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一章 ゲームスタート

第9話 希とハル

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 「……どうも」

 僕は大勢の人に注目されている中、何とか一言だけ捻り出し女優さんに会釈をする。
 これをする前に、一瞬何のことかと呆けてやり過ごそうかと頭を過ぎったけど、顔を引き攣らせている時点で言い逃れが出来ないだろうから諦めた。

「どうも。昨日は貴方のお陰で助かったわ。貴方が少しでも遅れていたら、私はどうなっていたことか。本当にありがとう、感謝してるわ」

 そう言って、深々と頭を下げる女優さん。

「……お役に立てたのなら何よりです。じゃあ、僕は用事があるのでこれで」

 この居心地の悪い場から一刻も離れたい僕は礼を受け取ると、彼女のお陰で出来た隙間を通り抜けようと動く。
 けど、それは女優さんが僕の手を掴み引き止められたせいで叶わなかった。

「……えっと、何か?」

 先程のやり取りでもう話が終わっていると思っていた僕は、彼女の行動に首を傾げる。

「この程度では、私の気が晴れないの。後日またお礼をしに貴方のクラスを伺ってもいいかしら?」
「……別にいいけど。スキャンダルとかそういう面倒なのになるのは嫌だから、そこだけ気をつけて欲しいかな」
「ふふっ、分かってるわよ。今みたいに、皆んなにもお礼だってハッキリ分かるようにして行くから」

 確かにこれだけ多くの人達が見ているなら、スキャンダルが起きた時に嘘だと証言出来るだろうけど、出来れば遠慮願いたい。
 僕は、またこんな注目を浴びなければならないのかと今から少しだけ憂鬱になる。

「明日は仕事があるから明後日お邪魔すると思うわ。悪いわね、用事があるのに引き止めちゃって。えっと……ごめん。最後に名前だけ聞いてもいいかしら?」
「……双葉紫音です」
「双葉紫音ね。多分知っていると思うけど、私の名前は針崎希って言うの。以降、よろしくね双葉君」
「……こちらこそよろしく。針崎さん。じゃあ、今度こそこれで失礼させてもらうよ」
「うん、またね」

 お互い自己紹介を終えたところで針崎さんはようやく手を離し、使っていなかった方の手を振る。
 僕もそれに対して軽く手を振り返し、すぐさま学校を出た。
 その後、クマから名前を聞いていたけど名前を覚えられていなかった僕は、ボロが出なくて良かったと胸を密かに撫で下ろすのだった。

 


 同時刻 シオン視点

「さて、シオン君。何か私に申し開きは何かあるかな?」
「本当すいませんでしたーーー!」

 現在、俺はこのギルドで一番美人と称される美人受付嬢のハルさんに土下座をして謝っていた。

「もう!あれだけ私言ったよね。ゴブリンは駆け出しの冒険者が五人で戦わないといけないくらい危ないモンスターで、街の外に出るのはパーティを組んでからだって!」

 その理由は、ハルさんの発言からも分かる通り『モンスターと戦いに行くのはパーティを組んでから』という言いつけを破って、俺が単独でゴブリンと戦ったからである。
 紫音が、初めて協力してくれた喜びと色々衝撃的なことがあったから、このことがスッポリ頭から抜けていた。
 だから、ゴブリンの討伐証明を出せばこの極貧生活を抜け出せると、意気揚々と冒険者ギルドに訪れハルさんにゴブリンの耳を見せてしまったのだ。その結果がこれである。

「君のスキルは『聖剣技』や『マジックブースト』、『獣化』みたいに格上の相手を倒せるようなスキルじゃないんだよ。他人に自分を動かしてもらうだけのスキルで、君自身が強くなるわけじゃないんだからね。今回はたまたま、その人が強い人だったから良かったものの。もし、そうじゃなかったら君は死んでるんだから!」
「ごめんなさい」

 声を荒げ心の底から俺のことを考えて叱ってくれているハルさん。
 俺は申し訳なくてただ頭を下げて謝ることしか出来ない。
  ハルさんの言う通り、今回は紫音がたまたま強かったから何とかなっただけだ。シオンが仮に弱ければ、俺は今頃あっさりあの世に行っていた。
 それくらいに危険な行動。叱られて当然である。
 
 だが、それでもあれは俺が冒険者として生き続けるためには必要な行動だったと思う。

 紫音が協力してくれなかったこの半年の期間で、俺はレベルが上がらないゴミのレッテルを貼られてしまい、パーティを組んでくれるような奴はもうこの町にはいない。
 
 そのため紫音の協力が得られた後、ハルさんの言いつけ通りパーティを組んで、ゴブリンを倒しに行くなんて無理だ。

 強くなるには、この最底辺を脱却するには、この賭けに勝つしか俺には道がなかった。

 だから、申し訳ないとは思っているが反省はしていない。

「もうちょっと物事を考えてだね……………」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「……ハァ~」

 ただ、同じように謝罪の言葉を繰り返していることから、ハルさんもこれ以上何を言っても無駄だと判断したのだろう。説教を止め、大きな溜息を吐いた。

「もう、いいわ。査定してくるからここで待ってて」
「うっす」

 ハルさんはゴブリンの耳が入った袋を持って、カウンターの奥へと引っ込んだ。
 そして、数秒後。
 
「シオン君!何で貴方ゴブリンだけじゃなくて、ボブゴブリンやゴブリンナイトまで倒してるの!?」
「へ?」

 物凄い形相を浮かべながら、戻ってきたハルさんに問い詰められ俺は間抜けな声を上げることしな出来なかった。


 
 
 
 
 

 


 

 

 



 
 
 

 
 

 

 

 

 
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