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1章・家族の絆
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ハーズルージュは様々な家々がみっちりと建っている。
敵国オルブテナ国との防衛を想定したこの町は堅固な城壁に囲まれているため、人口の増加に対して土地面積が足りないのである。
その総人口は約六千。
都市としてやや少なめ。
しかし、その人達が狭い通りを行き交うので、王都も見まごうばかりの人の数に感じられた。
その人波を通り役場へ向かう。
役場は町中央の広場に面した大きな建物である。
その建物へお腹がポコリと膨れたリーリルと、お供のラーツェ。それからバンドラが入っていった。
役場は待合場所と事務場が受付で遮られている。
どの役人も暇そうにしていて、受付の男に至ってはリーリル達を見ると舌打ちをして手招きをするほどだ。
彼はよほど仕事をしたくないと見え、「何のよう」と苛立ち紛れな威圧的態度をとる。
「カイエン様に用件あり参った。居るのであろう? 目通し願おうか」
ラーツェが言うと、受付が「今会議中。後で来い」と答えた。
すると、ラーツェは懐から羊皮紙を取り出して受付へ見せる。
剣と、大鷲と獅子が描かれている盾の紋章である。
「ガリエンド家の者だ。取り急ぎ会わせて貰う」
受付は「それが?」と言って椅子に腰掛けた。
通常、貴族の紋章を見せたならば火急の用を示すのであるが、ここは王都から離れすぎていたのである。
少なくとも、この横柄な受付は、紋章を見せる意味も知らぬ男なのだ。
なのでラーツェは剣を抜いた。
ラーツェはついに受付の態度へ怒りが爆発したのである。
抜いた剣は即座に振り下ろされ、男の鼻先を掠めると受付の机にめり込んで中ほどで止まった。
「グダグダ言わずにさっさとカイエン様に会わせぬか! 愚か者め!」
これに肝を冷やした受付の男は、半泣きになりながら「ただちに!」と役場の奥へと走っていく。
他の人達は何事かとラーツェ達を見るが、憤懣やるかたないラーツェが彼らを一睨みすると、彼らは目線を離してそそくさと仕事に従事した。
それからすぐにカイエンとサルハが役場の奥からやって来る。
二人とも剣呑な顔付きで、サルハなど剣の柄に手を掛けていたのであるが、訪問者がリーリル達だと見えるとホッとした顔をした。
「暴漢が受付に来たと聞いて、何事かと思った」とカイエンが言うので、ラーツェは後ろにいた受付の男を睨んだ。
受付の男はヒエッと小さな悲鳴を上げたが、今はあの愚かな男にかかずらわっている時では無く、ラーツェはカイエンにサニヤが行方不明だと話す。
「なに? それはまずいな」
カイエンは嫌な予感がした。
「申し訳ございません。私が目を離したばかりに」
ラーツェは片膝をついて深々と頭を下げる。
「いや。身重なリーリルの世話の上に家事までやって貰っている。動き盛りなサニヤの世話まで負担を掛けたのは僕の手落ちだ」
カイエンは「ともかく」と続け、サニヤを探しに行くことを命令した。
「リーリル。君はラーツェと共に屋敷へ戻れ」
「私も探すわ」
「いや。戻るんだ」
「足手まといにならないようにする。だから探させて」
リーリルはじっとカイエンの目を見る。
青みがかった瞳。
澄んだ青空のような瞳はカイエンの気持ちなどよりずっと大きく感じる。
その瞳は口ほどにものを言うのだ。
断固として帰らないと。
かつて、その眼に負けてリーリルを抱いてしまったものであるが……しかし、またしてもカイエンは負けた。
溜息を吐くと「分かった。だけど僕から絶対に離れるなよ」と許可するのであった。
とにもかくにも、眼が増えるなら悪い話では無い。
さあ、探しに行こうかと言うとき、バンドラが「お待ち下され」と言った。
ラーツェが苛立ち紛れに「今度は何だ」と聞く。
すると、バンドラは「私、サニヤ様を見たかも知れません」と言うのである。
リーリルは「本当?」と驚く。
バンドラは頷いて、昼食の買い出しの折りに酒を飲んでいたら、サニヤに似た肌の娘を見たのだというのだ。
「なぜそれを早く言わなかった!」とラーツェが怒るが、バンドラは「言ったではないですか!」と焦りながら弁明する。
「それに、私もまさかサニヤ様が屋敷の外に居るなどと思わなかったのですぞ!」
確かにその通りだ。
そもそもバンドラがサニヤに似てる子供を見たと話したときに酔っぱらいの戯れ言と流したのはラーツェ自身である。
ぐうの音も出ないのであった。
「とにかく、言い争いをしている時では無い」とカイエンは口論を止め、バンドラにサニヤをどこで見たのか聞いた。
「ノーザリア通りでございます」
カイエンはハッとした顔でサルハを見ると、サルハも少し眉根を寄せてうなずく。
リーリルとラーツェにはその動きの意味が分からなかった。
しかし、カイエンとサルハはこの役場で、どこで犯罪が多いのかの話を聞いていたのである。
その場所こそがノーザリア通りなのだ。
これはいよいよまずい事になってきた。
「急ごう」
カイエンは皆を連れて役場を出ると、ノーザリア通りへ向かった。
ノーザリア通りは一見すると、ハーズルージュによくある街並みに見える通りである。
しかし、人通りは全体的に少なく、また、路地裏の家の扉や窓はボロボロで陰気な雰囲気が立ち込めていた。
ここにサニヤが居るのだろうか?
全員が周囲を警戒しながら歩く。
すると、路地裏からボロボロの衣服を着て酒瓶を手に持つ男が現れた。
妙に怪しい男で全員が身構えると、彼は壁にもたれてずるずると倒れていびきをかいて眠りだす。
「なんて場所だ……」
サルハが呟く。
治安の悪い所とはこのような人物が居るというのか。
日中から酒を煽り、果てには人目もはばからずに眠りこける。
このような人が世に居るとは思わなかったのだ。
しかし、よく見たらバンドラもほろ酔いである。
サルハは、人の事は言えないかと思いながら額に指を当てて溜息をついた。
「彼に話を聞いてみよう」とカイエンは言う。
「かしこまりました。それでは聞いてみましょう」
サルハは眠りこける男へ近づくと、揺り起こす。
男は真っ赤な鼻をすすりながら目を覚ますと「なんだぁ? この店はこんなべっぴんさんを雇ってたのかぁ?」と呟いた。
確かにサルハは美人だ。
貴族の騎士というものは、他者へのアピールもあるので美男美女が多く、サルハもその例に漏れず愛らしい顔付きをしているのである。
しかしこの男、完全に酔っ払っているうえに寝ぼけている。
「ここは店じゃ無い。あなたに聞きたい事がある」
男はよく分かってない顔でキョロキョロと辺りを見渡して、カイエン達がサルハの後ろに居るのを見ると「なんだあんたら?」と聞いた。
話が進まない。
サルハは少しイラつきながら「こっちの話を聞け。肌が褐色の女の子を見なかったか?」と聞くと、男は「女の子?」と反復する。
「女の子だったらぁ、燃える小魚亭のシュリードちゃんが一番だぁね」
酔って舌足らずな口でそう言うと、下品な笑みを浮かべて胸を揉むかのように手をわきわきと動かす。
「駄目ですカイエン様。役立たずでございます」
サルハは溜息をついて男から離れた。
すると、男はハッとした顔でサルハの服の裾を掴み「待って。ちょっと待ってくれぇ。見たよ。見た見た」と言うのだ。
「どこでだ」
正直あまり期待せずにサルハは聞く。
「いやな。暁の萌芽亭って知ってる? この時間にやってる酒場はあそこしかねぇんだけどよぉ。おれぁな? 燻製のハムを食いたくなったんだよ。分かる? あれ、豚の肉を硬くした奴よ」
まったく話が逸れる。
サルハはますますイラつき「ベーコンの話なんてどうでも良い!」と怒鳴った。
すると男は「怒った顔もべっぴんさんだぁ」と恍惚の表情を浮かべるのである。
結局の所、男はサルハのような美人と会話が出来るだけで満足なのだ。
だから、ずっと話したくて話題を横道へ逸らさせる。
「ラーツェ」
サルハが言うと、ラーツェがツカツカと男の前へ。
ラーツェは自分が、少なくとも世間一般での美人から外れた顔をしている事を知っていた。
ゆえに、こう言う馬鹿な男には自分が適任だと思うのである。
現に男は一目見るなり「け! かわいげのねえネーチャンだな!」と罵ってきた。
しかし、ラーツェが「どこで女の子を見た?」と聞けば吐き捨てるように「肉屋の所だよ!」と言うのだ。
「お前みたいなこええ目つきの女に睨まれたら気分がわりぃや!」と、男はそのまま路地裏へと姿を消してしまう。
別に睨んでは居ないが、しかし、ラーツェはそう言う目つきなのであり、そこが不細工だと言われる部分なのだ。
しかし、まあ、ラーツェは自分の見た目など気にしてないし、今回のように役立つならそれで良かった。
「肉屋へ向かいましょう」
ラーツェはそう言って、皆と共に肉屋へ向かう。
肉屋には髭の生えた恰幅の良い男が居た。
彼はサニヤらしき子供が店の前の通りを真っ直ぐ南へ走っていったというのである。
今度は南へ向いながら道行く人達にサニヤの行方を聞くが、しかし、誰も見ていないと言うので、足取りはとんと消えてしまった。
とにかく皆で歩き回りながら行き交う人や商店の人にサニヤを見ていないか聞いていく。
きっと手がかりはある。
きっと見つかる。
そう願いながら探すものの、とうとう見付からずに夕暮れ時になってしまう。
これ以上はリーリルの体に障る。
それに、明かりを持ってこなければならない。
そう思ったカイエンは、ひとまず屋敷へ戻る事を提案した。
リーリルは反対し、一刻の猶予も無いのに自分だけ待機など出来ないと主張する。
これは男女の見解の相違であろう。
男というものは妻も子供も共に護らねばならぬと思うが、女というものは夫と共に子供を護ろうと思うのである。
しかし、今度ばかりはカイエンが譲らなかった。
「一刻の猶予も無いと言うなら、僕の言うことを聞くんだ」
こう言われて駄々をこねるほどリーリルも子供では無いのであるが、リーリルにしては珍しく屋敷までの道中ふて腐れたような顔をして、カイエンの後ろをついていた。
屋敷についたカイエンは「サルハとバンドラはすぐにカンテラを。ラーツェはリーリルの面倒を見てくれ」と指示を飛ばしながら玄関の扉を開ける。
すると、屋敷の廊下の奥から人の足音が玄関のあるエントランスへ近付いてくるのが聞こえた。
まさか泥棒か? と、全員が足音の方を見やると、浅黒い肌の女の子がひょこっと廊下からエントランスを覗く。
サニヤだ。
全員が驚き戸惑い、「え!?」と声を上げた。
一方のサニヤは不機嫌そうな顔で「皆してどこ行ってたの。お腹空いたんだけど」と言う。
カイエンは混乱しながらも「屋敷にずっと居たのか?」と聞いたら、サニヤは「そのこと?」と言って、小袋をカイエンに投げた。
「これは……?」
カイエンが小袋を開けると、中から木の実や草の葉が出てくるでは無いか。
それにハッとしたのはリーリルである。
「これ、私が村で使ってたベリーとハーブ?」
リーリルが母マーサと共に研究した調味料に使えるベリーと、村で取れていたのと同じハーブだ。
サニヤはこのベリーとハーブを取りに屋敷を抜け出したのである。
「これで味付けしたらお母様も食べられるでしょ? だってお母様のお母様の味だもん」
そう。
サニヤはリーリルが食べられるものとは、きっと馴染み深い料理に違いないと思ったのである。
そして、馴染み深い料理にはマーサが使っていたこの調味料を使わねばならないのだと考えたのだ。
リーリルは口元を手で抑えて感激した。
何よりも、リーリルが使っていたベリーやハーブを娘のサニヤが覚えていてくれてた事が嬉しい。
カイエンはサニヤの事を叱りつけたかったが、サニヤのこの想い深い行動をなんで責められよう。
サニヤのほっかむりを被った頭を撫でようとしてはね除けられ、それでも笑顔で「心配したよ」と言って「ありがとう」と続けた。
「別に気にしなくて良いよ。それよりラーツェ。私お腹空いたの。あれだけじゃ足りないよ」
あれとは、お昼に用意した一口サイズの料理の品々の事だ。
その料理をおやつ代わりにつまんでいたのであろう。
確かに育ち盛りにはあまり量のあるものではなかった。
「かしこまりました。腕を振るって作らせていただきます」
この料理は特に気合いを入れて作ろうとラーツェは思う。
なにせサニヤがリーリルのために採ってきてくれたベリーとハーブを使うのだから。
今日一日、誰もがサニヤに振り回されたが、誰もがサニヤの優しさに微笑むのだった。
敵国オルブテナ国との防衛を想定したこの町は堅固な城壁に囲まれているため、人口の増加に対して土地面積が足りないのである。
その総人口は約六千。
都市としてやや少なめ。
しかし、その人達が狭い通りを行き交うので、王都も見まごうばかりの人の数に感じられた。
その人波を通り役場へ向かう。
役場は町中央の広場に面した大きな建物である。
その建物へお腹がポコリと膨れたリーリルと、お供のラーツェ。それからバンドラが入っていった。
役場は待合場所と事務場が受付で遮られている。
どの役人も暇そうにしていて、受付の男に至ってはリーリル達を見ると舌打ちをして手招きをするほどだ。
彼はよほど仕事をしたくないと見え、「何のよう」と苛立ち紛れな威圧的態度をとる。
「カイエン様に用件あり参った。居るのであろう? 目通し願おうか」
ラーツェが言うと、受付が「今会議中。後で来い」と答えた。
すると、ラーツェは懐から羊皮紙を取り出して受付へ見せる。
剣と、大鷲と獅子が描かれている盾の紋章である。
「ガリエンド家の者だ。取り急ぎ会わせて貰う」
受付は「それが?」と言って椅子に腰掛けた。
通常、貴族の紋章を見せたならば火急の用を示すのであるが、ここは王都から離れすぎていたのである。
少なくとも、この横柄な受付は、紋章を見せる意味も知らぬ男なのだ。
なのでラーツェは剣を抜いた。
ラーツェはついに受付の態度へ怒りが爆発したのである。
抜いた剣は即座に振り下ろされ、男の鼻先を掠めると受付の机にめり込んで中ほどで止まった。
「グダグダ言わずにさっさとカイエン様に会わせぬか! 愚か者め!」
これに肝を冷やした受付の男は、半泣きになりながら「ただちに!」と役場の奥へと走っていく。
他の人達は何事かとラーツェ達を見るが、憤懣やるかたないラーツェが彼らを一睨みすると、彼らは目線を離してそそくさと仕事に従事した。
それからすぐにカイエンとサルハが役場の奥からやって来る。
二人とも剣呑な顔付きで、サルハなど剣の柄に手を掛けていたのであるが、訪問者がリーリル達だと見えるとホッとした顔をした。
「暴漢が受付に来たと聞いて、何事かと思った」とカイエンが言うので、ラーツェは後ろにいた受付の男を睨んだ。
受付の男はヒエッと小さな悲鳴を上げたが、今はあの愚かな男にかかずらわっている時では無く、ラーツェはカイエンにサニヤが行方不明だと話す。
「なに? それはまずいな」
カイエンは嫌な予感がした。
「申し訳ございません。私が目を離したばかりに」
ラーツェは片膝をついて深々と頭を下げる。
「いや。身重なリーリルの世話の上に家事までやって貰っている。動き盛りなサニヤの世話まで負担を掛けたのは僕の手落ちだ」
カイエンは「ともかく」と続け、サニヤを探しに行くことを命令した。
「リーリル。君はラーツェと共に屋敷へ戻れ」
「私も探すわ」
「いや。戻るんだ」
「足手まといにならないようにする。だから探させて」
リーリルはじっとカイエンの目を見る。
青みがかった瞳。
澄んだ青空のような瞳はカイエンの気持ちなどよりずっと大きく感じる。
その瞳は口ほどにものを言うのだ。
断固として帰らないと。
かつて、その眼に負けてリーリルを抱いてしまったものであるが……しかし、またしてもカイエンは負けた。
溜息を吐くと「分かった。だけど僕から絶対に離れるなよ」と許可するのであった。
とにもかくにも、眼が増えるなら悪い話では無い。
さあ、探しに行こうかと言うとき、バンドラが「お待ち下され」と言った。
ラーツェが苛立ち紛れに「今度は何だ」と聞く。
すると、バンドラは「私、サニヤ様を見たかも知れません」と言うのである。
リーリルは「本当?」と驚く。
バンドラは頷いて、昼食の買い出しの折りに酒を飲んでいたら、サニヤに似た肌の娘を見たのだというのだ。
「なぜそれを早く言わなかった!」とラーツェが怒るが、バンドラは「言ったではないですか!」と焦りながら弁明する。
「それに、私もまさかサニヤ様が屋敷の外に居るなどと思わなかったのですぞ!」
確かにその通りだ。
そもそもバンドラがサニヤに似てる子供を見たと話したときに酔っぱらいの戯れ言と流したのはラーツェ自身である。
ぐうの音も出ないのであった。
「とにかく、言い争いをしている時では無い」とカイエンは口論を止め、バンドラにサニヤをどこで見たのか聞いた。
「ノーザリア通りでございます」
カイエンはハッとした顔でサルハを見ると、サルハも少し眉根を寄せてうなずく。
リーリルとラーツェにはその動きの意味が分からなかった。
しかし、カイエンとサルハはこの役場で、どこで犯罪が多いのかの話を聞いていたのである。
その場所こそがノーザリア通りなのだ。
これはいよいよまずい事になってきた。
「急ごう」
カイエンは皆を連れて役場を出ると、ノーザリア通りへ向かった。
ノーザリア通りは一見すると、ハーズルージュによくある街並みに見える通りである。
しかし、人通りは全体的に少なく、また、路地裏の家の扉や窓はボロボロで陰気な雰囲気が立ち込めていた。
ここにサニヤが居るのだろうか?
全員が周囲を警戒しながら歩く。
すると、路地裏からボロボロの衣服を着て酒瓶を手に持つ男が現れた。
妙に怪しい男で全員が身構えると、彼は壁にもたれてずるずると倒れていびきをかいて眠りだす。
「なんて場所だ……」
サルハが呟く。
治安の悪い所とはこのような人物が居るというのか。
日中から酒を煽り、果てには人目もはばからずに眠りこける。
このような人が世に居るとは思わなかったのだ。
しかし、よく見たらバンドラもほろ酔いである。
サルハは、人の事は言えないかと思いながら額に指を当てて溜息をついた。
「彼に話を聞いてみよう」とカイエンは言う。
「かしこまりました。それでは聞いてみましょう」
サルハは眠りこける男へ近づくと、揺り起こす。
男は真っ赤な鼻をすすりながら目を覚ますと「なんだぁ? この店はこんなべっぴんさんを雇ってたのかぁ?」と呟いた。
確かにサルハは美人だ。
貴族の騎士というものは、他者へのアピールもあるので美男美女が多く、サルハもその例に漏れず愛らしい顔付きをしているのである。
しかしこの男、完全に酔っ払っているうえに寝ぼけている。
「ここは店じゃ無い。あなたに聞きたい事がある」
男はよく分かってない顔でキョロキョロと辺りを見渡して、カイエン達がサルハの後ろに居るのを見ると「なんだあんたら?」と聞いた。
話が進まない。
サルハは少しイラつきながら「こっちの話を聞け。肌が褐色の女の子を見なかったか?」と聞くと、男は「女の子?」と反復する。
「女の子だったらぁ、燃える小魚亭のシュリードちゃんが一番だぁね」
酔って舌足らずな口でそう言うと、下品な笑みを浮かべて胸を揉むかのように手をわきわきと動かす。
「駄目ですカイエン様。役立たずでございます」
サルハは溜息をついて男から離れた。
すると、男はハッとした顔でサルハの服の裾を掴み「待って。ちょっと待ってくれぇ。見たよ。見た見た」と言うのだ。
「どこでだ」
正直あまり期待せずにサルハは聞く。
「いやな。暁の萌芽亭って知ってる? この時間にやってる酒場はあそこしかねぇんだけどよぉ。おれぁな? 燻製のハムを食いたくなったんだよ。分かる? あれ、豚の肉を硬くした奴よ」
まったく話が逸れる。
サルハはますますイラつき「ベーコンの話なんてどうでも良い!」と怒鳴った。
すると男は「怒った顔もべっぴんさんだぁ」と恍惚の表情を浮かべるのである。
結局の所、男はサルハのような美人と会話が出来るだけで満足なのだ。
だから、ずっと話したくて話題を横道へ逸らさせる。
「ラーツェ」
サルハが言うと、ラーツェがツカツカと男の前へ。
ラーツェは自分が、少なくとも世間一般での美人から外れた顔をしている事を知っていた。
ゆえに、こう言う馬鹿な男には自分が適任だと思うのである。
現に男は一目見るなり「け! かわいげのねえネーチャンだな!」と罵ってきた。
しかし、ラーツェが「どこで女の子を見た?」と聞けば吐き捨てるように「肉屋の所だよ!」と言うのだ。
「お前みたいなこええ目つきの女に睨まれたら気分がわりぃや!」と、男はそのまま路地裏へと姿を消してしまう。
別に睨んでは居ないが、しかし、ラーツェはそう言う目つきなのであり、そこが不細工だと言われる部分なのだ。
しかし、まあ、ラーツェは自分の見た目など気にしてないし、今回のように役立つならそれで良かった。
「肉屋へ向かいましょう」
ラーツェはそう言って、皆と共に肉屋へ向かう。
肉屋には髭の生えた恰幅の良い男が居た。
彼はサニヤらしき子供が店の前の通りを真っ直ぐ南へ走っていったというのである。
今度は南へ向いながら道行く人達にサニヤの行方を聞くが、しかし、誰も見ていないと言うので、足取りはとんと消えてしまった。
とにかく皆で歩き回りながら行き交う人や商店の人にサニヤを見ていないか聞いていく。
きっと手がかりはある。
きっと見つかる。
そう願いながら探すものの、とうとう見付からずに夕暮れ時になってしまう。
これ以上はリーリルの体に障る。
それに、明かりを持ってこなければならない。
そう思ったカイエンは、ひとまず屋敷へ戻る事を提案した。
リーリルは反対し、一刻の猶予も無いのに自分だけ待機など出来ないと主張する。
これは男女の見解の相違であろう。
男というものは妻も子供も共に護らねばならぬと思うが、女というものは夫と共に子供を護ろうと思うのである。
しかし、今度ばかりはカイエンが譲らなかった。
「一刻の猶予も無いと言うなら、僕の言うことを聞くんだ」
こう言われて駄々をこねるほどリーリルも子供では無いのであるが、リーリルにしては珍しく屋敷までの道中ふて腐れたような顔をして、カイエンの後ろをついていた。
屋敷についたカイエンは「サルハとバンドラはすぐにカンテラを。ラーツェはリーリルの面倒を見てくれ」と指示を飛ばしながら玄関の扉を開ける。
すると、屋敷の廊下の奥から人の足音が玄関のあるエントランスへ近付いてくるのが聞こえた。
まさか泥棒か? と、全員が足音の方を見やると、浅黒い肌の女の子がひょこっと廊下からエントランスを覗く。
サニヤだ。
全員が驚き戸惑い、「え!?」と声を上げた。
一方のサニヤは不機嫌そうな顔で「皆してどこ行ってたの。お腹空いたんだけど」と言う。
カイエンは混乱しながらも「屋敷にずっと居たのか?」と聞いたら、サニヤは「そのこと?」と言って、小袋をカイエンに投げた。
「これは……?」
カイエンが小袋を開けると、中から木の実や草の葉が出てくるでは無いか。
それにハッとしたのはリーリルである。
「これ、私が村で使ってたベリーとハーブ?」
リーリルが母マーサと共に研究した調味料に使えるベリーと、村で取れていたのと同じハーブだ。
サニヤはこのベリーとハーブを取りに屋敷を抜け出したのである。
「これで味付けしたらお母様も食べられるでしょ? だってお母様のお母様の味だもん」
そう。
サニヤはリーリルが食べられるものとは、きっと馴染み深い料理に違いないと思ったのである。
そして、馴染み深い料理にはマーサが使っていたこの調味料を使わねばならないのだと考えたのだ。
リーリルは口元を手で抑えて感激した。
何よりも、リーリルが使っていたベリーやハーブを娘のサニヤが覚えていてくれてた事が嬉しい。
カイエンはサニヤの事を叱りつけたかったが、サニヤのこの想い深い行動をなんで責められよう。
サニヤのほっかむりを被った頭を撫でようとしてはね除けられ、それでも笑顔で「心配したよ」と言って「ありがとう」と続けた。
「別に気にしなくて良いよ。それよりラーツェ。私お腹空いたの。あれだけじゃ足りないよ」
あれとは、お昼に用意した一口サイズの料理の品々の事だ。
その料理をおやつ代わりにつまんでいたのであろう。
確かに育ち盛りにはあまり量のあるものではなかった。
「かしこまりました。腕を振るって作らせていただきます」
この料理は特に気合いを入れて作ろうとラーツェは思う。
なにせサニヤがリーリルのために採ってきてくれたベリーとハーブを使うのだから。
今日一日、誰もがサニヤに振り回されたが、誰もがサニヤの優しさに微笑むのだった。
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アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
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毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
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