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本編

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「お前の力がこれをなしたんだ。どうか、胸を張って神殿から俺と出て欲しい」

カナメは小さく頷きマチアスのエスコートを受け、神殿の外に出る。
外に出て眩しく感じる太陽の光に目を細めるが、人の多さと彼らの感情はビリビリと肌を目を耳を刺激した。
「俺は、この人たちの期待に添えるかな」
カナメがそっと呟くと、マチアスもそっと返す。
「大丈夫だ、何も問題はない。カナメだからそれができる。それができるだけの事をしてここまできたんだ。俺はそう、信じてる」
光に慣れると、人の多さを視覚でまざまざと確認できた。
本当に、驚くほどの人がマチアスとカナメに手を振り、歓喜の声を出している。
小さな子が父親の肩車で他より頭ひとつ上になり、そこで懸命に自分たちに手を振る姿にカナメが思わず微笑むと一層声は大きくなった。
「そうだ。そうやって笑っているといい。カナメの笑顔は、何よりも美しい」
マチアスのどこか感極まったような声に、カナメの鼻がツンとして
「こんな時に、ポーカーフェイスが崩れるようなこと、言わないで」
「そうか?嬉しそうに笑った方が、集まってくれた国民へのとして上々だと思うが」
「言い方!サービスって言い方!もう、本当、なんではそうなんだろうね」
え、と息を呑んだマチアスに「俺だって言う時は言うんだからな」という声が届く。
いくら頼んでも小さい頃から『アル様』だったカナメが、ようやく敬称を外した。
この、大切な晴れの日に。
「俺は本当に、愛されているな」
「今はいいから、後にしてください。これから馬車でパレードして城に向かうんだよ?変な顔になる可能性があること言うその止めて」
「王太子妃は愛らしいとなって人気が出るかもしれんぞ。俺にない分、可愛いを存分に振り撒いて欲しいというかだな、その方がと考えている」
「バランスって……第一、可愛いとかそう言うのは振りまくものじゃないから」
「だからといって親しみやすい王家をアピールするために、カナメの極度の怖がりを暴露するわけにはいくまい?俺はそんなカナメもかわいいとおもっているんだが」
「どうして俺、婚約証書に署名したんだろう……」
「俺を愛しているからだろう?」
一見すると、微笑んで馬車に向かっているだけにしか見えない二人の会話は続く。
聞こえているのは彼らを守るようについている、この場において誰よりも二人の近くにいる騎士姿の従者、アルノルトとアーネの二人だ。
二人は表情ひとつも変えずに、けれど内心は二人とも、「二人のこれはいつまで続くのだろうか」と思いながらも、崩れぬ涼しい顔で警戒しながら馬車に先導する。
「そうだね、そうだよ。じゃなかったら、俺はここまでこれなかったし、こんなふうに成長できなかったし努力もできなかった。アルだから、アルと一緒にいたいからできたんだよ」
早口で言い切ったカナメは
「ありがとう、俺が信じられない俺を、俺の代わりにずっとずっと信じてくれて」
馬車に乗り込む時、カナメはマチアスと一番近い距離になった途端そう言って柔らかく微笑んだ。
それを目にした沿道に集まった人たちから感嘆の声が上がる。
相手への気持ちを乗せた微笑みは、実に美しかった。
マチアスの顔が崩れそうになるほどに、美しかった。


美しい衣装を身に纏った馭者、そして馬車を警護する凛々しい騎士衣装の従者の二人に、近衛騎士たち。
この日のためにある近衛騎士たちの装束は、光を柔らかく反射させる。
そして誰もが目を惹かれるような、見惚れるほどの姿の二人が馬車に乗り込むとゆっくりとそれは走り出す。
カナメがふと空を見上げると、風がブワッとふいた。
カナメの、後ろで一つに結んである腰までの白銀の髪がふわりと舞い、空からは様々な形の氷が降ってくる。
その氷と氷の間で、パチパチと小さな小さな電光が行き交う。まるで小さな花火が氷の間で花開いているようだ。
氷は太陽の光を乱反射させ、電光がそれをより美しく見せる。
美しい王太子と婚約者そしてこの光景に誰もが声を出すのも忘れ、ただただ魅了されていた。

カナメは手を伸ばして落ちてくる氷を掴む。
彼の手の中に収まるのはいつだって特別の、いちごの形をした可愛らしい氷だ。
それにカナメが見とれていると、手の中でそれは形を変える。
それは数年に一度だけ咲く、とても手のかかる育てるのさえ難しい花。
国民は絵としてしか見たことがない、もしかしたら王族だけしか実物を見たことがないかもしれない、花。
花言葉は「奇跡」と「愛」。そして花束にした時にだけ「祝福」と「試練」も加わる。
美しく厳しい言葉をその身に持つ、オーロラを身に纏ったガラスのように美しい花。
その形をした綺麗な氷の花束を持つカナメを、マチアスは目を細め見た。
美しいブーケを持つカナメと優しい目でカナメを見つめるマチアスに、集まった人達の歓声が一際大きくなる。
「カナメ、俺たちは大丈夫だ」
「うん、そうだね。きっと、大丈夫」
二人は顔を見合わせ微笑み合う。

二人が神殿を後にしてからずっと、二人を見送る招待客と同じように彼らを見ていたのはこの式の招待客の一人であるノア。
もちろんアーロンもいる。彼は美しい二人をいちばんの笑顔で見送っていた。
アーロンの父である国王から「婚姻式は私と王妃が出向くことになる。だから婚約式は我々の代わりに二人で行く様に」と言われた彼らは、国王の好意に甘え友人たちの晴れ舞台を見にきたのだ。
アーロンもノアも、二人が背を伸ばし歩く姿を我が事の様に喜んだ。
ノアは、二人の微笑み合う姿を、そして降り注ぐ氷と輝く雷撃に優しく人を包む風を全身で感じながら目を細め言った。
「すごい、まるで……そう、まるで」
誰に聞かれても構わないと言う、そんな声で。

──────まるで、大精霊セーリオ様とそのご令弟様がお二人の婚約を、そして未来を祝福しているようですね。
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