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番外編
降り積もった花のよう
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朝6時。開け放たれたカーテンから眩しい朝日が差し込んできた。まだ眠たくて毛布に包まったけれど、その隙間から淡い白檀の香りがした。これを嗅いだら、もう眠ってなんかいられない。ぼんやりとする頭が、一気に目覚め始めた。
「おはよう。朝だよ」
「んー……」
くしゃりと前髪を撫でられ、そのまま額に口付けられる。気持ちがよくてそのまま二度寝してしまいそうだ。でも、ここで起きないと仕事に遅れてしまう。蔭間を辞めてから随分と経つけれど、朝に起きることにはまだ慣れない。
それに対して怒るでもなく、呆れるでもなく、辛抱強く起こしてくれる周はやっぱり優しい人だ。
「ほら。体を起こして。朝ご飯はできてるからね」
「うーん……ありがとう……」
「可愛い。早く着替えておいで」
「うん」
それからまた、今度は頬に口付けられる。毎朝思うけれど、どうして周はこうも元気なんだろう。少なくとも、俺より睡眠時間は短い。休憩時間に昼寝をしているわけでもなく、夜だって俺と同じか、少しだけ遅く眠っている。周が寝ている姿なんてもう何ヶ月も見ていない。
だというのに。なんだって、こうも朝から元気なんだろう。
「朝だけじゃないか……元気なのは」
昨夜のことを思い出し、気恥ずかしくなって動けなくなる前にさっさとベッドから滑り出る。今日は書類の仕分けが中心だ。あまり急がなくてもいいが、集中力が大切になる。早いところ目を覚まさないと。
燦々と日が差し込む寝室で、大きく伸びをした。
*
「紅茶のおかわりはどう?」
「もらおうかな」
「蜂蜜もあるよ」
「じゃあ、それも」
周が作った朝食は、いつも蜂蜜がたっぷりと使われる。最初は甘いものが好きなのかと思っていたが、話を聞いてみると全ては俺のためらしい。つまり、酷使した喉に蜂蜜が効く、と。
全くもって悪気なく言われた時には、怒ればいいのか恥ずかしがればいいのか、それとも喜べばいいのかわからなかった。少なくとも周は俺のためにといつも考えてくれるし、行動に移してくれる。それを愛だと言われたらその通りであり、俺もそれはわかった上で受け取っている。
ただ、なんだか気恥ずかしいのだ。蜂蜜の瓶を見るたびに、もう無邪気に甘味を味わうことができなくなり、昨夜のあれこれを思い出しては官能に浸ってしまうことが。
「おいしい?」
「え? あ、うん。おいしいよ」
「よかった」
そうしてまた、今度は右手の甲に口づけられる。当たり前のようになってきた触れ合いに、今でも胸が高鳴っていると言ったら周はどう思うんだろう。仕返しに周の手首に唇を寄せてみる。どんな反応をするか上目遣いで確かめてみると、一瞬だけ驚いた顔をして、その後はいつも通りの柔らかい表情を崩さなかった。
なんだ、つまらないな。
*
「あー、終わった」
「お疲れ様。随分と進んだね」
「まあ、仕分けるだけだしな」
もうすぐ夕日も沈むかという時間になり、ようやく今日の分の仕事が終わった。本来ならもっと早く片付けられるはずだったのに、昼間に来客があって作業が止まっていたのだ。周は周で、他に大きな仕事を抱えている。書類の仕分け程度に手を煩わせたくなかった。
そんな意地もあって、気がついたら予定より随分と遅い時間になってしまっていた。夕飯は、簡単なものになるだろうな。
「着替えておいで。晩御飯は用意しておくから」
「悪いな。ヨネにもらった煮物があるはずだから、それを温めておいてくれ」
「わかった」
執務室を出ようとしたら、右手の手首に口付けられた。疲れていたら感覚が鋭くなっていて、わずかな触れ合いだというのに熱を感じ取ってしまう。腰が震えたことに気づかれたくなくて、急いで部屋を飛び出した。
疲れが溜まるとよくないって、かつての周から学んでいるからな。
*
「ああもう、しつこい!」
「そう?」
「だってそこ、っ、んぅ」
風呂にも入り、さてあとは眠るだけという頃になって。雨のように降り注ぐ口づけを浴びることになった。頭のてっぺんから爪先まで、それはもう言葉通り触れられていない場所なんか存在しないというくらい。
何度も何度も、唇で愛される。
「あ、あまね、っ、もういいから、ぁ」
「どうして? いやだ?」
「違うけど、でも、っ、んぅ、う、あ、もどかしい、っ!」
太ももの内側を強く吸い上げられて、たまらずに悲鳴が上がる。はやく触れてくれと主張する熱には一切目もくれず、周は肌という肌を舐めくつそうとしていた。涙が溢れてくる。もっと俺が素直だったら、早く楽にしてくれと言えるのに。
こういう時になっても俺の口は可愛くないことばかり発していた。
「周、あまね、っ、どうしてそう、意地の悪いことばかり……!」
「意地悪をするつもりはないんだけれど」
「だったらはやく……!」
「うん、後でね」
その言葉にまた悲鳴が出そうだった。これ以上、決定的な刺激を与えられずに温い快楽だけ与えられ続けるなんて。死んでしまいそうだ。瞼の奥が熱くなった。奥歯が震える。
これ以上は、もう、限界だ。
「……っ!」
「うわっ」
一瞬の隙を見て上体を起こす。そのまま周を押し倒し、腰の上に跨った。これなら俺の好きにできるだろう。右足は微かに痛んだけれど、驚いた周の表情が見られたから良しとしよう。
ぐっと体を倒して、吐息が混じるくらいまで顔を近づけた。長いまつ毛が絡み合いそうだった。
「余裕そうだな、周」
「そう? 緊張してるよ。ほら」
「だったら大人しくしてろ」
「格好いいね。惚れてしまいそうだ」
「何度だって。好きにしろ」
そう言い捨てて、何か言われる前に深く深く口付ける。舌を絡ませ合う頃にはすっかり身体中に熱が集まり、お互いに余裕なんか無くなっていた。
こうして、結局お互いに夜更かしをしてしまって。身体中、ヘトヘトになってしまったけれど。明日もまた、周の口づけで目覚めるのかと期待しながら目を閉じた。明日もきっと輝かしい一日になると信じて。
「おはよう。朝だよ」
「んー……」
くしゃりと前髪を撫でられ、そのまま額に口付けられる。気持ちがよくてそのまま二度寝してしまいそうだ。でも、ここで起きないと仕事に遅れてしまう。蔭間を辞めてから随分と経つけれど、朝に起きることにはまだ慣れない。
それに対して怒るでもなく、呆れるでもなく、辛抱強く起こしてくれる周はやっぱり優しい人だ。
「ほら。体を起こして。朝ご飯はできてるからね」
「うーん……ありがとう……」
「可愛い。早く着替えておいで」
「うん」
それからまた、今度は頬に口付けられる。毎朝思うけれど、どうして周はこうも元気なんだろう。少なくとも、俺より睡眠時間は短い。休憩時間に昼寝をしているわけでもなく、夜だって俺と同じか、少しだけ遅く眠っている。周が寝ている姿なんてもう何ヶ月も見ていない。
だというのに。なんだって、こうも朝から元気なんだろう。
「朝だけじゃないか……元気なのは」
昨夜のことを思い出し、気恥ずかしくなって動けなくなる前にさっさとベッドから滑り出る。今日は書類の仕分けが中心だ。あまり急がなくてもいいが、集中力が大切になる。早いところ目を覚まさないと。
燦々と日が差し込む寝室で、大きく伸びをした。
*
「紅茶のおかわりはどう?」
「もらおうかな」
「蜂蜜もあるよ」
「じゃあ、それも」
周が作った朝食は、いつも蜂蜜がたっぷりと使われる。最初は甘いものが好きなのかと思っていたが、話を聞いてみると全ては俺のためらしい。つまり、酷使した喉に蜂蜜が効く、と。
全くもって悪気なく言われた時には、怒ればいいのか恥ずかしがればいいのか、それとも喜べばいいのかわからなかった。少なくとも周は俺のためにといつも考えてくれるし、行動に移してくれる。それを愛だと言われたらその通りであり、俺もそれはわかった上で受け取っている。
ただ、なんだか気恥ずかしいのだ。蜂蜜の瓶を見るたびに、もう無邪気に甘味を味わうことができなくなり、昨夜のあれこれを思い出しては官能に浸ってしまうことが。
「おいしい?」
「え? あ、うん。おいしいよ」
「よかった」
そうしてまた、今度は右手の甲に口づけられる。当たり前のようになってきた触れ合いに、今でも胸が高鳴っていると言ったら周はどう思うんだろう。仕返しに周の手首に唇を寄せてみる。どんな反応をするか上目遣いで確かめてみると、一瞬だけ驚いた顔をして、その後はいつも通りの柔らかい表情を崩さなかった。
なんだ、つまらないな。
*
「あー、終わった」
「お疲れ様。随分と進んだね」
「まあ、仕分けるだけだしな」
もうすぐ夕日も沈むかという時間になり、ようやく今日の分の仕事が終わった。本来ならもっと早く片付けられるはずだったのに、昼間に来客があって作業が止まっていたのだ。周は周で、他に大きな仕事を抱えている。書類の仕分け程度に手を煩わせたくなかった。
そんな意地もあって、気がついたら予定より随分と遅い時間になってしまっていた。夕飯は、簡単なものになるだろうな。
「着替えておいで。晩御飯は用意しておくから」
「悪いな。ヨネにもらった煮物があるはずだから、それを温めておいてくれ」
「わかった」
執務室を出ようとしたら、右手の手首に口付けられた。疲れていたら感覚が鋭くなっていて、わずかな触れ合いだというのに熱を感じ取ってしまう。腰が震えたことに気づかれたくなくて、急いで部屋を飛び出した。
疲れが溜まるとよくないって、かつての周から学んでいるからな。
*
「ああもう、しつこい!」
「そう?」
「だってそこ、っ、んぅ」
風呂にも入り、さてあとは眠るだけという頃になって。雨のように降り注ぐ口づけを浴びることになった。頭のてっぺんから爪先まで、それはもう言葉通り触れられていない場所なんか存在しないというくらい。
何度も何度も、唇で愛される。
「あ、あまね、っ、もういいから、ぁ」
「どうして? いやだ?」
「違うけど、でも、っ、んぅ、う、あ、もどかしい、っ!」
太ももの内側を強く吸い上げられて、たまらずに悲鳴が上がる。はやく触れてくれと主張する熱には一切目もくれず、周は肌という肌を舐めくつそうとしていた。涙が溢れてくる。もっと俺が素直だったら、早く楽にしてくれと言えるのに。
こういう時になっても俺の口は可愛くないことばかり発していた。
「周、あまね、っ、どうしてそう、意地の悪いことばかり……!」
「意地悪をするつもりはないんだけれど」
「だったらはやく……!」
「うん、後でね」
その言葉にまた悲鳴が出そうだった。これ以上、決定的な刺激を与えられずに温い快楽だけ与えられ続けるなんて。死んでしまいそうだ。瞼の奥が熱くなった。奥歯が震える。
これ以上は、もう、限界だ。
「……っ!」
「うわっ」
一瞬の隙を見て上体を起こす。そのまま周を押し倒し、腰の上に跨った。これなら俺の好きにできるだろう。右足は微かに痛んだけれど、驚いた周の表情が見られたから良しとしよう。
ぐっと体を倒して、吐息が混じるくらいまで顔を近づけた。長いまつ毛が絡み合いそうだった。
「余裕そうだな、周」
「そう? 緊張してるよ。ほら」
「だったら大人しくしてろ」
「格好いいね。惚れてしまいそうだ」
「何度だって。好きにしろ」
そう言い捨てて、何か言われる前に深く深く口付ける。舌を絡ませ合う頃にはすっかり身体中に熱が集まり、お互いに余裕なんか無くなっていた。
こうして、結局お互いに夜更かしをしてしまって。身体中、ヘトヘトになってしまったけれど。明日もまた、周の口づけで目覚めるのかと期待しながら目を閉じた。明日もきっと輝かしい一日になると信じて。
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