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番外編など
子供たちの知らない話。彼女も知らない話。 <イクス視点>
しおりを挟む夕食を終えてライナスを寝かしつけにいったレインを見送って義兄上から酒に誘われる。
了承を伝えて部屋を移ると琥珀色のボトルに入った酒が目に入った。
俺の視線に気づいた義兄上が悪戯っぽく笑う。
「あいつらが土産に酒を持ってくる歳になったんだもんなあ。
月日が流れるのは早いもんだ」
一緒に飲んでやればよかったのにと酒を示す義兄上に首を振る。
「その酒はまだルイスには早いですよ」
酒精も強く苦みも強いので初めての酒には向かない。
初めて息子と飲む酒に引かれなかったわけではないけれど、悪酔いさせるのもなんだったのでまた今度と言ったらルイスは少し拗ねていた。
「俺もあいつと飲んでみたかったんだけどな」
そう言いながら、琥珀色のボトルではなく赤いラベルの貼られた酒を開けグラスに注ぐ。
「近々また持ってくると思うよ、興味があるみたいだから」
満たされたグラスを持ち上げて呷る。
酒が注がれているときはただの男同士として。
約束に従い口調を変える。
「ならお楽しみにしとくか。
どんな風になるか楽しみだ」
「楽しみではあるけど……。
ライナスに幻滅されない程度になるよう釘を刺しとこうかな」
ルイスは意外とカッコつけだからレインやライナスの前で崩れる姿を見せたくないだろうし、酔い醒ましの用意もしておこう。
「お前も甘やかすなあ。
最初の酒なんて失敗するもんだろ」
「だからかわいい子供には同じ轍を踏まないように教えるんだ」
俺の失敗なんて可愛いものだけど、それでもレインに知られたくはない。
「俺の失敗はこの屋敷の全員が知ってるんだぞ。
ルイスにも同じ気持ちを味わってもらおうと思ったのに」
義兄上の失敗だって大したものではないと思う、少なくとも冒険者たちの間の酷い馬鹿話に比べれば。
目が覚めたら自警団の詰め所にいたとか、調子に乗って酒場で飲みすぎて金が足りず装備を売る羽目になったり。もっと酷いのもある。
義兄上の良い気分で飲みすぎて限界に気づかず倒れたなんて可愛いものだ。
一晩中介抱して大変だったのとレインが笑っていた。
こうして義兄上と酒を酌み交わすようになったのはレインへ想いを伝える前のこと――。
リオン、ルイスの顔を見に来た帰り、屋敷の主人に声をかけられた。
良かったら食事も一緒にという誘いを辞退して帰るところだったのだが、彼の方から迷惑でなければ子供たちと一緒に取ってくれと言われてはさすがに断れない。
リオンとルイスはとても喜んでくれ、レイン様もそんな二人を見て嬉しそうに微笑む。
家族の団欒に混ざることに気後れはあるがこんなに喜んでくれるとは嬉しい限りだ。
食後に酒に誘われたのは予想通り。多少の緊張を覚えながらも部屋を移動する。
酒を飲むための部屋が別にあるのは聞かれたくない話や腹を割った話をするためなのだろう。
勧められた椅子に掛け酒を選ぶ彼の顔を窺った。
棚に並べられた酒からはここの主が酒を楽しむ人間であることがわかる。
見せるためだけに高い酒や希少な酒を並べる貴族もいるが、ここに並ぶ銘柄はどれも確かな味を持つとして酒飲みに好まれている銘柄が多かった。
その中から一本を取り向かいへ座る。
それぞれのグラスへ酒を満たしてボトルを置いた彼の勧めに従って手を伸ばす。
自分のグラスを持った彼が口の端を上げた。
「俺たちの間には色々な立場があるが、こうしてグラスに酒が入っているときは男同士対等にいこうか」
グラスを持ったまま真意を測るように目を見る。
「貴族と平民としてなら俺の方が立場が上だろう。
けれど名を馳せた冒険者と地方の一領主では君の方が尊重されることもある。
妹とその子供を救ってくれた恩人としてはこちらが敬意を払うべき存在だ」
否定するべきなのだろうが、彼がそれを望まないのがわかる。
「それらを取っ払って話がしたいということだ」
笑みを浮かべながらも瞳は真剣そのものだった。
「ああ、わかった」
わかりやすく了承を表すものとして口調を崩す。
俺の了承を受け取った彼が笑みを深めた。
お互いにグラスを掲げ、同時に口をつける。
ひんやりと流れ込んでくる酒は、仄かな薫りを残し喉を落ちていった。
「冒険者は回りくどい言い方を好まないと聞くがイクスはどうだ」
「どっちでも。 話しやすい方で」
話を持ち出す方がやりやすい方で構わない。
口の中で転がしていた酒を飲み込んで彼が口を開く。
「リオンとルイスは本当にイクスに懐いてるな」
嬉しいことにリオンもルイスも慕ってくれていつも歓迎してくれる。
「レインも、イクスが来てるときは楽しそうにしてる」
レイン様に言及されてどきりとする。その話が出てくるのはわかっていたことだというのに。
俺のわずかな動揺に気づいたのか彼の目が面白そうに細められる。
「レインを口説こうとは思わないのか?」
ストレートな質問に一瞬言葉に詰まった。
身分が違うなんてありきたりな言葉は使うなよ、と釘を刺される。
「口説きたいとは思いましたよ」
正直に吐露する。何度も思った。
彼女の微笑みを見るたびに口をついて出そうになる言葉を幾度も止めた。
「別に我慢しなくてよかったんだぞ」
我慢、か。
「彼女は俺のことをなんとも思ってないでしょう」
恩人として感謝しているというのはよく言われる。
信頼の滲む瞳に誇らしさと面映さを覚える。
それに、少しの物足りなさを感じ始めたのはいつからだったか……。
「あいつもなあ……。
自分が欲得で魅力的な存在なのはわかってるんだが、それ抜きでも自分を望む相手がいるのにピンとこないんだろう」
「あれほど魅力的なのに」
美しく、穏やかな人柄で、双子たちの周囲で起こる超常じみた現象にも慌てない胆力もある。
妻としても母としても望む者は多いだろう。
俺の意見に苦笑する。
「まあ惚れた欲目は抜いても、イクスの立場ではそう考えるのも無理ないか。
ただ、目線が違うとそうとも言えないが」
貴族目線なら、ということだろう。
「あいつに来る縁談で一番多いのは『精霊のいとし子』を得ようとするものが多い。
次いで俺やこの領地と縁ができる、まあ普通の政略的な申し出だな。
後はあいつ自身を望む後妻の申し入れなどだ。
……ちゃんと断ってるからその目を止めろ」
殺気かはわからんが怖い、と言われて目を覆って隠す。
息を吐いて気持を落ちつけるように酒を飲んだ。
「すまなかった、続けてくれ」
「『精霊のいとし子』を望む者は論外。
それを除いた政略結婚も特に必要はない。
面倒な縁ができるくらいなら手元にいた方が良い」
いくらでも縁談はあるが個人の幸せを追求すると選べる相手は少ないということか。
二人を連れての再婚となると壁が高くなり、子供たちと別れての再婚はレイン様も望まないだろう。
もちろんうまくいって幸せになる可能性もあるが、家を出れば何かあっても助けてやれないと視線を落とす。
前の夫のことを考えれば警戒するのは当然だ。
あの時自分が居合わせたのは偶然でしかない。
自分の目の届かないところでどんな扱いを受けるか、彼はそれを一番恐れている。
危険を上げればキリがないほど浮かぶ。
自分でさえそうなのだ、彼は上げられる可能性すべてを警戒し、防ぎたいのだろう。
「だからお前が口説いてくれたらいいんだが」
話が急に戻ってくる。
「リオンとルイスも懐いてるし、お前なら政治的な要素もなく面倒がない」
「俺は平民ですが」
テーブルに置いたグラスを指でトントンと叩く仕草で口調が戻ってることを指摘される。
「お前くらいの冒険者になれば貴族と縁を繋ぐこともあるだろう?
大した問題じゃない」
逃げ道を一つ一つ潰されていく。この人はいつからそのつもりだったんだろう。
「まあ、どうするかはお前次第だ。
別に今の関係で満足してるならそれもいいしな」
どちらでも良いのだろう。
俺が手を伸ばしても伸ばさなくても。
その上で俺に機会を与えている。
「ひとつ聞きたい」
了承を視線で寄越す彼への問いはひとつ。確認でしかない。
「俺を唆すのは『精霊のいとし子』を守るためか?」
殺気にも似た威圧を込めて問い質す。
彼は笑みを深めただけで恐れる様子など欠片も見せなかった。
「当然だろ」
思わず舌打ちが出た。何が怖いだ。
リオンとルイスが『精霊のいとし子』であることはどうしても切り離せない。
レイン様を伴侶に迎えようというなら二人を守る力があることが前提なんだろう。
良いように話を持っていかれたみたいで悔しさもある。
けれどそれだけ見込まれた喜びの方が遥かに勝った。
俺なら子供たちもレイン様も守ることができると言外に言われたのだ。
それがなければ如何にレイン様に想いを寄せたところで許可は出さないだろう。
自身が望む未来と周囲の願いに折り合いをつけ、どちらも望ましい未来を引き寄せるために行動する。
彼は生粋の貴族なんだなと腹に落ちた。
利用されたなどと不快に思うよりも爽快さの方が勝る。
望んでいなかったほど幸運な未来がそこにある。意地を張って逃すほど子供っぽい矜持は持ち合わせていない。
「守るよ、彼女も子供たちも。
一番近くで守る存在になってみせる」
俺の返事に満足したのか空のグラスを差し出す彼へボトルの酒を注ぐ。一息でグラスの中の酒を飲み干し、彼はほっとしたように笑った。
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