没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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2章・父の戦い

旧友

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 夜、カイエン達が陣地から森を警戒していると、魔物の雄叫びと戦いの音が聞こえた。
 どうやら森の中に待機しているオルブテナ国の兵達が、魔物に襲われているようだ。

 その戦いの音はすぐに消え、夜は静まり返るので、敵軍に大した損害は与えて無いだろうが、それでも、敵軍を少しでも休ませないという意味では充分だろう。

 なので、カイエンは予定通りだと笑うのだ。

 そもそも森の中に陣を張るのは、虫や猛獣、魔物の餌食になるから危険だと言うことで悪手中の悪手と言われている、
 もっとも、そのためにカイエンは彼らが森から出て陣を張れないようにしていたのだが。

 この調子で敵を森へ封じ続ければ、魔物によって甚大な被害を与えられる事であろう。
 しかし一つ問題があるとすれば、魔物を恐れた敵兵が決死に突撃を敢行する危険性があるくらいであろうか。
 命を捨てた突撃程恐ろしいものは無いのだ。

 そして翌朝、早速二度目の戦闘が開始された。

 昨日と同じく矢を放ち、槍兵で迎え撃ち、退いて押して退いて押す。

 敵兵も夜中に魔物が襲ってきたためか、森から出て陣地を構築したいようで必死の攻撃であった。

 カイエン達は昨日に築城した陣地に押し込まれてしまうも、その陣地を利用して堅固に戦ったため、敵兵は諦めて森へと撤退する。

 こうして二度目の攻撃もしのぎきったのである。

 兵達は、今日もやったぜざまぁ見ろとにぎやかに談笑するのだが、ただ一人カイエンに笑顔はない。

 決して余裕な戦いではなかった。
 昨日と今日の犠牲を見れば、それなりに死傷者が出ている。
 もっとも、敵軍の死傷者よりは少なかったが。

 これは、カイエン軍は陣を敷いて防御の戦いなのに対し、敵兵は陣形を構築してないので攻めてきているその差が如実に出た被害である。
 しかし、カイエン軍五百と敵軍二千では兵数に大きな差があるのだ。

 しかも、その敵軍二千というのも、最低限の値である。

 これではじり貧であった。

 カイエンがそんな考えをしていると、敵はその日、四度の攻撃を行ってきた。
 だが、その四度も少し戦って敵軍は撤退するのである。

 これに兵達は「つまんねえぞ!」とか「意気地のねえ奴らだな!」とあざ笑うのであった。
 しかし、カイエンは敵軍の行動を良くない兆候だと思う。

 恐らくこの敵軍の行動、カイエン軍の兵数を調べるために行われたのでは無いかと感じるのだ。

 敵軍は昨日の攻撃と本日の攻撃で、カイエン軍の兵数が増えてない事に気付いたのではないだろうか。

 今はまだ、恐らく敵軍はカイエン軍の全貌を知らぬのでちまちまとした戦いをしているのだろうが、ハーズルージュから増援が無い事に気付かれたら、果敢な攻撃が来るに違いない。
 
 これはまずい事になってしまう。

 カイエンは四度目の攻撃を退けた時、このままでは負けてしまうと予測した。

 だが一体どうすれば良いのかカイエンには手が無かった。

 旗を立てて人数をごまかす?
 夜間に松明を持った民衆を陣地と行き来させて、ハーズルージュに兵がまだまだ居るように見せる?

 幕舎の中で椅子に座って思案するが、「ダメだ。結局、戦いになったら後詰が居ない事がバレてしまう」と首を振った。
 問題を先送りにする虚仮威(こけおど)しでは、この不利を覆す事などできぬのだ。

 八方塞がりだと感じる。

「せめて五十人は人数を増やし、ハーズルージュにはまだまだ待機している後詰が居ると思わせねば……」

 治安維持隊から五十人を援軍にしようか。

 だが、戦争の時はただでさえ治安が悪化する。
 兵という大人が消えるため、兵の妻や子が悪漢や暴漢の餌食になりやすいためだ。
 だから、治安維持隊は必要である。
 しかし、敵軍に負けてしまったら元も子もないのだから、多少の治安の悪化は……。

 カイエンが思案に暮れていると、兵の一人が幕舎の入り口の垂れ布を上げて入ってきた。

「カイエン様。会いたいという方が来ております」

 そう言うので、カイエンは首を傾げた。

 一体、こんな時に誰だろうか?
 面会を願う人に心当たりが全くない。

 とはいえ、拒否する理由もないので「通せ。会おう」と言った。

「は! おい、入れ」
 
 精悍な顔つきの若者が入ってきた。

 日に焼けた肌。
 筋肉に盛り上がった腕。
 灰色に見える髪。

 彼を見た瞬間、カイエンは思わず椅子から立ち上がった。

「あなたは……!」
「やあ、カイエン様。お久しぶりです」
「義兄様!」

 カイエンの言葉にニコリと笑う男。

「リーリルは町の方ですか?」

 なんと、その男はリーリルの兄で自警団のサマルダだ。

「な、なんで……?」

 カイエンは意外な来訪者に言葉が出ず、口をパクパクとさせる。

 カイエンが普段見せない困惑した態度を見たサマルダは、ハハハと笑った。

「リーリルが手紙を寄こしましてね。新しい家は治安が悪いって。で、治安が悪いなら自警団の出番ってわけです。カイエン様には恩があるわけですからね」

 そう、リーリルは文字の練習をしていたので、ハーズルージュに着いたとき、すぐに字を書く練習で手紙を書いていたのである。
 それをリーリルはバンドラに渡し、バンドラが郵便に出していたのであった。

 だが、それよりもカイエンは気になる言葉を聞いた。

「自警団の……?」
「もちろん、俺だけが来るわけないじゃないですか」
「そ、それはどのくらい?」
「え? えぇっと、村の自警団全員は来れなかったですけど、百人くらいは」
「百人!」

 カイエンは歓喜の声を上げたのである。

 よもやよもや、百人の援軍である。

 カイエンはすぐさまサマルダに事情を話して、ハーズルージュの治安維持をお願いした。

 これで治安維持隊を前線へ回せる。
 そうすれば、敵軍にこちらの兵力を見誤らせる事が出来て、持久戦へ持ち込めるのだ。

 しかし、サマルダは難しい顔で「うーん」と唸るのである。

「あ……、何か問題でもありましたか? 義兄様」

 なぜサマルダが悩むのか分からぬが、しかし、何か不穏な空気がしてカイエンは戸惑った。

 戦争に巻き込まれたくないから帰りたいとでも言い出すのでは無いだろうかとカイエンは不安に思う。

 そんなカイエンへサマルダが口を開いた。

「自警する人が居ないと聞いたから俺達は来たんですよ。自警団みたいなものが居るなら、この町の治安はこの町の人がやった方が良いでしょう」

 確かにその通りだ。
 その町の自警団が居るなら、その町の治安はその町の人達が維持するのが道理。
 よそ者に取り締まられても余計な禍根を残すだけなのである。

 だが、まさかサマルダが拒否するとは思わず、カイエンは面食らってしまった。

 であるが、それはカイエンの早とちりである。

「カイエン様」と、サマルダはカイエンを力強く見た。

「俺達はカイエン様の為に来たんです。カイエン様が戦争で命を張っている時に、なんで後方にぬくぬく出来るんですかぃ? 共に戦わせて下さいよ。カイエン様は村の皆と一緒に復興して開拓してくれた。今度は俺達がカイエン様と一緒になる時なんだ。違いますかい?」

 カイエンが前線へ立つのに、自分達が後方に引っ込んでいるのは納得できない。
 彼らはいまだにカイエンの領民だという自負があるのだ。

 その言葉にカイエンは嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
 領主冥利に尽きるのだ。

「ありがとうございます。義兄様。ありがとうございます」

 カイエンは頭を下げるが、サマルダはカイエンの頭を上げさせる。

「カイエン様は指揮官でしょう。もっと堂々としててくださいよ」
「ああ。そうだな!」

 こうして、傭兵として開拓村の自警団百人を陣地へと迎え入れた。

 そして翌朝、敵兵が昨日と同じように森から出てくる。
 どうやら、昨日の時点でカイエン軍の戦力を分析しきったようで、全力の突撃であった。

 ……しかし、迎撃の為に陣から出てきたカイエン軍を見た敵軍は足を止める。

 数が増えている。

 一昨日、昨日と五百程度から数は増えていなかったのに、むしろ死傷者で減っていた筈なのに、今朝のカイエン軍は百は確実に増えているのだ。

 もちろん、攻撃の兵数に比べればずっと少ないが、しかし、昨日より兵の数が百も増えたという事は、つまり、ハーズルージュには後詰めの兵が居るという事。

 それは敵軍の作戦を狂わせるに充分であった。

 だが、敵軍も突撃を開始した手前、今さら引き返せない。

 たかだかあの程度の兵士が何するものぞと突撃を敢行する。

 しかし、五百程度の兵数の時でさえ、カイエンの指揮の下に撤退させられていたのだ。
 今度はそれより増えて六百近い数な上、この自警団百人はカイエンの為に強い団結を見せた。

 確かに戦争の訓練は積んでないが、カイエンが出す指示一つ一つを迷うこと無く実行し、決して竦まず、決して怯まず、カイエンを信じて命を預けて戦うのであるからして、自警団はまさに精強な兵であった。

 カイエンもこれほど扱いやすい兵はそうそう居ないと驚く程の活躍である。

 前へと言えば即座に前方へ。
 後へと言えば即座に後方へ。
 突撃と言えば迷うこと無く走り出す。

 カイエンは意のままに動く手足を得た人の頭のようなものだ。

 こうして、この日の戦いもカイエン軍の勝利に終わる。

 素晴らしい戦闘だった。
 そもそも、カイエンは敵に合わせた細やかな指示を用いて虚をつく戦法を得意とするため、カイエンを信頼し一挙手一投足を指示通りに動いてくれる自警団との相性は非常に良いとも言える。

 しかし、それでも楽な戦いでは無かった。
 今回も犠牲者は出ているのだ。

 四倍の兵力差にしてはもちろん完勝と言えるかも知れない。
 しかしそれは一時的な話だ。

 これからも敵の攻撃を食らい続けては堪らない。
 そもそも、戦争において数が多い方が勝つのは必定。
 
 敵と自分に何倍もの戦力差があるのに数度も守り切っただけでも御の字だと言えた。

 奇跡は何度も起こらないと思われたがしかし、先の戦いで、敵はハーズルージュの総兵力が読み取れなかったようで、その日から戦法を変えてくる事になったのである。

 それは主に夜中や明け方に、突如、敵軍が進軍して来るというものであった。
 そして、カイエン達が即座に出陣するも、敵兵はすぐに森へと引っ込むという塩梅である。

 ただそれだけだ。
 ただそれだけの行為に、カイエン軍は疲弊した。
 
 カイエン軍は戦争慣れしてないので、この緊張感に精神的に参ってしまったのである。
 
 ついには、もう帰りたい、いつまでこんな所に居るんだと不平不満を口にする者まで出てくる始末だ。
 城に籠もっても良いじゃ無いか。なぜわざわざ城壁の外で野営なんかするんだ。
 一方、開拓村の自警団はそんな彼らにカイエンだって大変なんだと言うが、ハーズルージュの兵は「余所者の癖に何を知った風な口を」と言うのである。
 
 ピリついた空気だ。

 そんなカイエン軍の疲弊とは無関係に、さらに日中にも敵軍の攻撃は行われた。
 恐らく、敵軍は夜間に姿を見せる部隊と日中で本当に攻めてくる部隊の二つへ分けたようである。
 
 これにカイエン軍はますます疲労していったのだ。

 敵軍の方が数が多いから出来る戦法であるが、こう士気を削がれては、カイエン軍は堪ったものでは無かった。

 高い士気のお陰で戦力差を覆していたカイエン軍がやる気を失っては敗北に向かって進むものである。

 それでも、カイエンは必死に兵を鼓舞しながら戦い続けた。

 ――そうして一週間経過する。

 複数部隊による大きな戦争ならば普通な日数であるが、一部隊同士の地域戦争にしては長い対峙だ。

 その日も敵軍はカイエン軍を攻めたてて来て、カイエン達はようやくの思いで退けたのである。

 陣へ戻る兵達の足取りは重い。
 ハーズルージュは目と鼻の先にあり、暖かい家とベッドが眼前にあるのに、なぜ自分達はこんな所で戦っているのか。
 そんな苦痛の表情である。

 戦死者も日増しに増えている。
 疲労も見えていた。

 ハーズルージュ内へ戻って籠城した方が良いだろうかと、カイエンは悩んでいた。
 兵法において攻城三倍と言うのであるから、籠城側は三倍有利だと言える。
 しかし、それはあくまで理論上だ。
 今のカイエン軍には城壁をカバー仕切る兵数が居らぬ。
 四方八方から敵軍に取り付かれたら、きっと容易に敵軍の侵攻を許してしまうだろう。
 やはり城壁と森の間で敵を抑えるしか打つ手は無い。

 だが、撤退せねば、もう兵士にやる気は見えないのだから負けてしまう。
 カイエンは彼らがもはや、とっくの昔に戦える状態では無かったと感じた。

 しかし、そうすると、一つの疑問が浮かぶ。

 なぜ、僕達はまだ生きている?

 このような状態で、敵軍の攻撃をしのぐ事など、本来は出来ないはずなのだ。
 しかし、実際にはしのいでいる。

 近くを歩く兵へ「今日の敵兵はどうだった?」と聞くと、疲れ切った顔で「強かったですよ……」と答えた。

 もはや精も根も尽き果てている。
 数日前からこんな顔であった。

 訓練もまともに出来てなかった兵が士気を失い、兵数差も劣っているのに、なぜ、まだ生きている?

 それは、敵兵が士気を削る為にチマチマとした攻撃をしたため――

「違う!」

 カイエンが叫ぶので、兵達は驚いてカイエンを見る。

 カイエンはそんな兵達へ向かい「敵兵の死体を三つ程、陣へ運べ」と命じたのだ。

 兵達は一体全体なんなのか分からず、なんで死体なんか運ばなくちゃいけないんだと不満をこぼしながら、死体を陣へ運びこむ。

 陣の広場に死体を並べさせると、カイエンはおもむろにその死体の腹を掻っ捌くのである。

 兵達はそのような奇行に驚き戸惑ってざわついたのであるが、カイエンはそんなざわつきを無視して、内臓を一つ取り出す。

 それは胃だ。

 それをダガーでザクッと斬り、中身を覗くと、ポイッと捨てて次の死体へ。

 次の死体も同様に掻っ捌き、胃の中身を覗き、さらに次の死体も見る。

 そして、その死体の胃を見たカイエンは、突如、高笑いを上げた。

 兵士たちはポカンとした顔でその様子を見ている。
 よもや、カイエンは本当に気が狂ってしまったのではないかと思うのだ。

 カイエンは皆のその奇異なモノを見る目に気づき「いや、失礼した」と言いながらもなお、笑みを浮かべたのである。

「皆さん。我々の勝利です」

 笑いながらそう兵士に伝えるのであった。
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