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11.勇気ある撤退

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カイルの部屋・・・

目が覚めて、改めて部屋を見回してみる。

隣にもうカイルはいなかったけれど、手を伸ばすとまだシーツは温かかった。


また信じられないわ。
私、カイルに抱かれたのね・・・



ベッドの上、思わず両手で顔を覆う。
そのままくるりと転がると、シーツからふわっとカイルの匂いがして、しばらくうつ伏せて堪能してしまった。


コンコン

慌てて起き上がり返事をすると、また昨日の侍女さん3人組が入ってきた。


「おはようございます、お嬢様」
「おっ、おはようございます」

3人ともそれぞれに荷物を抱え、入るなりあれやこれやと忙しく動き回っている。

「まぁまぁ、これはまた・・・ほんとプレスティッジ家の殿方はどうしようもありませんね」


侍女の1人が私の身体を見て呆れたように言うので、なんのことかと首を傾げたら、

「すぐにお分かりになりますよ」

と、とてもいい笑顔で言われた。

侍女さん達はみんなニコニコしながら昨夜のように「さぁさぁ」と私を促して、バスルームへと連れて行ってくれる。

股の間にものすごく違和感があって、正直とても歩きにくい。
足元が思った以上にふらついてしまった。

でも、彼女達は慣れた様子で私をしっかり支えつつ身体を洗ってくれた。

もともと身体は拭き清めてあったのだけれど・・・カイルかしら? どうしよう、恥ずかしすぎて顔を合わせられる自信がないわ・・・

「ひっ」

バスタブに浸かって気づいた。
なんなのこれ?

二の腕や足、お腹など肌の柔らかいところに無数の赤い跡。
それから・・・

胸元の、これは一体何⁈

私がまじまじと胸の谷間の紋章?を見ていると、

「お嬢様、そちらについてカイル様から聞いておられますか?」

「いえ、何も・・・」

「では後ほど、カイル様が説明してくださいますからね」

一番年長の侍女さんがにっこり笑って、私を安心させるように言ってくれた。

昨夜、突然素っ裸にシーツ一枚でやってきた私にもここの侍女さん達はほんと優しい。

お風呂から上がり、髪を乾かして軽くお化粧まで施してもらった。

ここまでの流れるような手際の良さに、否が応にも彼女達が普段からこういった場面に慣れていることが伺えた。

浮かれきっていた私の心は、だんだんと落ち着きを取り戻していく。

カイル、素敵だものね・・・

侍女の皆さん、なんの疑いもなく私みたいなのを受け入れてくださったし。

このワンピースにしたって、襟ぐりは首元までしっかり詰まっている上、首筋やうなじまで隠れるようにレースが立ち上がっている。スカート丈も足首まで隠すタイプがわざわざ用意してあるということは、身体に残るキスマークが見えないように配慮したものを最初から用意してあったってことで・・・

しかも靴までぴったり。
常時、各種各サイズ揃えてあるのかしら・・・?



この辺りで、私の頭はもうすっかり平常運転に戻っていた。


カイルって、一体どれだけ女の子を連れ込んで遊んでいるのかしらね・・・
かなり慣れている風だったし。


考えるとチクリと胸が痛む。
私は首をブンブン振ってそんな思いを振り切った。


「しばらくすればカイル様が戻って来られます。まずはこちらで朝食をとってくださいませ」

「落ち着かないでしょうから私どもは一旦失礼しますね」

「でも、廊下に控えておりますから何かございましたらご遠慮なくお声掛けくださいませ」


と、3人それぞれ感じよく言葉をかけてくれたあと部屋を出ていった。





さすがプレスティッジ侯爵家の朝食だわ。
すっごく美味しそう。


それなのに、なぜかあまり食欲も出なくて、簡単につまんだだけで手が止まってしまった。


考えてみると、昨日の卒業パーティーは途中で抜けだしたまま。
学園寮に残した私物は大方まとめてはあったけれど、昨日カイルの部屋で脱ぎ散らかした私のドレスなんかは回収しないとマズイのではないかしら⁇


「取りに行かなきゃね・・・」


ええ、わかっているの。
正直いうと、カイルと顔を合わせるのが怖いのよ。

だって・・・
だって一回寝たくらいでカイルの何になれるっていうの?
たかが男爵家の三女が、王家の盾と誉高い名門プレスティッジ家の御子息にたった一晩お相手してもらったからって、ねぇ・・・


この胸の紋様が何を意味するのかはわからない。
あ、お手付きの証拠とかそんな感じかしら?
万が一、子供ができていた場合には証明になる・・・とか?


なんだか考えれば考えるほど頭が冷えてきて、私の中の常識が『身の程を知りなさい!勘違いしてはダメ!』と言い聞かせてくる。


よし、ひとまず寮に帰ろう。
私はカイルの机にあった紙と羽根ペンを借りて、簡単にメッセージを残した。


『カイルへ
3年間ありがとう。
忘れられない、幸せな夜でした。
 リナリー』


このまま会わないほうがいい。だって、会えばみっともなく縋ってしまいそうだもの・・・

夢のような素敵な時間を過ごさせてもらったのよ、リナリー。
当初の目的はもう十二分に果たされたのだから・・・


第7に配属後、私の最初の任務は隣国へ行って3年間潜伏すること。

・・・次、カイルの顔を見られるのはいつ?

それを思うと胸が詰まってどうしようもなかった。
けれど、どうしたってこれから離れ離れになることは変えられないのだから・・・

ごめんなさい・・・


私は自分の持つスキル『音速』を発動して、カイルの部屋の窓から外へと飛び出した。

私だって3年間、騎士科で遊んでたわけじゃないわ。
プレスティッジ家には各所に護衛騎士が配備されているみたいだけれど、極限まで気配を断って音速で移動すればなんとか私でも気取られずに門までたどり着けたわね。


やっぱりもう一回だけ振り向いて・・・

なんて考えて立ち止まると、不意に腰を抱かれた。


ーーっ!!


ビックリして、息が止まるかと思った。


「カイル?!」


抱き寄せられて見上げると、何故かとっても不機嫌そうなカイルが私を見下ろしていた。
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