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天気予報どおり、夜の空から静かに雨が降り始めた。
しとしととアスファルトを濡らす雨の音。
梅雨の入り口の匂いが、少しだけ冷たく肌を撫でる。
駅のロータリー。
そこは、俺と蓮が最初に「好き」とぶつけ合った、あの夜と同じ場所だった。
「……なんで、あいつ、今日来ねぇんだよ」
スマホの時計を何度見たか分からない。
メッセージは既読がついたまま返信はなく、駅前の人波も少しずつ減っていく。
胸の奥がじりじりと焦げるように熱い。
一度芽生えた小さな不安は、時間とともに膨らんでいった。
最近の蓮は忙しそうで、すれ違いも多くなっていた。
笑顔も、声も、少しだけ遠くなっているような気がしていた。
そして、今日。
久しぶりに会おうと約束していた夜に――来ない。
「……もういい」
傘も差さずに歩き出した。
雨粒が髪と肩を濡らしていく。
街灯の下、ぼやけた自分の影がひどく心細く見えた。
“また、俺一人かよ”
そう思った瞬間、喉の奥に何かが詰まった。
「匠っ!」
雨音を割るように、聞き慣れた声が響いた。
振り返ると、息を切らせた蓮が傘も差さずに走ってきた。
前髪は雨に濡れて、肩から滴る水が路面を打っている。
「遅ぇんだよ」
言葉が荒くなる。
冷たさを隠すように、強い声を出した。
「……ごめん。電車止まってて、間に合わなくて」
「連絡ぐらいできただろ」
「……スマホ、落として、駅で探してた」
蓮の肩が小さく震えていた。
息が切れて、目が赤い。
本気で走ってきたのが分かる。
それでも――胸の奥のモヤモヤは、もう止まらなかった。
「……なあ、蓮」
「……なに」
「最近、お前、俺のこと……本当に見てんのか?」
蓮の目が揺れる。
静かな雨の音が、妙に耳に痛かった。
「俺、ずっとお前の背中見てる気がするんだよ。
知らねぇ名前ばっか聞かされて、知らねぇ世界にお前が行って……」
「……」
「俺、また置いてかれるんじゃねぇかって思うんだよ!」
声が雨に溶けるように響いた。
まるで昔みたいに、心の底に隠してた言葉が勝手にこぼれた。
「怖ぇんだよ。お前がいなくなるのが」
蓮は何も言わず、ただじっと俺を見ていた。
次の瞬間――蓮が俺の胸に飛び込んできた。
雨に濡れた身体が、ぐしゃっとぶつかる。
冷たいはずなのに、あたたかい。
「……バカ。そんなの、俺だって怖いよ」
蓮の声が震えていた。
「俺だって、不安になる。
バイト先で楽しそうに話してる匠見たって聞いて、胸がズキズキする。
……知らない顔、知らない時間、俺だけの匠じゃなくなるみたいで、怖いんだよ」
「……俺だけじゃ、なかったのか」
「当たり前だろ」
雨音が、少しだけやわらいだ気がした。
「なあ、匠」
「……ああ」
「俺たち、ちゃんと“話す”の、ちょっとサボってたよな」
蓮が肩越しに笑う。
その顔は、泣き顔と笑顔が混ざっていて、ズルいくらい綺麗だった。
俺は蓮の肩を掴んで、目を真っ直ぐ見た。
「……なぁ、これからもさ。ちゃんと向き合おうぜ」
「うん。俺も、逃げない」
「逃げたらぶん殴る」
「それ、愛情表現?」
「……うるせぇ」
二人の笑い声が、雨音に混ざって消えていく。
唇が触れた。
びしょ濡れのまま、何度も、何度も。
最初の雨の夜と違って、
もう俺たちは逃げなかった。
しっかりと、お互いの体温を確かめながら、
ずぶ濡れの街灯の下で、息を重ねた。
「……なあ、蓮」
「ん?」
「お前、ずっと俺の隣にいろよ」
「もちろん」
小さく握られた手は、あの頃よりもずっと強かった。
しとしととアスファルトを濡らす雨の音。
梅雨の入り口の匂いが、少しだけ冷たく肌を撫でる。
駅のロータリー。
そこは、俺と蓮が最初に「好き」とぶつけ合った、あの夜と同じ場所だった。
「……なんで、あいつ、今日来ねぇんだよ」
スマホの時計を何度見たか分からない。
メッセージは既読がついたまま返信はなく、駅前の人波も少しずつ減っていく。
胸の奥がじりじりと焦げるように熱い。
一度芽生えた小さな不安は、時間とともに膨らんでいった。
最近の蓮は忙しそうで、すれ違いも多くなっていた。
笑顔も、声も、少しだけ遠くなっているような気がしていた。
そして、今日。
久しぶりに会おうと約束していた夜に――来ない。
「……もういい」
傘も差さずに歩き出した。
雨粒が髪と肩を濡らしていく。
街灯の下、ぼやけた自分の影がひどく心細く見えた。
“また、俺一人かよ”
そう思った瞬間、喉の奥に何かが詰まった。
「匠っ!」
雨音を割るように、聞き慣れた声が響いた。
振り返ると、息を切らせた蓮が傘も差さずに走ってきた。
前髪は雨に濡れて、肩から滴る水が路面を打っている。
「遅ぇんだよ」
言葉が荒くなる。
冷たさを隠すように、強い声を出した。
「……ごめん。電車止まってて、間に合わなくて」
「連絡ぐらいできただろ」
「……スマホ、落として、駅で探してた」
蓮の肩が小さく震えていた。
息が切れて、目が赤い。
本気で走ってきたのが分かる。
それでも――胸の奥のモヤモヤは、もう止まらなかった。
「……なあ、蓮」
「……なに」
「最近、お前、俺のこと……本当に見てんのか?」
蓮の目が揺れる。
静かな雨の音が、妙に耳に痛かった。
「俺、ずっとお前の背中見てる気がするんだよ。
知らねぇ名前ばっか聞かされて、知らねぇ世界にお前が行って……」
「……」
「俺、また置いてかれるんじゃねぇかって思うんだよ!」
声が雨に溶けるように響いた。
まるで昔みたいに、心の底に隠してた言葉が勝手にこぼれた。
「怖ぇんだよ。お前がいなくなるのが」
蓮は何も言わず、ただじっと俺を見ていた。
次の瞬間――蓮が俺の胸に飛び込んできた。
雨に濡れた身体が、ぐしゃっとぶつかる。
冷たいはずなのに、あたたかい。
「……バカ。そんなの、俺だって怖いよ」
蓮の声が震えていた。
「俺だって、不安になる。
バイト先で楽しそうに話してる匠見たって聞いて、胸がズキズキする。
……知らない顔、知らない時間、俺だけの匠じゃなくなるみたいで、怖いんだよ」
「……俺だけじゃ、なかったのか」
「当たり前だろ」
雨音が、少しだけやわらいだ気がした。
「なあ、匠」
「……ああ」
「俺たち、ちゃんと“話す”の、ちょっとサボってたよな」
蓮が肩越しに笑う。
その顔は、泣き顔と笑顔が混ざっていて、ズルいくらい綺麗だった。
俺は蓮の肩を掴んで、目を真っ直ぐ見た。
「……なぁ、これからもさ。ちゃんと向き合おうぜ」
「うん。俺も、逃げない」
「逃げたらぶん殴る」
「それ、愛情表現?」
「……うるせぇ」
二人の笑い声が、雨音に混ざって消えていく。
唇が触れた。
びしょ濡れのまま、何度も、何度も。
最初の雨の夜と違って、
もう俺たちは逃げなかった。
しっかりと、お互いの体温を確かめながら、
ずぶ濡れの街灯の下で、息を重ねた。
「……なあ、蓮」
「ん?」
「お前、ずっと俺の隣にいろよ」
「もちろん」
小さく握られた手は、あの頃よりもずっと強かった。
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