7 / 49
子供たちになんて言いましょう。帰りが遅いですが心配は杞憂でした。
しおりを挟む私の体調不良を心配して医者を呼んでくれた兄がなんとも言えない顔をしています。
そんなに悪いんでしょうか。体感ではそれほどでもないのですが。
「あー、驚いた」
何にでしょうか。
首を傾げていると兄の微妙な顔が笑みに変わっていきました。
「おめでとう、懐妊だそうだよ」
「え……?」
解任……、懐妊!?
「ええっ!?」
本当ですか!?
懐妊って子供が宿っているってことですよね!
子がいる……。イクスの子……。
腹に手を当てるとじわじわとうれしさがこみ上げてきます。
「どうする?
三人を探して呼び戻すか?
早く知らせた方が……」
兄の提案に首を振ります。
せっかく初めて遠くの街に冒険に行っているのに邪魔をしたくありません。
数週間後には帰ってきますしその時に知らせればいいのです。
わざわざ知らせに行ったら依頼も途中で切り上げて帰ってきてしまうんじゃないかと思うので戻ってからでいいでしょう。
◇ ◇ ◇
今、そう思ったことを後悔しています。
あれからひと月経ちました。
本来ならもう帰ってきている予定なのにまだ帰ってきません。
なんの連絡もないことがさらに不安を掻き立てます。
もちろん予定通りにいかないこともあるのはわかっていますが、大丈夫でしょうか。
あと数日帰還もせず連絡も無いようでしたら誰かに様子を見に行ってもらうつもりです。
今ごろ何をしているんでしょうか。何か、胸騒ぎがします。
悪い予感ではないんですが、何かとんでもないことが起こるようなそんな気が。
そんなことを考えていると門の方が騒がしくなりました。
リオンの声が聞こえますが門番ともめているんでしょうか、なぜか門番が入れようとしていません。
庭に降りて行くと喧騒がよく聞こえます。
「だから危なくないって! 必要なの!!」
「そうだよ、お母様たちのために連れてきたんだから」
リオンとルイスが門番と言い合っています。
困った顔をした門番が助けを求めてイクスを見ました。
久しぶりに見たイクスは二人を連れての長旅だったのにもかかわらず活力に満ちた顔をしています。
ほっとしたと共にあたたかい気持ちが湧いてきます。会いたかった。無事でよかった。
子供のことを知ったらどんな顔をするかしら。話したいことが一杯あります。
門番に話しかけようとしたイクスが私に気づき、喜色を浮かべました。
「お母様!」
「お母様、ただいま帰りました!」
私に声をかけようとしたイクスを置き去りにしてリオンとルイスが駆け寄ってきました。
止めようとした門番をイクスが宥めています。
いつものように飛び込んでくるのかと思ったら目の前で急停止しました。
「お母様! 赤ちゃんおめでとう!
これ、おみやげなの!!」
そう言ってリオンが差し出したのは洞窟の奥にある湖水のような青色をした石です。
深い青がとても綺麗。
もしかしなくても高純度の魔石ね。今回行くようなところにこんな石が取れる場所あったかしら。
いえ、それよりも……。
「僕からはこれを。
弟を守ってくれるよう言い聞かせておいたので、きっと良いパートナーになってくれます」
ルイスの差し出した手に乗っていたのはおそらくシルバードラゴン。ですよね?
なんだかとても小さいのですけど。
ルイスの手に乗るくらい……。そう、リンゴ一つ分くらいの大きさしかありません。
こんな生き物でしたっけ?
得意げな顔をしたルイスの手の上で小さく鳴くドラゴン。かわいい。
ではなく……。
「ええと、まずはお帰りなさい。
お土産もありがとう。
それで、赤ちゃんって……」
「お母様赤ちゃんできたのでしょう!
私うれしくって! 水属性を活かせるような魔石を採ってきたのよ!」
なぜ知っているのかとかもう愚問かしら。
『精霊のいとし子』ってそんなことまでわかるのね。
水属性なら、私と一緒だわ。
「僕もうれしいです。
赤ちゃんが小さいうちは危険が多いのでしょう?
だから弟を守れるような存在を連れてきました」
そうね、赤ちゃんが小さいうちは目が離せないものよ。
でもドラゴンが守護に付く赤ちゃんは他にいないと思うわ。
そして男の子なのね、お腹の子は。
知らせなくても知っていたどころか生まれてもいないのに赤ちゃんが男の子で水属性だとかわかるなんてびっくりです。
双子と一緒にいたイクスももう知っているということですね。
門番に説明していたイクスがこちらにやって来ます。
「お疲れ様でした、イクス。
二人が無茶を言ったようですね」
私の言葉にイクスが苦笑を見せる。
どんな大冒険があったのか後で聞かせてもらおう。
「ただいま、レイン。
いきなり赤ちゃんのためにお土産を持って帰ると言われたときは何を言っているのかと思ったよ。
しかも初級洞窟の奥に水属性の魔石が採れる泉があったとかギルドが大騒ぎだ。
ルイスは途中でいなくなったかと思えば小さなドラゴンを捕まえてくるし。
街にも入れなくて困ったよ」
そうですよね。魔物連れで街に入るのは避けたいですよね。
初級洞窟の中に高純度の魔石が採れる場所が見つかったのも大発見ですよね。褒賞ものなのは私でもわかります。
そんなことよりも、説明する前に知っていたなんて、私なんて言えばいいんでしょうか。
考え込んでいる私の前にイクスがしゃがみます。
「ふたりから聞いてはいたけれど、君の口から聞きたいな。
教えてくれないか?」
私の手を取って微笑む顔があんまりにもうれしそうなので、悩んで考えていたことなんてどこかへ行ってしまいました。
「赤ちゃんができました」
口にして、目の前で喜んでいる人がいるという実感が急に湧いてきました。
これはうれしいことで喜んでいいんだと。何を悩んでいたのかなんて思ってしまいます。
「すごくうれしい、レインありがとう」
私のお腹の辺りに口づけてイクスが喜びを言葉にしてくれます。
子供たちやみんなの前で少し恥ずかしくはありますが、とてもうれしいです。
「レイン、これを受け取ってくれないか」
そう言ってイクスが取り出したのは透明な石でした。どこまでも透き通るような透明な石は通称天使の涙と言われる属性を持たない魔石の一種です。その昔荒れた大地を悲しみ天使が流した涙が大地を癒し、その一粒の涙が形になったという伝承のある。いえ、由来は今どうでもいいですね。
他の属性の影響を一切受けないというその特徴から『変わらないもの』を象徴する石になります。
つまり……。
「ずっと渡したかったんだ。
でも、君に迷惑じゃないか、俺は君に相応しい立場じゃないとか、縛りつけるような真似はするべきじゃないとか色々考えてずるずる時間ばかりかけてた。
けれど、俺とレインの子ができたって聞いてはっきりと感じた。君と離れたくないと。
俺が君に釣り合ってるとは思わない。
君にはきっとこれからも素敵な出会いがあると思う。
でも、その可能性を捨てて俺とずっと一緒にいてほしいんだ」
縛りつける関係を避けていたのは私も同じ。
ずるずると考えるのを先延ばしにして言い訳をしてたわ。
「俺はこの石に、君とこれから生まれる子供、それからリオンとルイスへの変わらぬ愛を誓う。
だから、どうか俺と結婚してもらえませんか」
涙が溢れた。うれしくてイクスをぎゅっと抱きしめる。
「ずっとイクスと一緒にいたいです!
子供たちを一緒に見守って、年をとっても一緒にいてほしい。
冒険に行ってる間は戻ってくるのを待ってます。
イクスが帰るのを待っていいんですね?
あなたが帰るのは私のところでいいんですね!」
うれしくて何度も確認をしてしまいます。
「君のところへ帰りたい。
過ぎた願いでもどうか許してほしい」
「過ぎた願いなんかじゃないわ。
私こそあなたの自由を奪うのが怖くて何も言えなかった」
勝手に捨てられるのを怖がって、ただ今の幸せを無くしたくないと思うばかりで。
私あの頃から何も成長していなかったみたい。
自分から望んでもいいのね。
「受け取ってくれるかな?
これはリオンやルイスの手は借りてないよ、流石に格好つかないからね」
手のひらにそっと乗せられた石をしっかりと握り締めるとイクスからキスが降ってきました。
周りで見守っていた子供たちや屋敷のみんなから歓声が上がります。
その日は三人の帰還祝いと赤ちゃんができたお祝い、私とイクスの結婚が決まったお祝いと、めでたいことづくしの宴会となりました。
戻ってきて疲れているリオンとルイス、夜更かしのできない私と付き添ってくれたイクスは先に抜けましたが、宴会は夜が更けても続いていたそうです。
後でこそっといつから石を用意していたのか聞いたら双子が冒険に出る前からずっと持っていたと教えてくれました。
そんなに長い間想っていてくれたことに感激しました。
イクスはそんなに長い間何も言えずにずるずると関係を深めていた狡くて情けない男だと言っていましたが、それは私も同じです。
ふたりで同じベッドに寝転んで今までのこと、これからのことを話します。
たくさん話しても話は尽きません。
眠気がやってきた頃、まだ言っていなかったことを思い出しました。
「イクス、お帰りなさい……」
お帰りなさいと言うだけで幸せが溢れてきます。
絡めた手がきゅっと握られた感触がして「ただいま、レイン」と優しく囁く声が聞こえました。
頬に落ちるキスの感触を最後に眠りに落ちて行きました。
626
あなたにおすすめの小説
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
【完結】『妹の結婚の邪魔になる』と家族に殺されかけた妖精の愛し子の令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。
夏灯みかん
恋愛
メリルはアジュール王国侯爵家の長女。幼いころから妖精の声が聞こえるということで、家族から気味悪がられ、屋敷から出ずにひっそりと暮らしていた。しかし、花の妖精の異名を持つ美しい妹アネッサが王太子と婚約したことで、両親はメリルを一族の恥と思い、人知れず殺そうとした。
妖精たちの助けで屋敷を出たメリルは、時間の止まったような不思議な森の奥の一軒家で暮らす魔術師のアルヴィンと出会い、一緒に暮らすことになった。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。
秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」
私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。
「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」
愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。
「――あなたは、この家に要らないのよ」
扇子で私の頬を叩くお母様。
……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。
消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる