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しおりを挟むその日は具合が悪いからと、医者を呼ぶと言った彼にも要らないと言って寝室に閉じこもった。
枯れるんじゃないかというほど溢れてくる涙を流して、そのまま寝落ちしてしまったのがいけなかったのか。翌日に熱を出してしまった。
身体だけは丈夫な俺の久方ぶりの体調不良に、仕えてくれている人間はてんやわんやとしていた。中でも彼が一番驚いていて、今はベッドの横でおかゆを食べさせてくれていた。
「…ニース王子が体調不良で熱を出すとは…。やはり医者を呼んでおくべきでした」
「……俺が、要らないって言ったんだから、気にするなよ」
「気にするなという方が無理です」
むすっとした顔でスプーンに掬ったかゆを差し出してくる彼に、「自分で食べられるよ」と主張すると「さっき水をベッドに零したのをお忘れですか」と冷ややかな目で見られてしまった。
「ごめん」と言うと、さらに顔を歪めた彼が黙って世話をされろとばかりにかゆを口に突っ込んでくる。
なんとか器に入っているかゆを食べきり、医者に処方された薬を飲んで横になる。副作用でうとうとしてきた俺を横で見下ろす彼に、この状態なら答えてくれるだろうかと口を開いた。
「…なぁ、クレブには…将来の夢とか、あった…?」
「………どうしたのですか、突然」
訝し気に眉をしかめる彼。もとよりおしゃべりでない彼が素直に答えてくれるとは思っていなかったから、でっち上げた理由をぺらぺらと話す出す。
「…もうすぐ、成人の儀だろ? 王族教育も、そろそろ終わる。兄様たちは優秀だから、俺が国に…民に出来ることは…何だろうって思って…」
「………それで熱を出したのですか?」
「…はは、」
へらっと笑った俺に、彼は呆れたような顔をしてため息を吐いた後教えてくれた。
「…騎士を、目指していました。父も騎士でしたので」
何でもないように言っているが、見下ろす目には憂いが灯っている。きっと本気で叶えるつもりだったし、叶えられた夢だったんだろう。
――俺の傍仕えにならなければ。
「…へぇ、カッコいいな。俺には向いてないだろうけど」
「……運動神経からっきしですからね」
「…はは、返す言葉もないな…」
薬が本格的に聞き始めてきたのか、だんだんと瞼が重くなってくる。
「…なぁ、クレブ」
目を閉じて睡魔に誘われながら、何とか一番聞きたかった言葉を絞り出した。
「……今でもまだ…騎士に…なりたい……?」
「…………」
意を決して問いかけた問いに、俺が寝たのかと思ったのか。彼はしばし沈黙し、まるで秘密を零すかのように微かな声で俺の頭を撫でながら囁いた。
「……そう、ですね。…でも、俺は貴方の傍使えですから…」
微睡の淵にいたけれど、その言葉だけはやけにはっきりと聞こえた。
頭を撫でる大きな手にもっと触れてほしいと思うけど、それでも彼のためを思うならこのぬくもりを手放すしか他ない。
これからの彼の居ない生活を想像し、寂しいと思うと同時にぎりぎりと痛む胸を見てみない振りをし、俺は覚悟を決めたのだ。
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