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番外編など
子供の戯言なんかじゃない。キミが良い。 <ライナス視点②>
しおりを挟む勉強や伯父上の執務の手伝いの合間を縫ってシェリルに会いに行くのはいつの間にか欠かせない楽しみな時間になっていた。
「シェリル、今日は体調はどう?」
「ライナス様、今日はとても良いんです。
少し遠くまでお散歩に行けそうなくらい」
じゃあ、森まで行ってみようかと提案すると嬉しそうに笑う。
形式的なやり取りに過ぎない問いかけをするのは僕たちの合言葉のようになっていた。
短い間なら散歩ができそうの返事なら街を見て回りたい。
少し気分がすぐれないので風を感じられるところでお話しませんかと返ってきたなら宿に併設されたカフェでお茶をしたりと、彼女の気分にしたがって様々な時間を過ごしていた。
今日は遠くまで行けるなら森まで行ってみようか。
どこで何をしても目を輝かせて楽しそうな彼女はいつも生命力に溢れている。
病気療養だというのが戯言のように。
馬車から降りるために差し出した手を取った彼女は、大地に降り立つ前から目を輝かせていた。
顔を上げれば初夏の青い空が広がり、遠くには薄っすらとまだ白い頂上を持つ山とその前には緑の大地と森がある。
「すごい……、綺麗です!
ライナス様!」
喜びに頬を紅潮させる彼女を見てここに連れて来て良かったなと思う。
草を踏みしめながらゆっくりと歩いているとシェリルが森の奥を指差す。
「あの向こうからライナス様のお兄様とお姉様は空を飛んできたのですよね」
「うん、驚いたしすごかったよ」
雨の上がった青い空にかかった虹と空を舞う白と青の羽を持った大きな二羽の魔鳥。
今でもはっきり思い出せるくらい印象的だった。
「私も見てみたかったです、とても綺麗だったでしょうね」
無邪気な顔で微笑む彼女が確信を裏付ける。
本題に触れる問いを初めて投げた。
「僕が一番に求めるのは兄上や姉上の邪魔をしない人なんだけど、君はそれを満たしてくれるのかな?」
ルイ兄とリオ姉が空を飛んで帰ってから、僕に色んなところから縁談が持ち込まれていることは伯父上から聞かされていた。
強引に縁を結ぼうと圧力をかけてくるような相手は少ないと思うけれど、僕に気に入られようと近寄ってくる人はいるだろうとも。
まさか彼女のような人が最初だとは思わなかったけれど。
直接的なことは何一つ言っていなくても、この時期に来た目的はわかってる。
「ライナス様の求めるものがそれならば、お心に適うことと思います」
「どうしてそう言えるのか聞いても?」
彼女はとても王都に近い貴族らしくこちらの意図を察しそれに合わせた態度を取り続けてきた。
ここへ来た時も、僕と交流を始めてからも明確なことは何も言わずに少しずつ自分の意図を伝えて来ていた。
「私にとって、リオン様とルイス様は憧れなのです」
遠くへ向ける視線には確かに憧憬が浮かんでいて、彼女の言葉が嘘でないと僕に教えてくれる。
「こちらへお邪魔したときにお渡ししたお手紙は私の伯父様からの物でしたね。
伯父様から初めてお二人のことを聞いたのは、レイン様の元夫が起こした二度目の事件の事後処理が終わった後のことでした」
そこで『精霊のいとし子』という存在と、兄上たちの身に起こったことを知ったんだって。
なんでも彼女の伯父上の部下が事後処理のためにウチに派遣されていたんだとか。
へー。びっくりな繋がりだね。
「その時にお二人が『精霊のいとし子』に認定されるに至った逸話を調べまして、衝撃を受けました」
「兄上のたちの側にいても同じことはできないし、同じ場所にもいけないよ?」
意地悪かなと思いながら聞いてみる。
物語の中の人に会いたいという気持ちなら止めた方がいい。
わかっていますと力強く笑う彼女は美しかった。
「お二人のようになれるとは思いません。
けれど、お二人が活躍されているのは『精霊のいとし子』だからではなく、自分が在りたいように行動しているからだと思うのです」
進むから道ができるのだと、そう感じていると語る彼女。
「今回の活躍を聞いて、特にそう思いました。
動けば変わる未来もあるかもしれないと」
不満を持ちながらも待つだけの流される生き方を止めてみようと思ったと話す彼女。
「それで手始めに伯父様に手紙を書いてもらってこちらに来てみたのです」
彼女の伯父上からの手紙。
あの手紙がなかったら伯父上も話を聞かなかったかもしれない。
理性的で行動的だね。
「うん、君に決めた」
その答えを聞く前からもう決めていた。
驚きに僕を見つめる瞳はまん丸で、とても珍しい感情を表している。
あんまり軽い言葉だったからか真偽を図っているみたいだ。
言い方が良くないかと思ってちゃんと言い直す。
「まだ出会ってそれほど経っていないし、お互いのことをよくわかっているとは言えないと思う。
でも、僕はキミが良い。
この地で色々な物を見て目を輝かせてるキミがとても綺麗で素敵だと思ったんだ」
何もない暗闇を優しいと評したときの穏やかな微笑み。
街を歩きながら人々の営みを見つめ楽しそうに緩めた口元。
宿のカフェで話をしたときのくるくる変わる表情に、今日この大地と空を見たときの――。
キラキラと感激や喜びに輝いた瞳が何よりも綺麗だったから。
「本当に私で良いのですか?
私はライナス様より少し年上ですが」
「うん、だから僕が迎えに行くまで誰の手も取らないでね?」
僕が実際に迎えに行けるまで後何年あるんだろう。
早くて2、3年?
今が適齢期始まりの彼女とは少しずれているため待たせてしまう。
でも彼女が良いな。
うん、絶対。
「シェリル、これをキミに」
取り出したのは金と銀の細い鎖が二重になったペンダント。
細工師さんに作ってもらった台座に輝くのは深い青色をした石で、僕が母上のお腹にいるときにリオ姉が見つけて取ってきてくれた特別な魔石だ。
「僕が生まれる前に姉上が取ってきてくれたものなんだ。
生まれたときからずっと身に着けてるくらい特別で大切なもの」
深い青に魅入られたみたいに魔石から視線を逸らせないシェリル。
「キミに持っていてほしい。
僕が迎えに行くその日まで」
「そんな大切な物を……、しかもこれにはライナス様の魔力が込められていますよね」
「あえて込めたわけじゃないんだけど、ずっと身に着けていたからね。
染み込んだっていうほうが近いかな?」
物心つく前から肌身離さず側にあったものだから僕の魔力が馴染んでいる。
同じ属性だから入りやすかったのもあるんだろう。
シェリルの手がゆっくりと伸びて、魔石に触れる。
「すごい……」
手に取ったペンダントを見つめて頬を紅潮させる彼女に自分の頬も赤くなってる気がしてきた。
ちょっと暑い。
「ライナス様、着けてくれますか……?」
「え、うん……」
この場で着けてくれるとは思わなかったし、着けてと言われる心の準備もしてなかったのでちょっと慌てた。
ペンダントを取るときに触れた彼女の手の柔らかさと、後ろを向いて屈んだ彼女が髪を押さえて晒した白い首筋に鼓動が早まる。
慎重に金具を留めて身を離すと彼女が髪を元のように下ろす。
振り返った彼女の胸元に輝く魔石は前からそこにあったように馴染んでいた。
ペンダントを手に取って見ていた彼女が口元を綻ばせる。
金具の飾りに一つだけ付いた僕の色に近い茶色の石を見つめながら今気づいたことのように言う。
「ライナス様って意外と私のことが好きなんですね」
「好きだよ?
だから結婚の申し込みをするんだし」
今はまだ好意を持っているという範疇に収まるものだとは思うけれど、でも。
「これからきっと大好きになると思ってるよ」
「……!」
彼女の顔がはっきりと赤く染まる。
かわいい。
「シェリルも僕のこと結構好きでしょ?」
「な……」
「そうでなかったらもう帰ってると思うもの」
リオ姉やルイ兄に憧れていても、僕のことが嫌だと思ったなら別の方法を取ったはずだ。
だから、僕は彼女に好意を持たれていることを疑ってない。
それは一緒と過ごす中で、彼女が見せた本音の顔が教えてくれた。
「だからきっとシェリルも僕のことを大好きになってくれると思うんだ」
もちろん不確定な未来のことだとは思うけど。
彼女と話をして、一緒に歩いて、どんどん好きが増えていくのを感じている。
それに、森に来たときの輝く笑顔やさっきのペンダントを渡したときの喜びに緩む表情。
今日だけでもたくさん見れた彼女の今まで知らない姿にドキドキした。
「僕たちはどちらも望んで伴侶となる。
きっとね?」
それは不思議と確信を持った答えだった。
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