女學生のお嬢さまはヤクザに溺愛され、困惑しています

真風月花

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八章

8、桜の花を

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 電車を降りたのは、海に面した小さな驛でした。
 驛から離れた西に延びる海岸線沿いには、瀟洒な洋館が立ち並び、中でも目を引くのは二階建てのオリエンタルホテル・シーサイドヴィラです。

 薄青い色の屋根と、白い壁。遠目なのではっきりとはしませんが、正面部分の二階の屋根に『VILLA』と金属でできた文字が見えました。

「こっちやで、絲さん」

 琥太郎さんを抱っこした蒼一郎さんが、わたしに声をかけてきます。
 桜が咲いているのは坂になっている御料林。帝室林野局が管理している林の一部が、解放されていて桜が植えられているのです。
 なので、海岸沿いの洋館とは反対側です。

 ちょうど満開なのですが、今は午前ということもあってか花見に訪れる人はまばらです。
 見上げれば右も左も薄紅色の天蓋です。
 歩いても歩いても、桜の花は途切れずに、そよ風が吹けば、はらはらと花びらが零れ落ちてきます。
 
「早くに来てよかったかもしれんな。今夜は雨らしいから、今が一番ええ時かもしれん」
「あめ、だめなの?」

 蒼一郎さんの腕に抱っこされた琥太郎さんが、小首を傾げながら問いかけます。
 
「雨が悪いってわけでもないんやけど。花びらが涙を落とすように散っていく様も、風情があるといえばあるし」
「難しすぎて、琥太郎さんには伝わりませんよ」

 わたしは蒼一郎さんの背中を、つんつんと指でつつきましたが。意外にも琥太郎さんは「へいきだもん」とあごを上げました。

「むずかしいの、へいきだもん」
「お、そうか? 琥太郎はえらいからなぁ。子ども扱いされたないよな」

 こくこくと頷く琥太郎さんに合わせて、柔らかな髪が揺れています。
 
「ぼく、おはなほしい」
「ん? 桜は枝を折ったら腐ってしまうから。あかんねんで。うちにも枝垂れ桜があるけど、だぁれも切らへんやろ」
「ちがうん」

 琥太郎さんは、小さな指で地面に落ちたお鼻を指さしました。
 そこには花びらではなく、咢からぽとりと落ちた桜がありました。

「椿でもないのに、珍しいな」
「そうですね」

 桜は舞い散るからこそ儚く潔く美しいはずなのに。どうしたのかしら?
 首をかしげていると、頭上からちゅんちゅんと雀の鳴く声が聞こえました。
 
 見れば、雀が桜の咢筒がくとうの辺りをつついています。そして小さな嘴で桜の花を咥えました。
 しばらくすると、嘴から離れた桜は地面へとまっすぐに落ちていきます。

「もしかして蜜を吸っているのかしら」
「……お菓子か」

 琥太郎さんは一生懸命に手を伸ばしましたが、雀が落とした桜には届きませんでした。

「ぼくな、あれ、ほしいん」
「まぁ、落ちてる花やったらええか。で? 家に飾るん?」

「ううん」と、琥太郎さんは首を振ります。
 地面に降ろしてもらう途中なのに気が急いたのか、ぴょんと蒼一郎さんの腕から飛び降りました。

「ちゃうん。あのこにあげるん」
「あの子?」

 蒼一郎さんとわたしは顔を見合わせました。その間にも琥太郎さんは、雀が落とした桜を集めています。
 わたし達の手には小さな花でも、琥太郎さんが持つとまるで花束のようでした。
 
「あの子って、さっきの坊やでしょうか」
「そうやろな」

 地面にしゃがみ込んだ琥太郎さんの髪に、はらはらと淡い色の花びらが落ちてきます。
 地面に降りてきた雀が、跳びはねながら琥太郎さんの前を行ったり来たりしているのにも気づかないほど夢中でした。

 わたしにはもう一人子どもを産む体力はありません。蒼一郎さんもそれを案じて、二人めのことを一切口にはなさいません。

 三條家はヤクザの家系なので、琥太郎さんは近所の子どもとも親しく接することもほとんどないですし。
 いじめられたり、仲間外れにされているわけではないのです。でも親御さん……特に母親なのですが、一線を引いているというのでしょうか、お子さんを琥太郎さんと遊ばせたがらないのです。

 いつも築地塀の外から聞こえてくる、賑やかな声。琥太郎さんは縁側にぼうっと座って、楽しそうな声を聞いています。
 お絵かきの手も止めて、鉛筆が紙の上に落ちて転がるのも気づかずに。
 口には出さないけれど、寂しい思いで子ども達の声を聞いているのでしょう。

 わたしと蒼一郎さんも地面にしゃがみこんで、一緒に桜の花を拾いました。
 そのままだときっとすぐに萎れてしまいます。後で手巾ハンカチに水を含ませて、花枝の部分を包んで帰りましょう。

 座り込む親子を、花見の人たちが怪訝そうに振り返っては立ち去っていきます。

 無心にお花を集める琥太郎さんの小さな背中。あの坊やが弟のように思えたのでしょうか。
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