不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺

文字の大きさ
47 / 49
番外編など

子供だなんて侮れない。めまいがするほど甘かった。 <シェリル視点②>

しおりを挟む


予想通り初日は食事を抜かれた。
2日目以降も気まぐれのように出されたり抜かれたりする。
こちらの心が折れるのを期待してのことでしょう。
そういえばと思い出して必死で風魔法を操って自室から飴を手に入れた。
レイン様が馬車の中で食べるといいわとお土産に渡してくれたリンゴの飴。
祝福のリンゴで作った飴を口に含むと勇気づけられる。不思議と力も湧いてくるようだった。

閉じ込められて何日経った頃だろう、あの男の部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。
風魔法を広く張り巡らせるのは神経を使うけれど、情報を得るのは今何よりも大切なため少しの無理をしながらも聞き耳を立てる。

聞こえた内容によるとライナス様は私でないのならこの縁談はなかったことにするとの書簡を送ってきたらしい。
激高しているようだけれど、当然の反応よね。
伯父様への呪詛も呟いているからこの婚約に対して何らかの抗議があったのでしょう。
それはそうよね、伯父様の立場で黙っているわけがないもの。
妹の血を引いた娘でなく後妻の娘が家を継ぐのなら私を引き取ると以前から言っていた。
それを十分な縁談を用意するからとはぐらかしてきた結果がこれなら、伯父様や亡き母の家門を侮辱するに等しい。
二つの家門を引いた子が後を継ぐから娘を嫁がせるのだもの。
それが他の有益な縁談で他家に嫁いでいくならまだしも、利権と引き換えに跡継ぎのいる家へ後妻に嫁がせるのでは全く違う話だし怒るわよ。
あの男は貴族の家門というのをなんだと思ってるのかしら。
後妻や義妹たちに思うところはないけれど、貴族としての習いというものがある。
せめて私を普通にライナス様へ嫁がせていたらそれなりに円満に済んだでしょうにね。
あの男にも細いながらも『精霊のいとし子』との縁ができたはずなのに。利用などさせはしないけれど。
ビンに閉じ込められた飴の残りを数えて一つだけ口に入れた。
後何日持つだろうと思いながら埃の臭いにも慣れたベッドに横になる。
屋根裏部屋このへやで一つだけ良いことは上部に取り付けられた窓から星が見えること。
不安に押しつぶされそうになるとライナス様と見た星空を思い出す。
それだけでまだまだ大丈夫だと思えるのだから不思議だわ。
横になって窓越しの空を見上げると今日は新月なのか真っ暗だった。星さえも見えない。
暗闇に不安が込み上げ、ふとおかしいことに気づく。
昨日は半分より膨らんだ月だった。今日新月であるのはおかしい。
身を起こして暗闇をじっと見上げる。
何か見えそうと思った瞬間、人の顔が窓を覗き込んだ。

「しー! シェリル、僕だよ!」

悲鳴を上げかけた自分を必死で抑えて頷く。
両手で押さえた口元から漏れるのが驚きで荒くなった呼吸だけなのを確認して手を離す。

「ライナス様……?」

窓の向こうに見える姿が信じられず何度も名前を呼んでしまう。

「何回確認するのさ、僕だって」

しまいには笑われてしまった。
確認しますよ、そこ屋根の上ですし!

「ごめん、シェリル。
ちょっとだけ離れて……、ああ、あそこの布団被っててくれるかな」

訳も分からないまま言われた通りに下がって布団を被る。
不穏な気配とは裏腹に「よっ」っと軽い掛け声によって窓が破られた。

「シェリル、もういいよ」

でも破片が危ないか、と呟いたライナス様が続けて魔法を放つ。
ガラスの破片の散らばった床に透明の階段が出現した。

「水で作ったものだからちょっと不安定に感じるかもしれないけれど、強度はあるから安心して」

階段を上りライナス様の手を掴むとぐいっと引き上げられた。
座り込む私に目線を合わせて微笑むライナス様。その向こうに見えた巨大な鳥の姿に声を上げかけて留まる。
私の視線を受けたライナス様があれが兄上たちが乗ってる魔鳥だよと紹介してくれる。
月明かりの下で見ると羽が青いのがわかった。窓から見た空が暗闇に見えたのはこの子が光を遮っていたからなのね。

「迎えにきたよ、シェリル」

以前と変わらないやわらかい微笑みに胸がどうしようもなく締め付けられたのを感じる。

『きっと大好きになるよ』

あの日言ったことをもう現実にしてしまった。
こんな非現実的な場所で、こんな微笑みを見せられたら好きにならずになんていられない。
ああ、そうだ、と呟いたライナス様が悪戯っぽい笑みを向けた。

「シェリル、今日の体調はどう?」

いつも繰り返された合言葉に口元が笑みを作る。
差し出された手へ自分の手を重ねてぎゅっと握った。

「とっても良いわ!
空も飛べそうなくらいに!!」

笑みを深めたライナス様に手を引かれるまま魔鳥の背に乗り空へ舞い上がる。
まさかこんな方法で家を去ることになるとは思わなかったわ。
見下ろした屋敷はまだ逃亡に気がついていないようで静まり返っている。
視線を前に向けると魔鳥の速度が上がった。

「どこへ向かうのですか?」

「キミの伯父上のところ。
僕の伯父も向かってるから、そこで正式な婚約を今日交わそう」

急展開に驚くけれど、そこに躊躇いは感じない。
むしろこれで障害がなくなるのだと清々しい気持ちだった。

「それにしてもライナス様も魔鳥を操ることができるのですね」

青い羽の魔鳥に乗っているのは私とライナス様だけで周りには誰もいない。
『精霊のいとし子』だけが操れるのだと思い込んでいたけれど、そうではないのね。
そう言った私にライナス様が笑う。

「何言ってるの? 僕みたいな只人が魔鳥を操るなんてできるわけないじゃない」

「え……?」

事実を裏切る発言に目を瞬く。

「兄上や姉上みたいな存在だから魔鳥に自在に乗ることができるんだよ」

そうでないと大変だよ?と囁かれて言われた意味を悟る。
確かに只人に魔鳥を操ることができるとなれば世界に与える衝撃は大きい。
皆その利権に目の色を変えるでしょうし、軍事利用をしようと考え始めたら恐ろしいことになる。

「兄上たちがシェリルを助けるのに協力してくれて良かった。
そうでなかったらもうちょっと時間がかかったかもしれないからね」

誰のところにも行かせないからと言われて胸が大きく鳴った。
にするのねと思考を巡らせて激しくなる心臓の音から意識を逸らす。

「ねえシェリル。
僕ね、シェリルの家から婚約は許さないって手紙が届いたときからずっと考えてたことがあるんだ」

居住まいを正して耳を傾ける。どんな制裁をあの家に科すかという話かしら。
そう思っていたら全然違った。

「キミじゃないとイヤだなって」

「……!」

「だから、ちゃんと申し込むよ。
シェリル、僕と結婚して。
ずっと僕と共に生きて」

「はい……っ!」

即座に返事を返す。
この前のときよりも、もっと嬉しく感じるのは私の気持ちが変化したからかしら。

「ありがとう!
僕はもうシェリルのこと大好きになってたから、これからはシェリルに大好きになってもらえるよう頑張るね!」

「……っ!」

ストレートな告白に顔が熱くなる。
私も、私だって……!

「私もライナス様が大好きです!
閉じ込められていた間もずっとライナス様のことを考えていましたし、さっき助けにきてくれたときの格好良さに参りました!!」

あのときのライナス様は思い出すだけで叫びたくなるくらい反則的に格好良かった。
私の全力の告白に嬉しそうに破顔したライナス様の顔が近づいてくる。

――……。

ちゅっと音がして離れていった唇に呆然とライナス様の顔を見つめる。
自分の唇を舐めたライナス様がはにかみながら言ったセリフにめまいがしました。

「リンゴの味……」

さっきまで舐めていたリンゴの飴の味がすると言われて崩れ落ちそうなほど衝撃を受けました。
ここは空の上。
落ちないように必死に冷静さを取り戻そうとしますがとても無理です。
恥ずかしさに震える私を寒がってると思ったのかライナス様に引き寄せられて思考の糸が焼き切れました。
そのまま私はリオン様とルイス様が待っている森の中まで思考停止の状態だったようです。
ただライナス様の温かさだけがぼんやりと記憶に残っていました。


しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

【完結】『妹の結婚の邪魔になる』と家族に殺されかけた妖精の愛し子の令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。

夏灯みかん
恋愛
メリルはアジュール王国侯爵家の長女。幼いころから妖精の声が聞こえるということで、家族から気味悪がられ、屋敷から出ずにひっそりと暮らしていた。しかし、花の妖精の異名を持つ美しい妹アネッサが王太子と婚約したことで、両親はメリルを一族の恥と思い、人知れず殺そうとした。 妖精たちの助けで屋敷を出たメリルは、時間の止まったような不思議な森の奥の一軒家で暮らす魔術師のアルヴィンと出会い、一緒に暮らすことになった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」  私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。 「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」  愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。 「――あなたは、この家に要らないのよ」  扇子で私の頬を叩くお母様。  ……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。    消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」 ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。 「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」 何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。 都合のいい女は本日で卒業。 今後は、余暇を楽しむとしましょう。 吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

処理中です...