よわよわ魔王がレベチ勇者にロックオンされました~コマンド「にげる」はどこですか~

サノツキ

文字の大きさ
39 / 78
#3:慣れてきた学院生活~新たな出会い

#3-余談1.本気で土下座、待ったなし

しおりを挟む
<オードリー視点>
────────────────────



「オーリー、オーリー!いる?」

 レイアがオレを呼んでいる。

(……何の用?)

 って、どうせまた「早く相手を探せ」だの「練習しろ」だの小言を言われるんだろう。
 自分がちょっと去年メイ・クイーンに選ばれたからって。

 そりゃオレだってメイ・キング狙いたいよ。
 だけど、オレの身長じゃ高すぎてパートナーになってくれる令嬢はいないんだって。
 見つけても、ダンスのレベルがイマイチだったり、デカいだけで美しくなかったり、なかなか眼鏡にかなう人物がいない。

 レイアと踊る?
 論外だ。
 いくら従姉妹で慣れてるとはいえ、アレは女ではない。
 レイアと踊るぐらいなら、規定外で自動人形オートドールと大会に出て失格になったほうがマシだ。
 人形はオレを殴ったり蹴ったり罵倒したりしないからな。

 ・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・

 人とは……主に女性とは恐ろしい生き物だ。
 オレがダンスに誘うとほいほい付いてくるわりに、ダメなところを指摘すると直ぐに泣いて逃げ出す。
 おかげでダンスを誘っても誰も手を取ってくれなくなった。

 そのくせ、ダンスを踊るでもないのに寄ってきて「デートしろ」と言う。
 挙げ句、オレの顔見て「笑え」とか「怖い」とか何だそれ、失礼な。
 ちょっと……表情が乏しいだけじゃないか。
 それでも、ダンスの時は笑顔を貼り付けて踊ってるつもりだ。
 ソロなら笑顔はいらないのに、ワルツは笑顔で、ってなんだそれ。
 オレだって、心底楽しければ笑うさ。

 相手が見つからないオレは、普段は仕方なく自動人形オートドール相手にダンスを踊る。
 魔力を付加された自動人形オートドールはプログラム通りにパートナーを務めるから、下手な相手よりはよっぽど優秀だ。
 テーブルに散らばった紙に描かれた色とりどりのドレスのデザインも、その人形に着せる衣装で……。

「オーリー!」

 いよいよレイアが本気でオレを呼び始めた。
 無視し続けるとあとから嫌味がうるさいから、面倒だけど仕方なく顔を出すことにする。

「…………なに?」

 オレ、自動人形オートドールの衣装のデザインで忙しいんだ……けど?

「オーリー、こちらの方と踊ってみて。貴女名前は?」
「マリネッテです」

 オレはドレスのデザインを考えて理想を夢見るあまり、遂に幻覚を見始めたのか?
 それにしちゃくっきりはっきりと目の前に自動人形オートドールが見える。
 へえ、名前は「マリネッテ」って言うんだ。
 レイアが用意した新型かな。

 ウェーブのかかった長い艷やかな黒髪に、薄紫の宝石のような瞳とそれを縁取る長い睫毛。
 真っ白な陶磁器の肌に、ぷっくりとした可愛らしい桃色の口唇。
 オレに合わせた丁度いい身長に、折れそうに細く絞られた腰と長い手足と、スレンダーながらそれでいてなかなかの胸の膨らみ。

 うん、よくぞここまでオレの理想を具現化した自動人形オートドールを用意できたな、素晴らしいぞレイア!
 これで今年のメイ・キングを狙える!!
 って、ああ、自動人形オートドール相手じゃメイ・キングになれないんだった。

「呆けてないで早くマリネッテさんの手を取って」

 それでも、練習相手にはいいだろう。
 どれ、新型はどんな具合かな。
 実際に踊ってみて調整は必要なんだろうけど。
 オレは、目の前にいるよく出来た人形相手に、人に対するように片手を差し出しダンスを申し込む。
 人形相手とは言え、染み付いた作法は自然と出てくる。

「…………お手をどうぞ」
「は、はい。よろしく願いします」

 声も、高くもなく低くもなく穏やかなトーンで丁度いい。
 随分滑らかに話す自動人形オートドールだな。
 って、え、自動人形オートドールって喋ったっけ。
 まあいいか、最新式は簡単な受け答えぐらいは出来るのだろう。

 曲が流れて踊り始める。
 まずはワルツから。

「ほう……これはなかなか」

 関節も滑らかに動くし、足運びも申し分ない。
 ところどころステップが乱れるが、それくらいオレのリードで修正がきく。
 いっそ完璧過ぎないぐらいの加減で、人と踊っているのと遜色ないほどのプログラミングに舌を巻く。

「うん、まあまあのプログラミングだ。抱き心地も悪くないな」

 しかも、制服越しに伝わる人と似た体温も、細身なのに柔らかい身体も、なんとも抱き締めていて心地よい。

「それにしてもよく出来てるな、君はどこの製造者メーカーなんだ?」
「えっと……あの……」

 ああ、ごめんね。
 そんな難しい会話は出来ないね。
 だって君は人形だもの。

 それにしても、こんなに良く出来た自動人形オートドール、レイアはどこで見つけてきたのだろう。
 彼女の家は大きな商会を幾つも抱えていることを考えると、異国から取り寄せたものかもしれない。
 どこかに製造元を示す刻印があるはずなのだが……。

「大体ここに製造者メーカーの刻印が……」

 目の前の人形が、ダンス用のドレスではなく制服を着ているのが不思議な気はしたが、ここへ連れてくるのにドレス姿が目立つからだろうと納得する。
 自分だって燕尾服ホワイトタイに着替えず制服のままだ。

 腰を支えたまま、首元のリボンを緩めブラウスのボタンを外して胸元を寛げると、途端、ふわりと立ち上る甘い香り。
 思ったとおり豊かな谷間が見え、胸元を彩る繊細なレースの下着を指先でくっと押し下げると、大概の人形はここに刻印が……あれ、ない?
 それより、指先に触れた柔らかい肉の感触……甘く立ち上る香り……これが最新の人形なのか……素晴らしい。

「柔らかいし温かい……」

 オレは足を止め、誘われるように無意識にその柔らかい谷間に顔を埋めていた。
 人相手には絶対出来ないししたこともない、人形相手だから出来ること。
 ああ、幸せだ……このまま窒息しても悔いはない。
 本当に……甘い匂いにくらくらする。

「最近の自動人形オートドールは良く出来てるんだね」

 最大限の賛辞を込めて顔を上げレイアに向けてそう言うと、彼女はオレの名を呼びながら見たこともないほど怖い顔をしてこちらへやってきた。

「今までバカだバカだと思っていましたけど、貴方本当にバカですわね。人と自動人形オートドールの区別も付きませんの?」

 な……バカとはなんだ、これでも2年の首席だぞ。
 しかも何度もバカと……って、え?人と人形の区別???
 レイアに引き剥がされた人形を見ると、顔を赤くしてオレが乱した制服を直している。
 え?人形が自分で???

「な!そんなわけ……って、あ?え?……人……?」

 え?え?え?
 人?目の前の、オレの理想そのものの、この美しく綺麗な人形が、人間!?
 作り物じゃなくて本物!?
 じゃあ、さっきオレは彼女に何をした?
 甘い匂いに抗えなくて、そ、その……や、や、やわ、柔らかな……む、む、む、胸の谷間に……!?

「ももももも、申し訳ないっ!!!あまりにも完璧で理想のパートナーが目の前に具現化したものだから、てっきりレイアが用意した自動人形オートドールかと」

 普段は話さないほどの量を一気に話して酸欠で蟀谷がズキズキ痛むのを堪え、平身低頭謝罪する。
 勝手にオレが勘違いしていただけで、勝手にオレが自分の理想だと思っていただけで、勝手にオレが嬉しくなっていただけで……。
 彼女が人形ではなかったことが嬉しいのか悲しいのか、よくわからない感情が押し寄せる。
 土下座の格好を取りながら、オレの頭の中はこの数分間で押し寄せた出来事で、完全にパニックになっていた。

「わたしを、その『おーとどーる』って言うのと間違えたってことですか?」
「本当に申し訳ない」

 人形じゃない彼女は、今どんな表情をしているのだろう。
 見たいような見たくないような……。
 そんなことを思い悩むなんて、人形相手には抱いたことのない自分の感情に戸惑う。

「オーリー立って。ねえ、マリネッテさん、宜しければ向こうでお茶しません?」

 恐る恐る顔を上げ彼女の顔を見ると、怒るでもなく悲しむでもなく……なんだろう……他人の心の機微に疎い自分にはよくわからない表情をしていた。
 一歩通行の、オレが人形に話しかけるだけじゃない、他人相手の会話コール&レスポンスが怖かった。

 ・‥…‥・◇・‥…‥・◇・‥…‥・

 その後のことは正直あまり覚えていない。
 レイアに聞いたら、ノリノリで通常運転&3時間も自動人形オートドールじゃない人間の彼女と踊っていたらしい。
 確かに、このいい感じの全身の疲れ具合は、思う存分踊ったからだろう。
 近年稀に見る充足感で感無量だ。

 その事をレイアに伝えると、ゴミ虫を見るような目で見られた。
 なんでだ、納得行かない。

 それにしても……。
 生身の女性と言うものは……なんていうか……こう……柔らかくて(どこがとは言わないが)……いい匂いがして(どこからとは言わないが)……人形ドールみたいにすべすべで人形ドールよりもしっとりしてて(なにがとは言わないが)……とても抱いていて気持ち良いものだった。

 思い出して堅くなったアレをいつもより多い目に処理し、襲ってきた睡魔に身を任せる。

 次はいつ彼女と踊れるんだろう。
 今年はメイ・キング取れるかなあ。

 それはそうと、彼女の名前……なんだっけ?
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

猫なので、もう働きません。

具なっしー
恋愛
不老不死が実現した日本。600歳まで社畜として働き続けた私、佐々木ひまり。 やっと安楽死できると思ったら――普通に苦しいし、目が覚めたら猫になっていた!? しかもここは女性が極端に少ない世界。 イケオジ貴族に拾われ、猫幼女として溺愛される日々が始まる。 「もう頑張らない」って決めたのに、また頑張っちゃう私……。 これは、社畜上がりの猫幼女が“だらだらしながら溺愛される”物語。 ※表紙はAI画像です

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

処理中です...