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五章
6、困りました
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困りました。だって蒼一郎さんが、わたしをじーっと眺めてらっしゃるんですもの。
箪笥の抽斗を開けて、中から兵児帯を取りだします。外出する時は、ちゃんと帯を締めるんですけど。
兵児帯は子どもっぽく見えますが、室内で過ごす分には楽でいいんですよね。
単衣の着物は衣紋掛けにかけてあります。
「絲さん。足袋は替えんでええんか?」
「え?」
「ほら、こっちの抽斗に入っとうやろ」
蒼一郎さんは、わたしが開けているのとは別の抽斗を指さしました。
「せやなぁ。そろそろ風呂に入った方がええから、肌襦袢とかも出しとき」
あの、なぜ今日に限ってわたしの下着事情に口を出してくるのですか?
「足袋は後でいいですよ」
「けどなぁ。芝草が生えとう公園を歩いとったやろ。草がついとうかもしれへんで」
凝視してくる蒼一郎さん。
こ、怖いです。圧が。
ひーん。見ないで、寄らないで。
なのに、蒼一郎さんはわたしに近寄って、間近で顔を覗きこんできます。
「なんや? 俺に見られたらあかんことでもあるんか?」
「ないです。何もないですから」
「ふーん?」
ああ、信じてくださいません。
瞬きすらしない蒼一郎さんは、とても眼光が鋭くて。
もし、まったくの他人であったなら「ごめんなさい、何でも白状します。お金が必要なら持ってきます」と泣いていたことでしょう。
いいえ、すでに涙目になっていたと思います。だって睨みつけてくる蒼一郎さんの顔が、滲んでいるんですもの。
「なんや、絲さん。誰に泣かされたんや?」
蒼一郎さんです。
「波多野が泣かせたんか? 悪い奴やなぁ。後で俺が、お仕置きしといたるからな」
「あの、頭。もうその辺で。私は絲お嬢さんに何もしてませんし。お茶でも持ってきますんで。休んどいてください」
「ふーん」と目を眇めながら、蒼一郎さんが波多野さんを見据えます。
頑張って、波多野さん。この恐ろしい恐喝に耐えてください。でないと、内緒で誕生日の贈り物を買いに行った意味がなくなります。
「せやなぁ。じゃあ茶でも持ってきてもらおか」
「は、はい」
せわしなく桔梗を生け終えた波多野さんは、新聞紙で切り落とした茎や葉をまとめます。
緑の濃い匂いが室内に満ち、息苦しいほど。
いえ、この息苦しさは蒼一郎さんの所為かしら。
波多野さんが出て行ってからも、蒼一郎さんはわたしをじーっと見据えています。
怖いです。怖すぎて、わたしはまだ着替えていない着物の袖で顔を隠しました。
「絲さん。先に風呂に入ってき」
「え? 今からですか」
まだ夕方なので、随分と早いですよ。
それにこの部屋に蒼一郎さんを一人残しては、贈り物のお酒が見つかってしまうかもしれません。
わたしはちらっと時計に目を向けました。
まだ六時です。日付が変わるまであと六時間。長いです。
畳に座った状態のわたしは、そのまま蒼一郎さんの方ににじり寄りました。
「ね、蒼一郎さん。一緒にお風呂に入りません?」
「俺が絲さんと?」
「ええ、そうですよ。ご一緒しましょ」
にっこりと微笑んで、蒼一郎さんの羽織の袖を引っ張ります。
箪笥の抽斗を開けて、中から兵児帯を取りだします。外出する時は、ちゃんと帯を締めるんですけど。
兵児帯は子どもっぽく見えますが、室内で過ごす分には楽でいいんですよね。
単衣の着物は衣紋掛けにかけてあります。
「絲さん。足袋は替えんでええんか?」
「え?」
「ほら、こっちの抽斗に入っとうやろ」
蒼一郎さんは、わたしが開けているのとは別の抽斗を指さしました。
「せやなぁ。そろそろ風呂に入った方がええから、肌襦袢とかも出しとき」
あの、なぜ今日に限ってわたしの下着事情に口を出してくるのですか?
「足袋は後でいいですよ」
「けどなぁ。芝草が生えとう公園を歩いとったやろ。草がついとうかもしれへんで」
凝視してくる蒼一郎さん。
こ、怖いです。圧が。
ひーん。見ないで、寄らないで。
なのに、蒼一郎さんはわたしに近寄って、間近で顔を覗きこんできます。
「なんや? 俺に見られたらあかんことでもあるんか?」
「ないです。何もないですから」
「ふーん?」
ああ、信じてくださいません。
瞬きすらしない蒼一郎さんは、とても眼光が鋭くて。
もし、まったくの他人であったなら「ごめんなさい、何でも白状します。お金が必要なら持ってきます」と泣いていたことでしょう。
いいえ、すでに涙目になっていたと思います。だって睨みつけてくる蒼一郎さんの顔が、滲んでいるんですもの。
「なんや、絲さん。誰に泣かされたんや?」
蒼一郎さんです。
「波多野が泣かせたんか? 悪い奴やなぁ。後で俺が、お仕置きしといたるからな」
「あの、頭。もうその辺で。私は絲お嬢さんに何もしてませんし。お茶でも持ってきますんで。休んどいてください」
「ふーん」と目を眇めながら、蒼一郎さんが波多野さんを見据えます。
頑張って、波多野さん。この恐ろしい恐喝に耐えてください。でないと、内緒で誕生日の贈り物を買いに行った意味がなくなります。
「せやなぁ。じゃあ茶でも持ってきてもらおか」
「は、はい」
せわしなく桔梗を生け終えた波多野さんは、新聞紙で切り落とした茎や葉をまとめます。
緑の濃い匂いが室内に満ち、息苦しいほど。
いえ、この息苦しさは蒼一郎さんの所為かしら。
波多野さんが出て行ってからも、蒼一郎さんはわたしをじーっと見据えています。
怖いです。怖すぎて、わたしはまだ着替えていない着物の袖で顔を隠しました。
「絲さん。先に風呂に入ってき」
「え? 今からですか」
まだ夕方なので、随分と早いですよ。
それにこの部屋に蒼一郎さんを一人残しては、贈り物のお酒が見つかってしまうかもしれません。
わたしはちらっと時計に目を向けました。
まだ六時です。日付が変わるまであと六時間。長いです。
畳に座った状態のわたしは、そのまま蒼一郎さんの方ににじり寄りました。
「ね、蒼一郎さん。一緒にお風呂に入りません?」
「俺が絲さんと?」
「ええ、そうですよ。ご一緒しましょ」
にっこりと微笑んで、蒼一郎さんの羽織の袖を引っ張ります。
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