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#2:邂逅~それぞれの思い
#2-余談4.強くて格好良くて可愛い、ライラック色の女神様
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<マシェライド視点>
────────────────────
あの日出会った僕の女神様はどこにいるんだろう。
僕には姉が5人いる。
一番上の姉は18も上で、その次は15上、その次は12上、まるで母が何人もいるみたいだ。
どうもウチは女系で、代々子沢山で兄弟姉妹も多い。
僕が一番下だからか、僕だけが男の子だからか、姉たちは全員僕のことを構いたがった。
わかる、わかるよ、僕が待望の男の子だったって。
大事にされてるの理解してるんだよ。
でも、声を大にしていいたい。
どんな童話もおとぎ話も、王子様がお姫様を助けに来る。
カッコイイのは男の子で女の子じゃない。
僕だって「可愛い可愛い」ばかり言われたくない。
格好良くなりたい。
僕だって、男の子なんだよ!
・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・
小さい頃、僕は身体が弱かった。
よく体調を崩すし、直ぐに熱が出るし、食が細いのかご飯もあまり食べられない。
それに……僕だけ他の家族と持つ色が違った。
代々魔法使いの家系で、金瞳と強大な魔力を受け継ぐホールデン家なのに、やっと生まれた直系男子の僕は、金の瞳を持つどころか、白い髪赤い瞳の色無しだった。
両親は、色無しでいつまで経っても小さく細い僕を心配し、僕に「女の子」の格好をさせた。
緩い巻き髪を長く伸ばしてリボンを付け、姉さまたちと同じようにスカートを履く。
魔に魅入られて身体が弱い男の子を、姉たちと同じ女の子の格好をさせて目を眩ませる意味合いがあったのだという。
今思えば、僕の中の強大な魔力に小さな体が耐えきれてなかったのが原因なんじゃないかと推察するんだけどね。
その甲斐があったのかどうか、僕はいつの間にか熱を出さなくなり、背も伸び、ご飯を食べ、外に遊びに出られるようになった。
相変わらず長い髪は髪飾りが付いていたし、スカートを履いた格好は女の子のままだったけど。
・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・
あれはいつだったろう、姉さまたちと街で買い物をしてる時だった。
未だ飽きもせず僕を着飾ることが楽しい姉たちは、今日も洋服を買ったり小物を扱う店であーでもないこーでもないと髪飾りを物色したりしていた。
興味のない僕は、いい加減店の中で待ちくたびれて、外のベンチに座り日向ぼっこをしていた。
すると、どこから来たのか白くて赤い瞳をした小さなウサギが、路地の方へぴょんぴょんと跳ねていくのが見えた。
「そっちは危ないんだよ」
大通りの店先はまだしも、路地に入ると入り組んで迷子になるからと、姉さまたちには言い含められていた。
それに、路地には凶暴な野良犬もいて、噛まれたり追い掛けられたりしたら、怪我をするからと。
暫く待ってみたけれど、路地に入ったウサギは出てこない。
どうしよう、もし野良犬に捕まってたら。
……僕は、白くて赤い瞳をしたウサギの姿が自分と似ているような気がして「助けなくちゃ!」と思った。
何だか目が合ったような気がしたんだ。
入った路地は奥に続く一本道で、両側には商店や家の裏口があって、洗い物をしていたり、いい匂いがしていたり、子どもたちが遊んでいたりで、どれもこれも興味深かった。
ウサギはもっと奥まで行ってしまったのだろう、僕も後を追った。
暫くウサギを探しながら歩いていると、人気がなく薄暗くて煉瓦の壁ばかりが続くようになった。
「あれ?」
僕は何をしにここへ来たんだっけ?
辺りが暗いのは、日が暮れたからか、知らぬ間に横道に入ってしまったのか、魔に魅入られたのか……。
嫌な予感がして振り返ると、路地の奥には一抱えほどありそうな浮遊する黒っぽく揺らめく丸いモノ。
瞳だけが真っ赤で禍々しい気を放つソレは、魔のモノと呼ばれる低級の魔物だろう。
だが、いくら低級とは言え、まだ魔法使いに毛が生えた程度の自分ではどうしていいかわからない。
「ひっっ………!!」
黒い魔物は大きな口を開けて近寄ってくる。
逃げなければならないと頭ではわかっているのに、思うように足が動かない。
ノロノロとしか思えない速度で、それでも必死に走った。
「あ……う…………」
遂に、壁を背に逃げ場がなくなった僕に向かって、魔物は小さな火の玉を吹いた。
迫りくる火に為す術もなく震えてるだけの僕の目の前に、颯爽と現れたのは……女の子?
「ごめんなさい、巻き込んでしまったわね」
後ろに僕を庇いながら火の玉を弾き飛ばした女の子は、飛んできた火の粉で少し髪が焦げてしまったようだ。
「ごめ、ごめんなさい」
ジュッと言う音と髪が焼ける匂いがして、申し訳無さで泣きそうになる。
「いいのよ、こんなのすぐに伸びるわ。それより、あなたに怪我がなくて良かった」
僕が無事なことを確かめ、女の子は黒くモヤのように見える魔のモノへと歩み寄った。
彼女こそ危ないのに!
なのに、僕は足が震えて動けない。
男の子なのに、女の子に庇ってもらって情けない……。
「『お願い』よ、ここから立ち去って」
女の子がそう言うと、魔のモノは何処かへふっと消えていなくなってしまった。
「もう大丈夫よ、動ける?」
女の子はそう言って微笑みながら手を差し出した。
不思議な光景だった。
ほんの少し前まであんなに怖かったのに、僕はぽーっと目の前の女の子に見惚れていた。
僕と同じくらいの背丈、僕が小さいからもしかしたら僕より年下かも。
暗かった辺りには夕日が差し込み、薄くオレンジ色に染まりだす。
さっき少し焦げてしまった髪は黒く艶々でふわふわと波打っていて、眼鏡越しに僕をじっと見つめる瞳は薄紫でとても綺麗。
「怪我はないようね。良かったわ、あなたみたいな可愛らしい子に怪我がなくて」
「僕が可愛いなんて……」
彼女のほうが、僕みたいな色無しなんかより、ずっとずっと綺麗で可愛くて、しかも格好良い。
それに比べて僕は……。
「僕はあなたみたいに格好良くなりたい」
彼女は一瞬キョトンとした顔してすぐにちょっと困った顔になった。
「わたしは格好良くなんてないわ。今だって『お願い』して帰ってもらうだけだもの」
「そんなの!」
何も出来ずに震えている僕なんかより全然マシだ。
少なくとも彼女は、自分が出来ることをして僕を助けてくれた。
「あなたの白い髪、お日様に透けてとっても綺麗よ。それにその赤い瞳も柘榴石みたいで素敵」
それでも彼女は、俯く僕の頭を優しく撫でながら褒めてくれる。
彼女の言葉はこそばゆくて心地いいけれど、言われ続けた「色無し」であることが僕を苛む。
「でも僕、色無しって言われてて」
「そうなの?わたしのお友達にもあなたと同じ真っ白な髪の子がいるの。わたしはその子の髪もあなたの髪も、とっても綺麗だと思うわ。でも、そうね、嫌なら染めてしまえばいいんじゃない?」
染める?髪を?
「わたしみたいな真っ黒だと染まらないんだけど、あなたみたいな白い髪ならきっと綺麗に染まると思うの」
「そっか……」
「人は見た目じゃないわ。でも見た目だけで判断する人もいるわ。見た目を変えて自分が満足できるなら、それはアリだと思うの」
そっか、見た目を変えるのはアリなんだ。
持って生まれたものは、不変でどうにもならないものとして凝り固まってしまっていた。
色無しである僕は、一生このままなのだと。
「自信持って、そのままのあなたでも十分可愛いし素敵よ」
「あり……がとう」
僕を可愛がってくれている母や姉さまたちとは違う「可愛い」の言葉に、僕は何だか嬉しくなってしまった。
見た目だけじゃない。
でも見た目も大事。
その日偶然出会って大事なことを気付かせてくれた彼女は、強くて格好良くて可愛い、僕の女神様なんだと思った。
・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・
「姉さま、僕髪染めたい」
「あら、マシュー。白いままでもいいのに」
家族は、僕が小さい頃から、白い髪でも赤い瞳でもそのままで構わないという。
でも、僕はこの髪が嫌なんだ。
変えられるものなら変えたい。
もう『色無し』なんて言われたくない。
『見た目を変えて自分が満足できるなら、それはアリ』と言ってくれたように、見た目を変えて自信をつけたい。
「いいんじゃない、マシューがそうしたいなら」
「じゃあ何色にする?」
「私と同じ赤にしようよ」
「えー青がいい」
「オレンジも可愛いと思うなー」
姉さまたちが口々に相談を始める。
「黒……とか……」
出来ればあの女の子と同じが良かった。
あの子みたいに綺麗で格好良くなりたい。
「んーマシューの髪は白いから黒にするのは無理じゃないかな。多分良くて灰色にしかならないよ」
「それに、『黒』は特別な色だからヤメといたほうがいい」
「マシューには明るい色がいいんじゃないかなー」
んー……そっか、僕の髪じゃ染めても黒くならないんだ。
じゃあ別の色……。
「薄紫……とか?」
彼女の瞳の色。
宝石のようにキラキラして綺麗だった。
「薄紫かー、いいんじゃない」
「うん、マシューに似合うと思うよ」
姉さまたちの賛同を得、さっそく髪を染めてもらうことにした。
染めると言ってもさすが我が家、そこは魔法でちょちょいのちょいだ。
「うわー可愛い」
「似合うよ、マシュー」
「本当?似合ってる?」
「うんうん、似合ってる」
彼女の瞳の色をまとい、似合ってると言われ少しだけ誇らしい。
以降、ずっと僕の髪は薄紫だ。
可愛いなんてもう言わせない。
そのためにもいっぱい食べて、体も鍛えて、勉強もして、今はまだこんなだけど、絶対格好良くなるんだ。
いつか彼女とまた会えたら、今度は「可愛い」じゃなくて「格好良いね」って言ってもらうんだ。
赤い瞳を見られるのがまだちょっと恥ずかしいから前髪は長いままだけど、後ろ髪はバッサリと短くした。
背も伸びて姉さまたちの誰よりも高くなった。
もうリボンもスカートも似合わない。
・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・
16になって入学したアカデミーでは、勇者を始め剣士や賢者の友だちもできた。
一つ上には王子もいて仲良くさせてもらってる。
卒業したら賢者と一緒に王立魔法塔に入れるぐらい腕も磨いた。
もうあの頃みたいに小さな火の玉ぐらいでへたり込む弱虫じゃない。
でもなー……いつあの子と会えるのかな。
あの界隈で事件があった以降、彼女の姿は見ていない。
同じように貴族っぽかったから、王都のどこかのお茶会か夜会で会えるかなと思って、色んな所に顔を出してるけどどれも空振り。
姉さまたちで女の子の扱いに慣れてるのも功を奏し、公爵家から末端の男爵家まで王都のご令嬢たちとも友だちになって、それとなく黒髪の女の子の話を聞いてみるけど誰も知らないという。
自分じゃ行けない令嬢のみの茶会には、社交好きな姉さまたちに参加してもらうけど見つからない。
この年にもなって誰にも知られてない貴族の女の子って、どういう事?
そんなに年が離れているようにも見えなかったのに、デビュタントもしてないってこと?
最近じゃ、いよいよ王子がお妃探しを始めたのか、夜会の令嬢たちの出席率がやたら高くなってるのに、やっぱり何処にも見つからない。
学年が変わる長期休みの間の夜会もお茶会もやっぱり空振りで。
そうこうしてる間に新学期が始まって、またアカデミーへ戻らないといけなくなった。
姉さんたちには、いつもどおり「黒髪の女の子」の事を頼んでおくのを忘れない。
・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・
「マシュー、今日は生徒会役員候補の新入生を連れてくるから、昼食の手配を頼む」
「あーはいはい、毎年のアレね。今年はイイのが来るといいねー」
入学式の日の朝、ユーリにそう頼まれた。
毎年成績上位3名を取る事を慣習としている生徒会だが、去年の新入生は王子や勇者がアカデミーにいることが知られて上位全てが女子だったため、王子狙いのいざこざで散々な目に会い早々に辞めていただいた。
次点の男子生徒を入れたはいいが、どうもビビったのか何かと理由をつけてあまり生徒会へは来ない。
まあ、最低限仕事さえしてくれればいいやと仕事を渡せばしてくれるから、無理にここへは来ないでいいと言ってある。
あれから一年、少ない人数でいろんな行事や催しをこなしてきたが、いい加減にしてよ!と何度叫んだか……。
それもやっと開放される。
やっと新入生が!!
それにしても、例年になく呼び出すの早くない?
食事はいつものところにケータリングを頼むとして、テーブルセッティングはどうしようかな。
去年も一昨年も、初回の顔合わせの時は、王子がいたから濃いブルーにしたんだよね。
そうだな、今年は……。
暫くして、新入生を迎えに行ったユーリが戻ってきた気配がする。
いつもならケントかドールに行かせるのに、自分で行くなんて珍しいと思ってたら、今年はユーリの弟が入学してくるんだったっけ。
去年王子が言ってたね、「来年来るアイツの弟はブラコンだから覚悟しとけ」って。
僕はまだ会ったことはないけど、ユーリだって迎えに行くぐらいだもん、ブラコンだよね。
あ、扉が開いた。
「あ、いらっしゃーい、用意できてるよー」
最初に入ってきたのは生徒会長のユーリ。
そして、手を引いて連れてきたのは弟じゃなくて……。
人間、驚くと声が出ないものなんだね。
頭の中は「うわー」とか「ひゃー」とか騒ぎまくってるのに、言葉が出ない。
いや、頭の中も僕の髪みたく真っ白だ。
前髪が長くてよかった。
見たいのに見れない、でも見たい、とウロウロ彷徨う挙動不審な僕の視線を隠してくれる。
ぎこちないながらも皆を昼食会場へと案内し、僕の渾身のテーブルセッティングを披露する。
ユーリはふんと鼻を鳴らしただけの素っ気なさでこれはまあ通常運転なんだけど、彼女からは「素敵だ」と褒められた。
今日は僕の一番好きな色で花もクロスも揃えたんだ。
全くの偶然だけど、君の色だね。
それを褒められた!!嬉しい!!
君が喋ってる!目の前にいる!本物だ!幻なんかじゃないよね!?
あれから何年経ったのかな。
でもすぐにわかったよ。
ずっと会いたかった人、目の前にいる人が、僕がずっと捜していた薄紫の女神様だったんだよ。
────────────────────
あの日出会った僕の女神様はどこにいるんだろう。
僕には姉が5人いる。
一番上の姉は18も上で、その次は15上、その次は12上、まるで母が何人もいるみたいだ。
どうもウチは女系で、代々子沢山で兄弟姉妹も多い。
僕が一番下だからか、僕だけが男の子だからか、姉たちは全員僕のことを構いたがった。
わかる、わかるよ、僕が待望の男の子だったって。
大事にされてるの理解してるんだよ。
でも、声を大にしていいたい。
どんな童話もおとぎ話も、王子様がお姫様を助けに来る。
カッコイイのは男の子で女の子じゃない。
僕だって「可愛い可愛い」ばかり言われたくない。
格好良くなりたい。
僕だって、男の子なんだよ!
・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・
小さい頃、僕は身体が弱かった。
よく体調を崩すし、直ぐに熱が出るし、食が細いのかご飯もあまり食べられない。
それに……僕だけ他の家族と持つ色が違った。
代々魔法使いの家系で、金瞳と強大な魔力を受け継ぐホールデン家なのに、やっと生まれた直系男子の僕は、金の瞳を持つどころか、白い髪赤い瞳の色無しだった。
両親は、色無しでいつまで経っても小さく細い僕を心配し、僕に「女の子」の格好をさせた。
緩い巻き髪を長く伸ばしてリボンを付け、姉さまたちと同じようにスカートを履く。
魔に魅入られて身体が弱い男の子を、姉たちと同じ女の子の格好をさせて目を眩ませる意味合いがあったのだという。
今思えば、僕の中の強大な魔力に小さな体が耐えきれてなかったのが原因なんじゃないかと推察するんだけどね。
その甲斐があったのかどうか、僕はいつの間にか熱を出さなくなり、背も伸び、ご飯を食べ、外に遊びに出られるようになった。
相変わらず長い髪は髪飾りが付いていたし、スカートを履いた格好は女の子のままだったけど。
・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・
あれはいつだったろう、姉さまたちと街で買い物をしてる時だった。
未だ飽きもせず僕を着飾ることが楽しい姉たちは、今日も洋服を買ったり小物を扱う店であーでもないこーでもないと髪飾りを物色したりしていた。
興味のない僕は、いい加減店の中で待ちくたびれて、外のベンチに座り日向ぼっこをしていた。
すると、どこから来たのか白くて赤い瞳をした小さなウサギが、路地の方へぴょんぴょんと跳ねていくのが見えた。
「そっちは危ないんだよ」
大通りの店先はまだしも、路地に入ると入り組んで迷子になるからと、姉さまたちには言い含められていた。
それに、路地には凶暴な野良犬もいて、噛まれたり追い掛けられたりしたら、怪我をするからと。
暫く待ってみたけれど、路地に入ったウサギは出てこない。
どうしよう、もし野良犬に捕まってたら。
……僕は、白くて赤い瞳をしたウサギの姿が自分と似ているような気がして「助けなくちゃ!」と思った。
何だか目が合ったような気がしたんだ。
入った路地は奥に続く一本道で、両側には商店や家の裏口があって、洗い物をしていたり、いい匂いがしていたり、子どもたちが遊んでいたりで、どれもこれも興味深かった。
ウサギはもっと奥まで行ってしまったのだろう、僕も後を追った。
暫くウサギを探しながら歩いていると、人気がなく薄暗くて煉瓦の壁ばかりが続くようになった。
「あれ?」
僕は何をしにここへ来たんだっけ?
辺りが暗いのは、日が暮れたからか、知らぬ間に横道に入ってしまったのか、魔に魅入られたのか……。
嫌な予感がして振り返ると、路地の奥には一抱えほどありそうな浮遊する黒っぽく揺らめく丸いモノ。
瞳だけが真っ赤で禍々しい気を放つソレは、魔のモノと呼ばれる低級の魔物だろう。
だが、いくら低級とは言え、まだ魔法使いに毛が生えた程度の自分ではどうしていいかわからない。
「ひっっ………!!」
黒い魔物は大きな口を開けて近寄ってくる。
逃げなければならないと頭ではわかっているのに、思うように足が動かない。
ノロノロとしか思えない速度で、それでも必死に走った。
「あ……う…………」
遂に、壁を背に逃げ場がなくなった僕に向かって、魔物は小さな火の玉を吹いた。
迫りくる火に為す術もなく震えてるだけの僕の目の前に、颯爽と現れたのは……女の子?
「ごめんなさい、巻き込んでしまったわね」
後ろに僕を庇いながら火の玉を弾き飛ばした女の子は、飛んできた火の粉で少し髪が焦げてしまったようだ。
「ごめ、ごめんなさい」
ジュッと言う音と髪が焼ける匂いがして、申し訳無さで泣きそうになる。
「いいのよ、こんなのすぐに伸びるわ。それより、あなたに怪我がなくて良かった」
僕が無事なことを確かめ、女の子は黒くモヤのように見える魔のモノへと歩み寄った。
彼女こそ危ないのに!
なのに、僕は足が震えて動けない。
男の子なのに、女の子に庇ってもらって情けない……。
「『お願い』よ、ここから立ち去って」
女の子がそう言うと、魔のモノは何処かへふっと消えていなくなってしまった。
「もう大丈夫よ、動ける?」
女の子はそう言って微笑みながら手を差し出した。
不思議な光景だった。
ほんの少し前まであんなに怖かったのに、僕はぽーっと目の前の女の子に見惚れていた。
僕と同じくらいの背丈、僕が小さいからもしかしたら僕より年下かも。
暗かった辺りには夕日が差し込み、薄くオレンジ色に染まりだす。
さっき少し焦げてしまった髪は黒く艶々でふわふわと波打っていて、眼鏡越しに僕をじっと見つめる瞳は薄紫でとても綺麗。
「怪我はないようね。良かったわ、あなたみたいな可愛らしい子に怪我がなくて」
「僕が可愛いなんて……」
彼女のほうが、僕みたいな色無しなんかより、ずっとずっと綺麗で可愛くて、しかも格好良い。
それに比べて僕は……。
「僕はあなたみたいに格好良くなりたい」
彼女は一瞬キョトンとした顔してすぐにちょっと困った顔になった。
「わたしは格好良くなんてないわ。今だって『お願い』して帰ってもらうだけだもの」
「そんなの!」
何も出来ずに震えている僕なんかより全然マシだ。
少なくとも彼女は、自分が出来ることをして僕を助けてくれた。
「あなたの白い髪、お日様に透けてとっても綺麗よ。それにその赤い瞳も柘榴石みたいで素敵」
それでも彼女は、俯く僕の頭を優しく撫でながら褒めてくれる。
彼女の言葉はこそばゆくて心地いいけれど、言われ続けた「色無し」であることが僕を苛む。
「でも僕、色無しって言われてて」
「そうなの?わたしのお友達にもあなたと同じ真っ白な髪の子がいるの。わたしはその子の髪もあなたの髪も、とっても綺麗だと思うわ。でも、そうね、嫌なら染めてしまえばいいんじゃない?」
染める?髪を?
「わたしみたいな真っ黒だと染まらないんだけど、あなたみたいな白い髪ならきっと綺麗に染まると思うの」
「そっか……」
「人は見た目じゃないわ。でも見た目だけで判断する人もいるわ。見た目を変えて自分が満足できるなら、それはアリだと思うの」
そっか、見た目を変えるのはアリなんだ。
持って生まれたものは、不変でどうにもならないものとして凝り固まってしまっていた。
色無しである僕は、一生このままなのだと。
「自信持って、そのままのあなたでも十分可愛いし素敵よ」
「あり……がとう」
僕を可愛がってくれている母や姉さまたちとは違う「可愛い」の言葉に、僕は何だか嬉しくなってしまった。
見た目だけじゃない。
でも見た目も大事。
その日偶然出会って大事なことを気付かせてくれた彼女は、強くて格好良くて可愛い、僕の女神様なんだと思った。
・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・
「姉さま、僕髪染めたい」
「あら、マシュー。白いままでもいいのに」
家族は、僕が小さい頃から、白い髪でも赤い瞳でもそのままで構わないという。
でも、僕はこの髪が嫌なんだ。
変えられるものなら変えたい。
もう『色無し』なんて言われたくない。
『見た目を変えて自分が満足できるなら、それはアリ』と言ってくれたように、見た目を変えて自信をつけたい。
「いいんじゃない、マシューがそうしたいなら」
「じゃあ何色にする?」
「私と同じ赤にしようよ」
「えー青がいい」
「オレンジも可愛いと思うなー」
姉さまたちが口々に相談を始める。
「黒……とか……」
出来ればあの女の子と同じが良かった。
あの子みたいに綺麗で格好良くなりたい。
「んーマシューの髪は白いから黒にするのは無理じゃないかな。多分良くて灰色にしかならないよ」
「それに、『黒』は特別な色だからヤメといたほうがいい」
「マシューには明るい色がいいんじゃないかなー」
んー……そっか、僕の髪じゃ染めても黒くならないんだ。
じゃあ別の色……。
「薄紫……とか?」
彼女の瞳の色。
宝石のようにキラキラして綺麗だった。
「薄紫かー、いいんじゃない」
「うん、マシューに似合うと思うよ」
姉さまたちの賛同を得、さっそく髪を染めてもらうことにした。
染めると言ってもさすが我が家、そこは魔法でちょちょいのちょいだ。
「うわー可愛い」
「似合うよ、マシュー」
「本当?似合ってる?」
「うんうん、似合ってる」
彼女の瞳の色をまとい、似合ってると言われ少しだけ誇らしい。
以降、ずっと僕の髪は薄紫だ。
可愛いなんてもう言わせない。
そのためにもいっぱい食べて、体も鍛えて、勉強もして、今はまだこんなだけど、絶対格好良くなるんだ。
いつか彼女とまた会えたら、今度は「可愛い」じゃなくて「格好良いね」って言ってもらうんだ。
赤い瞳を見られるのがまだちょっと恥ずかしいから前髪は長いままだけど、後ろ髪はバッサリと短くした。
背も伸びて姉さまたちの誰よりも高くなった。
もうリボンもスカートも似合わない。
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16になって入学したアカデミーでは、勇者を始め剣士や賢者の友だちもできた。
一つ上には王子もいて仲良くさせてもらってる。
卒業したら賢者と一緒に王立魔法塔に入れるぐらい腕も磨いた。
もうあの頃みたいに小さな火の玉ぐらいでへたり込む弱虫じゃない。
でもなー……いつあの子と会えるのかな。
あの界隈で事件があった以降、彼女の姿は見ていない。
同じように貴族っぽかったから、王都のどこかのお茶会か夜会で会えるかなと思って、色んな所に顔を出してるけどどれも空振り。
姉さまたちで女の子の扱いに慣れてるのも功を奏し、公爵家から末端の男爵家まで王都のご令嬢たちとも友だちになって、それとなく黒髪の女の子の話を聞いてみるけど誰も知らないという。
自分じゃ行けない令嬢のみの茶会には、社交好きな姉さまたちに参加してもらうけど見つからない。
この年にもなって誰にも知られてない貴族の女の子って、どういう事?
そんなに年が離れているようにも見えなかったのに、デビュタントもしてないってこと?
最近じゃ、いよいよ王子がお妃探しを始めたのか、夜会の令嬢たちの出席率がやたら高くなってるのに、やっぱり何処にも見つからない。
学年が変わる長期休みの間の夜会もお茶会もやっぱり空振りで。
そうこうしてる間に新学期が始まって、またアカデミーへ戻らないといけなくなった。
姉さんたちには、いつもどおり「黒髪の女の子」の事を頼んでおくのを忘れない。
・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・
「マシュー、今日は生徒会役員候補の新入生を連れてくるから、昼食の手配を頼む」
「あーはいはい、毎年のアレね。今年はイイのが来るといいねー」
入学式の日の朝、ユーリにそう頼まれた。
毎年成績上位3名を取る事を慣習としている生徒会だが、去年の新入生は王子や勇者がアカデミーにいることが知られて上位全てが女子だったため、王子狙いのいざこざで散々な目に会い早々に辞めていただいた。
次点の男子生徒を入れたはいいが、どうもビビったのか何かと理由をつけてあまり生徒会へは来ない。
まあ、最低限仕事さえしてくれればいいやと仕事を渡せばしてくれるから、無理にここへは来ないでいいと言ってある。
あれから一年、少ない人数でいろんな行事や催しをこなしてきたが、いい加減にしてよ!と何度叫んだか……。
それもやっと開放される。
やっと新入生が!!
それにしても、例年になく呼び出すの早くない?
食事はいつものところにケータリングを頼むとして、テーブルセッティングはどうしようかな。
去年も一昨年も、初回の顔合わせの時は、王子がいたから濃いブルーにしたんだよね。
そうだな、今年は……。
暫くして、新入生を迎えに行ったユーリが戻ってきた気配がする。
いつもならケントかドールに行かせるのに、自分で行くなんて珍しいと思ってたら、今年はユーリの弟が入学してくるんだったっけ。
去年王子が言ってたね、「来年来るアイツの弟はブラコンだから覚悟しとけ」って。
僕はまだ会ったことはないけど、ユーリだって迎えに行くぐらいだもん、ブラコンだよね。
あ、扉が開いた。
「あ、いらっしゃーい、用意できてるよー」
最初に入ってきたのは生徒会長のユーリ。
そして、手を引いて連れてきたのは弟じゃなくて……。
人間、驚くと声が出ないものなんだね。
頭の中は「うわー」とか「ひゃー」とか騒ぎまくってるのに、言葉が出ない。
いや、頭の中も僕の髪みたく真っ白だ。
前髪が長くてよかった。
見たいのに見れない、でも見たい、とウロウロ彷徨う挙動不審な僕の視線を隠してくれる。
ぎこちないながらも皆を昼食会場へと案内し、僕の渾身のテーブルセッティングを披露する。
ユーリはふんと鼻を鳴らしただけの素っ気なさでこれはまあ通常運転なんだけど、彼女からは「素敵だ」と褒められた。
今日は僕の一番好きな色で花もクロスも揃えたんだ。
全くの偶然だけど、君の色だね。
それを褒められた!!嬉しい!!
君が喋ってる!目の前にいる!本物だ!幻なんかじゃないよね!?
あれから何年経ったのかな。
でもすぐにわかったよ。
ずっと会いたかった人、目の前にいる人が、僕がずっと捜していた薄紫の女神様だったんだよ。
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