29 / 52
職場訪問と混沌
しおりを挟む
普段は王族など、限られた者しか立ち入りを許可されていない王宮の中庭。
選ばれた僅かな淑女のみが参加する事ができる、王妃主催のお茶会が終わりを告げた。中庭から出てきたアリスティアを端正な容貌の騎士、グレンが呼び止めた。
お茶会が終わるまで入り口で待っていたらしい。
「旦那様から伺っておりますわ」とアリスティアがかえすと、まず二人はアレクセイの執務室に行き、現在殿下は政務官の部屋だと伝えられた。執務室からは然程離れていので、すぐに向かう事にした。
「奥様!」
ロナンは政務官の部屋までグレンに連れられてやって来た、アリスティアを見るなり喜色を浮かべて出迎えた。そんなロナンを見て、すぐ様アリスティアは淑やかに礼をした。
「ご挨拶が遅れてしまいました。アレクセイ様の妻、アリスティア・シルヴェストと申します」
「こちらこそ、夜会の時は慌ただしくさせてしまい申し訳ありませんでした。ベルクール伯爵家のロナン・ベルクールです。そこのグレンの兄でもあります」
ベルクール兄弟とは今まで、あまり接することは無かったアリスティアだが、主な貴族の名前と顔は既に頭に入っている。
しかしこう直接二人並んでいるのを見ると、雰囲気の違う兄弟だとは思ったが、アリスティア自身も兄弟とは全く性格が違う。
互いに挨拶を交わすと、アリスティアはすぐにアレクセイの事を尋ねることにした。
「旦那様はこちらだと伺ったのですが?」
「殿下なら宮廷魔術師の職務室の方へと先程向かわれました。なんでも珍しい魔導具を手に入れたとかで。殿下はマルセフ殿に捕まると中々解放してもらえないのですよ」
「魔導具…マルセフ殿が、ですか」
意味を察したグレンは心中で目を眇めた。その隣でアリスティアは首を傾げてグレンを見上げる。
「まぁ、そうでしたの。宮廷魔術師様のお部屋にまで、伺う訳にもいきませんし、どう致しましょう?」
「部屋の前までなら問題ありませんよ。中にいらっしゃる殿下を呼んで頂けるよう計らいますので」
「連れて行って頂けるのですか?」
「勿論でございます。絶対に奥様をお連れするようにと、殿下により仰せつかっておりますので。しかしまた少し歩きますが…」
宮廷魔術師の職場は、同じ翼棟に位置しているが、廊下を真っ直ぐに歩き続けた最も隅の部屋に存在する。
アリスティアは足を気遣ってくれるグレンに微笑みかける。体力にはそこそこ自信がある。
「まぁ、そこはお気になさらないで下さい」
嫌な顔一つしないアリスティアに安堵したグレンは端正な顔で笑みを返した。
「承知致しました。では参りましょう」
「グレン、丁重にお連れするんだよ」
「畏まりました兄上」
「では、失礼致します」
そうして辿り着いた宮廷魔術師の職務室の扉を叩くと、応対した顔色の悪い魔術師が目を泳がせた。
「あ…殿下でしたら…」
青い顔でやった視線の先を追うと、腕を組んで明後日の方向を向いた微動だにしないアレクセイに、マルセフが謎の女神像を強引に押し付けようとしている。そんなよく分からない光景が繰り広げられていた。
扉を開けた魔術師の顔色が悪かったのは、決して徹夜で魔導具研究に勤しんだからではなく、現在室内で起こっている混沌によるものだった。
そしてそんな無礼なマルセフを止めようと、若手宮廷魔術師の一人がマルセフにしがみ付き「止めましょう!」と声をあげていた。周囲の宮廷魔術師達は、王弟殿下に対するあまりにも不敬な振る舞いに、どうマルセフを止めればいいのか、為すすべも無く肝を冷やしていた。
マルセフが笑顔なのも相まって、賑やかなのかとんでもない状況なのか、側から判断するには混迷を極めた。
グレンは絶句した。
「………」
(何だこの状況は。また殿下がマルセフ殿に意味不明な絡まれ方をしているのか)
困惑し、言葉を失うグレンに気付いたアレクセイと目が合う。そしてその視線はグレンの後ろのアリスティアを捉える。死んだ目をしていたアレクセイのアイスブルーの瞳が、瞬く間に光を取り戻し、出し抜けに立ち上がった。
そんなアレクセイを見てマルセフ達もアリスティアに視線を移した。
魔術師の輩出率が低いこの国は、魔術師の存在は貴重であり、身分問わず宮廷に仕える事ができる。故に平民出の者も多い。
そして現在漢のみの魔術師の職務室へ現れた、一目見ただけで高貴な身分だと分かる可憐な令嬢に、室内の者達は神聖な者を見るような目を向け息を呑んだ。
軽く結い上げた黒髪に、宝石のような青い瞳。淡い水色に切り返しの胸元から肩、七分袖にかけては白で繊細な薔薇の刺繍を施した、スリーブドレスを上品に着こなした女神。
「アリスティアっ」
妻の元へと足早にやってきたアレクセイに対し、グレンは平坦な声で報告をする。
「奥様のお茶会が終わりましたので、ご報告に参りました」
「そうか。わざわざこんな所まで来させて
助か…ご苦労だったな」
助かったと言いかけたのを、アレクセイは誤魔化すように言葉を重ねた。
「いえ」
次の瞬間、喜色を浮かべる声が上がった。
「殿下の奥様ですか!?」
「おい、近寄るな」
マルセフは一体いつの間に近付いてきたのか分からないが、そんな魔術師をアレクセイは腕で押しやった。
「嫉妬ですかっ。噂に違わぬ溺愛っぷりですね!」
相変わらずマルセフはアレクセイをイラっとさせる。
嫉妬も含まれていないというと嘘になるが、単純にこの迷惑極まりない魔術師を、アリスティアに近付けたくないという思いが強かった。
選ばれた僅かな淑女のみが参加する事ができる、王妃主催のお茶会が終わりを告げた。中庭から出てきたアリスティアを端正な容貌の騎士、グレンが呼び止めた。
お茶会が終わるまで入り口で待っていたらしい。
「旦那様から伺っておりますわ」とアリスティアがかえすと、まず二人はアレクセイの執務室に行き、現在殿下は政務官の部屋だと伝えられた。執務室からは然程離れていので、すぐに向かう事にした。
「奥様!」
ロナンは政務官の部屋までグレンに連れられてやって来た、アリスティアを見るなり喜色を浮かべて出迎えた。そんなロナンを見て、すぐ様アリスティアは淑やかに礼をした。
「ご挨拶が遅れてしまいました。アレクセイ様の妻、アリスティア・シルヴェストと申します」
「こちらこそ、夜会の時は慌ただしくさせてしまい申し訳ありませんでした。ベルクール伯爵家のロナン・ベルクールです。そこのグレンの兄でもあります」
ベルクール兄弟とは今まで、あまり接することは無かったアリスティアだが、主な貴族の名前と顔は既に頭に入っている。
しかしこう直接二人並んでいるのを見ると、雰囲気の違う兄弟だとは思ったが、アリスティア自身も兄弟とは全く性格が違う。
互いに挨拶を交わすと、アリスティアはすぐにアレクセイの事を尋ねることにした。
「旦那様はこちらだと伺ったのですが?」
「殿下なら宮廷魔術師の職務室の方へと先程向かわれました。なんでも珍しい魔導具を手に入れたとかで。殿下はマルセフ殿に捕まると中々解放してもらえないのですよ」
「魔導具…マルセフ殿が、ですか」
意味を察したグレンは心中で目を眇めた。その隣でアリスティアは首を傾げてグレンを見上げる。
「まぁ、そうでしたの。宮廷魔術師様のお部屋にまで、伺う訳にもいきませんし、どう致しましょう?」
「部屋の前までなら問題ありませんよ。中にいらっしゃる殿下を呼んで頂けるよう計らいますので」
「連れて行って頂けるのですか?」
「勿論でございます。絶対に奥様をお連れするようにと、殿下により仰せつかっておりますので。しかしまた少し歩きますが…」
宮廷魔術師の職場は、同じ翼棟に位置しているが、廊下を真っ直ぐに歩き続けた最も隅の部屋に存在する。
アリスティアは足を気遣ってくれるグレンに微笑みかける。体力にはそこそこ自信がある。
「まぁ、そこはお気になさらないで下さい」
嫌な顔一つしないアリスティアに安堵したグレンは端正な顔で笑みを返した。
「承知致しました。では参りましょう」
「グレン、丁重にお連れするんだよ」
「畏まりました兄上」
「では、失礼致します」
そうして辿り着いた宮廷魔術師の職務室の扉を叩くと、応対した顔色の悪い魔術師が目を泳がせた。
「あ…殿下でしたら…」
青い顔でやった視線の先を追うと、腕を組んで明後日の方向を向いた微動だにしないアレクセイに、マルセフが謎の女神像を強引に押し付けようとしている。そんなよく分からない光景が繰り広げられていた。
扉を開けた魔術師の顔色が悪かったのは、決して徹夜で魔導具研究に勤しんだからではなく、現在室内で起こっている混沌によるものだった。
そしてそんな無礼なマルセフを止めようと、若手宮廷魔術師の一人がマルセフにしがみ付き「止めましょう!」と声をあげていた。周囲の宮廷魔術師達は、王弟殿下に対するあまりにも不敬な振る舞いに、どうマルセフを止めればいいのか、為すすべも無く肝を冷やしていた。
マルセフが笑顔なのも相まって、賑やかなのかとんでもない状況なのか、側から判断するには混迷を極めた。
グレンは絶句した。
「………」
(何だこの状況は。また殿下がマルセフ殿に意味不明な絡まれ方をしているのか)
困惑し、言葉を失うグレンに気付いたアレクセイと目が合う。そしてその視線はグレンの後ろのアリスティアを捉える。死んだ目をしていたアレクセイのアイスブルーの瞳が、瞬く間に光を取り戻し、出し抜けに立ち上がった。
そんなアレクセイを見てマルセフ達もアリスティアに視線を移した。
魔術師の輩出率が低いこの国は、魔術師の存在は貴重であり、身分問わず宮廷に仕える事ができる。故に平民出の者も多い。
そして現在漢のみの魔術師の職務室へ現れた、一目見ただけで高貴な身分だと分かる可憐な令嬢に、室内の者達は神聖な者を見るような目を向け息を呑んだ。
軽く結い上げた黒髪に、宝石のような青い瞳。淡い水色に切り返しの胸元から肩、七分袖にかけては白で繊細な薔薇の刺繍を施した、スリーブドレスを上品に着こなした女神。
「アリスティアっ」
妻の元へと足早にやってきたアレクセイに対し、グレンは平坦な声で報告をする。
「奥様のお茶会が終わりましたので、ご報告に参りました」
「そうか。わざわざこんな所まで来させて
助か…ご苦労だったな」
助かったと言いかけたのを、アレクセイは誤魔化すように言葉を重ねた。
「いえ」
次の瞬間、喜色を浮かべる声が上がった。
「殿下の奥様ですか!?」
「おい、近寄るな」
マルセフは一体いつの間に近付いてきたのか分からないが、そんな魔術師をアレクセイは腕で押しやった。
「嫉妬ですかっ。噂に違わぬ溺愛っぷりですね!」
相変わらずマルセフはアレクセイをイラっとさせる。
嫉妬も含まれていないというと嘘になるが、単純にこの迷惑極まりない魔術師を、アリスティアに近付けたくないという思いが強かった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3,630
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる