私は認めません~自分の愛を優先して第二王妃へ格下げすると言われたので、婚約を破棄してもらいます~

キョウキョウ

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第15話 逃亡計画の破綻※カーラ視点

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 ケアリオット様を置いて逃げ出す方法を、私は必死に考えていた。

 王位継承権を剥奪されるなんて、あまりにも予想外の展開だった。でも、だからといって全てが終わったわけではない。私にはまだ武器がある。

 まだ若いし、美貌だって十分にある。他に権力を持った男性に言い寄ることなんて、造作もないはずよ。商家の娘として培った愛想の良さと、ケアリオット様との経験で身につけた上流階級への接し方——これらを活用すれば、新しい相手を見つけることも可能のはず。

 そう楽観的に考えていたのに、現実は甘くなかった。

 王位継承権剥奪の話を聞かされた後すぐ、王都から馬車で半日もかかる辺鄙な場所にあるこの屋敷に連れてこられてしまった。確かに建物は立派だし、調度品も豪華だけれど、何の意味があるというの?

「こんな田舎じゃ、まともな男性との出会いなんてあるはずがないわ」

 私は自分の部屋の窓から見える、うんざりするほど静かな田園風景を睨みつけた。見渡す限り、畑と森と小さな村があるだけ。王都の華やかさとは雲泥の差だった。

 貴族の男性と会える機会は激減してしまった。隙を見て頼れそうな男性を探しに行こうとしても、使用人たちの目があまりにも厳しすぎる。

「カーラ様、お一人での外出はご遠慮いただいております」

 執事のような老人が、丁寧だが有無を言わさぬ口調で私を制止する。

「少し散歩をするだけよ。この屋敷の周りを歩くだけなのに、何がいけないの?」
「申し訳ございませんが、お供をさせていただきます」
「必要ないわ! ついてこないでっ!」

 私が声を荒げても、使用人たちの表情も行動も変わらない。まるで、最初からそう指示されているかのように、規則正しく、機械的に私の行動を制限してくる。

 黙って屋敷を抜け出そうとしても、すぐに気づかれて止められる。一度、こっそり抜け出したことがあったけれど、すぐに見つかって、まるで逃亡犯のように連れ戻された。

「お怪我でもされたら大変ですから」

 そんな建前を言いながら、それ以来監視がさらに厳しくなった。もはや一人になれる時間すらほとんどない。

 まるで罪人を監禁するような扱いだわ! これは酷すぎる。私が夢見ていた生活は、こんなものじゃなかったのに。

 豪華な王宮で優雅に暮らし、大勢の侍女に囲まれ、美しいドレスを身にまとって、王妃として君臨する——そんな輝かしい未来を思い描いていたのに、現実は田舎の屋敷での軟禁生活。

 理想と現実の落差に、私の心は焦りと苛立ちでいっぱいになった。



「やっぱり実家に相談してみましょう」

 私は使用人に頼んだ。商家としてのネットワークを使えば、何か良い打開策が見つかるかもしれない。両親は商売上手だから、きっと私を助ける方法を知っているはず。

「承知いたしました。すぐに手紙をお送りいたします」

 最初は楽観していた。きっと忙しくて返事ができないだけでしょう、そう思っていた。それなりに規模の大きな商家だ。王太子の恋人の実家として注目されて、仕事が増えていたはず。

 でも、一週間経っても返事が来ない。二週間が過ぎても、音沙汰なし。

「どうなっているの? まだ連絡がつかないの?」

 私の声には、明らかに苛立ちが込もっていた。

「申し訳ございません。何度も手紙をお送りしているのですが、連絡がつきません」

 使用人の困惑した表情が、事態の深刻さを物語っている。

「もっとちゃんと調べなさいよ! 店に直接人を送るとか、実家の近所の人に聞くとか、方法はあるでしょう?」
「はい、可能な限り調査いたします」

 同じような会話が何度も繰り返される。徐々に、嫌な予感が胸の奥で膨らんでいった。

 そして一ヶ月後、ようやく明らかになった詳細は、私の最悪の予想を遥かに上回る絶望的なものだった。

「商会は、店舗を閉じて一家でどこかに移られたようです。近隣の人たちや取引していた商家に聞いても、行き先は誰も知らないとのことで」

 私の顔から血の気が引いた。

「嘘でしょう? もっと詳しく調べて! 絶対に何か手がかりがあるはず!」

 でも、調べれば調べるほど、絶望的な真実が浮かび上がってきた。店は確実に閉まっている。家財道具も全て持ち出された後だった。近所の人たちも、ある日突然いなくなったと証言しているらしい。

 おそらく——いや、間違いなく逃げたのよ。私を置いて。

 「最低……最悪……!」

 私は部屋で一人、枕に顔を埋めて叫んだ。

 家族に見捨てられた。血の繋がった家族に、完全に見捨てられたのよ!

 こんなひどい裏切りがあるでしょうか。これまで散々、王太子の恋人として家族の地位向上に貢献してきたというのに。ケアリオット様からの贈り物や報酬の一部を、惜しげもなく家族に分けてあげていたというのに。

 それなのに、状況が悪くなった途端に私を見捨てて逃げるなんて!

「人として最低だわ。卑怯者よ。恩知らずの最悪な奴ら!」

 私の心の中で、罵詈雑言が次々と溢れ出した。

 危険になった途端に娘を見捨てて逃げるなんて、親として、人として絶対に許せない。私がこれまでどれだけ家族のために尽くしてきたと思っているの? 王太子との関係を利用して、どれだけ商売に有利になるよう働きかけてあげたと思っているの?

 絶対に見つけ出して復讐してやる。必ず報いを受けさせてやる。

 だけど、現実的に考えて、どうやって見つければいいの? 手がかりも何もない。お金だって、ケアリオット様から貰ったアクセサリーなどを売ったとしても限界がある。それだけでは生きてはいけない。

 私は窓辺の椅子に座り込んで、ぼんやりと外の景色を眺めた。

 逃亡ルートが完全に封じられてしまった。新たな男性への接近機会もない。財産も限られている。そして今や、頼りにしていた家族からも見捨てられた。

 八方塞がりという言葉が、これほど身に染みて理解できたことはない。

 そして、私に残された選択肢は——

 やはりケアリオット様にどうにかしてもらうしかない。

 皮肉なものよね。あれほど見限ろうとしていた男性に、結局は頼るしか道がないなんて。

 ケアリオット様は、まだ何かするつもりでいるようだった。昨日も書斎に籠もって、何やら熱心に書類を見つめていた。会いに来た貴族たちと話し込んだりしている。その時の表情は、諦めというよりは復讐心に燃えているように見えた。

「ミュリーナと、兄のアルディアンが全ての元凶だ」
「あのとき、ミュリーナがもっと賢く立ち回っていれば、こんなことにはならなかった」

 そんな愚痴を延々と聞かされるのは正直うんざりだけれど、今の私には他に選択肢がない。

 その危険な真似に巻き込まれるのは嫌だったけれど、もう文句を言っている場合ではない。彼の成功を祈り、それに賭けるしかない。

 生存のためには、手段を選んでいられない。

「もう一度、ケアリオット様の愛を利用するしかないわね」

 私は深いため息をついた。選択肢が一つしかない状況というのは、思っていた以上に惨めで屈辱的だった。

 でも、プライドなんて今は贅沢品よ。生き延びることが最優先。

 今度こそ、失敗は許されない。もし今回も失敗したら、今度こそ本当に全てが終わってしまう。

 私は鏡台の前に座り、自分の顔を見つめた。疲労と不安で少し頬がこけているけれど、まだ美貌は健在だ。この顔が私の最後の武器。

「大丈夫。まだやり直せるはず」

 自分にそう言い聞かせながら、私は唯一頼りにするしかないケアリオット様の部屋に向かう準備を始めた。
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