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八章
31、お膝【1】
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「翠子さん、おいで」
縁側に座っていらっしゃる旦那さまに手招きされて、わたくしは隣に腰を下ろしました。
夏の盛りなので午前中とはいえ暑いのですけど、二人してぴったりと身を寄せます。
旦那さまもわたくしも、糊のきいた浴衣に着がえています。
琥珀糖もさくらんぼも大好物ですけれど、やはり一番は旦那さまです。
ええ、比べるべくもありません。
たとえお菓子やさくらんぼやお茄子がたくさんあっても、旦那さまがいらっしゃらなければ、おいしさは半減……いえ、九割以上失われてしまうんですもの。
沓脱ぎ石に足をおろした旦那さまは、どうやら膝枕をしてくださるご様子。
いつでしたかしら。わたくしが旦那さまに膝枕をしてさしあげて、その後、散々に虐められましたから。少し躊躇してしまいます。
「お嬢さまは、わたくしめの膝枕はお好みではございませんか?」
「そんなことないです」
ほんのわずかでも離れるのが寂しくて、わたくしは旦那さまのお膝に頭を預けました。
見上げると、旦那さまのあごから首がよく見えます。
「どう?」
「少し腿が硬い気がします」
「うーん。せめて引き締まっていると言ってくれないかな」
困ったように微笑みながら、旦那さまはわたくしを見つめました。
少し前かがみになったと思うと、青空も入道雲も見えなくなり、視界は旦那さまだけになりました。
そのまま、そっと唇に接吻なさいます。
「もう一度してください」
「お嬢さまのお望みとあらば、何度でも」
自分からキスしてほしいとか、抱いてほしいなんてせがむのは、はしたないことです。でも、そんな日だってありますもの。
旦那さまは片膝をお立てになりました。ですから、わたくしの上体も一緒に持ち上がります。
何度もキスしてくださるから、わたくしは旦那さまの首に手をまわしてしがみつきました。
「疲れるだろうから、最後まではしないよ」
その言葉の意味を察して、わたくしはうなずきました。今日はただ、ずっと触れていてほしいのです。離さないでいてほしいのです。
旦那さまの頬を指でなぞると、旦那さまはわたくしの頬にくちづけをなさいます。首筋に触れると、やはり同じように首にキスを与えられます。
これはもしかして、恥ずかしいことになるのではないかしら。
わたくしは慌てて旦那さまから手を離しました。
「次はどうする?」
やはりそうです。自分の考えが確信に変わりました。
どうしましょう。今ここで、恥ずかしいからとやめるわけにはいきません。
でも、自分からキスしてほしいところを指定するなんて。
こんなにも外は明るくて、まだお昼にすらなっていないのに。
「翠子さん?」
「あ、あの……」
急かされて、わたくしは旦那さまの唇に指を触れさせました。当然、すぐにわたくしの唇も塞がれます。
つ、次はどこに?
考えもつかずに、旦那さまの唇の間に指を入れます。正確には、指が入ってしまいました。
旦那さまは驚いたように目を見開きましたが、それも一瞬のこと。軽く口を開いて、わたくしの指を口内に受け入れました。
指先に、湿って熱い旦那さまの舌が触れます。
でも、これって……舌に接吻してくださいってことになるのでは?
ええ。もちろん、すぐにそうなりました。
歯列を割って、旦那さまの舌がわたくしの口腔に入りこんできます。舌を絡ませあうような形で、口を閉じることができずに、唇の端からはしたなくも唾液がこぼれていきます。
「ん……んんっ」
「もうこれでいいのかい?」
旦那さまの言葉が、わたくしの喉の奥へと吸い込まれていきます。
唇をふさいだまま、そんな風に仰らないで。なのに旦那さまは「教えてくれないと、分からないよ」なんて、からかう口調なんですもの。
わたくしに「おいで」と仰ったのは旦那さまですのに。
縁側に座っていらっしゃる旦那さまに手招きされて、わたくしは隣に腰を下ろしました。
夏の盛りなので午前中とはいえ暑いのですけど、二人してぴったりと身を寄せます。
旦那さまもわたくしも、糊のきいた浴衣に着がえています。
琥珀糖もさくらんぼも大好物ですけれど、やはり一番は旦那さまです。
ええ、比べるべくもありません。
たとえお菓子やさくらんぼやお茄子がたくさんあっても、旦那さまがいらっしゃらなければ、おいしさは半減……いえ、九割以上失われてしまうんですもの。
沓脱ぎ石に足をおろした旦那さまは、どうやら膝枕をしてくださるご様子。
いつでしたかしら。わたくしが旦那さまに膝枕をしてさしあげて、その後、散々に虐められましたから。少し躊躇してしまいます。
「お嬢さまは、わたくしめの膝枕はお好みではございませんか?」
「そんなことないです」
ほんのわずかでも離れるのが寂しくて、わたくしは旦那さまのお膝に頭を預けました。
見上げると、旦那さまのあごから首がよく見えます。
「どう?」
「少し腿が硬い気がします」
「うーん。せめて引き締まっていると言ってくれないかな」
困ったように微笑みながら、旦那さまはわたくしを見つめました。
少し前かがみになったと思うと、青空も入道雲も見えなくなり、視界は旦那さまだけになりました。
そのまま、そっと唇に接吻なさいます。
「もう一度してください」
「お嬢さまのお望みとあらば、何度でも」
自分からキスしてほしいとか、抱いてほしいなんてせがむのは、はしたないことです。でも、そんな日だってありますもの。
旦那さまは片膝をお立てになりました。ですから、わたくしの上体も一緒に持ち上がります。
何度もキスしてくださるから、わたくしは旦那さまの首に手をまわしてしがみつきました。
「疲れるだろうから、最後まではしないよ」
その言葉の意味を察して、わたくしはうなずきました。今日はただ、ずっと触れていてほしいのです。離さないでいてほしいのです。
旦那さまの頬を指でなぞると、旦那さまはわたくしの頬にくちづけをなさいます。首筋に触れると、やはり同じように首にキスを与えられます。
これはもしかして、恥ずかしいことになるのではないかしら。
わたくしは慌てて旦那さまから手を離しました。
「次はどうする?」
やはりそうです。自分の考えが確信に変わりました。
どうしましょう。今ここで、恥ずかしいからとやめるわけにはいきません。
でも、自分からキスしてほしいところを指定するなんて。
こんなにも外は明るくて、まだお昼にすらなっていないのに。
「翠子さん?」
「あ、あの……」
急かされて、わたくしは旦那さまの唇に指を触れさせました。当然、すぐにわたくしの唇も塞がれます。
つ、次はどこに?
考えもつかずに、旦那さまの唇の間に指を入れます。正確には、指が入ってしまいました。
旦那さまは驚いたように目を見開きましたが、それも一瞬のこと。軽く口を開いて、わたくしの指を口内に受け入れました。
指先に、湿って熱い旦那さまの舌が触れます。
でも、これって……舌に接吻してくださいってことになるのでは?
ええ。もちろん、すぐにそうなりました。
歯列を割って、旦那さまの舌がわたくしの口腔に入りこんできます。舌を絡ませあうような形で、口を閉じることができずに、唇の端からはしたなくも唾液がこぼれていきます。
「ん……んんっ」
「もうこれでいいのかい?」
旦那さまの言葉が、わたくしの喉の奥へと吸い込まれていきます。
唇をふさいだまま、そんな風に仰らないで。なのに旦那さまは「教えてくれないと、分からないよ」なんて、からかう口調なんですもの。
わたくしに「おいで」と仰ったのは旦那さまですのに。
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