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番外編 エリダ デセスペランサ
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火を消すことは容易い。外で雨を降らすことも容易い。何かを水に変えることも出来る。いつも魔法で俺は危機を逃れてきた。
だが、それでも出来ないことがある。俺にも出来ないことがある。
命を蘇らせることだ。
俺だけじゃない、他のどんな魔法使いだって、それだけは出来ない。ひとを不死身にしたり、ひとを殺したりは出来るクセに、ひとを生き返らせることだけは誰も出来やしないんだ。
コンラッドは心臓の病だった。随分前から知っていただろうに、コンラッドはフィトにも俺にも誰にも、そのことを話さなかった。
三週間ほど前に急に「フィトのことを頼む」と言われただけだった。急に何も無い時にそんなことを言われても俺が理解出来るわけねぇだろ?
なんで、言わなかったんだよ?自分の息子にぐらいちゃんと話しとけよ。
父親の棺が土に埋められていくのを見てフィトが泣いている。俺の前でフィトが泣いている。やけに大人な顔して泣いている。餓鬼みたいに泣けば良いのに。
俺は、なんて無力なのだろうか。ただ雨を降らすだけで精一杯。フィトの悲しみを洗い流したくて降らせた雨も、ただ虚しさを増しただけだった。
俺は、なんて無力なのだろうか。魔法でコンラッドを生き返らせることが出来ない。フィトの大事なひとを生き返らせることが出来ない。
俺は、なんて無力なのだろうか。せめて、コンラッドの居た証でも取り戻せればと思うが、俺は火事は消せても、焼け跡を再生させることが出来ない。再生の魔法を知らないのだ。 やり方が分からない。
「フィト」
名前を呼んでみたが、何と声を掛ければ良いのか分からない。何を言ってもフィトを傷付けてしまいそうで、何も言えない。
俺だって、こんな時に言っちゃいけないことぐらい分かる。あまり触れちゃいけないことぐらい分かる。こんな性格でも、人が死んだ時には敬意を払う。
「フィト」
名前を呼んでも返事がない。こちらを振り向きもしない。地に置かれた墓標を見つめ、ただ只管に大人な顔して涙を流している。
フィトからの返事がなくとも、俺はその場から動かず雨を降らせ続けた。コンラッドの姿が見えなくなってから、もう一時間になる。
「フィト、風邪引くぞ?部屋に戻ろう」
雨を降らせたのは俺だが、フィトを風呂に入れて、寝かしつけて、少し落ち着いてもらおうと思ったのだ。
父親から離れたくないのは分かる。いや、本当は分からない。俺には物心ついた時から両親が居なかった。フィトもそうだったみたいだが、コンラッドが居た。俺は、ずっと独りだった。周りに誰かが居ても、心が孤独だった。
そいつが死ぬのは、そいつの所為。そいつに何かがあるのは、そいつの所為。誰かに何があろうと関心は持たなかった。関心なんざ、持っている余裕がなかった。
だから、俺には分からない。人が死んで悲しむ気持ちが分からない。涙を流すという行為の意味が分からない。こんなことを言えば、フィトは俺を嫌いになるだろう。
六年経っても、俺の心は変われていない。ただ、言ってはいけないと自分を押さえることが出来るようになっただけ。ただ、それだけだ。
葬儀に参加していた者たちは、もう誰もここには居ない。自分の身内ではないからな。やっぱり、皆、そんなものなんだよ。
「フィト」
数歩だけ近寄って、俺はフィトに右手を差し出した。手を繋ぐくらいなら大丈夫だ。
俺の手をゆっくりと横目で見て、そろりと伸びてくる左手……。だが、フィトの左手が俺の右手を掴むことはなかった。
すり抜け、俺の背に回る。瞬間、身体に、脳に、嫌な記憶が過った。
「ッ、やめろ!」
俺は両腕でフィトの身体を押し返してしまった。
驚いたんじゃない。怖い……、怖いんだ。
目の前に居るのはフィトだ。紛れもなくフィトなんだ。お前の所為じゃない。それでも、怖い。
フィトの顔を見ることが出来ない。心臓が暴れている。
「……っ、す、すまない」
自分の意思など関係なく、身体が震える。よく動いたものだと思う。気付けば、俺は土砂降りの雨の中を駆け出していた────。
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