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第五章 NYAH NYAH NYAH
第六十四話 侵入と待機
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雑草が伸び放題の敷地の片隅に高梨さんからパク……無断で借りた自転車を乗り捨てた俺は、慎重に廃病院の建物へと近づいていった。
万が一、見張りなどがいたら大変なので明かりは点けず、月明かりだけを頼りに覚束ない足取りで歩を進める俺に対し、まるで昼間の散歩を往くかのように、身軽な足取りでスイスイと進んでいく猫たち。さすが、夜目が利くだけある。
俺は、猫たちに置いてかれないように彼らの後をついて行くので精一杯だった。
――と、
「にゃ~あ」
俺たちの一番先頭に立って歩いていた黒猫の十兵衛が、長い鳴き声を上げ、急に走り始め、それにつられるように、他の二匹もスピードを上げる。
十兵衛の鳴き声を聞いたハジさんも、表情を変えた。
「……十兵衛の奴が、ニャにか見つけたようニャ」
「えっ?」
「急ぐニャ!」
そう言い捨てて、前の三匹と同じように駆け出すハジさん。俺も慌てて彼らの後を追う。
辿り着いたのは、廃病院の裏手だった。
そこで、俺は十兵衛たちが急に走り出した理由が分かった。
廃病院の裏口を塞ぐように、一台の軽バンが停まっていたからだ。
「これは――間違いない。あの時、道に停まってた車だ……!」
探し求めた車が目の前に現れ、俺の心拍数は一気に上がる。
とはいえ、そのまま車に近付く訳にはいかない。万が一、あの車の中に元カレ本人か、あいつの仲間が残ってて、鉢合わせしたりしたら大変だ。
まずは、車内に人がいるかどうかを確認しなければ……!
「……でも、どうやって確認しよう……?」
……と、軽バンを目の当たりにして躊躇した俺だったが、
「にゃあ」
突然トラ猫の寅次郎がダミ声で一鳴きして、とてとてと車に向けて歩いていった。……どうやら、猫の言葉で「任せろ」と言ったらしい。
車の横に着いた寅次郎は、車の後部ドアに前脚を置いて二本脚で立った。……どうやら、そうやって車の中を覗き込もうとしたらしいが、彼の身長では、バンの窓まで顔が届かない。
――と、その時、
「みゃ!」
それまで寅次郎の行動をじっと見ていたルリ子さんが、苛立たしげに短く鳴き、寅次郎の元まで小走りで走っていく。
そして、つかまり立ちしている寅次郎の頭の上に飛び乗って、彼と同じように爪先立ちで体を伸ばすと、ガラス越しに車内を覗き込んだ。
「……みゃう」
――だが、
彼女はガッカリしたように弱々しく鳴いて、地面へ飛び降りる。
それを見た俺も、周囲に目を配って、怪しい人影が見えない事を確認してから、慎重に軽バンへ近付いた。
軽バンの後部ドアに張り付いて、恐る恐る窓ガラスの中を覗き込んだ俺は、失望と安堵がない交ぜになった声を上げる。
「……誰も、いない……かむぎゅっ!」
「そのようじゃニャ……」
俺の頭の上に飛び乗ったハジさんも、同じ光景を目の当たりにして、暗い声を漏らした。
「……じゃあ、この廃墟の中にかなみが……っ! おニョれ……ワシの可愛い孫娘を拐すとはふてえ野郎に天誅を下してやるニャあ! 者ども、準備はいいニャッ!」
「ちょ……ちょっと……ハジさん? お、お怒りはごもっともですが、とりあえず降りて……!」
ハジさんに頭の上で地団駄を踏まれた俺は、その重みと衝撃で首の骨が折れそうになって、思わず悲鳴を上げる。
そして、犯人の怒り覚めやらぬ様子ながらも、おとなしく地面に降りてくれたハジさんに向かって、恐る恐る言った。
「あ、あの、ハジさん……ここはやっぱり、警察が来るまで待った方が……」
「……ニャにぃっ?」
俺の提案を聞いた途端、ハジさんのヒゲがピクリと上に跳ねる。そして、尻尾をゆっくりと左右に振りながら、ドスの効いた声で言葉を続けた。
「……おミャえさん、かなみが悪党に捕まって何をされるか分からんというのに、警察を待とうニャんて悠長な事を言っとるんか?」
「で、でも……」
ハジさんの剣幕に気圧されながらも、俺は必死で言い返す。
「あの元カレの仲間が何人いて、どのくらい危険な奴なのか全然分からない状態で、俺たちだけで突っ込んでも危険なだけだと思うんすよ! だって、こっちの戦力は……猫が四匹と全然腕に自信のないフリーターだけなんすよ!」
「……」
「だったら、警察が到着するのを待った方がいいじゃないですか! ほ、ほら……ここに向かう前に通報してますから、もうそろそろ来てもおかしくはな――」
「たわけ!」
俺の声は、ハジさんの一喝によって遮られた。
彼は、尻尾と毛並みを逆立てながら、俺の事を怒鳴りつける。
「おミャえさんが通報したのは、もう三十分も前ニャろうが! なのに、未だに警察の姿なんて影も形も無いじゃろがい!」
「いやそれは……ちょ、ちょっと遅れてるだけかも……」
「第一、通報した時も、『後でパトロールを向かわせますね~』程度の反応じゃったんニャろ? そりゃ確実に、イタズラだと思われて、適当にあしらわれたパターンニャ! 十中八九、朝まで経っても警察ニャんて来ないじゃろうて! ワシャ詳しいんニャ!」
「う……」
ハジさんの言葉に、俺は思わず返す言葉に詰まった。
……正直、警察の反応にあまり真剣みを感じなかったのは、俺も通報した時に薄々感じてた。
だったら……ハジさんの言う通り、俺たちだけでかなみさんを奪回しに動いた方がいいのかもしれない。
でも……、
「ニャッフッフッ」
――と、その時、
ぎゅっと目を閉じて、どうするか悩む俺の耳に聴こえてきたのは、ハジさんの不敵な笑い声だった。
ビックリして思わず瞼を開いた俺の視界に飛び込んできたのは、不敵な笑みを浮かべた白黒柄の猫の顔。
「まあ、そう心配するニャ、三枝くんよ」
彼はそう言うと、二本足で立ち、まるで人間のように胸を張ってみせる。
「おミャえさんはともかく、ワシらハジ軍団の事をあまり見くびるでニャいわ。中に何人いようと、身体能力で猫に敵う人間ニャどおらん事を、存分に思い知らせてやるニャ! のう、みんな、そうニャろう?」
「にゃあ!」
「みぃ!」
「みゃうっ!」
ハジさんの呼びかけに、ハジ軍団の三匹の猫たちも威勢の良い鳴き声で応えるのだった――。
万が一、見張りなどがいたら大変なので明かりは点けず、月明かりだけを頼りに覚束ない足取りで歩を進める俺に対し、まるで昼間の散歩を往くかのように、身軽な足取りでスイスイと進んでいく猫たち。さすが、夜目が利くだけある。
俺は、猫たちに置いてかれないように彼らの後をついて行くので精一杯だった。
――と、
「にゃ~あ」
俺たちの一番先頭に立って歩いていた黒猫の十兵衛が、長い鳴き声を上げ、急に走り始め、それにつられるように、他の二匹もスピードを上げる。
十兵衛の鳴き声を聞いたハジさんも、表情を変えた。
「……十兵衛の奴が、ニャにか見つけたようニャ」
「えっ?」
「急ぐニャ!」
そう言い捨てて、前の三匹と同じように駆け出すハジさん。俺も慌てて彼らの後を追う。
辿り着いたのは、廃病院の裏手だった。
そこで、俺は十兵衛たちが急に走り出した理由が分かった。
廃病院の裏口を塞ぐように、一台の軽バンが停まっていたからだ。
「これは――間違いない。あの時、道に停まってた車だ……!」
探し求めた車が目の前に現れ、俺の心拍数は一気に上がる。
とはいえ、そのまま車に近付く訳にはいかない。万が一、あの車の中に元カレ本人か、あいつの仲間が残ってて、鉢合わせしたりしたら大変だ。
まずは、車内に人がいるかどうかを確認しなければ……!
「……でも、どうやって確認しよう……?」
……と、軽バンを目の当たりにして躊躇した俺だったが、
「にゃあ」
突然トラ猫の寅次郎がダミ声で一鳴きして、とてとてと車に向けて歩いていった。……どうやら、猫の言葉で「任せろ」と言ったらしい。
車の横に着いた寅次郎は、車の後部ドアに前脚を置いて二本脚で立った。……どうやら、そうやって車の中を覗き込もうとしたらしいが、彼の身長では、バンの窓まで顔が届かない。
――と、その時、
「みゃ!」
それまで寅次郎の行動をじっと見ていたルリ子さんが、苛立たしげに短く鳴き、寅次郎の元まで小走りで走っていく。
そして、つかまり立ちしている寅次郎の頭の上に飛び乗って、彼と同じように爪先立ちで体を伸ばすと、ガラス越しに車内を覗き込んだ。
「……みゃう」
――だが、
彼女はガッカリしたように弱々しく鳴いて、地面へ飛び降りる。
それを見た俺も、周囲に目を配って、怪しい人影が見えない事を確認してから、慎重に軽バンへ近付いた。
軽バンの後部ドアに張り付いて、恐る恐る窓ガラスの中を覗き込んだ俺は、失望と安堵がない交ぜになった声を上げる。
「……誰も、いない……かむぎゅっ!」
「そのようじゃニャ……」
俺の頭の上に飛び乗ったハジさんも、同じ光景を目の当たりにして、暗い声を漏らした。
「……じゃあ、この廃墟の中にかなみが……っ! おニョれ……ワシの可愛い孫娘を拐すとはふてえ野郎に天誅を下してやるニャあ! 者ども、準備はいいニャッ!」
「ちょ……ちょっと……ハジさん? お、お怒りはごもっともですが、とりあえず降りて……!」
ハジさんに頭の上で地団駄を踏まれた俺は、その重みと衝撃で首の骨が折れそうになって、思わず悲鳴を上げる。
そして、犯人の怒り覚めやらぬ様子ながらも、おとなしく地面に降りてくれたハジさんに向かって、恐る恐る言った。
「あ、あの、ハジさん……ここはやっぱり、警察が来るまで待った方が……」
「……ニャにぃっ?」
俺の提案を聞いた途端、ハジさんのヒゲがピクリと上に跳ねる。そして、尻尾をゆっくりと左右に振りながら、ドスの効いた声で言葉を続けた。
「……おミャえさん、かなみが悪党に捕まって何をされるか分からんというのに、警察を待とうニャんて悠長な事を言っとるんか?」
「で、でも……」
ハジさんの剣幕に気圧されながらも、俺は必死で言い返す。
「あの元カレの仲間が何人いて、どのくらい危険な奴なのか全然分からない状態で、俺たちだけで突っ込んでも危険なだけだと思うんすよ! だって、こっちの戦力は……猫が四匹と全然腕に自信のないフリーターだけなんすよ!」
「……」
「だったら、警察が到着するのを待った方がいいじゃないですか! ほ、ほら……ここに向かう前に通報してますから、もうそろそろ来てもおかしくはな――」
「たわけ!」
俺の声は、ハジさんの一喝によって遮られた。
彼は、尻尾と毛並みを逆立てながら、俺の事を怒鳴りつける。
「おミャえさんが通報したのは、もう三十分も前ニャろうが! なのに、未だに警察の姿なんて影も形も無いじゃろがい!」
「いやそれは……ちょ、ちょっと遅れてるだけかも……」
「第一、通報した時も、『後でパトロールを向かわせますね~』程度の反応じゃったんニャろ? そりゃ確実に、イタズラだと思われて、適当にあしらわれたパターンニャ! 十中八九、朝まで経っても警察ニャんて来ないじゃろうて! ワシャ詳しいんニャ!」
「う……」
ハジさんの言葉に、俺は思わず返す言葉に詰まった。
……正直、警察の反応にあまり真剣みを感じなかったのは、俺も通報した時に薄々感じてた。
だったら……ハジさんの言う通り、俺たちだけでかなみさんを奪回しに動いた方がいいのかもしれない。
でも……、
「ニャッフッフッ」
――と、その時、
ぎゅっと目を閉じて、どうするか悩む俺の耳に聴こえてきたのは、ハジさんの不敵な笑い声だった。
ビックリして思わず瞼を開いた俺の視界に飛び込んできたのは、不敵な笑みを浮かべた白黒柄の猫の顔。
「まあ、そう心配するニャ、三枝くんよ」
彼はそう言うと、二本足で立ち、まるで人間のように胸を張ってみせる。
「おミャえさんはともかく、ワシらハジ軍団の事をあまり見くびるでニャいわ。中に何人いようと、身体能力で猫に敵う人間ニャどおらん事を、存分に思い知らせてやるニャ! のう、みんな、そうニャろう?」
「にゃあ!」
「みぃ!」
「みゃうっ!」
ハジさんの呼びかけに、ハジ軍団の三匹の猫たちも威勢の良い鳴き声で応えるのだった――。
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