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いつかのプロローグ
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今年成人したばかりの可愛い新人───彼の第一印象はそんなものだった。
新緑の若葉のような初々しさと、まだあどけない笑顔。
学園を卒業してすぐの仕事は慣れないだろうに、こまやかな気遣いとよく気の利く性格は皆に好まれ、それでいて丁寧な仕事ぶりが実に頼もしい、優秀な子だと思った。
容姿も成人男性にしては愛らしく、その外見と年が離れていることも相まって、上司と部下ではなく、つい年の離れた弟を見守るような気持ちで接してしまうこともしばしばだった。
そう思っていたのは自分だけではない。同じように、弟や息子を温かく見守るような気持ちでいた者は多く、彼のふんわりとした雰囲気が部署内の皆の密かな癒しとなっていたのは、公然の秘密だった。
そこにあったのは温かな情で、特別な熱を孕んだものではなかった。
息子や弟を想うような、ともすれば愛らしいマスコットを愛でるような、親愛を込めた穏やかな情───そうであったはずだった。
「メリア、くん…?」
王城のとある一室。誰もいなくなった部屋の中には、自分と彼の2人しかいない。
広い室内に置かれた自身の仕事机の脇、椅子に腰掛けた状態で、傍らに立つ彼を見上げた。
たった今まで、いつもと変わらぬ様子で言葉を交わしていた。特別なことなど、何も無かった。…無かったはずだ。
それなのに、なぜかふとした瞬間、彼の纏う空気が変わった。
静かに佇む彼から発せられる緊張感にも似た僅かな威圧に、名を呼ぶ声にはほんの少しの怯えが混じり、どうしてかとてつもなく逃げ出したくなった。
自分の方が彼より上背もあり、体も大きい。威圧感だってある…にも関わらず、今はこんなにも彼を怖いと思ってしまう。
バクバクと痛いほど脈打つ心臓を隠すように、本能的に後退ろうとするも、椅子に座った状態ではそれすらできなかった。
「…メ、メリアくん…」
なぜ、どうして、急にこんな…狼狽えながらも恐る恐るその名を呼べば、顔を逸らしていた彼の頭がゆっくりと動き、その瞳が真っ直ぐにこちらを見据えた。
「ッ…!!」
金色の瞳に宿った不思議な色の光。
それに射抜かれた瞬間、心臓が止まってしまいそうなほどの衝撃に体は固まり、吸った息を吐き出すことすら忘れた。
(……うそ、だ…)
嘘だ、なんで、彼が、どうして、なぜ、今───真っ白になった頭は、目の前にある事実を受け止めきることができず、いくつもの無意味な単語が浮かんでは消えていった。
Glare───彼の瞳に浮かんだ複雑な色の光…それは、Domだけが有する特別なオーラだった。
「……いけません、ベルナール様」
「ひっ…」
静かな部屋の中、低く響いたその声は、いつもと変わらぬ穏やかな声音のはずなのに、知らない男のそれのようで、ひくりと喉の奥が引き攣った。
「そのように無防備に、雄を喜ばせるようなことを仰って……襲われでもしたら、どうなさるんです?」
どこまでも優しげな柔らかな声と、愛らしい微笑み…いつもならばホッとするはずのその表情が、今はなぜか無性に恐ろしかった。
(なぜ、どうして…っ、だって、私は……!)
まるで───まるで、私がSubであることを確信しているような彼の言葉に、動揺から体の震えが止まらない。
一体、何が引き金となってこうなってしまったのか…それが分からない脳は、ただひたすらに混乱し続けた。
新緑の若葉のような初々しさと、まだあどけない笑顔。
学園を卒業してすぐの仕事は慣れないだろうに、こまやかな気遣いとよく気の利く性格は皆に好まれ、それでいて丁寧な仕事ぶりが実に頼もしい、優秀な子だと思った。
容姿も成人男性にしては愛らしく、その外見と年が離れていることも相まって、上司と部下ではなく、つい年の離れた弟を見守るような気持ちで接してしまうこともしばしばだった。
そう思っていたのは自分だけではない。同じように、弟や息子を温かく見守るような気持ちでいた者は多く、彼のふんわりとした雰囲気が部署内の皆の密かな癒しとなっていたのは、公然の秘密だった。
そこにあったのは温かな情で、特別な熱を孕んだものではなかった。
息子や弟を想うような、ともすれば愛らしいマスコットを愛でるような、親愛を込めた穏やかな情───そうであったはずだった。
「メリア、くん…?」
王城のとある一室。誰もいなくなった部屋の中には、自分と彼の2人しかいない。
広い室内に置かれた自身の仕事机の脇、椅子に腰掛けた状態で、傍らに立つ彼を見上げた。
たった今まで、いつもと変わらぬ様子で言葉を交わしていた。特別なことなど、何も無かった。…無かったはずだ。
それなのに、なぜかふとした瞬間、彼の纏う空気が変わった。
静かに佇む彼から発せられる緊張感にも似た僅かな威圧に、名を呼ぶ声にはほんの少しの怯えが混じり、どうしてかとてつもなく逃げ出したくなった。
自分の方が彼より上背もあり、体も大きい。威圧感だってある…にも関わらず、今はこんなにも彼を怖いと思ってしまう。
バクバクと痛いほど脈打つ心臓を隠すように、本能的に後退ろうとするも、椅子に座った状態ではそれすらできなかった。
「…メ、メリアくん…」
なぜ、どうして、急にこんな…狼狽えながらも恐る恐るその名を呼べば、顔を逸らしていた彼の頭がゆっくりと動き、その瞳が真っ直ぐにこちらを見据えた。
「ッ…!!」
金色の瞳に宿った不思議な色の光。
それに射抜かれた瞬間、心臓が止まってしまいそうなほどの衝撃に体は固まり、吸った息を吐き出すことすら忘れた。
(……うそ、だ…)
嘘だ、なんで、彼が、どうして、なぜ、今───真っ白になった頭は、目の前にある事実を受け止めきることができず、いくつもの無意味な単語が浮かんでは消えていった。
Glare───彼の瞳に浮かんだ複雑な色の光…それは、Domだけが有する特別なオーラだった。
「……いけません、ベルナール様」
「ひっ…」
静かな部屋の中、低く響いたその声は、いつもと変わらぬ穏やかな声音のはずなのに、知らない男のそれのようで、ひくりと喉の奥が引き攣った。
「そのように無防備に、雄を喜ばせるようなことを仰って……襲われでもしたら、どうなさるんです?」
どこまでも優しげな柔らかな声と、愛らしい微笑み…いつもならばホッとするはずのその表情が、今はなぜか無性に恐ろしかった。
(なぜ、どうして…っ、だって、私は……!)
まるで───まるで、私がSubであることを確信しているような彼の言葉に、動揺から体の震えが止まらない。
一体、何が引き金となってこうなってしまったのか…それが分からない脳は、ただひたすらに混乱し続けた。
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