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おっさん、無駄に疲労
しおりを挟む「それで……いったいどういう了見だ?」
年端もいかないショタ(しかも半裸)に土下座をさせているという、絵的に凶悪極まりない構図。だが、ここで躊躇していては話が進まない。
詰問にならない程度に声を抑えながら俺は静かに尋ねる。
ショーちゃんが居室前に来ていたのは実は当初から把握していた。
今から一時間ほど前になるだろうか?
気配を隠す様子もない為、その動向は筒抜けであった。
特に内部に踏み込んで来る訳でもないので放置していたのだが。
俺がシャワーを浴びだした辺りで急に佇まいを正すから、何事かと思えば正座。
居室を出る気配を感じるより早く土下座へと移行したのである。
礼儀作法系のスキルでも所持しているのかと疑いたくなる、実に鮮やかな土下座っぷりである。
ここまで潔いと責める言葉が出ない。
だから純粋な気持ちで本人に訊いてみた。
言い淀む気配はあったものの、迷いを振り切るようにショーちゃんは喋り出す。
「昨晩は……大変失礼致しました、我が主殿」
「何がだ?」
「自身の未熟さ故に主殿を不快にさせてしまったことです。
従僕たるもの、まずは主殿の事を一番に考えなくてはならないのに。
我輩――もとい、拙はその努力を怠り自身の願望を押し付けてしまいました」
頭を上げる事無く言葉を紡ぐショーちゃん。
幼いその身体が微妙に震えているのを見て俺は理解した。
ショーちゃんは不安なのだ。
海底ダンジョンで【従魔の腕輪】の力で仲間となり、早二カ月が過ぎ――
それなりの時を共に過ごしてきたとは思う。
しかし幼生体から再構成されシアを母と慕ってきたルウとは違い、ショーちゃんは前世の記憶をそのまま、しかも何故か俺を主と慕っている。
どこで刷(バ)り込(グ)みが生じたかは知らないが【嘲笑う因果】の影響かもしれない。
だが――俺はそんなショーちゃんを常に突き放してきた。
直前まで敵対していた事もあるが……その容姿が気に入らない。
何せ幼少期の俺の姿そのものなのだ。
母の愛を一身に受け、無条件に守られていた幸福の刻――
それは決して還る事のない過去を偲ばせる残滓。
思い出したくない過去を直視させられるようで、どうにも素直になれなかった。
でもそれは俺の事情だ。
こいつは常に真摯に(若干歪んでいるとはいえ)俺を慕ってくれていたのに。
父の愛を十分に受けれない辛さは――俺だって痛い程理解していたというのに。
俺は深々と溜息をつくと心に溜め込んだわだかまりを吐き出す。
そしてショーちゃんの前に跪くとその肩に優しく手を添える。
叱責されると思ったのかビクリ、と触れた箇所が震える。
何てことだ……そこまで怯えさせてしまったのか。
これじゃまるで虐待じゃないか。
婚約者を得てこれから家庭を持とうとする男がこれでは先が思いやられる。
自分の馬鹿さ加減に二、三発殴ってやりたくなるな。
俺は不機嫌さが声に出ないよう細心の注意を払いながら、ショーちゃんに優しく声を掛ける。
「顔を上げてくれ」
「……主殿?」
「今まですまなかったな、ショーちゃん。
お前がそこまで思い詰めるほど追い込んでしまったのは俺の落ち度だ。
謝って済むようなことじゃないが……それでも謝罪は大事だ。
改めて謝らせてくれ。本当にすまない」
「そんなことは……怒っているのではないのですか?」
「怒ってはいない。
今までお前に俺自身の事情を重ねてきたのは俺の問題だ。
それでお前を傷付けてしまったのは別問題だろう?」
「嫌ってはいない、と」
「ああ。俺はお前を嫌ってない。
ただ苦手だっただけだ」
「良かった……様々なアプローチに対しても、梨(なし)の礫(つぶて)。
てっきり拙は主殿に嫌わていると思ってたので」
「そんな事はない。
寂しい思いをさせて悪かったな」
震えるその身体をゆっくり抱き締める。
動揺する気配が伝わったが、次第にその身体が弛緩していき俺に身を委ねる。
サラサラヘアーの黒髪を俺の胸元に埋め優しく撫で回されるショーちゃん。
その顔が歓喜に染まってるのを見て俺は安堵する。
「主殿、拙は幸せです」
「それなら良かった。
本当はもっと早くこうするべきだったな」
「そんなことは!
ただ……もし許されるなら一つ伺いたい」
「何だ?」
「取り込んだ霊的設計図により姿形や能力は理解できるのです。
しかし心……感情はよく分からない。
一般的にこうすれば良いという指標はあるのです。
しかし反応は人それぞれ。何故最適解はないのでしょうか?」
「それは人という種の多様性ゆえに、だろうな。
何を感じ何を考え何を好むのか。
それまで生きた経験こそがその人物のパーソナリティを形作る。
だからこそ、その人が何を望むのかを常に捉えていかなくちゃならない。
押し付ける想いは愛じゃなくて重い哀だ。
相互理解するのは難しくても努力し続けていかなくちゃな」
「なるほど。
拙は一般男性が望む欲望解消ばかりに捉われ、ガリウス・ノーザンという我が主が何を望むかを考えてこなかった。それは猛省すべきことです」
「俺だって出来た人間じゃないさ。
それでも昨日よりは今日、今日よりは明日へ進む為に頑張ってる。
だからさ、無理のない範囲で良い関係を構築できるよう共に頑張っていこう」
「了解しました。これからも何卒宜しくお願い致します」
「ただ……こんな言葉の後に言うのはアレだが、今日の潜入作戦にお前を連れてはいけない」
「どうしてです!?」
「お前にはやってもらわなくてはならないことが多過ぎる。
こんな不確定な作戦に同行させるのは偲びない」
「要人の警護や毒物判別・無効化などですか?」
「――ああ。
鏡像魔神の判別方法は周知されたとはいえ、脅威自体は消え去ってはいない。
いざという時の最上のバックアップとしてお前には皆を支えてほしい。
頼めるか、ショーちゃん?」
「主殿にそう頼まれて、拙が断るとでも?
同行出来ない寂しさはありますが、全力で務めましょう」
「良かった、助かるよ」
「ただし――」
「ん?」
「無事お戻りになった暁には、存分に可愛がって頂きたいと思うのですが」
「お前な……やっぱそれが素じゃないか。
いいよ、今のお前なら大丈夫だろう。
昨日取れなかった時間の埋め合わせはする」
「フフ……言質を頂きました」
微妙に邪悪な笑みを浮かべ喜ぶショーちゃん。
どうやら本質というのはそうそう変わらないものらしい。
まあ、それでもいい。
時に間違い対立しつつもこうして前に進んでいけるのが良好な関係だ。
これからの俺達に乞う期待、だな。
苦笑を唇の端に乗せつつ、ショーちゃんの笑顔に俺も眼を細め応じるのだった。
と、ここで終われば素晴らしい結末なのだが――
世の中はそう上手くいかないものである。
「おっさん~昨日はありがとうね。
疲れてるだろうから皆と迎えにきたよ~」
「わんわん!」
「ん。随分付き合わせてしまった」
「拙者も同感でござる」
「本当にありがとうござました。
子供たちも喜んで――」
ワイワイガヤガヤと賑やかに近付いてくる女性陣。
彼女らの前に映るのは、逆バニーというおよそ正気でない衣装を身に纏い歓喜の笑みを浮かべる紅顔の美少年を抱き締めるおっさん。
問)この状況で誤解を受けない方法を考えなさい【配点10点】
答)ありません。
「ガリウス殿、そんな慈愛顔で何故ショーちゃんを!?
もしや……ついに一線を越えて!」
「ふ、不潔だよおっさん!」
「きゃわわわん!?」
「こ、これは想定外……まさかパーティ初の寵愛相手がショーちゃんとは……
このリアの慧眼を以てしても不覚、としか言いようがない」
「どどどどどどどどどういうことですの、ガリウス様!
昨晩はお楽しみだったのですか!?
受けですの攻めですの? 何回戦? そこをもっと詳しく!!」
何故か顔を紅に染め息の荒い約二名(カエデ・フィー)を除き、真剣な顔でにじり寄ってくるシアとリアとルゥに対し……
俺は再度深々と溜息を漏らすと、覚悟を決めて事情を話すのだった。
ホント、朝から無駄に疲れる日である。
今からこれでは先が思いやられるな……(トホホ)。
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