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しおりを挟む「ーー言いたいことはそれだけですか?」
冷たい、声だった。
彼からは聞いたこともない。失望したような、どこか悲哀を含んだ温もりをくれた彼から初めての拒絶だった。
ーー心臓が、破裂しそうなくらい痛い。
込み上げてくる衝動を制し、なるべく平静に言葉を返そうと口を開く。
「……何か、気に障っ、」
「ーー当たり前です!」
けれど努力の甲斐虚しく、言葉を遮るように叫んだ彼は俺の肩をとんでもない力で掴んできた。
「貴方は……! 俺と結婚するよりも、奴隷に身を落とすか、命を絶った方がマシだと…! そう仰っているのですか!!」
「!? 違、」
「先程の言葉に、それ以外の何の意味があると…? 俺は、おれ、は………! 貴方もっ、憎からず、俺を想ってくれて…いるのだと、そう…思って……!!」
なんだ、どうして、彼はこんなに取り乱しているんだ。
思ってもみない切り返しに、俺は肩を揺さぶられながら贈与式と同じく混乱した。
ーー『憎からず、俺を想って』?
そんな、その言い方じゃ、彼も俺をそう想っているように聞こえる。
可笑しい。だって、彼が俺を望んでいないとそう…思ったから。俺は断腸の思いで、彼を自由にしたのにーー
「……アルアドル、卿、」
「そんなよそよそしい言い方を、貴方はしなかったのに!!」
「…っ、でも、今は貴方…も、貴族だから…っ! 馴れ馴れしく、話すことなんて……ッ、」
掴まれた肩に籠る力が、だんだんと強くなってくる。
現役で騎士をしている彼の力に抵抗出来るはずもないが、反射的に痛みから逃れようと身体が動く度に表情が険しくなっていく。
「……ッ、嫌です…………どうしてそんなことを仰るんですか…っ、俺は、俺はーー…!」
「………っ! ぃ、たい、痛いです、アルアドルきょ、」
「ッ、前のように、クレブとお呼び下さい…っ! 王子…!!」
そう叫ぶように懇願する彼は、見たことがないほど必死の形相をしていた。…どこか、目の焦点があっていない様に感じるのは気のせいだろうか。
俺は何が彼をそうさせているのか分からず、痛みに顔を歪めながら、混乱しつつも首を縦に振って肯定するしかなかった。
「わか、分かりました…! 分かりましたから、落ち着いて……っ!」
すると、ぴたりと彼の言葉が止まった。俺の声が届いたのかと顔を上げると。
「ーーいいえ。貴方は何も分かっていません」
ゾッと悪寒が背筋を駆け降りる程表情を削ぎ落とした彼が、虚ろな目で俺を見下ろしていた。
「ーーそう、ですよね。
貴方にとって俺なんてそれぐらいの存在だったってことですよね俺にも落ち度はあったと理解しています貴方の大切さに気付くのが遅かったってここ数年で身に染みるほど分かりましたからでも駄目です貴方がどれだけ嫌だと言ってももう手放すことなんて考えられません俺は貴方のことだけを考えて血の滲むような努力をして騎士になってここまで来たのにようやく功績が認められてあなたを守れる権力を手にして王からも穏便に貴方を譲り受けることも出来たのに今更引き返す事なんでできませんそれに貴方が望もうが望むまいが近いうちに王位継承権も返上することになっていましたし王もそれを望まれていました俺に頼むと仰っていましたし貴方を蔑ろにするクソみたいな親だと思っていましたが情はちゃんとあったみたいですね良かったです殺さずに済んでこれでもう既に親公認ということですよね貴方が望んでいなくてもここにいてもらいます大丈夫ですこれからは貴方を馬鹿にする愚かな人間にわざわざ会う必要もありませんし国外に出て危険な連中相手に身を削る様なことをしなくていいですし貴方を利用しようと近づいてくる薄汚い連中はどんな手を使っても始末しますですからこの邸宅から一歩も出ずに俺の為だけに生きて下さいーー抵抗する様なら勿体無いですがこの綺麗な細い手足も切り落としましょう大丈夫です綺麗に保管して俺の部屋に飾っておきますきっと手足のない貴方も綺麗ですよあぁ言い忘れていましたこれが一番大事なのに
ーーニース王子、愛しています」
寡黙な彼が早口に語った内容は、一回聞いただけでは理解出来なかった。
けれど陶酔したように頬を蒸気させ、にこりと微笑む彼の目に、俺はもう映っていないように思えた。
だって彼の語る愛はもう形が変わってしまっていて、歪んだ執着でしかなかったから。
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