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エピソード1

貸与術師と大暴走

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 朧車が逃げられるくらい広い公道なのだが、当然人の往来や露天商など多くのエデンキア人が通りにいるため、暴徒たちは次々にそれにぶつかり津波のように全てを飲み込んで進んでくる。流石と思ったのは騒動にいち早く気が付いた俺の前方にいる商人はすぐさま店を畳み、路地へ避難し始めたことだ。通行人たちも同様にすぐに建物の中に避難したばかりか、待ってましたと言わんばかりに窓や屋根から暴走する『ワドルドーベ家』を見物している。

 ヱデンキア人は各ギルドの普段の行いのせいで暴動や爆発には耐性があるのだ。その上、ヱデンキア人は多くが魔法を使う為、暴徒の質が比べ物にならないくらいに悪い。

 思うが儘に風を起こしたり、花火を飛ばしたりと好き放題だった。

 ところで、いま進んでいる通りを横切る形で商隊が荷物を運んでいた。荷馬車や商人の服に施されたシンボルを見る限り、あれは十のギルドの一つ、『アネルマ連』の一団だ。朧車はその内の一つの馬車を吹き飛ばしてお構いなしに進んでいく。俺とワドルドーベもその合間を縫って進めたのでぶつかることはなかったが、後ろから迫る暴徒たちにそんな器用な真似ができるとは思えない。

 案の定、道の幅よりも内側にいた『アネルマ連』のギルド員と荷車は悉く吹き飛ばされてしまった。

「とんでもないことになってんぞ!」

 大規模な衝突となったせいで、暴徒たちの流れが少し緩まった。けど、俺まで足を止める訳にはいかない。この通りは長い直線なので見失ってこそいないが、朧車との距離は広がるばかりなのだ。

 その時である。

 俺達に敵意を抱いた二つの視線を感じたのだ。

 一つは背中から。

 そしてもう一つは上からだ。

 二つの視線の主は物凄いスピードでこちらに近づいてくるのがわかった。背筋が寒くなり、俺は思わず振り返ってその視線の主を見定めようとした。だが、その前に俺達の前に巨大な二つの影が立ち塞がった。

「止まれ! 貴様らが暴動の首謀者か!?」
「止まりなさい! 弁償してもらうわよ!」

 そこにいたのは家一軒はあろうかという巨大な狼とドラゴンだった。狼の毛並みは白く、ドラゴンの鱗は黒々としており、図らずもコントラストなっている。月明かりと街の灯の暖色とで両者の身体の色合いが余計に映えて見えた。が、表情は怒りそのものだ。二匹はお互いが喉を鳴らして、今にも噛みつかんと言わんばかりに鋭い牙を覗かせている。

「あちゃ~。ちょっと面倒くさいのが来たなぁ…いや、この場合はラッキーなのかしら」

 ワドワーレは顔見知りのようだった。だが今はこいつらの素性はどうでもいい。

「どいてくれ。今、危険なウィアードを追ってるんだ」
「ウィアードだと?」
「そうだ。それにあの暴徒と俺は関係ない。率いているのはこっちだ」
「! 貴様は『ワドルドーベ家』の…」

 やはり顔見知りなのは間違いなさそうだ。しかもこの反応はどう転んでも円満に解決しそうなそれではない。

「丁度良かった。あなたたち、手伝ってよ」
「ふざけるな!」
「そうよ。品物をぐちゃぐちゃにしておいて」

 ワドワーレの飄々とした口調に二匹は怒髪天を衝かんばかりになった。狼に至っては本当に毛が逆立っている。怖い。

 しかしワドワーレは飽くまで態度を変えず、人を舐めたように笑う。そして指を出し二人の視線を不意に集めるとそのまま俺を指差して言った。

「この子、ヲルカ・ヲセットよ?」

 その暴露に二匹は目を丸くして答えた。

「え!?」
「それは本当か?」
「ええ。ホラ市民証」
「あ、いつの間に」

 またしても気付かぬうちにすられた市民証を取り返す。しかし、俺がヲルカ・ヲセットであるという動かぬ証拠を突き付けられたことで二匹は怒りを沈め、半ば放心状態となった。

 俺がヲルカ・ヲセットだと気が付いたからと言ってそれが何だというのか?

「逃げるウィアードを追ってるんだけど、足が早くて追いつかないのよ。当然、助けてくれるわよね? 新しいギルドの仲間なんですもの」
「仲間?」
「そういえば初対面なの? 『ナゴルデム団』のナグワーと『アネルマ連』のアルル。どちらも坊やのギルドのメンバーよ」

 え? ということは、未だ顔も名前も分からなかったメンバーが偶然にもここで揃ったという事か。男がいるとかいないとか以前に人型ですらないのが若干二匹いるんですが、それは…。

 だがそれは今考えることじゃない。この二匹が俺に協力してくれる立場だというのなら、その事実だけで十分だ。

「お願います、助けてください。人を殺しかねない程、危険な奴らなんです」

 ドラゴンと狼は一瞬、どうしたらいいのか戸惑った表情を浮かべたが、すぐに獣特有の獲物を狙い定めた時の鋭い眼になり、それと同じくらいに鋭い声を出してきた。

「自分はどうすればいいのですか?」
「とにかく、奴の前に出てください。それができれば、俺が止められる」
「…了解」

 言うが早いか、ドラゴンは俺の襟首を咥えると自分の背中に乗せてくれた。鱗を掴むように指示されると、次の瞬間には俺は大空を舞っていたのだった。

 ナグワーと呼ばれた黒龍は朧車をはるかに上回るスピードで追いかけた。地上を走るのと違って障害物も何もかもを無視して、どんどんと距離を縮めていく。顔に容赦なく当たる風を何とか堪えながら苦し紛れに下を見れば、ワドワーレを背負って同じく朧車を追いかける巨大な白狼の姿があった。あちらも流石は狼といった動きで人込みを華麗に躱していく。

『ワドルドーベ家』の暴徒と『ナゴルデム団』の登場で、この通りはかなり先まで人だかりが分かれている。それを見据えた黒龍は最後の追い込みのあとに急旋回をかけて、朧車の前方を取る。振り落とされなかったのが不思議な程の衝撃と空気抵抗が骨にまで響いていた。

 正直、足は覚束なかったが、三体のウィアードをここで取り逃す訳にはいかない。特に人を殺傷する恐れのある凶悪な妖怪なのだから。

 まずは奴らの機動力の要である朧車に対処すべく、俺は右腕を鎌鼬の鉤着きの縄に貸与した。これは人を転ばし、足を止めることに特化した能力を持つ。移動する対象にはこの上なく有効のはずだ。

 牛車の車輪を目掛けてそれを振るう。まるで獲物に襲い掛かる蛇の如く幾重にも絡みつき、縄の先端には確かな手ごたえを感じた。車輪の片方の制御を失った朧車は勢いそのままにバランスを大きく損なって倒れこんだ。それでもすぐに止まる訳ではなく、横滑りにこちらに向かってくる。

 俺は今度は左腕を鎌鼬の鎌へと貸与した。あわよくば朧車ごと同乗している濡女子と縊れ鬼を真っ二つにする算段だった。同時に緑魔法を使い、筋力を底上げした。これなら勢いに押し負けることはない。目測通り、朧車を一刀両断することができた。

 だが、反対に言えば朧車しか両断することが叶わなかった。

 濡女子と縊れ鬼はそれぞれ左右に飛びのき、朧車を犠牲に寸でのところで俺の鎌を躱したのだ。

 二手に分かれた二匹は再び自力での逃亡を図る。一瞬、どっちを負うべきかを迷い、二兎追う者は一兎も得ずという諺を体現する形になってしまった。

「くそっ」

 しかし、その時。俺にも助け船が入った。

 縊れ鬼を黒龍が、濡女子をワドワーレと白狼が、それぞれ足止めをしてくれたのだ。

 黒龍は牽制とばかりに口から火炎を吐きだす。しかし、刹那の間だけ縊れ鬼を怯ませることはできたものの、決定的なダメージにはなっていなかった。俺は単純に見比べて近くにいるという理由で縊れ鬼に狙いを定めた。悪い気もしたが、いい位置にいてくれた黒龍をジャンプ台にして、縊れ鬼の頭上に飛び出す。そのまま身体を屈めると、前に宙返りする要領でかかと落としを叩きこんでやった。勿論、ただのかかと落としでなく、タイミングを見計らって右足を金槌坊の金槌へと貸与してやった。綺麗に脳天に攻撃を喰らった縊れ鬼は、失神するかのように倒れ込むと瞬く間に影となって消滅した。

 次いで俺は巨大な狼を相手に右往左往するばかりの濡女子に近づいた。

 すると濡女子は如何にも妖怪らしく、長い髪を更に伸ばし濡れ羽色の触手を蔓延させた。縦横無尽に伸びた髪の毛はその一本一本が意思を持っているかのように蠢いては触れたもの全てに絡みついていく。

 火でも燃やせず、物理的に切断しても驚異的な速度で再生してしまう髪の毛は不気味以外の何物でもなかった

 流石に危険だと肌で感じ取ったのか、追跡に協力してくれたドラゴンと狼とワドワーレの三人は大きく距離を取った。しかし、反対にその中に歩いて進んでいく俺の姿を見て慌てた様な声を出してきた。

「おい! 流石にそれは無理だろ」
「心配すんな。こいつの弱点は知っている」

 そんな返事を返している中、攻撃の間合いにでも入ったのか伸びきった髪の毛が一気に俺を襲う。だが、それは鼬の最後っ屁にもなっていない。

「やかましい!」

 と、ダメ押しの一喝を入れて濡女子を牽制する。髪の毛は動きを止め、目に見えて狼狽し始めた。そうして生まれた隙に蟹坊主のハサミを繰り出して、有無を言わさず濡女子を切断した。

 そうして三体のウィアードを無事に撃破した事で、ワドワーレ達は三者三様に驚きを表現した。特に火を吹き、身体を這って縊れ鬼に応じていた黒龍はいとも簡単にウィアードが消滅してしまったことにとりわけ唖然としてしまった。

「本当にウィアードを討伐できた…」
「へえ。半信半疑だったけど、本当にウィアードを対処できるんだ」
「ていうかアンタ、なんでウチの背中に乗ってんの!? 降りなさいよ」

 白狼はブルブルと身体を振るって、ワドワーレを振り落とそうと頑張っている。

 まずは目的通りに三匹のウィアードを退治できたことに安堵して、それから協力してくれた二匹と、一応はワドワーレにもお礼の言葉を述べた。

「ありがとうございました。おかげで無事にウィアードが止められました」
「自分は与えられた任務を遂行したまでです。それと、ギルド内での引継ぎが終わらず本日は事務所へ伺えず失礼をしました。明日からは予定通り、マスターと共にウィアード討伐に尽力致します」
「ウチも明日から頑張るんで、一つよろしく」
「では、自分は暴徒の鎮圧に向かいます」

 そう言って頭を垂れて一礼をした黒龍は再び大空へと舞い上がり、こっちに向かってきている暴徒の元へと向かって行った。今更だが、軍人みたいな喋り方をするドラゴンというのは、何だか新鮮な気がした。まあ、それで言えばフランクな口調の狼というのも珍しい気がする。

 狼もまた、俺に一礼して言った。

「ウチも散らばった荷物の片付けに…ていうかワドワーレ、アンタ弁償しなさいよ…あれ? いない…」

 さっきまでここにいたワドワーレは忽然と姿を消してしまっていた。キョロキョロと見回してみてもやはりそれらしい影はない。手品師のような恰好は伊達じゃないという事か。

 狼は俺に別れを告げると気落ちしながら、トボトボと来た道を戻って行った。何だか気の毒に思ってしまったが、幸の薄い狼というのも中々新鮮だな、などと不謹慎な事も考えてしまっていた。
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