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鋼の人魚姫
捧ぐ
「······」
「······」
日の暮れた凪の洋上。
全ての照明が消え、闇が溶け込んだ海水に浮かぶだいしろの上には多数のガーファル達が乗り上げ、まるで眠ったように動かない。
海中ではだいしろを中心にガーファル達が周遊し、獲物が逃げ出さないように見張っていた。
その時、後部甲板中央に置かれた松明台代わりのバーベキューコンロに入った緊急用人工薪が、微風で僅かに燃え上がる。
燃え上がったその炎に照らされた一人と一匹。
床に直接胡座をかいた艦長の胡桃下は、すぐ目前に体を一巻きさせて座るガーファルの一体と睨み合っている。
その個体は他のガーファル達よりはやや小柄であったが、その佇まいから恐らくガーファル達の“隊長格„なのであろうと胡桃下は判断した。
鬼磯目撤退作戦は失敗。
小回りを利かせる為、護衛艦を付けなかったのが良かったのか悪かったのか···
破壊された配電線から全ての電気を貪られ、機能停止にまで追い込まれただいしろ。
停電後すぐに大人しくなったガーファル達に向かって、さも当然のように白旗を持って外に出ようとする胡桃下を誰もが止めた。
だが胡桃下は隊員達の静止を振り切り外に出た。
扉を出た胡桃下を、一斉に影達が首をもたげて睨む。
胡桃下は腕を組んでガーファル達の殺気を品定めし、ふむ、と影の一体に当たりを付け、隊長格の前にドッカと腰を下ろし今に至る。
そしてバーベキューコンロを持って来るようにという指示と同時に、もうひとつのある指示を出したもう一人の隊員の到着を待っていた。
「···すっげー艦長!ちっとも物怖じしてねーぞ!あーゆーのシビレるぅ!」
「そんな事より哨戒機まだかよ?」
ハンドガンを握り締め、窓から後部甲板の様子を窺う隊員達の後ろを、一升瓶を持った隊員が通り抜けて非常灯に照らされた。
「······都市伝説は本当だった?」
「え?」
「あれ噂の末期酒じゃね···?」
隊員達の見送る先で、一升瓶を持った隊員はやけに足下を気にしながら階段を降りて行く。
ガーファル達を警戒しながら、胡桃下の元に一升瓶を持った隊員が恐る恐る近付いて来た。
「お、来たか!」
「は、はい···艦長室のカードキーです」
「おー!」
胡桃下はまず胡桃下から預かっていたカードキーを返却する。そして一升瓶と残り少なくなったお徳用紙コップの入ったビニール袋を差し出す。
「例のものです!」
「おう!」
「紙コップです···」
「おう!サンキュウ!」
「失礼します!」
「ウィ!」
胡桃下はユルユルな敬礼をする隊員を咎める事なく、一升瓶を掲げて笑顔で見送った。そそくさと扉の中に戻って行く隊員。
「ふう、コンプライアンス違反ここにキワマレリだな?だがこのまま本艦のお守りにしておくのもコイツにゃ無礼ってもんだ」
胡桃下は一升瓶の封を開け、日本酒を紙コップに注いで少しの間沈黙する。
「···!」
かと思えば、自身の斜め上頭上にバッと日本酒をばら蒔いた。その瞬間···
バクン!
松明の炎に照らされたカタツムリのような巨大な口が一瞬の内に開閉した。
そしてそのまま胡桃下の頭上五十センチ上をガーファル隊長の頭が通り抜ける。
その風圧を腹筋に力を入れて耐える胡桃下。座り続けている腰が若干痛んだがそれを悟られまいと表情は固定されていた。
敵の酒をなんの疑いも無く喰らってみせ、元の場所に戻ったガーファル隊長の炎に照らされた頭がクウッ!と引いた。
それを見て胡桃下はニヤリと微笑む。
「イケる口か?全く、下っ端は苦労するよ···まぁ君らのボスはなかなかのモンとみた」
そう言いながらもう一杯紙コップに日本酒を注ぐ胡桃下。七三分けにした胡桃下の前髪がほんの一束パラリと眉間に垂れ、まるで若者のような炎を映す暑苦しい眼差しがガーファルの隊長格を射貫いた。
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