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 七凪は明かりを消した部屋で、ベッドに寝転がり窓の外を見上げていた。

 空には飴細工のような細い月がかかっている。

 それにしても、まだ先輩から好かれていたなんて。悪い人そうじゃないだけに、いや卒業生の振りなんかして悪い人なのか? どちらにせよ困ったものだ。

 七凪は、ハタと気づいた。

 これが岳の言っていた、『好きでもない人から好きになられても困る』というやつか? あ、でも同じ男に好かれて困るのは当たり前か。

 そこで七凪は別のあることに気づく。

 ん? でも、岳に好かれても困ってないかも、岳も同じ男なのに……。

 今日、先輩と岳に抱きしめられてキスをされた。同じことをされたのに、七凪の心臓は全然違う反応をみせた。でも岳は幼なじみで親友だから、先輩と違うのは当たり前だ。

 『消毒』そう言った時の岳は、耳の縁まで真っ赤だった。先輩もゆでダコみたいだったけど、岳と先輩とでは何もかもが違った。

 その違いが何なのか、七凪には分からなくて胸がモヤモヤする。

 岳の広い胸と逞しい腕、七凪を見下ろす漆黒の瞳を思い出すと、心臓が振り子のように揺らいで胸のモヤモヤが広がり、七凪は息苦しさを感じた。



 次の朝、鏡の前に立つと目の下に青黒いクマがくっきりとできていた。昨夜は悶々としてよく眠れなかった。

 いつもの鳥居の前で七凪を待つ岳の目の下にもすごいクマができていた。

「岳、なんだよその顔」

「そっちこそ」

 声は不機嫌だが、岳は七凪を見ると恥ずかしそうに視線をそらした。

 岳も昨夜七凪と同じように眠れなかったのだ。岳は七凪以上にいろいろと悩んでいるに違いない。そりゃそうだ、平常心であるはずの七凪でさえ、昨日のようなことがあると動揺してしまうのだ。恋の媚薬を飲んでいる岳の心の中では、さぞかし春の嵐が吹き荒れていることだろう。

 すまん岳、岳のその悩みは本当じゃないんだ。その悩みは全て恋の媚薬のせいなのだ。
 
 勝手に飲んだ岳が悪いと言っても、七凪は後ろめたさを感じずにはおられなかった。

「どうした七凪、なんか元気ないな」

「べ、別に、ただちょっと寝不足なだけだから」

「そか。もし今日、七凪の部活が早く終わったら、俺を待ってないで先に帰れよ」

 七凪より酷い顔をした岳の笑顔が眩しくて心臓が痛い。

 七凪は返事をせずにあやふやに頷いた。

 岳、お願いだからそんなに優しくしないでくれよ。岳にそんなふうにされて困らないから、俺困るんだよ。

 心の中で七凪は呟いた。



 朝夕の冷え込みもようやく緩み、全国で次々と桜の開花宣言が報告され始めた。神社の桜も今年も見事に咲き誇り、足を止めて見上げる人も多かった。

 春休みに入っても、七凪はほぼ毎日岳と会った。岳のお父さんが海外でいなかったのもあるが、岳は部活で忙しくても夕飯を食べに七凪の家に必ず寄った。

 夕飯後は七凪の部屋で一緒にゲームをしたり漫画を読んだりして過ごした。

「昔から岳君とは仲が良かったけど、最近は特にべったりねぇ」

 と、七凪の母親が感心するくらいだった。

 恋の媚薬の効果は全く切れる気配がなく、岳の送ってくる熱い視線に七凪は気づかないふりをし続けた。
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