。 ごめんなさいね?」
 謝罪を口に乗せた女性は扇を口元に当て、優雅に微笑んだ。
 ソフィアたちの母と同じ年くらいに見える。
 面識のない貴族の女性だった。
 それはオリヴァーも同じだったらしく、突然の乱入に口を開けて相手を見返すばかり。
 言葉を返せないオリヴァーを見てソフィアが言葉を掛けた。
「失礼します。 私、ウォルトン商会のソフィアと申します。
 失礼ですが……」
 まず名乗ってからどなたかと問う。
 貴人がソフィアたちとオリヴァーの言い合いに入ってくるなんて、あまり考えられないことだ。
「アディントン、と言えばわかるかしら?」
 ソフィアたちを見回すご婦人はどこか楽しそうな声でヒントを出す。
「それでは、アイリーン・アディントン様……」
 既視感の理由がわかった。
 花の街の領主の奥方の親戚で、ソフィアたちの母とは面識があったはず。
「正解よ。
 どうかしら? 私では買い手として不服?」
 ゆったりと問いかけるアイリーン様にオリヴァーは顔を青褪めさせている。
 社交界の花と謳われる彼女はたくさんの宝飾品を所持しシーズンごとに新しい物を買い求めると有名だ。
 だからこそ違和感のある申し出だった。
 こんな怪しい取引に関わらなくとも彼女なら同程度、いや、もっと質の高い品物だって手に入れられるはず。
 なぜ、敢えてこんなトラブルに首を突っ込むのか。
 考え込むソフィアに女性が目配せをした。
 その意味深な視線にソフィアは口を噤んだ。
「いえ……、不服など。 光栄です」
 オリヴァーも困惑しながらも肯定を返す。それ以外の返事なんてできないだろう。
「しかしどうして、とも思います。 アディントン家ともなれば宝石など選り取り見取りでしょう、私たちでなくとも取引をしたい商会はたくさんある」
「そうね。 声を掛ければ屋敷まで来てくれる商会はあちこちにあるわ」
 ならどうして、といくつもの視線がアイリーン様に向かう。
「私ね、青光石を探しているの」
「青光石を、ですか?」
 他の石ではなく青光石を?
「そう」
 微笑むアイリーン様。表情からは真意が読めない。
「私のお姉様の末の子が今度結婚するの。
 青光石はその色から門出の空に見立てられ、贈り物にふさわしいとされる石よ。
 可愛い姪っ子の旅立ちにこれほど似合う贈り物はないと思わない?」
「しかしそちらの石は所有権を巡り意見が対立している品です。
 ご令嬢の旅立ちの品としてはあまり……」
 アルフレッドが控えめに口を挟む。
 余計なことを言うなと睨みつけるオリヴァーの視線を流してアルフレッドはアイリーン様に訴える。
「あら、それは大した問題じゃないわ。
 私の元に来るときには片付いているでしょう?」
 放たれた言葉にアルフレッドもオリヴァーも絶句した。
 当然問題を片付けた上で売るのよね?と暗に言っているのだ。
 当たり前のことだけどオリヴァーには痛烈な皮肉だったようで顔を赤らめている。
「そう難しいことじゃないのですもの。 当然よね?」
「ええ……、もちろんです」
「いずれにしても石を見ないことには話が進まないわ」
 まずは石を見たいと言う言葉を拒否することもできず、オリヴァーはアイリーン様を店に案内せざるを得なかった。
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