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因習
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そうしてアイリスの新天地となる同学園において入学早々から、紆余曲折を経ての授業とは名ばかりの演習を始める運びと相成った次第。
というのも、依然として魔領と聖王国の聖戦という名の血みどろの戦は続けられているが故に、それに巻き込まれた際におけるもしもの為の防衛としての訓練を兼ねて、同学園では体育が行われている所存であった。
それも、最早今は戦乱の時代とあってか、元来の村落であった時分の頃からより過剰な程に、戦いに関しての重要性が顕著となっている。
それは果たして同所における、高貴なる地位に位置ずく子息を始め、息女等にもその影響は如実に波及して思われた。
何故ならば普遍的な価値観として、力ある者、或いは高貴なる者こそが戦場へと趣き、功を挙げなくては、示しがつかない、との事であるが所以に他ならない。
その理由は偏にこれは、この土地を納める者としての職務であると同時に、民衆から一方的に課せられている責務であるが為。
それ故に自然、そう望まれている彼等彼女等であるからして、それを成さねばならない立場にあるという事であった。
だがしかしながら、曲がりなりにも文明開花を果たした同都市だから、以前の様な因習はまかり間違っても淘汰されている。
然りとてそんな同所とはいえ、その様に一度根付いた風習に対しての認識の程は、未だ多少なりとも人々の心へとその陰を落としていた。
であるからして、目覚ましい発展を遂げた時分の現在においては、些か時代錯誤な殺伐とした価値観は、同学園に在籍している生徒及び教師の人々にも、脈々と受け継がれていた。
そしてそうした掟が未だ通っているが為に、その例によって、弱肉強食ここに極まれる現状が、依然として蔓延って思われたのであった。
*
「アイリスさん、貴方って魔術は使えないのかしら?」
必然、わたしに問いを投げ掛けてきたアナスタシアさんは、僅かばかりに形の良い眉を顰めた面持ちを露わとしました。
「ごめんなさい‥。わたしはママと違って使えないから‥」
そうして受け応えるばかりのわたしは、予期しない彼女からの質問に対して、まるで心を抉られた様な思いが感じられます。
そうです。
生まれた時分から及んでいた事柄で御座いますが、わたしはママの様にしてレアノスティア様の奇跡を行使できないのでした。
それだからわたしは、その生まれて初めて受けた屈辱に対して、甚だ不服として思ってきた次第です。
ですからわたしとしては、その様に改めて自身の及ばない事柄に対して言及されると、とてもとても困ってしまうお話なのです。
そしてそれを話題に挙げられた途端、わたしの先程から動きを鈍らせて感じ取れた身体が余計に覚束ない感覚に陥るのでした。
だからそんな風に分かりきっていることを言われてしまうと、自分に自信の無いわたしは少なからず、気後れしてしまいます。
そうしてそんな調子ですから自ずと、口籠る他にない塩梅のわたしはというと、酷く落ち着かない心地となってしまう感覚に陥ってしまうのでした。
そうなのです。
わたしは眼前に見受けられる毅然とした立ち振る舞いのアナスタシアさんから、失望されるのが嫌だったんです。
無論わたしは、誰からも老若男女の例外なくして嫌われたりだとか、敵意を抱かれたりなどされたくはありませんが、それに増して何よりも恐ろしいのは、無能として断定されてしまう事なのです。
故にわたしは自分でも顕著に思われる程に自身の性格の程が如何にして臆病であるのかを、自らが一番理解しているのでした。
「そう‥。どうしようかしら‥」
そしてそんな内心を悟られない様にして言った返答も、自ずと思いがけずして小声となってしまった様で、その胸中を見透かされたかの如くアナスタシアの一考している姿が見て取れる次第です。
とても不甲斐ない自分に呆れるに伴い、穢らわしく思うと同時に、自身に対しての自己嫌悪の情動が湧き上がります。
嫌です。
未だこの見知らぬ土地に来てから一日として過ぎていないにも関わらず、失望された挙句に、無能と断じられてしまうのは何よりも避けるべき事態である筈でした。
けれどそうは感じていてもわたしの口は続けるべくして紡ごうとした台詞も、喉元に至るに伴い自ずと飲み込まれるばかりでした。
ですがそれもわたしみたく無能であるが為に、この様な窮地に追い込まれてしまうのは、致し方無い様に思えて、諦めに近い感情が生まれます。
ですからそうして目前にて瞼を伏せて何事かを熟考している様子が見て取れるアナスタシアさんの姿に対して、掛けるべき上手い言葉が思い浮かびません。
全く知れません。
だからその様にして現状に流されるしか能の無いわたしですから、こうして無様な姿を晒しているのでしょう。
嫌です。
特段リリーお姉ちゃんと同様の髪型に結われているこの髪型が何よりも恥ずかしく思われます。
何故かというとそれは、周囲に居合わせいます殿方の皆様の視線が皆一様にわたしの両側頭部に対して誂えられている髪に向けられているが所以に他なりません。
その理由は偏にお母様が仰られる話しでは曰く、殿方の大半はその習性が故に、動く物に対して例外なく視線を運ばせてしまうとのことでした。
果たしてお母様が語る所の審議の程は依然として経験が浅いわたしとしては判断を下しかねる所存で御座いますが、未だそれは判然としない事柄です。
ですが今にわたしが実感した限りにおいて、場を共に致しています殿方は、どうやらそれに倣う通りな様でした。
そしてそんな風だからわたしとしても甚だ不本意に殿方から視線を注がれてしまう今の現状に対して、忌避感を覚えずにはいられません。
嫌です。
だってこの窮屈なアナスタシアさんから与えられたこの体操服と称される代物も、とても恥ずかしく感じます。
羞恥を覚えずにはいられません。
そしてそんな風に自らの思考の渦に囚われてしまっていたわたしは、どうやら自分でも実感できる程にのめり込んでいた様でした。
そうして呆けるわたしは平素から陥る事度々で御座います悪癖に対して、再び声を与えてくださいましたアナスタシア様です。
「わかったわ。それならあなたは見ているだけで良いわ」
そうです。
アナスタシアこそ、様と言うあまりに尊大に過ぎる呼称が付けるに際して誰よりも相応しく、適切にさえ思われます。
ええそうです。
わたしに対して自らのお下がりを譲渡したアナスタシア様への皮肉です。
ですがこれくらいは、この様な惨め極まる装いをさせられたわたしには、許されて然るべき振る舞いに思います。
わたしはこの様な辱めを受けた無体の程は、今にお尻に感じられる視線も相まって、とてもではありませんが、無視できる事柄では無い様に思われます。
ですのでお母様と再会を果たした暁には、必ずこれを報告して、アナスタシア様に対して何かしらの憂き目と遭ってもらえる様に算段を立てておきましょう。
しかしながらこんな無益に過ぎる思考にて現実から逃避している間にも、アナスタシア様に手を引かれてしまいます。
本来であれば、わたしがアナスタシア様を伴いたい所ですが、依然として同所における勝手を知らない段階では、とても試みられる様な振る舞いではありません。
それ故されるがままに徹する他にありませんわたしは、お尻に感じられる体操服の食い込みを掌で隠しながらも、如何にか足を運ばせたのでした。
そうしてソウメイ様と名乗られました教師の方に先導されること暫く、今に趣きました同所は、なんと校内から学外へと少しばかり離れた位置に所在している森の中です。
無論、空高くまで聳え立ってさえ窺えました、圧巻な程に見て取れる石造りの城壁を潜り抜けたこの場に群生している木々の密集地となります。
ですので街を潜り抜けて、検問を経ての遠出となりました次第で御座います。
その最中にも、やはりわたしの如何にも殿方に媚を売る様な髪型は、どうやら取り分け目立つ様で、注目を浴びる羽目となりました。
しかしながら、それにも増して何よりも屈辱に感じたのは、やはりお尻に感じられました殿方から与えられます視線に御座います。
ですがしかし、当然の成り行きとして、後に考えれば及びが容易に付くことでもありました。
それは何故かというと、修道服を着ていた時分は下着を履いていませんでしたので、必然的に直の肌に体操服を身に纏う運びとなったが所以です。
というのも、アナスタシア様から与えられた体操服の下は、わたしには少し小さかった様でした。
ですからわたしは特段お尻が大きいわけでは無いのに、この様にして注目を集めてしまうのでした。
きっとそうに違いありません。
だってそうでなくてはわたしとしても困ります。
困ってしまうのです。
ですからそうしてまさか、下賤の人々が住まいます下街をも経由しての授業となる運びとは、到底夢にも思いませんでしたので、とても驚いてしまいました。
そしてそれ等の経緯を経て、漸くといった具合に同所へと辿り着いたわたしはといえば、アナスタシア様が、魔術の行使する元に、魔物を一掃している姿を傍目に眺めるばかりなので御座いました。
というのも、依然として魔領と聖王国の聖戦という名の血みどろの戦は続けられているが故に、それに巻き込まれた際におけるもしもの為の防衛としての訓練を兼ねて、同学園では体育が行われている所存であった。
それも、最早今は戦乱の時代とあってか、元来の村落であった時分の頃からより過剰な程に、戦いに関しての重要性が顕著となっている。
それは果たして同所における、高貴なる地位に位置ずく子息を始め、息女等にもその影響は如実に波及して思われた。
何故ならば普遍的な価値観として、力ある者、或いは高貴なる者こそが戦場へと趣き、功を挙げなくては、示しがつかない、との事であるが所以に他ならない。
その理由は偏にこれは、この土地を納める者としての職務であると同時に、民衆から一方的に課せられている責務であるが為。
それ故に自然、そう望まれている彼等彼女等であるからして、それを成さねばならない立場にあるという事であった。
だがしかしながら、曲がりなりにも文明開花を果たした同都市だから、以前の様な因習はまかり間違っても淘汰されている。
然りとてそんな同所とはいえ、その様に一度根付いた風習に対しての認識の程は、未だ多少なりとも人々の心へとその陰を落としていた。
であるからして、目覚ましい発展を遂げた時分の現在においては、些か時代錯誤な殺伐とした価値観は、同学園に在籍している生徒及び教師の人々にも、脈々と受け継がれていた。
そしてそうした掟が未だ通っているが為に、その例によって、弱肉強食ここに極まれる現状が、依然として蔓延って思われたのであった。
*
「アイリスさん、貴方って魔術は使えないのかしら?」
必然、わたしに問いを投げ掛けてきたアナスタシアさんは、僅かばかりに形の良い眉を顰めた面持ちを露わとしました。
「ごめんなさい‥。わたしはママと違って使えないから‥」
そうして受け応えるばかりのわたしは、予期しない彼女からの質問に対して、まるで心を抉られた様な思いが感じられます。
そうです。
生まれた時分から及んでいた事柄で御座いますが、わたしはママの様にしてレアノスティア様の奇跡を行使できないのでした。
それだからわたしは、その生まれて初めて受けた屈辱に対して、甚だ不服として思ってきた次第です。
ですからわたしとしては、その様に改めて自身の及ばない事柄に対して言及されると、とてもとても困ってしまうお話なのです。
そしてそれを話題に挙げられた途端、わたしの先程から動きを鈍らせて感じ取れた身体が余計に覚束ない感覚に陥るのでした。
だからそんな風に分かりきっていることを言われてしまうと、自分に自信の無いわたしは少なからず、気後れしてしまいます。
そうしてそんな調子ですから自ずと、口籠る他にない塩梅のわたしはというと、酷く落ち着かない心地となってしまう感覚に陥ってしまうのでした。
そうなのです。
わたしは眼前に見受けられる毅然とした立ち振る舞いのアナスタシアさんから、失望されるのが嫌だったんです。
無論わたしは、誰からも老若男女の例外なくして嫌われたりだとか、敵意を抱かれたりなどされたくはありませんが、それに増して何よりも恐ろしいのは、無能として断定されてしまう事なのです。
故にわたしは自分でも顕著に思われる程に自身の性格の程が如何にして臆病であるのかを、自らが一番理解しているのでした。
「そう‥。どうしようかしら‥」
そしてそんな内心を悟られない様にして言った返答も、自ずと思いがけずして小声となってしまった様で、その胸中を見透かされたかの如くアナスタシアの一考している姿が見て取れる次第です。
とても不甲斐ない自分に呆れるに伴い、穢らわしく思うと同時に、自身に対しての自己嫌悪の情動が湧き上がります。
嫌です。
未だこの見知らぬ土地に来てから一日として過ぎていないにも関わらず、失望された挙句に、無能と断じられてしまうのは何よりも避けるべき事態である筈でした。
けれどそうは感じていてもわたしの口は続けるべくして紡ごうとした台詞も、喉元に至るに伴い自ずと飲み込まれるばかりでした。
ですがそれもわたしみたく無能であるが為に、この様な窮地に追い込まれてしまうのは、致し方無い様に思えて、諦めに近い感情が生まれます。
ですからそうして目前にて瞼を伏せて何事かを熟考している様子が見て取れるアナスタシアさんの姿に対して、掛けるべき上手い言葉が思い浮かびません。
全く知れません。
だからその様にして現状に流されるしか能の無いわたしですから、こうして無様な姿を晒しているのでしょう。
嫌です。
特段リリーお姉ちゃんと同様の髪型に結われているこの髪型が何よりも恥ずかしく思われます。
何故かというとそれは、周囲に居合わせいます殿方の皆様の視線が皆一様にわたしの両側頭部に対して誂えられている髪に向けられているが所以に他なりません。
その理由は偏にお母様が仰られる話しでは曰く、殿方の大半はその習性が故に、動く物に対して例外なく視線を運ばせてしまうとのことでした。
果たしてお母様が語る所の審議の程は依然として経験が浅いわたしとしては判断を下しかねる所存で御座いますが、未だそれは判然としない事柄です。
ですが今にわたしが実感した限りにおいて、場を共に致しています殿方は、どうやらそれに倣う通りな様でした。
そしてそんな風だからわたしとしても甚だ不本意に殿方から視線を注がれてしまう今の現状に対して、忌避感を覚えずにはいられません。
嫌です。
だってこの窮屈なアナスタシアさんから与えられたこの体操服と称される代物も、とても恥ずかしく感じます。
羞恥を覚えずにはいられません。
そしてそんな風に自らの思考の渦に囚われてしまっていたわたしは、どうやら自分でも実感できる程にのめり込んでいた様でした。
そうして呆けるわたしは平素から陥る事度々で御座います悪癖に対して、再び声を与えてくださいましたアナスタシア様です。
「わかったわ。それならあなたは見ているだけで良いわ」
そうです。
アナスタシアこそ、様と言うあまりに尊大に過ぎる呼称が付けるに際して誰よりも相応しく、適切にさえ思われます。
ええそうです。
わたしに対して自らのお下がりを譲渡したアナスタシア様への皮肉です。
ですがこれくらいは、この様な惨め極まる装いをさせられたわたしには、許されて然るべき振る舞いに思います。
わたしはこの様な辱めを受けた無体の程は、今にお尻に感じられる視線も相まって、とてもではありませんが、無視できる事柄では無い様に思われます。
ですのでお母様と再会を果たした暁には、必ずこれを報告して、アナスタシア様に対して何かしらの憂き目と遭ってもらえる様に算段を立てておきましょう。
しかしながらこんな無益に過ぎる思考にて現実から逃避している間にも、アナスタシア様に手を引かれてしまいます。
本来であれば、わたしがアナスタシア様を伴いたい所ですが、依然として同所における勝手を知らない段階では、とても試みられる様な振る舞いではありません。
それ故されるがままに徹する他にありませんわたしは、お尻に感じられる体操服の食い込みを掌で隠しながらも、如何にか足を運ばせたのでした。
そうしてソウメイ様と名乗られました教師の方に先導されること暫く、今に趣きました同所は、なんと校内から学外へと少しばかり離れた位置に所在している森の中です。
無論、空高くまで聳え立ってさえ窺えました、圧巻な程に見て取れる石造りの城壁を潜り抜けたこの場に群生している木々の密集地となります。
ですので街を潜り抜けて、検問を経ての遠出となりました次第で御座います。
その最中にも、やはりわたしの如何にも殿方に媚を売る様な髪型は、どうやら取り分け目立つ様で、注目を浴びる羽目となりました。
しかしながら、それにも増して何よりも屈辱に感じたのは、やはりお尻に感じられました殿方から与えられます視線に御座います。
ですがしかし、当然の成り行きとして、後に考えれば及びが容易に付くことでもありました。
それは何故かというと、修道服を着ていた時分は下着を履いていませんでしたので、必然的に直の肌に体操服を身に纏う運びとなったが所以です。
というのも、アナスタシア様から与えられた体操服の下は、わたしには少し小さかった様でした。
ですからわたしは特段お尻が大きいわけでは無いのに、この様にして注目を集めてしまうのでした。
きっとそうに違いありません。
だってそうでなくてはわたしとしても困ります。
困ってしまうのです。
ですからそうしてまさか、下賤の人々が住まいます下街をも経由しての授業となる運びとは、到底夢にも思いませんでしたので、とても驚いてしまいました。
そしてそれ等の経緯を経て、漸くといった具合に同所へと辿り着いたわたしはといえば、アナスタシア様が、魔術の行使する元に、魔物を一掃している姿を傍目に眺めるばかりなので御座いました。
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