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#2:邂逅~それぞれの思い
#2-6.ジャンル履修済みですが上下に悩みます
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ゲネルに続き兄までがアカデミーへ顔を出すようになってから数日、マリナは思ったより何事もなく過ごせていた。
日中は朝から夕方まで授業があり、放課後は週に3日ほどは生徒会の手伝い、残りは主に図書室で本を読む日々。
偶然見つけたお気に入りの場所で本を読むことが、マリナの息抜きになっていた。
・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・
さて、今日は生徒会の日。
マルセルは今日も放課後は騎士部に行くと言っていたし、隣の席のユーゴも終礼とともに姿を消した。
いつも通りなら会長のユーリについてどこかへ行ったのだろう。ブラコンは健在だ。
そもそも、入学試験を受けて成績の良かったマルセルはいいとして、何故に面接しかしてない自分が成績上位者に入るのかと、生徒会室へ足を向ける事は荷が重かった。
それに、生徒会役員は会長のユーリが勇者、副会長のケントは剣士、書記のドールが賢者、会計のマシューが魔法使いという、それぞれが家業を持つ人たちの集まりだと知って、魔王を家業に持つものとしては最もお付き合いしたくない面々なのだ。
でも、何度か通ってみると手伝い自体は楽しくて、時々はマルセルも一緒になる事もあり、出来る範囲で精一杯やらせていただこうとは思い始めた。
先輩方もマリナを魔王だとは知らないのか、嫌がる素振りも変な目で見てくることもなく、どちらかといえば……。
「こんにちは……」
ドア横で出待ち入待ちをしていらっしゃる──リボンの色から見るに──お姉さま方からの突き刺さるような視線を感じつつも、直接文句を言われたわけでも嫌がらせを受けるわけではないからと、なるべく気にしないように気配を消して入室する。
「マリナちゃん、いらっしゃい」
「ああ、来たのですね」
今日も二人揃って笑顔で出迎えられた。
「こんにちは、マシェライド先輩、ケンドール先輩」
思わずつられるように笑顔で返しながら後ろ手にドアを締めると、ドアか、もしくは部屋全体かに何かしらの魔法がかけられているのか、部屋の中は外の喧騒が嘘のように静かになる。
先に返事したのが書記のマシュー、歓迎会の時に出迎えてくれた人で、印象は失礼ながら『エプロンの人』。
次が会計のドール、印象は『眼鏡の人』。
室内をざっと見まわしても、予想した通りケントもユーリもいない。
あれこれあったユーリは、あれ以来忙しいのか会うこともなく、正直ほっとしている。
「もう、マシューって呼んでって言ってるのにー」
「私もですよ、ドールと呼んで下さいと言っているでしょう?」
「そ、そんな畏れ多いです……無茶言わないで下さい」
笑顔で迎え入れるだけでなく、後輩であるマリナのことを愛称で呼んでくる程フレンドリーなのはいいとして、先輩方のことも愛称で呼べとはさすがにハードルが高い。
そんな馴れ馴れしい態度がバレたりしたら、部屋前にいらっしゃる方々に吊し上げを食らってしまう。
前に読んだ小説に、身の程知らずの下級生がそんなシチュエーションでいじめらる話があったような気がする。
平々凡々事なかれで3年間を過ごしたいマリナは、出来ればそんな事は避けておきたい。
「畏れ多いって……僕はマリナちゃんともっと仲良くしたいだけなんだから!」
「私にそんな気遣いは無用です。もっと気楽に接してくれていいのですよ」
「あははは……」
先輩方には笑って誤魔化したが、「気楽に接する」とは?
こうやって愛称で呼び合うもの?
同級生のヒイロとの距離感もままならないマリナには、先輩との距離感を掴むのはさらにハードルが高いような気がしてなかなか慣れずにいた。
「さて、仕事の前にお茶でも淹れましょうか」
「じゃあ、僕はお菓子の用意するね」
ドールは給湯室へ、マシューは白い小さな箱を手に部屋の隅へ向かう。
「あ、わたしもお手伝い……」
「マリナちゃんは座っててー」
「マリナは座ってて下さい」
「あ……はい」
お手伝いに来る度、毎度催されるこのお茶の時間。
毎回先輩方にお茶の用意をしてもらうのは申し訳ない。
申し訳ないとは思うのだけれど、マリナにはドールのように美味しいお茶を淹れることも、マシューのように美しくお菓子を飾ることも出来ない。
(あー……やっぱりゲネルにお茶の淹れ方だけでも教えてもらおうかな)
「今日のお茶はちょっと珍しいんですよ」
ドールが手に持ったポットから繊細な花のような白いカップに注がれるお茶は、いわゆる香茶にありがちな「紅い茶」ではなく色鮮やかな青い色をしていた。
これも香茶?初めて見る色……。
「すごい……綺麗……」
「どうぞ、熱いので気を付けて」
初めて飲む青いお茶はどんな味がするんだろう。
カップを持ち上げると、ふわりとバラの香りが優しく香る。
そっと口に含むと、さらにバラの香りが強くなり、すっきりとした酸味が感じられた。
「んっ……美味しいです」
「お口に合ったようで良かったです」
ドールが、マリナを見て満足そうに微笑んだ。
ゲネルが毎晩淹れてくれる飲み慣れたお茶も美味しいが、ここでドールが毎回淹れてくれるお茶もマリナの好みに合っていてどれも美味しい。
「次は僕ねー」
そう言って目の前に置かれた皿には、薔薇の形をした焼き菓子と色とりどりの砂糖菓子が数個。
それらが粉砂糖やアラザンで美しく繊細に描かれた模様の上に芸術品のように配置されている。
「先輩……凄いです」
自分に語彙力がないのが恨めしい。
本当に、こんなお店があるのなら毎日通いたいぐらい見事に盛り付けられたお菓子たち。
これを目の前にして「凄い」としか言えないのが申し訳ない。
「マリナちゃんに喜んでもらえて良かった。さ、食べてみて」
「はい、いただきます」
まずはフォークで焼き菓子を割り口へと運ぶ。
外はカリッと、中からはバターがじゅわーと滲み出てとても美味しい。
添えられた赤いジャムは、甘酸っぱいベリーのジャムだった。
なんだろう、甘いものを食べると、自然と頬が緩み幸せな気持ちになる。
見た目に美しく食べても美味しいなんて、なんて贅沢なのだろうか。
「先輩、これどこで売ってるんですか。わたしも買いたいです」
今まで食べた焼き菓子の中でも群を抜くこの美味しさは、ぜひともマルセルにも食べさせたい。
さすがにこのプレートは再現できないけど、焼き菓子だけでも。
そう思ってマシューに聞いてみたのだが。
「あー気に入ってくれて有り難いんだけどぉ……これは売ってないかな」
「そうなんですか……」
ごめんね、と小首を傾げて申し訳無さそうにマシューが手を合わせる。
(そうよね、こんなに美味しいんだもん、きっと先輩ならではの伝手があるんだろうな)
もっと仲良くなれば教えてもらえるだろうか。
待っててマルセル、きっと姉さまが美味しい焼き菓子を食べさせてあげるからね!
「お茶のおかわりは如何ですか?」
少ししんみりとしてしまった空気を変えるように、ドールが香茶のポットを手にした。
甘い焼き菓子とスッキリした香茶の無限コンボで、いつの間にかカップの中身は空になっていた。
「はい、いただきます」
再びカップに注がれる色鮮やかな青い香茶。
またもやバラの香りが立ち上り鼻孔をくすぐる。
「んーいい匂いですね」
「少し待って下さい。これにレモンを浮かべると……」
カップを手に取り口をつけようとするマリナを制し、ドールが薄くスライスされたレモンをカップに入れると、真っ青だったお茶がみるみる薄紫に染まっていく。
「うわあ……魔法みたい……」
驚きと感動でこれ以上の言葉が出ない。
「そうですね、魔法みたいでしょう?」
そう言ってドールは眼鏡の奥の黄緑の瞳を細め、まるで悪戯が成功した子供のような顔をして笑った。
この国で「賢者」を名乗れる人はそう多くない。
本来なら相反するはずの「治癒」と「攻撃」の両方の魔法を習得するには、強大な魔力と適正が必要とのことだ。
そんな「賢者」であるドールが、もっとすごい魔法を幾らでも操れるような人が、お茶の色が薄紫に変わったことを「魔法みたい」と笑う姿が意外だった。
意外というか……ちょっとだけ「可愛い」なんて思ってしまったのは秘密だ。
「少し酸味が強いようなら、蜂蜜を入れるといいですよ」
ドールの提案通り、スプーン一杯ほど掬って入れると、甘酸っぱくなってまた別の美味しさを味わうことができた。
「そんなに気に入っていただけたのでしたら、お分けしましょうか?」
「いえ、いただくわけには……。どこで売っているのか教えていただければ自分で買います」
「あー……これはね……」
マリナがそう言うと、またしても気まずそうな顔をするマシューとドール。
「マリナちゃん、残念ながらこれも売ってないんだよね」
「そうなんですか……」
さっきのお菓子といい、珍しい青い香茶といい、非売品ばかりをいただいてしまって申し訳ない気持ちになる。
「私は学院内に自分の薬草園と温室を持っているのですよ。この茶葉もそこで栽培したものでして」
「へえー…………え、えっ?先輩が自分で!?」
(え?賢者ってそんな才能もあるんですか!?)
いや、まさか。
単に独自で茶葉を作れるドール凄いだけなのか。
それにしても。
「一時は毒草でも植えてんじゃないかって噂もあったよね。……って、冗談だよ?」
一瞬「先輩だしなあ」って納得しそうになったが、一学生が毒草は植えていなくても自分で茶葉開発って凄すぎどころのレベルではない。
(あははは……って、ここ笑っていいところなんでしょうか)
なんかもう「凄い」のレベルが凄すぎて言葉に出来ない。
「この薄紫に色が変わるのが綺麗でね、僕もたまーにドールに淹れてもらうんだよね」
マシューは自分の巻き髪を指先で弄りながら、ふふっと優しく微笑んだ。
「私もこの色が気に入っています」
ドールも自分の手の中のカップを見つめながらそう言った。
ああ、なるほど。そうか、この色って……。
「ふふっ、お二人仲が良いんですね」
「え?」
「は?」
確かに、この薄紫の色はマシューの髪色そっくりだ。
ふふっ……友情の証ってやつですか?
メルに借りて読んだ小説にも、そんな男同士で強く結ばれた友情がどうのこうのって話があったなと思い出す。
(あれは少女小説だったかしら?……ん-と、違うような気もするわね)
「マリナちゃん、何かとんでもない勘違いしてるような気がするんだけど?」
「別に、私はマシューの色を模したわけではないですからね」
(恥ずかしがらなくてもいいのに)
マリナは本で読んだ知識で、そういう方面にも理解がある方だった。
社交界には疎くても、専属侍女のメルから借りた大量の本でいろんな恋愛を履修済みなのだ。
「…………………………違うってば」
「んんっ、仕事始めましょうか」
「じゃあ片付けを……」
微妙な沈黙が続いたあと、マシューの小さな呟きとドールが休憩終わりと言わんばかりの咳払いを一つ。
お茶もお菓子も用意してもらって、後片付けを……と思ったら、どこからともなく現れた侍女にささっと片付けられてしまい、またしてもマリナの出番はなかった。
うーん……さすがです。
日中は朝から夕方まで授業があり、放課後は週に3日ほどは生徒会の手伝い、残りは主に図書室で本を読む日々。
偶然見つけたお気に入りの場所で本を読むことが、マリナの息抜きになっていた。
・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・
さて、今日は生徒会の日。
マルセルは今日も放課後は騎士部に行くと言っていたし、隣の席のユーゴも終礼とともに姿を消した。
いつも通りなら会長のユーリについてどこかへ行ったのだろう。ブラコンは健在だ。
そもそも、入学試験を受けて成績の良かったマルセルはいいとして、何故に面接しかしてない自分が成績上位者に入るのかと、生徒会室へ足を向ける事は荷が重かった。
それに、生徒会役員は会長のユーリが勇者、副会長のケントは剣士、書記のドールが賢者、会計のマシューが魔法使いという、それぞれが家業を持つ人たちの集まりだと知って、魔王を家業に持つものとしては最もお付き合いしたくない面々なのだ。
でも、何度か通ってみると手伝い自体は楽しくて、時々はマルセルも一緒になる事もあり、出来る範囲で精一杯やらせていただこうとは思い始めた。
先輩方もマリナを魔王だとは知らないのか、嫌がる素振りも変な目で見てくることもなく、どちらかといえば……。
「こんにちは……」
ドア横で出待ち入待ちをしていらっしゃる──リボンの色から見るに──お姉さま方からの突き刺さるような視線を感じつつも、直接文句を言われたわけでも嫌がらせを受けるわけではないからと、なるべく気にしないように気配を消して入室する。
「マリナちゃん、いらっしゃい」
「ああ、来たのですね」
今日も二人揃って笑顔で出迎えられた。
「こんにちは、マシェライド先輩、ケンドール先輩」
思わずつられるように笑顔で返しながら後ろ手にドアを締めると、ドアか、もしくは部屋全体かに何かしらの魔法がかけられているのか、部屋の中は外の喧騒が嘘のように静かになる。
先に返事したのが書記のマシュー、歓迎会の時に出迎えてくれた人で、印象は失礼ながら『エプロンの人』。
次が会計のドール、印象は『眼鏡の人』。
室内をざっと見まわしても、予想した通りケントもユーリもいない。
あれこれあったユーリは、あれ以来忙しいのか会うこともなく、正直ほっとしている。
「もう、マシューって呼んでって言ってるのにー」
「私もですよ、ドールと呼んで下さいと言っているでしょう?」
「そ、そんな畏れ多いです……無茶言わないで下さい」
笑顔で迎え入れるだけでなく、後輩であるマリナのことを愛称で呼んでくる程フレンドリーなのはいいとして、先輩方のことも愛称で呼べとはさすがにハードルが高い。
そんな馴れ馴れしい態度がバレたりしたら、部屋前にいらっしゃる方々に吊し上げを食らってしまう。
前に読んだ小説に、身の程知らずの下級生がそんなシチュエーションでいじめらる話があったような気がする。
平々凡々事なかれで3年間を過ごしたいマリナは、出来ればそんな事は避けておきたい。
「畏れ多いって……僕はマリナちゃんともっと仲良くしたいだけなんだから!」
「私にそんな気遣いは無用です。もっと気楽に接してくれていいのですよ」
「あははは……」
先輩方には笑って誤魔化したが、「気楽に接する」とは?
こうやって愛称で呼び合うもの?
同級生のヒイロとの距離感もままならないマリナには、先輩との距離感を掴むのはさらにハードルが高いような気がしてなかなか慣れずにいた。
「さて、仕事の前にお茶でも淹れましょうか」
「じゃあ、僕はお菓子の用意するね」
ドールは給湯室へ、マシューは白い小さな箱を手に部屋の隅へ向かう。
「あ、わたしもお手伝い……」
「マリナちゃんは座っててー」
「マリナは座ってて下さい」
「あ……はい」
お手伝いに来る度、毎度催されるこのお茶の時間。
毎回先輩方にお茶の用意をしてもらうのは申し訳ない。
申し訳ないとは思うのだけれど、マリナにはドールのように美味しいお茶を淹れることも、マシューのように美しくお菓子を飾ることも出来ない。
(あー……やっぱりゲネルにお茶の淹れ方だけでも教えてもらおうかな)
「今日のお茶はちょっと珍しいんですよ」
ドールが手に持ったポットから繊細な花のような白いカップに注がれるお茶は、いわゆる香茶にありがちな「紅い茶」ではなく色鮮やかな青い色をしていた。
これも香茶?初めて見る色……。
「すごい……綺麗……」
「どうぞ、熱いので気を付けて」
初めて飲む青いお茶はどんな味がするんだろう。
カップを持ち上げると、ふわりとバラの香りが優しく香る。
そっと口に含むと、さらにバラの香りが強くなり、すっきりとした酸味が感じられた。
「んっ……美味しいです」
「お口に合ったようで良かったです」
ドールが、マリナを見て満足そうに微笑んだ。
ゲネルが毎晩淹れてくれる飲み慣れたお茶も美味しいが、ここでドールが毎回淹れてくれるお茶もマリナの好みに合っていてどれも美味しい。
「次は僕ねー」
そう言って目の前に置かれた皿には、薔薇の形をした焼き菓子と色とりどりの砂糖菓子が数個。
それらが粉砂糖やアラザンで美しく繊細に描かれた模様の上に芸術品のように配置されている。
「先輩……凄いです」
自分に語彙力がないのが恨めしい。
本当に、こんなお店があるのなら毎日通いたいぐらい見事に盛り付けられたお菓子たち。
これを目の前にして「凄い」としか言えないのが申し訳ない。
「マリナちゃんに喜んでもらえて良かった。さ、食べてみて」
「はい、いただきます」
まずはフォークで焼き菓子を割り口へと運ぶ。
外はカリッと、中からはバターがじゅわーと滲み出てとても美味しい。
添えられた赤いジャムは、甘酸っぱいベリーのジャムだった。
なんだろう、甘いものを食べると、自然と頬が緩み幸せな気持ちになる。
見た目に美しく食べても美味しいなんて、なんて贅沢なのだろうか。
「先輩、これどこで売ってるんですか。わたしも買いたいです」
今まで食べた焼き菓子の中でも群を抜くこの美味しさは、ぜひともマルセルにも食べさせたい。
さすがにこのプレートは再現できないけど、焼き菓子だけでも。
そう思ってマシューに聞いてみたのだが。
「あー気に入ってくれて有り難いんだけどぉ……これは売ってないかな」
「そうなんですか……」
ごめんね、と小首を傾げて申し訳無さそうにマシューが手を合わせる。
(そうよね、こんなに美味しいんだもん、きっと先輩ならではの伝手があるんだろうな)
もっと仲良くなれば教えてもらえるだろうか。
待っててマルセル、きっと姉さまが美味しい焼き菓子を食べさせてあげるからね!
「お茶のおかわりは如何ですか?」
少ししんみりとしてしまった空気を変えるように、ドールが香茶のポットを手にした。
甘い焼き菓子とスッキリした香茶の無限コンボで、いつの間にかカップの中身は空になっていた。
「はい、いただきます」
再びカップに注がれる色鮮やかな青い香茶。
またもやバラの香りが立ち上り鼻孔をくすぐる。
「んーいい匂いですね」
「少し待って下さい。これにレモンを浮かべると……」
カップを手に取り口をつけようとするマリナを制し、ドールが薄くスライスされたレモンをカップに入れると、真っ青だったお茶がみるみる薄紫に染まっていく。
「うわあ……魔法みたい……」
驚きと感動でこれ以上の言葉が出ない。
「そうですね、魔法みたいでしょう?」
そう言ってドールは眼鏡の奥の黄緑の瞳を細め、まるで悪戯が成功した子供のような顔をして笑った。
この国で「賢者」を名乗れる人はそう多くない。
本来なら相反するはずの「治癒」と「攻撃」の両方の魔法を習得するには、強大な魔力と適正が必要とのことだ。
そんな「賢者」であるドールが、もっとすごい魔法を幾らでも操れるような人が、お茶の色が薄紫に変わったことを「魔法みたい」と笑う姿が意外だった。
意外というか……ちょっとだけ「可愛い」なんて思ってしまったのは秘密だ。
「少し酸味が強いようなら、蜂蜜を入れるといいですよ」
ドールの提案通り、スプーン一杯ほど掬って入れると、甘酸っぱくなってまた別の美味しさを味わうことができた。
「そんなに気に入っていただけたのでしたら、お分けしましょうか?」
「いえ、いただくわけには……。どこで売っているのか教えていただければ自分で買います」
「あー……これはね……」
マリナがそう言うと、またしても気まずそうな顔をするマシューとドール。
「マリナちゃん、残念ながらこれも売ってないんだよね」
「そうなんですか……」
さっきのお菓子といい、珍しい青い香茶といい、非売品ばかりをいただいてしまって申し訳ない気持ちになる。
「私は学院内に自分の薬草園と温室を持っているのですよ。この茶葉もそこで栽培したものでして」
「へえー…………え、えっ?先輩が自分で!?」
(え?賢者ってそんな才能もあるんですか!?)
いや、まさか。
単に独自で茶葉を作れるドール凄いだけなのか。
それにしても。
「一時は毒草でも植えてんじゃないかって噂もあったよね。……って、冗談だよ?」
一瞬「先輩だしなあ」って納得しそうになったが、一学生が毒草は植えていなくても自分で茶葉開発って凄すぎどころのレベルではない。
(あははは……って、ここ笑っていいところなんでしょうか)
なんかもう「凄い」のレベルが凄すぎて言葉に出来ない。
「この薄紫に色が変わるのが綺麗でね、僕もたまーにドールに淹れてもらうんだよね」
マシューは自分の巻き髪を指先で弄りながら、ふふっと優しく微笑んだ。
「私もこの色が気に入っています」
ドールも自分の手の中のカップを見つめながらそう言った。
ああ、なるほど。そうか、この色って……。
「ふふっ、お二人仲が良いんですね」
「え?」
「は?」
確かに、この薄紫の色はマシューの髪色そっくりだ。
ふふっ……友情の証ってやつですか?
メルに借りて読んだ小説にも、そんな男同士で強く結ばれた友情がどうのこうのって話があったなと思い出す。
(あれは少女小説だったかしら?……ん-と、違うような気もするわね)
「マリナちゃん、何かとんでもない勘違いしてるような気がするんだけど?」
「別に、私はマシューの色を模したわけではないですからね」
(恥ずかしがらなくてもいいのに)
マリナは本で読んだ知識で、そういう方面にも理解がある方だった。
社交界には疎くても、専属侍女のメルから借りた大量の本でいろんな恋愛を履修済みなのだ。
「…………………………違うってば」
「んんっ、仕事始めましょうか」
「じゃあ片付けを……」
微妙な沈黙が続いたあと、マシューの小さな呟きとドールが休憩終わりと言わんばかりの咳払いを一つ。
お茶もお菓子も用意してもらって、後片付けを……と思ったら、どこからともなく現れた侍女にささっと片付けられてしまい、またしてもマリナの出番はなかった。
うーん……さすがです。
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