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第一章
本音を言えない私(宇月琴音)
しおりを挟む20代は音を立てながら足早に進んでいく。
早く大人になりたかったはずなのに、ハタチを超えてしまえば一瞬。
周りの大人たちが「今を大切にしなさい」「若いうちにやれることをやりなさい」というけれど、その言葉の意味を知る頃にはもう遅い。
つい数年前まで、朝まで遊んでいた友達たちも、結婚や出産で年々会う頻度が減っていく。
会わなければ孤独を感じて寂しいのに、実際に会えば変に気を使ってしまう。
なぜなら決まって「琴音はいつも綺麗で羨ましいよね。」
「そうそう、二重で目がぱっちりだし、おっぱい大きいし、腰細いし」
「肌も白いしね~~。私なんて子供と公園行って日焼けしまくり」
「髪もツルツルだし、そういえば私美容院行ったの5ヶ月前だわ。」
「かわいいネイルができて羨ましいな」
「それ新作のバッグでしょ。私なんて子供産んでから自分のものなんて一切買ってないからね。」
から始まり、旦那の愚痴大会に子供のこと。私のことを褒めるフリをして「こんなに頑張っている私ってすごいでしょ」というようなアピールをしてくるように思えてしまう。
私は、話になんてついていけるわけがなく、ただ相打ちを打ちながらコーヒーをすする。
すると、彼女たちは「授乳中だからコーヒーもノンカフェインじゃなきゃいけないんだよね・・・お酒も飲めないし」
だなんて話だす。
私だって結婚したいし、子供だって欲しい。
きっと彼女達にとっては一切嫌味も悪気もないのだろうがこれを嫌味に捉えてしまう私は心が狭いのだろうか。
私の名前は、宇月琴音(うづきことね)今年で26歳になる。
私は、森と田んぼで囲まれた田舎に生まれ田舎で育っている。
誰かと誰かが付き合い出せばすぐに噂が広まって両親にはもちろん友人の親までもが交際を把握していることになり近所のスーパーに行けば必ず「〇〇くんと付き合ってるんだって?」「〇〇ちゃんに告白したんだって?」なんて話かけられてしまう。
娯楽も大きなショッピングモールもない場所で唯一楽しいのは「噂話」だった。等の少年少女たちは、そのような環境の中でどんなに想いを寄せていようが動じることもなく告白をしてくるような男らしい男の子はおらず、高校まではろくに恋愛経験をしてこなかった。
しかし、同級生達は高校を卒業すると都心へ進学する人はごくわずかで、地元で就職し結婚というコースを辿る子が多く。大半がもう既婚者であり、子供もいた。
そんな中、私は親を説得し東京の短大へ行き今の会社に入社して営業をやっている。
今思えばこのクソがつくほどの田舎に生まれて、東京という場所に人一倍憧れを抱いていたのだろう。
そして、行く行くは玉の輿にのり、タワーマンションに住み、常に美容には気を使い、幸せラブラブな結婚生活を・・・
だなんて考えていたが現実はそうではない。
仕事終わりに鬱陶しく雨が降り続く中、駅まで歩く。
疲労感、空腹に耐えながら満員電車に揺られ、また駅から数十分ほど歩き、高校を卒業してからずっと住み続けているアパートへと向かう。
上京当時は、人混みに酔い、複雑な路線図に頭を混乱させられていたが今は自分もその人混みの一部となり、路線図など見なくても行きたい場所へ行くために的確な電車を選べるようになっている。
キャバクラのキャッチやナンパも上手にかわせるようになった。
東京へ来た頃は、「都会になんて染まらない」だなんて思っていたのに、気がつけば「東京の人」になっていた。
傘をさしているのにもかかわらず、ヒールの中に雨が入ってきてつま先が濡れていて気持ち悪い。使い込んだ皮のバッグも少し奮発したお気に入りのスーツも濡れてきたので、足早に部屋に向かう。
辿りついた部屋のドアを開けると明かりがついており、お風呂場から冷蔵庫までの間に足跡のように水滴が垂れて濡れている。思わず心の中で、またか・・・と呟く。
私は、それに気がつかずにその水滴を踏むと、生暖かい水滴の温度が雨で濡れた自分のストッキングに伝わると気持ち悪さと苛立ちを覚える。
本当は、大きな声で叫びたいけれどイライラした気持ちを押し殺し、心の中でため息をすると、「おかえり」と気だるそうな低い声が聞こえる。
その声の主は、私の彼氏の相崎祥(あいざきしょう)。
私が思い描いているエリートサラリーマンとは、真反対の容姿で、髪はブリーチをして白に近い銀髪に、背中と腕にはタトゥーが入っている。睨まれると怖いけれど、切れ長の目と長いまつげ、元バスケ部で185センチと身長も高く原宿を歩いているとよくモデルのスカウトが声をかけてきたり、サロンモデルを頼まれたりすることもよくあった。その度に髪型がよくコロコロと変わり奇抜な髪色や奇抜なカットをされて別人になる時がよくある。
今日も、お風呂に入った後にろくに体を拭かずに冷蔵庫に直行したのだ。
何度注意しても聞く耳を持たないため琴音は静かにタオルで床をふく。
ここのところ掃除がなかなかできていないのでちょうどいいとプラスに考えていた。
祥とは同棲をしているわけではない。
都合のいい時に都合のいいように私の部屋を利用している。
駅が近くて立地が良い場所だからだ。
そして彼が望めば料理を作るし、掃除や洗濯も当たり前のようにする。
当然のことながら、家賃や食費は一切もらったことがない。いわゆる「ヒモ男」なのだ。
祥は、二つ年下で出会いは学生時代のバイト先が同じで、整った顔と細い上に鍛えられた体がバイト先の女子たちを魅了していた。
小学校からモテていたようでバレンタインはチョコレートを大量にもらい持ち帰るのが大変だったそうだ。
私も、初めは「都会の男の子はかっこいい人が多いんだな」と考えていた。
でも私は、全体を通して彼のことはタイプではなかったのだが、彼からの猛烈なアタックと、強引なアプローチに恋愛経験が皆無の私は「彼氏が欲しい」というそんな気持ちから告白にOKをしてしまったという始まりだった。
だって、こんな強引でチャラくて、モデルのような男は、自分が生まれ育った村にはいなかったのだ。
だからこそ、彼との日々は私にとって新鮮で、花の短大生活を色鮮やかにした。
私が、地元の友達と再会し、彼の写真を見せると「モデルみたい」「芸能人みたい」「都会の人だね」と言われることが多々あった。それが嬉しいような嫌味にも聞こえるような気がしている。
付き合って長くなるが祥からは、結婚の「け」の字も出てこない。
なぜなら、2浪をして今の大学に入っているため、周りは4大を卒業し、就職をしているにも関わらず現在大学生。単位もギリギリで素行も悪い。
そして、祥は顔やスタイルが良くても中身は最悪だった。酒もタバコもギャンブルも全部好き。それでいて、父親が会社を経営していて、大学を卒業したらそこにお世話になるというレールがしっかりしかれたおぼっちゃまで、自分のこともろくにできない。自由奔放でわがまま。
「別れればいいじゃん。」周りにも言われるし、私自身もそう思っていた。
でも、今別れてしまったら彼氏なんて一生できない気がするし、出会いがない気がして怖い。
それでいて祥は私にとっての初めてだった。恋愛もセックスも。
どんなに、悪い男でも、自分がいい女でも、比較対象がないことで別れを切り出すタイミングを失っていた。
家についた私は、濡れたスーツをハンガーにかけて服を脱いでいく。雨に濡れたストッキングが足に張り付き脱ぎにくい。
「ストッキング脱いでる琴音っていつも思うけどエロいよね。なあ、しようよ。」
祥は、着替えている時に後ろから抱きつき同意も得ずに服の上から胸を触る。仕事終わりでどっと疲れた体がそれを拒否する。でも、それを拒んだら嫌われてしまうかもしれない。
私は、拒みもせず受け入れもせず人形のように祥に流されていく。
もう気がつけば、胸を触られることに快楽はなく、痛みさえ感じており、下半身もここ最近全く濡れなくなってしまった。
強引に、挿入をされて痛みが走る。
でも祥が達するまでの五分間我慢すればそれでいい。
息を吐きながらリラックスして、受け入れる。痛みや苦痛ではなく別のことを考える。
天井のシミを数えている間に終わるだなんていうのを聞いたことがあるけれど、天井にシミなんてない。
今日の夕飯何にしようか・・・なんて考えている間に、生暖かいどろっとした液の感覚が、コンドーム越しに伝わる。
ああこれで解放される。
:
ふうと一息ついて、満足そうな顔をしている祥を見て私は安堵した。
よく雑誌に載っているような、少しエッチな漫画の中の愛を確かめ合うセックスってなんだろう。
イクってなんだろう。
私は26歳でありながらそれを知らない。
こんな日々が付き合ってからずっと続いている。
祥に嫌われないために、殴られないために。
祥は、自由奔放でわがままであるが優しかった。
年下ながらに一人の女性として私を扱ってくれて、誕生日も記念日もちゃんと覚えていてくれる。
でも、それは当たり前のことなのだろうか・・・私にはわからない。
でも、時々何かの拍子にネジが外れて別の人格になり、殴られることが何度かあった。
いつか変わってくれると思っていた。
大学を卒業したら、就職したら、結婚したら・・・きっときっかけがあるのだと。
今は、思い通りにいかなくてイライラしているだけだと。
彼の話は、地元の友達や家族にはできなかった。いつも会話には彼のいいところだけを話すようにしている。
いいところだけを切り取りとって貼り付ければ顔の整った私を愛してくれる好青年なのだ。
私は、下着を身につけながら夕飯はどうするかと問うと、「いらない。これから出かける」と祥はタバコを吸いながらいう。
私は、タバコが嫌いだった。
自分はタバコを吸わないのに、いくら家の中でタバコを吸わないで言っても、聞かない祥のせいで、壁も黄ばんでしまった。タバコの灰が机の上に溜まるのも嫌だった。
それが嫌だと、やめてほしいとしっかり伝えることができたならよかったのだが、嫌なことに目を背けていた。向き合おうとすれば離れてしまう気がしたから。
祥が支度をして出て行くときに、私はいつも笑顔で送り出す。いつも素っ気ない返事をして出て行く。
出会った頃のように、私のことをまだ思ってくれているのだろうか・・・
しっかりと目を合わせたのいつだろうか・・・
「どこにいくのか」「誰といくのか」をもっと問い詰めれば嫌われてしまうかもしれない。束縛をしているみたいで嫌な気持ちが不自然な作り笑顔を作り上げていく。自然に二人で最後に笑いあったのはいつだっけ?
でも、二人が離れてしまうきっかけはここにあったのかもしれない。
ー本当は行って欲しくないのに、一緒にいて欲しいのに
あの時にそんな風に言えたならよかったのかな・・・
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