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六章 国王陛下代理の仕事

36 オーガスタという男

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 貴族学舎を卒業した第三王子が、冒険者になりたいとぶっこいてきた。

 庶子とはいえ認知されている第三王子が何を言っているのだと、同時第一近衛隊隊長だったグレゴリーはそう思っていたものの、まさかの父王が許してしまい、あっさりと冒険者となり頭角を表していく。

 そんな第三王子が年上の友人を連れてきたのは数年後、魔の森の冒険者ギルドに登録したと告げきにた時だ。魔の森の案内人オーガスタと名乗っていたが、魔法剣士であり、しかも魔剣使いだと理解した。

 貴族でもない出自もしれないオーガスタを白んで見ようとしたが、その男の野心のなやさ、不思議な安心感に気が緩み、年が近いこともあって第三王子が主催する酒場に飲みに誘そわれたのが運の尽きだった。

 オーガスタはいい奴だった。穏やかで人当たりがよく、たまにぼんやりしている時もあるが、飲み方が綺麗だった。それが気に入った。食事の仕方も庶民とは思えない洗練されたもので、貴族社会でもやっていけそうなくらいだった。グレゴリーは一瞬にしてオーガスタに魅了されたのだ。

「こいつは俺のだから取るなよ、グレゴリー」

 酒の席で第三王子はお付き侍従二人と笑いながらオーガスタを囲んでいた。オーガスタは軽く笑って、

「おい!冗談、冗談。隊長、どうぞ」

と酒を勧めてくる。初めは『隊長』と呼ばれた。次からは『様』付け、『さん』になり、やっと呼び捨てになっていった時には、第三王子は戦死したの王子の代わりに王太子になっていた。

 市街戦での攻防でオーガスタが類稀なる剣士だと知った。魔剣ミスリルは伸縮自在の武器で、魔剣ロータスとの相性もいい。二人が信じられないほと緻密な配置を作り出し血路を開き、大国レガリアを退けた。

 朴訥な平凡な顔立ちだが、赤い髪と赤い瞳は目立った。中肉中背の中年だが老けて見える垂れ目は温和な雰囲気を醸し出していた。

 明るく華やかな第三王子の横にいていつも笑顔をたやさず、王太子妃との間の子供を可愛がり、夫妻とも仲が良かった。

 長い産褥の果て王太子妃が亡くなった後、小さなシャルスがよく泣いていて、オーガスタがあれこれ世話を焼いたからかよく懐いていた。

 一緒に寝台に添い寝しておねしょをされたと苦笑いしたオーガスタに服を貸してやった時に、意外にも痩せていながら筋肉質な体型だと知って驚いたものだ。

 第三王子は庶子でも愛されていた。屈託なく明るい王子は、庶民に混じり幸せそうで、王都に戻され大隊長になったグレゴリーに軽口を叩く姿はある意味好感が持てたが、魔剣ロータスを起動させた本気の第三王子は厄介だった。

 それを制御したのがオーガスタだったのだ。魔剣ロータスは触れるだけでマナやオドを吸い取り死に至る魔剣で、オーガスタは不思議な地図を広げ、第三王子にどちらに行けば味方に害がないのか瞬時に判断をやんわり指示を出していた。

 そして、オーガスタは魔の森に行きアリシア王国から消えた。

 あの日、オーガスタに

「おい、戻ってきたらよい酒を飲ませてやる」

と話していて、オーガスタから

「グレゴリーの奢りでお願いするよ」

と苦笑いをして手を上げて消えていった。グレゴリーが見た背中は物静かでなんの危険も感じさせなかったのだがーー行方不明。

 知らせは国王になっていた第三王子に伝えられていた。グレゴリーは動揺したが、戦場で友人達と生死の袂を分つ人生だったのだから、魔の森で魔物にでも食われたかと、悲しいが理解できた。しかし国王になった第三王子が

「オーガスタはどこだ」

と聞いてきたが、

「分かりません」

そう答えるしかなかった。

 国王は大規模捜索隊を魔の森に出し、その後『壊れ』王宮内にて『事故』を起こした。戒厳令が敷かれたが、口に戸は立てられず貴族社会では密かやに囁かれた。

 事故後、力を封印された『あれ』はマナが満ちて解錠されると王城から出ていくようになった。誰もオーガスタの名前を出さない日々。そもそも『あれ』の親友で『戦場の立役者』だが、平民だ。貴族社会ではすぐに忘れ去られた。

 平和になった日々の中で、グレゴリーは一線を退きシャルスの補佐役の宰相になり、『あれ』からシャルスを遠ざけ続けた。

 そして『あれ』が再び問題を起こしたのを知ったのだ。

 シャルスの書類のサインが終わり政務室から出て書類を持って行く。宰相室で一旦振り分けて各省に落とすのだが、省庁長官が来る時間はもう少し後だった。

「ーー騒がしいな」

 グレゴリーは廊下の奥を睨んだ。近頃は傷から受ける視野の歪みだけではなく、老眼も進んでいるような気がする。

「陛下が部屋から出て貴族学舎の方へ行かれました」

 ーーまたか!

 書類を近衛兵に渡すと、近衛兵が持つ剣を借りた。学長として新入生への挨拶を終えたあたりから『あれ』の様子がおかしい。マナが溜まって解錠されると学舎の方向へ飛び出していく。貴族子息子女も怯えていると、衛兵が話している。

「宰相閣下、陛下は学舎の裏に行きました」

「うむ」

 一体何を考えているのだ、いや『あれ』の考えていることが理解できてたまるか。『あれ』には怒りしかわかない、わいてらならないのだ、犠牲になった彼らの、部下のためにも許されない。

 だが、古傷により太刀筋は若干遅い。しかし『あれ』止めるくらいはできるだろう。近衛兵がついてこられない速度で走り、長い長衣を翻した。

「くそっってたれがぁーー」

 学舎の裏にたどり着いた時には、既に手遅れだった。『あれ』の剣は金髪の子供に振り下ろされていた。
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