よわよわ魔王がレベチ勇者にロックオンされました~コマンド「にげる」はどこですか~

サノツキ

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#1:入学前夜~出会い

#1-2.本当は「うちの子優秀なんです」って大声で自慢したい

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 さて、わたしマリネッテ──長いからマリナでいいわ──16歳。
 先日、無事に全寮制『ロープレ学院』に合格して、今日は入学式。
 ここで3年間、弟のマルセルと共に学生生活を過ごすことがミッション。
 実家で受けた、文書偽造、解錠術、ダンジョン制覇、爆薬生成&処理、罠設置&解除、毒薬調合&解毒……そんなの忘れて学生生活。

 え?そんな自宅学習しない?

 あ、大事なこといい忘れてました。
 わたしの家業、

『魔王』

 なんです。
 だからって国家転覆なんて絶対ぜぇーーーーーったい狙ってませんから♪


 ◆・‥…‥・◆・‥…‥・◆・‥…‥・◆


「おはようー」

 門の所で佇んで先に行ってしまったマルセルを感慨深く眺めていたマリナは、突然後ろから声がして盛大に驚いた。
 表情筋が上手く仕事をしないため、ぴくりと口の端が動いただけだったが。

(うわー可愛い子だなー)

 失礼だと気付かれない程度にさっと視線を上下させて観察する。
 ピンク色のふわふわの髪に明るいオレンジ色の瞳。
 背も小さくて守ってあげたくなる……少女小説に出てくるヒロインのような可愛らしさだ。

「お……はようございます」

 辺りを見渡しても目の前の彼女しかおらず、そこで漸く自分に掛けられた挨拶の言葉だと気付き返事を返す。

(ちょっと声がかすれて変な挨拶になっちゃった。一応笑顔のつもりなんだけど)

 引き続き表情筋が仕事をしないため、笑顔のつもりの口角はぴくりと口の端が動いただけだった。

(大丈夫?ヘンに思われてない?)

 ピンク髪の女の子は、にこっと天使の笑顔を浮かべると、スキップしそうな軽い足取りで校舎へと入っていった。

(良かった……大丈夫だったみたい)

 ほっとしてマリナも校舎へと入っていく。
 先に行ったマルセルは見当たらない。

(もう、薄情なんだから!)

 とは言え、自分たちが姉弟だと言うことは隠しておくらしい。
 オージェの名は出すべきではないと一応念には念を入れて。
 なので、マリナは「マリネッテ・オージェ」として、マルセルは「マルセイラ・オーティス」として、アカデミーへは通うことになる。
 もし本当にマルセルが王宮騎士になるなら、「オージェ」の名はマズいとの父の判断だ。
 「オーティス」はマルセルの前の姓。
 何なら「マルセイラ」もウチに来てから改名したから、前とは違うのだけれど。



 マリナは適当に出来るだけ目立たない後ろの方の空いた席に着いて、入学式が始まるのをそわそわしながら待っていた。
 少し離れた場所に先程のピンク髪の女の子も座っているのが見える。
 早速可愛らしい容姿が目を惹いたのか、早くも男子生徒に囲まれているようだ。
 マルセルは首席で入学のため新入生総代として壇上に上がるからか、ここから離れた前の方に座っているのが遠目に見えた。

 そう言えば、「入学試験」と言っても内容は人それぞれらしく、マリナの場合は学院長との面談のみだった。
 なんといっても、学院に申請書を送り、日時指定で院長に呼び出され、会った瞬間「はい、合格」とあっさり決まったのだ。
 を合わせる暇もなかった……不本意ながら合格してしまったとマリナは呆気にとられた。
 積極的に合格したくなかったわけじゃないが、落ちてもいいかなーとは思っていたと知ったらマルセルに怒られるだろうか。

 院長室での面談中、窓の外からは逃げ惑う声や悲鳴や爆発音が聞こえたり聞こえなかったりしたが……まあお屋敷内でも時折聞こえることだし、「よくある事だ」と聞き流した。

 ちなみに、マルセルには面談なんてものはなく、真っ当な筆記試験を受けて何と首席で合格とのこと。
 今日の新入生総代も自力で勝ち取った結果だ。さすが自慢の我が弟。

(それにしても、試験内容の差ってなんだろう……まあ、いや、無事に受かってよかったね、うん)

 ゲネルに「勉強しなくていい」と言われたとは言え、かなり不安な気持ちで受験したため、自分以外の試験内容が気になるところではある。

 このアカデミーは厳しい選抜+全寮制ということもあり、学院の生徒数はそんなに多くはない。
 各学年2クラスずつ、新入生は60人ほど。
 まだ時間があるからか人はまばらだ。
 同い年の人がこんなにいるんだと、今まで身近にいた同世代がほぼ身内のみのマリナには何とも目新しい光景だった。



「んー……眠い……」

 徐々に人も集まってきて、いよいよ入学式が始まった。
 面接で会って以来の学院長のお祝いの言葉に始まり、学年主任からの注意事項、生徒会長からの挨拶……とか……。
 最初は物珍しくてしっかりと聞いていたマリナだが……なんだかマイクを通して聞こえる声が子守唄に聞こえてきて……。

(大丈夫、目を開けたまま寝るなんて朝飯前なんだから……)

 ぐう…………。
 日頃の訓練の賜物か、誰に気付かれることもなく綺麗な姿勢を保ったまま、いつの間にか瞼はしっかり下りていた。



「起きて」

 誰かに肩を小突かれてはっと目が覚める。

「まったく、こんなところでよく寝れるね」

 顔を上げれば、呆れたような顔をしたマルセルがいた。

「……入学式!……終わって……る?」

 いつの間にか夢の住人で、せっかくのマルセルの勇姿見損ねたとは言えなかった。
 マルセルの自分を見るジト目でバレてるような気もするが。

「……ふぅ……教室行くよ」

 マルセルに促されて立ち上がる。
 寝てたから、この後教室に行くってのも今知ったけど……。
 それより、距離感大事!

「ちょっと……離れておかないと」

 ……なんだか遠巻きにした周りから視線を感じるのは気の所為ではない。

 あーなるほど、マルセルったら新入生代表で目立っちゃったのね。
 しかも、姉の目から見ても、サラサラの薄茶の髪に新緑を思わせる翠の瞳、思春期なのにつるつるの肌。
 まだ成長途中とは言え、騎士を目指すだけあってスラリと高身長の細マッチョ……そう、ウチの子イケメンなんです。

(そりゃ周りの注目も浴びちゃうわ)

 とマリナは瞬時に理解した。

 ウェーブがかった黒髪にひょろがりの自分とよく双子だと言えたな、ってぐらい似てない姉弟だとマリナは常々思っていた。
 新入生総代と居眠りしてた生徒、傍からそう見えるマルセイラとマリネッテ。
 どんな関係なんだ?ってね。
 黒髪はあまりに目立つから、入学するときには無難な色に染めようとはしたが上手くいかず、いっそ黒のままで良かった。
 見た目で血の繋がりを感じることはないはず。
 父の心配が、杞憂で終わることを祈るばかりだ。

「どうして?バレたら困るのは姉弟だってことでしょ」

 こんなに似てないんだから、わざわざ姓なんて変えなくても、二人が姉弟だってバレることはないと思う。

「わたしは目立ちたくないの」
「んー……わかったよ。……まあ無理だと思うけどね」

 不満そうに何やら呟きながら先に行くマルセル。
 マリナは自分から突き放してみたものの、今まで一緒だった可愛い弟の背中を見送るのは、ほんの少しだけ寂しかった。

 ・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・

 案内に従い教室へと辿り着き、渡された紙で自分の席を探す。
 マリナの席は……廊下側、一番うしろだった。
 図らずも、目立ちたくないマリナにとって最良の席だ。
 先に行っていたマルセルを探すと、一つ開けて隣の席だった。
 ゆとりを持った配置のため随分遠く感じるけれど。

 目が合って小さく手を振ると、まだ拗ねてるのかぷいと横を向かれた。
 もうー拗ねても可愛いなーと思ってしまうのは常だ。

 席に着くこと暫し、前の席がカタンと揺れた。
 顔を上げると、そこにはピンク髪の少女の姿が。

「あ、朝も会ったね。私、ヒイロ。よろしくね」

 可憐な少女は、満面の笑みを浮かべながら手を差し出してきた。

「あ……わたしはマリネッテ……よろしくおねがいします」
「ふうん、マリネッテ……マリナちゃんでいいかな、私のこともヒイロって呼んでね」

 そう言われて、如何せん同世代との付き合いが極端に少ないマリナには、このヒイロとの付き合い方が妥当なのかどうか測りかねていた。

 極々親しい友人や身内以外で愛称で呼び合うことがない事や、貴族平民の出身問わず許された学院内とは言え家門が下の者からの声掛けは慎むべきなど、年齢相応の社交界で学ぶような暗黙の了解が、マリナは引きこもりゆえ、ヒイロは田舎者ゆえ、お互いに知り得なかった。
 本来なら、オージェ家と同等もしくは上の家門など、王家かもう一つの公爵家以外存在しないのだから、マリナに声を掛けられる者などいないはずだ。
 もう少し周りの空気が読める二人なら、遠巻きにしている同級生が信じられないものを見るような目でこのやり取りを見ていることに気付いたかもしれない。
 幸か不幸か、はたまた若さによる好奇心故か、このやり取りを咎めるものはいなかった。

 マリナは思わず手を握り返し、素敵な笑顔に吸い寄せられるように目を合わせてしまった。
 相変わらずにこにこと笑みを浮かべているヒイロ。
 コンタクトをしているから、うん大丈夫。
 手も、手袋越しだから直接触ってないし。

 ヒイロは席に着くと、マリナに背を向けて隣の人とも同じように挨拶を交わしていた。
 誰とでも同じように接するヒイロを見て、マリナは先程の彼女に対する自分の対応は正解だったのだと思う。
 マリナは彼女と握手した手のひらを、不思議な気持ちで見つめた。

(コンタクト効いて良かった)

 目が合った時間が短かったのもあって、彼女へ能力が効かなかったことに安堵する。
 接触効果もないようだ。



 暫くして、今度は隣の席がカタンと音を立てた。
 ちらっと見ると、鮮やかな金髪が目に入った。
 配られた席次表を確認すると、「ユーゴイル」と書かれている。

「あ……」

 せっかく隣になったんだ。
 ヒイロほどには行かないが、友好的に挨拶だけは交わしておくべきだろう、と話しかけようとした。

「あーはいはい」

 ところが、隣の金髪の人物は随分適当にマリナをあしらった。

「一応言っとくけど、兄さんに紹介なんて絶対しないから」

 注目されることに慣れたような様子の隣の金髪の人物───ユーゴイルはマリナの方をちらっと見た後、しっしっと鬱陶しい羽虫を追い払うような仕草をしてそう言った。

「兄さん……?」

 彼はそれ以上マリナと話す気はないらしく、席に集まっていた男子生徒と楽しそうに話していた。

(うーん……まあいいか)



 それにしても、屋敷の人間以外で「マリナ」と呼ばれたのは初めてだった。

 今日、アカデミーに来て知ったこと。
 それは、配られた入学案内の「生徒心得」に書かれていた「貴族平民の別なく生徒は皆平等。拠ってアカデミー内では家名は無くファーストネームのみ」ということだった。
 つまり、マリナの「オージェ」もマルセルの「オーティス」も入学申請書に書いたのみで使用することはない。誰がどこの家門かわからないということになっている。表向きは。

 とは言え、ざっと見回しても所作や仕草、持ち物、制服の質などから恐らくこのクラスに平民はいないようだ。
 マリナは何度も覚えた貴族名鑑を思い出しながら、渡された席次表を見て大凡の家門を当てはめようとした。

 実際は、社交界に出ていればどこの誰か把握できるし、付き合いの程度はその家にも依るが、顔見知り程度の関係性は徐々に構築されているべきもの。
 社交界に全く縁がないマリナは、実地で覚えることが出来なかった分、貴族名鑑で識るしかなかった。

 但し、貴族名鑑に載るのは、伯爵家以上もしくは歴史があるか功績を挙げたか財を成したかに当て嵌る子爵家以下。それも、誘拐などの危険もあり現当主及び配偶者、せめて成人した子息までしか掲載を許していない家も多い。
 座席で判明した名前から家門を探すという事を始めてはみたものの、半分も分からないと気付きマリナは早々に諦めた。
 ついでに貴族名鑑の端から端まで思い出してもヒイロという名の人物はいなかった。

(……まあ、とりあえずヒイロは大丈夫)

 隣の席のユーゴイル……彼の名も名鑑に無かったが、立ち居振る舞いと口調から弱小貴族でも田舎者でもなく伯爵家以上……恐らく侯爵家以上だと思われる家門の子息。
 「兄さん」と呼ぶ対象がいることから、ユーゴイル自身は次男もしくは三男か。

(そう言えば、気を付けるべき家って……)

 シャルディ家、シュメル家、ジャバリ家、ホールデン家、ディクタン家……何れも名鑑に子息の掲載は無い。
 思い出しては見たものの、全員が3年生との事で今は考えても仕方がない。

 前の席のヒイロは……まだ隣の男子生徒と話している。
 隣の席のユーゴイルは完全に無視。
 その向こうのマルセルは、前の席の男子と早速打ち解けたのか何やら話している。

(わたしは無難に過ごすだけ……)

 割り込むほどの度胸も話題も興味もないマリナは、教室の隅で大人しく持ってきた本を読んでいた。
 クラスメイトの殆どが、本人が望まずとも異彩を放つマリナに対し、絶対に高位貴族であるのにどこの家門か誰か知らないかとざわつきながらも、話しかけたそうに遠巻きに見ていることも、感覚遮断のせいで全く気付かないまま……。
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