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 エリーの過去には自分と重なる部分があった。
 幼少期に辛い出来事を経験し、今まで孤独に生きてきたこと。

 僕には師であるリディアが道を示してくれた。

 だが、エリーにはその先導者がいない。
 本当に孤独だった。

 少しだけ同情し、自分に何かできることがないかと思ったが、僕が人の人生に勝手に上がり込むのも間違っている。せめて王都までの道中は愛想よく接そうと思った。



 ***



「僕は一番安いものを頼む」

「それでいいの?」

「食事には拘りなんてない。食べられればそれでいい」

 まさか昼食を一緒に取ることになるとは思わなかった。
 エリーは僕に対してかなり友好的だ。

「それならあたしも、あなたと同じのを頼む」

「別に気を遣わなくてもいいんだ」

「あたしもそこまで裕福なわけじゃないから」

 彼女の顔を見るに、それは本当らしい。
 王都まで行くのに一番安い馬車に乗り、僕のような怪しげな男とふたりきりの旅。もう少し金があれば、ずっと待遇のいい馬車を選べた。

 実は僕もお金には困っている。
 たまに闘技場で戦ったり、剣術の講師をしたりして一時的に稼いでいるだけで、普段の生活をすることにギリギリだ。幸い、食欲も睡眠欲も性欲もほぼないので、過酷な状況下でも生きていくことができた。

「ケイは、一体何者なの?」

 ラム肉の料理を待っている最中、エリーが聞いてきた。

 テーブル席に向かい合って座っているので、何か話題を作らねばと思ったのかもしれない。
 話さなくても僕は読みたい本があるんだが。
 それは口に出さないでおいた。

 エリーの目は好奇心で輝いている。
 酒場でも同じようなことを聞かれたな。だがその時は半分恐怖の色が浮かんでいた。
 
 今の彼女の目には好奇心しか見えない。

「ちゃんと答えて」

 僕が答えを濁そうと思っていることはお見通しだったらしい。
 それっぽい嘘で誤魔化そうとしたら、エリーが真剣な顔で僕を覗き込んだ。

 言い逃れはできない。

 僕は、はぁ、と小さな溜め息をついた。
 食事を誰かと一緒にするのは久しぶりだ。自分の野望について語り合うのも悪くないかもしれない。

「僕は魔王を捜している。勇者でもなければ、魔術師でもない。ただ最強を求める放浪者だ」



 ***



 ケイの言葉にあたしは納得した。
 
 彼がいつもどこか遠くを見据えているような気がしたのは、このせいなんだ、と。
 届かぬ高みを目指して、たったひとりで地道に生きているんだ、と。

 自分の野望を話し始めた時、彼の紫の目から曇りが消えた。

「魔王の存在についてはわからないことが多い。本当は実在しない、とか、ただのおとぎ話に過ぎない、とか。だが僕は信じている──魔王は実在し、今でもその力を増しているんだ、と」

「どうして信じられるの?」

 あたしも魔王のことについては聞いたことがある。

 でもそれは神話だと思っていた。
 ママからも神話として聞かされてきた物語だ。

「僕は見た、魔王の存在を」

「え?」

 ケイが冗談を言っているようには思えない。
 至って真剣な眼差し。

「夢の中でやつが語りかけてくる。『覚醒の時が近づいている』と」

「それを本気で信じるつもり? 夢の中でならただの妄想かもしれないのよ」

 彼は首を振った。

「魔王が存在すると信じる人は他にもいる。僕と同じように魔王からの呼び声を聞いた人もひとりではない。友人も魔王の声を聞いたそうだ。そして……僕の師匠も」

 ラム肉のソテーが運ばれてきた。
 あたしのもケイのも、まったく同じだ。

 ソースの香りが漂ってきて、よだれが出てしまいそうになった。でも彼にそんな姿は見せられない。

「美味しい」

 そもそもラム肉を食べたのが初めてなあたしにとって、この料理は全てが新鮮だった。王都に行けば、もっと幅広い料理を楽しむことができるのか。

 ますます王都での生活が楽しみになった。

「さっきの話の続きだが──」

 意外なことにケイの方から話を続けてきた。

 食事で話が中断されたのが嫌だったのかもしれない。
 彼も普通に食べているけど、美味しそうな様子はない。ただ口に運んでいる。それだけだった。

「──僕は八歳の時にオークに両親を殺され、それから師匠に拾われてここまで生きてきた。僕は実力不足のせいで両親を見殺しにし、自分は悪に抵抗することすらできなかった」

「そんなことが……」

 ケイの過去はあたしより酷い。

 少なくとも、あたしには生きているママがいる。
 今ようやく解放されて自由になったママだ。

 でも、彼にはもう親がいない。それだけでなく、親が殺されるのをその目で見ていた。あたしの境遇・人生は最悪だと思っていたけど、もっと過酷だったという人が目の前にいる。

「師匠は実力こそがこの世界の全てだと言った。実力のある者が世界を統べ、理想を実現できる、と。僕は実力のために他の全てを犠牲にした。それは食事に関する拘りもそうだ。人間関係も、恋愛も……あらゆるものを」

 そう言いながら黙々と肉を頬張るケイ。
 あたしにはそれが虚しく見えた。

「それじゃあ……どうして魔王に拘るの?」

「神々は魔王を倒した者が世界最強の者だと予言した。この世界の全てを凌駕するためには、魔王を倒さなくてはならない。そしたら証明される──僕が誰よりも強いということが」

 そう語るケイの目には狂気が滲んでいた。
 目の前の男はあたしの世界とは違う、遥か彼方にいる人なんだと、あたしは感じた。

「引いただろ?」

 楽しそうにケイが微笑む。

 彼の微笑みは初めて見た。
 こんな風に笑うんだ。
 その微笑みを見ていると、なんだか自分がおかしくなってしまいそうなくらいにドキドキしている。理由はわからないけど、もっとその笑顔が見たいと思った。

「僕の理解者はこの世界にふたりしかいない。師匠と親友のふたりだけだ」

 笑顔が消え、また遠くの彼方を見つめている。

 遠くに行かないで。
 まだあたしを見ていて。そう叫びたい。

「あたしも理解したい」

 気づいたらそう言っていた。
 こんな狂人に深入りしていいのか、あたしにもわからない。

 でも、正体不明の感情が、彼を理解してあげたい、信じてあげたい──そう訴えかけてきた。あたしはそれに従うしかない。

「面白いことを言うんだね」

「いや、あたしは本気」

 聞き流されそうになっても、彼の瞳に訴えかける。
 
 遠くに行ってしまいそうなその目を、なんとか捉えることができた。
 
「君は……」

 ケイが言葉を失った。
 はっきりとあたしの目を見て、ゆっくり頷く。

「まさかそんな人が存在するとは。君も僕に負けないほど頭がおかしなやつだぞ」

「いいの、それで」

 あたしは強く彼の目を見つめ直した。
 本気だということを証明するために。

「気に入った。どうして君がそこまで僕を信じてくれるのかはわからない。だが、その本気の眼差しで伝わったよ、エリー」

 名前を呼ばれてドキッとした。

 ただ名前を呼ばれただけだ。
 それなのに、どうしてこんなに胸が高鳴っているんだろう?

 名前を呼んでくれたってことは、少しはあたしのことを認めてくれたってことなのかな? 少しは見てくれてるってことなのかな?

「いいことを思いついた。エリー、僕のパートナーになってくれ」



 ***



「パ、パートナー!? それって、け、結婚ってこと!?」
 
 ケイがこんなに積極的な男だとは思わなかった。
 少し気に入ったからって、まさか結婚の申し込みまでしてくるなんて。

 でも、あたしのこと、結婚したくなるくらい好きになってくれたのかな?

 拒絶するだろうと思っていたのに、まったくそんなことはなかった。
 むしろ、ケイとならいいかも、と思って、あたしたちの結婚生活を想像してしまった。

「ケイとあんなことやこんなこと……」

「何を言ってるんだ?」

 あたしが顔を赤くして妄想していると、不思議そうにケイが言った。

「僕は結婚するつもりはない。独身貴族だ。僕はただ、君とある契約を結びたいと思っただけだよ」

「え、そうなの?」

 がっかりしている自分がいる。
 別にこんな男好きでもなんでもないのに。

 昨日会ったばかりの男に結婚を申し込まれて、了承する馬鹿なんてどこにいるの? あたしは絶対違うんだから。

「白状するが、僕は料理が世界で最も下手だ。練習しても、どうやっても料理ができない。肉を焼くこともできないから普段は生でしか食べてないわけだ。食事に拘りはないと言ったが、流石に安全に食べられるものが食べたい」

「つまり、どういうこと?」

「僕にも君にもあまり金がない。王都の料理店で食事をするのは驚くほどに高い。だから君はできるだけ安いところで買った食材で栄養豊富の料理を僕に提供し、僕は王都が初めてな君の案内と護衛をする」

 ケイの提案は理にかなっているものだった。
 確かにお互いに利害が一致するし、金銭的な不安を抱えることなくお互いに夢の実現に没頭できる。

 あたしは料理の腕を磨き、ケイは安定した生活をしながら最強への道を追求できる、というわけだ。

 それに、心配されていた王都での護衛も彼になら任せられる。
 あんなに強い人が護衛なら、襲われる心配はない。そうはっきりと思った。

「ちゃんとあたしを守りなさいよね」

 勘違いが屈辱的だったこともあって、あたしは素直になれなかった。

 でも、あたしが彼の提案にオッケーしていることはわかってくれた。
 
「契約成立。僕は絶対に君を守る。だから君も、『美味しい』料理を作ってくれ」

 彼はわざと『美味しい』という言葉に力を込めた。
 何か期待の意味があるのではないと、勝手に思った。

 あたしは彼の冷たい手を握って、強固な握手をした。



 ***(三人称視点)



 王都ペルセポリスの中心街にある、王立闘技場。

 グラント王国最大の円形闘技場であり、五万人もの観客を収容できるほどの広さを誇っていた。週に二回、剣闘士や魔術師たちのトーナメント戦が行われていて、毎回満席という人気である。

「殺っちまえ!」

「殺せ!」

「何してんだ!? こっちは三万リブラ賭けてんだぞ! 立ち上がって戦え!」

 今、フィールドでは剣闘士たちによるトーナメント戦が行われている。
 最強の剣闘士を決める戦いだ。

 実は数カ月間にも渡って予選が行われており、今もその予選の最中である。
 あと数日で予選の申込みは締め切られようとしていた。

「おい、俺も予選に参加させろ」

 高圧的な態度で運営に参加を申し出たのは、赤髪に赤目の青年だった。
 
 その名はリュウゲン。
 オピスという剣士の集まる都市より、王都に派遣された実力者だ。

 リュウゲンは自分の剣術に絶対的な自信を持っていた。幼い頃から才能に恵まれており、努力などせずとも常に優秀な剣士として評価された。剣士の街で最強ということもあり、剣術において自分を凌駕する者など現れるはずがない。
 その絶対的な自信も、彼の実力を高めているひとつの要因である。



 ***



「なんだ王都もこの程度かよクソ! 結局俺よりできるやつなんていねーよな!」

 圧倒的な実力差で予選を勝ち上がるリュウゲン。

 戦わずに降参しようとする剣闘士まで現れた。
 そうして彼の最強の噂は、王都中に広まっていく。

 そしていよいよ、予選が終わり、決勝トーナメントの日がやってきた。

 腕に自信を持つ実力者揃いの本戦でも、やはりリュウゲンは目立っている。片手剣を振り回し、完全に我流の剣術で相手を崩していく。
 決勝戦まで進出するのに苦戦する素振りは一切なかった。

(決勝の相手もどうせクズだ。俺より強いやつなんていねぇ)

 反対側の門から、対戦相手の男が入場してくる。

 さほど強そうには見えない。
 小柄な黒髪の青年で、なぜここまで勝ち進んでこれたのかわからないほどだった。

 黒髪の青年はリュウゲンを前にしても動揺を見せない。

 それどころか、余裕の表情で剣を構えている。
 その構えに、観客たちが思わず感嘆の声を漏らした。

 青年の構えがあまりに美しかったのだ。

 一体どれだけ努力を重ねてきたのだろうか。
 無駄がなく、洗練された芸術のような剣の構え──剣を知っている者は全て、彼の高い実力を察した。

 しかし、リュウゲンはまともに剣の修練を積んだことなどない。

 本当の剣技がどのようなものかさえも、彼にはわからなかった。
 だから彼は、黒髪の青年の構えを見ても、なんとも思わなかった。

「いよいよ決勝戦になりました!」

 審査員の声が闘技場全体に響く。
 声量を上げる特殊な魔術だ。

「圧倒的な強さで勝ち上がってきたふたりの戦いを見届けましょう! リュウゲン・ブルグVSケイ・ホライズン、対戦開始!」
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