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第三章 今世
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しおりを挟む私は結局熱を出してしまった。帰りの馬車の中でぼんやりとしていたら、父が私の身体が熱いのに気がついてくれた。王都のタウンハウスに着いて、抱き抱えて中に連れて行ってくれた。
思ったより早い帰りな上、私が発熱していた事でお土産話を待っていてくれた、母、姉、義兄に心配を掛けてしまった。
夜中に目を覚ますとベッドの傍に母がいた。
「お……お母様」
と呼ぶと母は私の額の布巾をとり、タライの水で濯いでもう一度額にのせてくれた。
高位貴族の夫人は子育てはしない。育てるのは乳母と側使えと家庭教師になる。
だが、侯爵家の生まれながら、ローゼの母は三人の娘を乳母の力を借りながら自力で育てた。またそれを許す父でもあった。
私はそんな貴族夫人らしくない母の姿を見ながら、前世の母を思い出す。前世の母もコンラート様の魔力を渡されると熱が出る私を一晩つききりで看病してくれた。前世の母は公爵家の生まれで器に付いてよく知っていたから、私が器に選ばれた事を嫌がっていた。その上コンラート様の態度が態度だったので、母と兄は不敬だがコンラート様の事を嫌っていた。父はどうだったのだろう?高位貴族当主の口伝もあったし、違う気持ちを持っていたのかもしれない。それでも私が寝付くたびに私の好物を揃えてくれたものだ。
母のひんやりした手のひらを頬に感じた。
「何か辛い事があったのね」
母はそう言った。前世のことは家族の誰にも言ってない。私は末っ子で何の悩みもない、みんなに甘える子に見えてるはずだ。
それでも母はひんやりとして手のひらで私の頬をなで続けて言った。
「リーゼは小さい頃から何か抱えてるなと思っていたの。話せる日が来たら話してちょうだい。どんなことでも絶対に受け入れるつもりよ」
ああ、そうか、それでか。甘やかしているのでなく、何か抱えている子だから家族の中に置いておこうとしているのか。
私は恵まれている。そう思いながらまた眠りの沼に沈んで行った。
次の朝、目覚めるとベッド傍には私付きの侍女エマがいた。エマは父の侍従の妻で長く我が家に使えている。若い女の子を私に付けずに、エマの様なベテラン侍女を付けたのは、私の中に何か不安を見つけたからなのだろう。
「リーゼお嬢様、お目覚めですか。お水を飲んで下さい」
エマにそう言われて、身体を起こし、コップをもらう。果実水が喉を通って行くのが気持ちいい。
「ありがとう、エマ」
「しばらくはゆっくりなさって下さい」
「でも、学院の支度が……」
「もう、制服も仕上がってきてますし、入学前のクラス分け試験も受けてありますし、課題も提出していますから大丈夫でしょう」
エマが優しく笑いかける。エマ夫妻は子供に恵まれなかった。子供がいたらこのぐらいの年回りと言う私を自分の子供の様に時に優しく時に厳しく育ててくれたのだ。
「そうかな。入学してすぐにまた試験があるらしいから、遊んでいられない」
「お嬢様は勉学に励みすぎです。上のお姉様方だって出来のいい方々ですが、そこまで根を詰めてませんでしたよ」
小さい頃から家庭教師が付いて勉強をしてきた。今世は魔力はないから魔術を学ぶことはない。数理は前世と変わらないが、語学、歴史、地理など前世と違うから夢中で学んできた。コンラート様にどの様な形で会うかわからなかったから、自分の足で立てる女になっておきたかったのだ。
だが、そんな心配はもういらない。王弟殿下は属国の公国の大公だ。だからルドルフ殿下は公国の公太子というわけだ。属国とは言え、豊かなこの国の属国だから下手な近隣の王国より豊かである。
彼は私が何か心配をする様な身分でないのだ。自分が転生した意味は何だろうとまた考えた。
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