神様の悪戯

八月 美咲

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 新学期が始まって一週間ほど経った頃だった。

 その日、午後から降り出した雨は授業が終わる頃には土砂降りになっていて、校庭の桜はこの雨でとどめを刺されたように散り尽くしていた。

 今日はサッカー部の練習は休みだな。

 七凪は雨に白くけぶるグラウンドを窓から見下ろした。すでに大きな水たまりがいくつもできている。

 教室では新しいクラスメイトたちが、傘がないと騒いでいる。もれなく七凪も傘は持っていなかったが大丈夫、さっき岳から、部室に置き傘があるから一緒に帰ろうとメッセージが来たのだった。

 一年の時は同じクラスだった岳とは二年になって離れ離れになってしまっていた。

 まだ名前と顔が一致しないクラスメイトたちの困り顔を横目に、七凪は教室を出る。

 運動部の部室は本校舎と渡り廊下で繋がった棟にまとまってある。

 部室の前まで来ると、ドアが薄く開いていて部屋の中が見えた。

 さほど広くない空間の両壁にずらりと棚が並び、ジャージや運動靴が乱雑に置かれている。はっきり言って汚い。

 岳はスタイルがいいから後ろ姿だけでもすぐに分かる。

 中にいたのは七凪もよく知るいつものメンバーだった。岳だけみんなから少し離れた部屋の奥の方にいて、窓の外を向いていた。後のみんなは部屋の中央に置かれた長椅子に集まり一心に何かを見ている。

 七凪が開いたドアをノックしようとすると、何気に頭を上げた悠馬がドアの方に顔を向けた。

「ひっ」

 七凪と目が合った悠馬は、幽霊でも見たかのような声を上げた。

 それに連鎖して、次々とこちらに向けられた顔たちが、悠馬と同じように一様に顔を引きつらせる。

 拓人が慌てて何かを操作しようとして、その手から一台のスマホが滑り落ちた。

 床に転がったスマホ画面に裸の人間が絡み合っているのが見えた。落ちたスマホのすぐそばにいた伊織が、素早くスマホの電源を切った。

 なんだ、アダルト動画を見ていたのか。なるほど、焦るはずだ。

「俺だよ、俺」

 七凪は笑いながら、ドアを開けて部室の中に入った。

 なんだよ七凪かよ、驚かせやがって。

 そんな言葉を投げられるのかと思いきや、部室内には妙にぎこちない空気が流れている。

「みんなで何見てたんだよ、俺にも見せてよ」

 七凪はからかうようにスマホを持っている伊織の方に手を伸ばした。伊織はさっとスマホを持つ手を後ろにやった。

「え、なんで俺だけ除け者?」

 軽口を叩きながら、七凪は内心この場の妙な空気感が居心地悪くて仕方がなかった。

 それに伊織がスマホを隠したことでなんだか本当に仲間外れにされてしまったようで、ちょっと傷ついていた。

「七凪、帰るぞ」

 岳は鞄を持つと、七凪の肩を掴んでくるりとドアの方を向かせた。

「えっ、ちょっと」

 岳は有無を言わせず七凪を部室の外へと引きずり出した。

 最後に振り向くと、四人がひらひらと七凪に手を振っていた。が、どう見てもその表情がぎこちない。

「なぁ、なんだよ、みんなで何見てたんだよ、なんで俺には見せてくれないんだよ」

 七凪の先を歩く岳の背中に不満をぶつける。

「サッカーの動画だから七凪が見てもつまんないよ」

「ふーん、裸でやるサッカーねぇ」

 岳はピタリと足を止めると七凪を振り返った。

「見たのか?」

「スマホが床に落ちた時、チラッと見えたんだよ」

「……それで、どう思った?」

 岳の顔はこわばり、視線は七凪の輪郭をうろうろするだけで目を合わせようとしない。

「どう思ったもなにも、一瞬でなんにも分かんなかったよ。だからあれはなんだったんだよ」

 岳がほっとしたのが分かった。

「アダルト動画だよ……」

 岳は早口で答えた。七凪は肩で息をつく。

 やっぱりな。だからなんでただのアダルト動画を見ていただけで、あんなに驚いたのかが知りたいのだ。入ってきたのが女子ならまだしも、同じ男の七凪に隠す必要なんてないだろうに。

「どんな?」

「どんなって……、普通のだよ」

 七凪の中の面白くなさがマックスに膨れ上がる。

 言いたいことはたくさんあるが、岳のこの感じからして言っても無駄だろうと思った。

 仲間外れにされた感は半端なく、さっきからチロチロと燃えていたイライラが、風を得てその炎を大きくさせる。

「へぇ、興奮した?」

 七凪は岳の股間に手を伸ばそうとして、思いっきり叩き払われる。

「やめろよ!」

 誰もいない下駄箱の前で岳の声が響く。

 岳は本気で怒っていた。が、すぐに態度を和らげ、七凪に謝ってきた。

「わ、悪い、手、痛かった?」

「別に。大丈夫」

 七凪はさっと靴を履き替えると、出入り口に向かった。

 土砂降りの雨が早い夕暮れを連れてきたように外は薄暗くなりかけていた。七凪に追いついた岳が横で傘を広げた。

「いい、俺、傘いらない」

 七凪はボソリと呟き、雨の中に飛び込んだ。
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