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二章
30、寝ていても【1】
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絲さんの柔らかな髪を撫でていると、そっと細い指が触れてきた。
そのまま絲さんの手が、俺の手を握りしめる。
起きているようでもないのに。
この人は、なんでこうも俺と手をつなぎたがるんやろ。
そんなん、ほんまに好きな相手としか……。
「……もしかして、俺のこと嫌てへんのか?」
待て待て待て。考えろ。
俺は情緒とか心の機微とかいうのんが、よう分からへん。ガキの頃から男ばっかりの中で育って。
背中の豪勢な彫りモンやら、女の美醜やら、いかに相手を威圧して金を巻き上げるか、そんなんを競うてる大人ばかりを、小さい頃から見てきたんや。
「坊はあんな大人になりたないんか? せやったら、いろんな本を読んだらええ。世界が広がるで」
そう言って俺に読書を勧めてくれたのは、遠野の爺さんだった。
爺さんは武芸に秀でとったけど、遠野の家はヤクザやない。うちなんかに出入りしとっても、爺さんには品があった。
多分、それを教養っていうんやろ。
それから、時間があれば本を読んでみたが。小難しいことばっかり書いてあって、やっぱり心の機微っちゅうのは俺にはややこしい。
けど、そんな無粋な俺でも分かる。
絲さんは、俺が嫌になったから寄宿舎に入るって言うとんのと違う。
多分やけど。
勝手に勘違いして怒ったら、俺自身が嫌な大人になってしまう。
絲さんは遠慮がちな子や。せやから、俺に気ぃ使っとんのや。
おそらく、やけど。
俺は指に絲さんのぬくもりを感じていた。
このつないだ手は、離したらあかんと思う。
膝枕のせいで、なんか足やら腹の辺りが温くなってきた。瞼も重なって、自然に視界が狭なっていく。
なんか甘い香りがするな。これは、なんや? 床の間の牡丹とも違う。
絲さんの匂いやろか。
女の匂いゆうたら、#紅白粉___べにおしろい_#とか、なんとか美顔水とか練香水とかいう、きついのんしか知らんけど。
春の花野を思わせる絲さんの香りは悪ない。いや……むしろ好きやな。控えめに言うても、すごい好きや。
◇◇◇
目を覚ました時、わたしははしたないことに長襦袢姿でした。足袋は履いています。
着物と袴は? と見ると、いつの間にか座敷に持ち込まれた衣桁にちゃんと掛けられていました。
わたし、自分で脱いだ覚えはないんですけど。
起き上がろうとすると、身動きができないことに気づいたの。
見れば、わたしの体は蒼一郎さんの腕の中にすっぽりと包まれています。
これは困りました。
蒼一郎さんを怒らせてしまったことを思い出し、血の気が引いていきます。
だって喧嘩したのよ。迷惑をかけたくないから出ていくと言ったら怒られて。
じゃあ、どうすればいいのか、何が正解なのか分からなくて。
蒼一郎さんが少し身動きしたらから、今ならと思い腕から逃れようとしたの。なのに、あろうことか蒼一郎さんは、わたしのおでこに接吻したのよ。
え? ええ? わたしのことを怒っているはずよね。
しかも狸寝入りじゃないわよね。完全に寝ているのよね。
なのに、どうしてそんなに優しくくちづけるの?
わたしは恐る恐る腕をまわして、蒼一郎さんの背中に手を伸ばしました。
最初は軽く。正絹の灰紫の着流しは、とてもすべらかな手触りで。きっとこのまま抱きしめても、絹のせいで手が滑ったのだと言い訳ができそう。
布地を通して、引き締まった蒼一郎さんの肉体がてのひらに伝わってきます。
「なんぼでも迷惑かけてええから」
突然そう言われて、わたしは心臓が口から出そうになりました。
そのまま絲さんの手が、俺の手を握りしめる。
起きているようでもないのに。
この人は、なんでこうも俺と手をつなぎたがるんやろ。
そんなん、ほんまに好きな相手としか……。
「……もしかして、俺のこと嫌てへんのか?」
待て待て待て。考えろ。
俺は情緒とか心の機微とかいうのんが、よう分からへん。ガキの頃から男ばっかりの中で育って。
背中の豪勢な彫りモンやら、女の美醜やら、いかに相手を威圧して金を巻き上げるか、そんなんを競うてる大人ばかりを、小さい頃から見てきたんや。
「坊はあんな大人になりたないんか? せやったら、いろんな本を読んだらええ。世界が広がるで」
そう言って俺に読書を勧めてくれたのは、遠野の爺さんだった。
爺さんは武芸に秀でとったけど、遠野の家はヤクザやない。うちなんかに出入りしとっても、爺さんには品があった。
多分、それを教養っていうんやろ。
それから、時間があれば本を読んでみたが。小難しいことばっかり書いてあって、やっぱり心の機微っちゅうのは俺にはややこしい。
けど、そんな無粋な俺でも分かる。
絲さんは、俺が嫌になったから寄宿舎に入るって言うとんのと違う。
多分やけど。
勝手に勘違いして怒ったら、俺自身が嫌な大人になってしまう。
絲さんは遠慮がちな子や。せやから、俺に気ぃ使っとんのや。
おそらく、やけど。
俺は指に絲さんのぬくもりを感じていた。
このつないだ手は、離したらあかんと思う。
膝枕のせいで、なんか足やら腹の辺りが温くなってきた。瞼も重なって、自然に視界が狭なっていく。
なんか甘い香りがするな。これは、なんや? 床の間の牡丹とも違う。
絲さんの匂いやろか。
女の匂いゆうたら、#紅白粉___べにおしろい_#とか、なんとか美顔水とか練香水とかいう、きついのんしか知らんけど。
春の花野を思わせる絲さんの香りは悪ない。いや……むしろ好きやな。控えめに言うても、すごい好きや。
◇◇◇
目を覚ました時、わたしははしたないことに長襦袢姿でした。足袋は履いています。
着物と袴は? と見ると、いつの間にか座敷に持ち込まれた衣桁にちゃんと掛けられていました。
わたし、自分で脱いだ覚えはないんですけど。
起き上がろうとすると、身動きができないことに気づいたの。
見れば、わたしの体は蒼一郎さんの腕の中にすっぽりと包まれています。
これは困りました。
蒼一郎さんを怒らせてしまったことを思い出し、血の気が引いていきます。
だって喧嘩したのよ。迷惑をかけたくないから出ていくと言ったら怒られて。
じゃあ、どうすればいいのか、何が正解なのか分からなくて。
蒼一郎さんが少し身動きしたらから、今ならと思い腕から逃れようとしたの。なのに、あろうことか蒼一郎さんは、わたしのおでこに接吻したのよ。
え? ええ? わたしのことを怒っているはずよね。
しかも狸寝入りじゃないわよね。完全に寝ているのよね。
なのに、どうしてそんなに優しくくちづけるの?
わたしは恐る恐る腕をまわして、蒼一郎さんの背中に手を伸ばしました。
最初は軽く。正絹の灰紫の着流しは、とてもすべらかな手触りで。きっとこのまま抱きしめても、絹のせいで手が滑ったのだと言い訳ができそう。
布地を通して、引き締まった蒼一郎さんの肉体がてのひらに伝わってきます。
「なんぼでも迷惑かけてええから」
突然そう言われて、わたしは心臓が口から出そうになりました。
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