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エピソード1

貸与術師と十人のお姉さん

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 ◇

「…おはようございます」

 翌日。事前の打ち合わせ通りの時刻になると、サーシャさんを筆頭に中立の家に待機していた10人が事務所の移転の作業のためにわざわざやってきてくれた。各々が十人十色の挨拶を俺に飛ばしながらぞろぞろと中に入って行く。最後に通りに目をやると、おおくの通行人が立ち止まり、一体何事かと様子を伺う視線を向けてきていた。

 全員が十あるギルドの中でも、そこそこの知名度を誇る顔ぶれなのだ。それがよりにもよって他のギルドの構成員と徒党を組んで歩いていたら、そりゃビックリするのが正しいヱデンキア人の反応だろう。あのウィアード対策室でさえ、顔を合わせるのは会議室の中くらいのもので現場ではギルド単位で動いていたと聞いている。

 かくいう俺自身とこの事務所も、ウィアード退治の功績からこの界隈ではまずまず名が知れている自負はあった。ビックリする面子が驚くべき場所に集っているのだから興味か、もしくは危機感を覚えるのは当然だ。俺も逆の立場でその場に居合わせたらしばらくは事の成り行きを見守っていたと思う。

「うっわ。せまっ」

 表のドアを閉じてクローズの看板を掛けると、マルカさんが第一声を飛ばした。そりゃ中立の家やギルドの本拠地に比べればウサギ小屋みたいなものだ。

「一人で活動するには十分だったもので」
「これは…ヱデンキアの地図に歴史書、年代書記じゃのう。おや、ギルド史まであるではないか」

 カウォンさんは片付けや整理をするふりをして部屋を物色し始めた。見られて恥ずかしい物は置いてないからいいけどさ…置いてなかったよな?

 妙な杞憂が生まれもしたが、それよりも気になっている事の解決を急ぐことにした。俺は皆に当たり前にくっ付いて入ってきた見知らぬ女性二人に、失礼ながら声をかけてみた。

「えっと…そちらのお二人は?」

 すると、少々不機嫌に立腹したような返事が返ってくる。

「ちょっとギルドマスター。昨日お会いしたじゃないですか!」
「無理もないかと。自分たちは姿を変えていたので」
「あ、そういえばそうだった」

 昨日会って、姿を変えていた? その二つの情報から一つの推理が発生した。ヱデンキアは決してあり得ない話じゃない。俺は二人に向かって、恐る恐る確認してみた。

「もしかして、昨日のドラゴンと狼ですか?」
「はい。改めまして自分は『ナゴルデム団』のドラゴニュートで、ナグワーと申します」
「ウチはアルル。人狼で『アネルマ連』に入ってます」
 やっぱりそうだったか。

 それを確認した上で、改めて二人の姿を見る。

 ナグワーさんは全身に『ナゴルデム団』の象徴とも言うべき赤と白が基調となったアーマープレートを身に着けている。隙間からは褐色の肌と龍の鱗が見え隠れしていた。兜のせいで頭の全容は分からなかったが、何となく黒髪なのだろうというイメージが勝手に湧いてきた。

 次に見たアルルさんは、狼の時と同じくらい白い髪の毛が特徴的だ。ワドワーレの人為的に脱色したような不健康な白さではなく、あくまで自然のきめ細かな白さがあった。黄緑色の布地に幾何学模様が施されたバンダナにそれがよく映えている。本人の動きやすそうな格好と相まって、どこかの酒場の看板娘のような印象を持った。

「ああ、どうも。ヲルカです。昨日はありがとうございました」

 俺も改めて二人にお礼を述べる。すると、ワドワーレを除く全員が、ドラマで決定的な証拠を見つけた刑事のような顔つきになって俺たちに質問してきた。

「しばし待て。お主ら昨日、ギルドマスターにお会いしたのか?」
「うん。ウチとこっちのナグワーとでウィアード退治を手伝ったよ」
「オレもいたじゃないの」

 自然に省られていたワドワーレがわざとらしく頬を膨らませて抗議する。しかし、誰もそれを意に介さず詰問を続ける。

「ちょっと! いつの話よ?」
「昨日の22時過ぎくらいだったっけ?」
「ギルドマスター殿。昨日、我らと別れた後に、またウィアードと接触を?」
「ああ、いや、その…実は」
「なんで私たちを呼びに来てくれなかったの、ヲルカ。あ、違う。ギルドマスター」

 そうだよね。そりゃこういう流れになるよね。こっちを不審に思う14の眼が痛い。ただ、呼びに行かなかったのは申し訳ないが、こちらにも真っ当な言い分はある。

「人を襲うタイプのウィアードだったから、みんなを呼びに行ったら見失って大変なことになると思って…」
「ま、実際にオレの店で客が殺されかけてしまいましたものね、ご主人様」
「え? 殺されかけた? 生きていたんですか、あのゴブリン」
「一命は取り止めていましたから、ご安心ください」
「そっか、よかった」

 てっきり死んだものかと勘違いしていた。あんな店にいた客だから禄でもない奴なのは安直に予想できるが、やはりウィアードの手に掛かって誰かが死んだというのは後味が悪いものだ。助かってくれるに越したことはない。

 俺が安堵のため息をついていると、俺を不審がる視線が強くなった気がした。しかも14の瞳の数が18に増えている。

「え?」

 振り返ると、やはりワドワーレを除く9人が身を引きながら、警戒するような目つきで見てきていた。言葉にはなっていないが、針の筵という状態そのものである。

「…マスター、わたくし達と別れた後にワドワーレさんのお店に行かれたのですか?」
「え? はい」

 質問の真意が汲み取れず、俺は素直にそう答える。すると、ますます皆が蔑むようなオーラを放ってきた。

 そうしたところ、すかさずカウォンさんとタネモネさんが皆の前に立ち、俺にフォローを入れてきた。

「皆、落ち着け。儂らがとやかく言うべきことではない。ギルドマスター様も年頃の男子じゃ」
「うむ。そのような事に興味があって何の不思議があろうか」
「しかしギルドマスターとは言え、まだ未成年ですよ」
「ヲルカのヘンタイ…」

 ヤーリンとみんなのその反応を見て、俺はようやく得心がいった。

 俺と違って皆は他のメンバーが普段、どこでどんな仕事をしているのかをある程度把握している。当然、ワドワーレが『ワドルドーベ家』の一員としてあの店を任されている事は承知の上だろう。女性に向かって、あんな性欲の権化ばかりが集まる店に行ったなんて堂々と言えば、そりゃそんな反応されるに決まっている。俺は焦って弁明をした。

「ちょっと待って。俺がこの人の店に入ったのはウィアードを追いかけていたからであって、別に他意があったわけじゃないよ。店の中では何もしてないし」
「何もしてないっていうのは酷くないですか、ご主人様。オレの唇を奪っておいて」
「ちょっとヲルカ、どういう事!?」
「アンタが無理矢理してきただけだろ!」

 それからは事務所の移転作業については「そんな事、今はどうでもいい」の一言で脇に置かれ、根掘り葉掘り昨日の出来事を説明する羽目になった。

 新ギルドの設立を引き受けて初めて十人のメンバー全員と顔を合わせることのできたこの記念すべき日は、俺が風俗店に入った事に対する弁解と、そこでは皆が想像するような事は何一つとして起こっていないという事の釈明とを、うら若き女性たちにするという羞恥プレイで始まったのである。

 誤解をどうにか解くと、その頃には俺はぐったりと疲れてしまった。まだ何もしてないのに。

 だが息をつく間もなく事務所の移転作業が始まったので、何とか気力を振り絞って箱詰めや不必要な物品の仕分けなどを手伝い始めた。今後この事務所は完全に引き払わずに、倉庫兼拠点の一つとして使う事になっている。なので中にある荷物を全て移動する必要がないのは助かるところだった。中立の家には家具や棚の類は揃っているので運ぶ物は更に限定される。荷造りを完了してみれば、十数個の箱に収まるほど量だった。事務所の規模を思えばかなり少ない量だ。一人一箱持てば十分に運びきれるだろう。

 とは言えどもこのメンバーに雑事のような事をさせる方が気が引ける。

 昨日の濡女子たちを退治した帰り道に、俺は書店に寄ったのだ。そこでギルド名鑑なるものを購読してみた。それには過去二百年分のギルド員コンテストの情報が記載されていた。ギルド員コンテストとは各ギルドが自らの組織の宣伝広報のために毎年開催している催し物だ。功績を残した者や優秀と称された新人などを表彰する… という体裁を取ったいわゆる美男子、美少女コンテストで、軽く調べてみると、今俺といる十人全員がそのギルド員コンテストで時期は異なれど大賞を受賞していることが分かった。

 とどつまり、こんな箱を運ぶような雑務をさせてはならない人達ばかりだという事である。

 外に出ると誰が持ってきたのか分からないコンテナが一つ置いてあった。言われるがままに荷造りした箱を積んでいくが、大した数はないのでデットスペースの方が広くなってしまっている。そうして荷物を入れ終わると、頑丈に鍵をかけ始めた。

 一体どうやって運ぶのかと静観していたら、ナグワーさんが突如として昨日の黒龍へと変容した。

 俺が使っている二階建ての事務所と比べても遜色のない巨体だ。陽の光の下で見ると黒々とした鱗は光沢があり、とても艶やかだった。こんなドラゴンが街中に突如として現れたというのに、道行く人たちはそのことを気にする様子はない。多種多様な種族が混合して社会を作っているヱデンキアならではの光景だろう。

 とは言え人だかりができていない訳ではない。俺を除く全員がそこそこのネームバリューを持っているのだから、野次馬はどんどんと増えていく一方だ。さっさと移動した方がいい。

「では、自分は先に中立の家へと向かいます」

 人型の時とは違う野太い声でそう言って、コンテナを四本指の手で鷲掴みにした。すると、ナグワーさんは、まるで重さを感じさせずに飛んで行ってしまった。それを追うようにサーシャさんも天使の純白の翼を存分に広げると、ナグワーさんを追って飛び立っていく。

 ドラゴンを天使が追いかける。

 これがヱデンキアの日常風景だ。

 皆の手際の良さに唖然としていると、事務所の傍らに停めてあった車に乗せられた。すると今度はアルルさんが巨大な狼に姿を変えて、俺達の乗ったそれを牽引して中立の家へ進み出したのだった。 車の中は全員が終始無言だった。何か話題を振った方がいいのかとか何とかを考えている内に刻一刻と時は過ぎ、結局何も状況を変えられぬままに中立の家に辿り着いてしまった。

 やはり、ヱデンキアの生活に慣れたとはいえ中身は生前と大差ないので女の人に囲まれるとどうしていいのか分からない。こんなんでやっていけるのだろうか。

 ◇

「ギルドマスター様。一先ず荷運びは終わりましたので、一度昼食にして、続きは午後にするという事で如何でしょうか?」
「…そうしましょうか」
 
 俺達が中立の家につくと、既に先行していたナグワーとサーシャさんが既に荷ほどきを終えていた。なので部屋に行くよりも先に食堂へと案内された。

 ところで、あの事務所を出た時から薄々と感じていたのだが、皆の態度が昨日までと違って妙に余所余所しい感じがしてならない。特にヤーリンに至っては不自然なレベルでおかしかった。腫れ物に触るように、というかお偉いさんのご機嫌を伺うような、そんな態度を取ってくる。それがとても気持ち悪かった。

 前に引っ張られ、後ろから押されて満員電車に乗車するような恰好で食堂に入れられた。相変わらずまごまごしていると、アルルさんが手を挙げながら元気よく進言してきた。

「話し合いの結果、基本的に家事炊事はウチが担当することになっていますんで、お召し上がりになりたい物などありましたら、ご遠慮なくおっしゃってください」
「…分かりました、ありがとうございます」
「ヲルカ…じゃなかった。マスター、昼食の前に何かお飲みになりますか?」

 ヤーリンにそうやって傅かれて、俺はとうとう我慢の限界を迎える。身体を拘束されて、全身を延々とねこじゃらしでくすぐられる様な感覚に耐えられなくなったのだ。

「その前に皆さん、ちょっといいですか?」
「何でしょうか?」
「ハヴァさんもいますよね?」
「勿論でございます、マスター」

 壁の中からハヴァさんがすうっと現れて、恭しく全員と居並ぶ。すると当然、皆の視線が俺に集中する。一様に顔立ちが整っているせいで、変に緊張してしまった。それを取り繕ったつもりだったのだが、出てきた声はとても胡乱としたものだったので余計に恥ずかしい。あと少し怖い。

「皆さんにお願いなんですけど、俺の事をギルドマスターって呼ぶのと、敬語を使うのを止めてもらうって事は…できません?」

 一番の問題点はそこだった。何故か元々敬語のハヴァさんはさておき、全員が俺を敬ってくる状況がどうにも居心地が悪い。そもそも、何でいきなり敬語を使い始めたんだ? 昨日までは普通に接してくれていたのに。

「しかしボクらの立場からすれば、あなた様を敬うのは当然のことではないですか?」
「けど昨日までは普通だったじゃないですか」
「昨日までは言わば試用期間のようなものでしたので、少々くだけた振る舞いをしてしましたが、今朝方に全員で話し合いましたところ、やはりギルドマスターには相応しい態度で臨まないと、と」
「けど…ヤーリンはともかく、後の皆さんは俺より年齢もキャリアも上な訳ですし、そう言った方々に敬語を使われてしまうと、こっちもかえって委縮してしまうといいますか…」

 しどろもどろになりながらも本音を吐露して、何とか元の口調と態度に戻ってほしい事を説明する。全員が、さてどうしたものかという表情になる中、一人だけカウォンさんが含み笑いをしながら一歩だけ歩み出てきた。

「ふふふ」
「え?」
「それならば儂からギルドマスター様に一つ提案を差し上げたいのじゃが、よろしいか?」

 白く細い指を一本だけ立てて、カウォンさんが意味深な態度を見せてきた。

「何でしょうか?」
「ギルドマスター様は畏まったやり取りはお気に召さぬようですが、こちらにも分別というものがございます。なので、ギルドマスター様からその溝を埋めてくだされれば、お望みをお聞きいたしましょう」
「俺から溝を埋めるって、どうすれば…?」
「儂の事も呼び捨てにして、敬語を使わないでもらいたい。そう、例えば恋人と話すかのように」
「へえ、それいいね。オレもその案に賛成」

 ワドワーレがそう言ってわざわざ移動してまでカウォンさんに歩み寄る。すると、皆がそれに倣ってカウォンさんを先頭に一段となった。

 なんで、みんなそっちに行くの?

 気が付けば、ヤーリンを残した全員がカウォンさんと一緒に俺を見てくる。このいびつな三角形の重圧に押され、潰される思いで声を捻り出した。

「いや、それはちょっと…」

 その提案は、要するに全員をヤーリンと同じようにタメ口で接しろという事。俺には難易度が高すぎる。幼馴染という事を除いてしまったら、同い年のヤーリンとて俺はまともに会話できる自信がないのだから。

「ではギルドマスター様もどうかお諦めください」
「それでは仕事に戻りましょう。ギルドマスター様はどうぞお寛ぎくださいませ」

 そっけなく全員が踵を返して部屋から出て行こうとする。別口で交渉する余地は与えてもらえず、カウォンさんの要求をきくか否かの選択肢しか残してはくれなかった。俺は瞬時に敬語を使われるのと、タメ口で接するのと、どちらが精神的な負担が少ないかを天秤にかけた。

 どちらかというと、自分から能動的に行動する後者の方がまだ幾らかマシな気がした。

 そう結論付けた時、俺は部屋を出て行かんとしている九人を呼び止めた。

「ちょっと待った」
「何でしょうか?」

 振り返ったエルフの麗しさに何とか耐えて、今度は勇気を振り絞って声を出す。

「…カウォン。俺に敬語使わないで」

 …。

 何だこれ。めっちゃ恥ずかしい。想像以上に恥ずかしい。

 年上の女性に馴れ馴れしくするのって、こんな気持ちになるものなのか。知らなかった。

「わかった。お主が儂をカウォンと呼ぶ限り、元の口調で話すとしよう」
「では少年。ボクもそのように頼むよ」
「我も元の口調を心がけよう」
「ヲルカ君。ギルドの中で差別を作らない様、お願いします」

 俺の一世一代とも言える決意は、何でもない様なもののように流されてしまう。ただ、こうすることで一組織としての確執が一つ取り除けたのなら大きな成長と言えなくもないだろう。俺は無理矢理そう言い聞かせて気恥ずかしさを誤魔化すことにした。

 やがて九人が言いたい事を言い残して食堂を後にした。

 あとには静寂と恥ずかしさとヤーリンだけが残っている。

 ふと、俺はヤーリンに目を向けた。すると彼女は今まで見た事もないような冷ややかな目で俺を見ると、一言だけ呟いた。

「…ヲルカのバカ」
「なんで!?」

 ヤーリンは俺の呼び止める声も聞かずに部屋を出て行ってしまった。

 今日から本格的に始まるギルド生活に、俺は一抹の不安を抱かずにはいられなかった。
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