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第二章 針の筵の婚約者編

遠慮しておきます

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 この御方は一体何を言っているのか。
 カーク殿下の女に……誰が? 私が? 何で??

 ぽかんとする私を余所に、今まで大人しく聞いていたリリオルザ嬢が声を上げる。

「ちょ、ちょっと待ってカーク様! 王子の貴方が何もそこまで…」
「そうか? 実は胎の子の父は俺だったと言う事になれば、大部分の問題は解決できると思うが」

 殿下はそう仰るが、私もリリオルザ嬢には同意見だ。ウォルト公爵家へ嫁ぐと言うだけでも大事だったのに、この上王太子候補のカーク殿下と!?
 伯爵家の私じゃつり合うわけがない。まあそれを言ったらリリオルザ嬢はもっと、なんだけれど。

「問題しかありませんよ。すぐバレるに決まっています」
「何故、決まっているんだ? お前の産む子が俺の種じゃないと、誰が証明できる?」
「ですから、王家の血には黄金眼球が……あ」

 そうか。チャールズ様以外の殿方に嫁いだ場合、生まれてくる子の目の色ですぐに出自がバレてしまう。だがカーク殿下ならどうだろう。まさに王家の直系じゃないか。

「加えて言うなら、俺とチャーリーは双鷹そうようの儀を行った事で互いの魔力の質は極めて近い。さらに従兄弟同士だから顔立ちが似ていてもおかしくはない。
もしも秋の式典での騒動を見ていた者が騒いだとしても、俺とお前の関係をカムフラージュするためにチャーリーを使ったの一言で押し切ればいい事だ」

 そんな強引な……言葉を失う私の前に、再び自信満々に手が差し伸べられる。

「俺ならお前も胎の子も守ってやれる。だから俺の元へ来い」
「え……遠慮します」

 おずおずと、だがはっきり私は言った。不敬かと思ったが想定内だったらしく、殿下は苦笑して手を下ろす。

「ほう……俺の提案を無下にするとは、チャーリーの奴も愛されているな」
「いえ、そちらではなくベアトリス様と敵対したくないので」

 さっきよりも強い口調で対峙する私に、彼女の名を出されたカーク殿下の眉間に皺が寄った。よっぽどベアトリス様が気に入らないらしい。

「トリスがこの件に関係あるのか」
「大ありですよ! 殿下の婚約者で、第二王子派筆頭の侯爵令嬢ですよ。絶対に、敵に回したくありません!」
「……お前の、従姉でもあるしな」

 表向きの理由を挙げ連ねていると、唐突に私たちの関係を突き付けられて息を飲む。チャールズ様との事もあり、調べられていてもおかしくはなかったが。だけど私がベアトリス様の敵になりたくないと言うのは、単に血の繋がりからだけではない。

「ベアトリス様は…とても真摯で一途な……淑女の憧れです。そんなあの方を陥れる事を画策し、チャールズ様に実行させた事……私はとても許せそうにありません」

 たかが伯爵令嬢如きが王子相手に許すも許さないもないのだが、嫁ぎ先としてあり得ないと言う事だけ伝わればいい。
 精一杯睨み付ける私を面白そうに口端を歪め眺めていた殿下は、ふはっと馬鹿にしたように笑った。

「真摯で一途な、淑女の憧れね……よくもまあそこまで猫を被れるようになったもんだ。あいつが兄上やチャールズにどんな仕打ちをしたのか、あの女の背後に誰がいるのか知っても、同じ事が言えるか?
俺こそあの女を絶対に許す事はできん。だが奴にも立場と言うものがあるから、チャールズに下げ渡すと言う形がギリギリだったんだがな」

 一体、殿下とベアトリス様の間にどんなやり取りがあったのか……当事者じゃない私には計り知れなかったが、それなら尚の事カーク殿下の案に乗るわけにはいかない。

「ともかく私には王子妃など、荷が重過ぎます。この場には公爵様もおられませんし、謹んで辞退させて頂きます」
「これしか方法がなかったとしてもか? チャーリーでは、完全に守り切れんぞ」

 魔王の如き囁きに挫けてしまいそうになるが、殿下の女になるのだけはダメだ。チャールズ様も色々大概だが、諸悪の根源はこの人じゃないか。本気で無理!
 そこへ現れた救いの手は、皮肉にもリリオルザ嬢だった。カーク殿下の袖を引き、説得を試みている。

「あ、あの…カーク様。本当に王族が誰にも見つからずに国外に脱出するのは不可能なんでしょうか」
「さっきもそう言っただろう。結界のために国境付近に設置された魔石は通常の五十倍の力で、黄金眼球の魔力を感知してしまう。逃れる事は不可能だ」

 冗談みたいな数値のアイテムが出てきたが、五十倍の魔力を持つ魔石とやらの話に心当たりがあった。ついこの間聞いたばかりの、ウォルト公爵子息の――想像して鳥肌が立ってきた。

「で、でもわたし、! その、チャールズ様の…」

 ごにょごにょと囁くリリオルザ嬢に、カーク殿下は納得したように頷いた。彼女も何やら通常では知り得ない情報を持っているようだった。

「そうだったな、お前は……確かに、王族でも結界に感知されない方法はある。
黄金眼球に反応するのなら、抉り出せば済む事だ」
「……は」

 恐ろしい事を何でもない事のように口にするカーク殿下に、私もリリオルザ嬢も絶句した。次の瞬間、急激な吐き気が込み上げてきて、必死に口元を押さえて嘔吐きを堪える。

(何言ってるの? 何言ってるのこの人、意味が分からない!)

 気持ち悪くて仕方がないが、ここで粗相するわけにもいかない。どうにか落ち着きを取り戻している間、カーク殿下はどこか呑気な口調で彼女と会話を交わしていた。

「スチルだったか……その時のチャールズはどうだったか?」
「そんなグロい事になってるなら、描かれるわけないですよ! ちゃんとかっこいい感じの変装にサングラスで目元隠して……あっ!」

 どうしてこの人たち、チャールズ様が国外逃亡を企てている前提で話しているのかしら。そんな事実はないし、チャールズ様の両目は健在だ。もちろんこの子にも、そんな恐ろしい事をさせるつもりはない。

(だから少し……黙っていてくれないかしら)

 吐き気が治まってもまだ呼吸が荒く、涙目になっている私を見下ろし、殿下は席を立つ。

「気分を害すような話ばかりだったな。だがどんな方法を取るにせよ、胎の子を守り切るには今ある大切なものをすべて捨て去る覚悟が要る。俺の女になる事は、その中で一番犠牲が少ないと言っておこう。
……チャールズとよく話し合って決めろ」

 話し合うも何も、殿下に命令されればチャールズ様なら従うしかないじゃないの。そうなったら私は…素直に受け入れられるのかしら。今は頭がごちゃごちゃしていて上手くまとまらないが、一度じっくりチャールズ様と話せる機会が必要だと思った。殿下への忠誠心はさておき、あの方の本心をきちんと知りたいと、初めて思ったのだ。

 ぐったりしてしまった私に見送りはいいと断り、殿下は部屋を先に出て行った。
 リリオルザ嬢と私を二人きりにして。

(……え?)

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