没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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2章・父の戦い

忠犬

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 我々の勝ち。

 その言葉に兵士たちはどよめいた。

 おいおい領主様。
 それは気休めってものでしょう?
 相手は何人でも居るんだ。
 まだまだ戦いは終わらないし、終わる時は俺たちが負ける時だろう?

 そんな事を思っているのだ。

 そんな彼らへカイエンは「見ろ」と、地面に落ちている切り裂かれた胃を指さす。

「空っぽだ。何も食べていない。
 敵兵はここしばらく食事を摂っていない。
 なぜかは分からんが、糧食が届いて居ないのだ。
 恐らく、森の魔物に輜重隊がやられたか?
 とにかく、こいつらはずっと空きっ腹で戦ってた……」

 カイエンは思う。
 最初のうちこそ敵兵は様子見のチマチマとした攻撃をしていたが、しかし、数日前から既に『本気の攻勢に出ていた』のだ。

 食べるモノも食べずに力など出ないし、やる気も出ろう筈も無し。
 恐らく敵兵の士気はカイエン軍を遙かに下回っているに違いあるまい。

 所詮カイエン軍の士気低下など、本当に勝てるのか? とか、暖かいベッドで寝たいとかの精神的なものに過ぎず、一方の敵兵は食事が摂れないという生命としての危機に瀕したものなのであるうえ、夜間に魔物から襲われる危険も相乗しているに違いない。

「このまましのげ。それで勝ちだぞ」

 カイエンがそう言えば、兵達も何だか勝てるような気がする。
 しかも、敵兵へ打って出る必要は無く、ただ耐えているだけで勝てるというのだから楽なものだ。

 こうしてやる気と士気を取り戻したカイエン軍に、その翌日の朝、日の出と共に再び敵軍の攻勢が来た。

 見張りが敵襲と叫べば、カイエン軍は即座に陣形を作る。

「来いやぁ!」と兵達が叫び、敵軍へ矢を射かけた。

 敵兵は矢をものともせずに突っ込んでくる。

 その数、千を越えるかどうか。
 こうして見ると、まったく敵軍の数も少なくなったものである。

 その少なくなった兵がギラギラと目を輝かせ、雄叫びを上げ、命を賭した突進をしてくくる。

 カイエンは、これが敵軍の最後の攻勢に違いないと思った。
 そして、敵の指揮官よ、命を賭した攻勢に出るのが遅かったな。判断ミスだ。と思いながら剣を振る。

「ここがおとこ漢の見せ所だ! 意地を張れぃ!」と鼓舞すれば、兵達も「応!」と叫び、突っ込んでくる敵軍と衝突した。

 カイエンも兵達と共に剣を振り、敵兵を斬る。

 やはり空きっ腹の為に手応えが無い。
 周囲を見れば、兵が敵を蹴ると、敵兵が力なく容易に倒れ、そこへ複数の兵が剣を突き刺したりしている。
 空腹によって膂力りょりょくが出ぬ事が如実に出ているのだ。

「ようし! 撤退撤退!」

 いつも通り、退いて押して、退いて押してのカイエンの戦法である。
 決死の攻勢に出た敵兵はただひたすら押すばかりだが、退いて陣を立て直すカイエン軍に遮二無二突撃では結果は分かったものだ。

 そして、カイエン達が守りながら戦っていると、最初のうちこそ決死の突撃をかけた敵兵も疲れが見えて来る。
 つまりは「もう戦いたくない」という顔だ。

 この瞬間をカイエンは待っていた。

 剣を高らかに掲げ「聞け!」と声を張り上げる。

「今すぐ武器を捨てて投降せよ! この町には食料がたんまりあるぞ! 抵抗しないなら悪いようにはしない!」

 この言葉を聞いた敵兵はとうとう心が折れたと見え、武器を続々と捨て始める。

 すると、森の中より太鼓の音が聞こえてきた。
 どうやら、森に待機している指揮官が状況を芳しくなく思い、撤退を指示したようである。
 だが、もはや敵兵士に撤退する気力もなく、酷い者に至ってはその場に座り込む者まで出る始末だ。

 またしてもカイエン軍の勝ちであり、兵達は勝利に湧く。

「よし。撤退だ。ハーズルージュへ戻るぞ」

 カイエンは兵達に突如、そのように命令した。

 まだ戦いは終わっていない筈なのにと兵達は驚く。

 しかし、カイエンはもう戦いが終わったと確信した。

 敵軍に糧食が届いていないということは、敵の増援も来ないと言うこと。
 その状態で兵の多くが投降したのであるか、森に残った敵軍に残された道は二つに一つ、同じく投降するか、国にまで撤退するかだけなのである。

 一応、まだ元気な兵――開拓村の自警団だった男に斥候を命じた上で、カイエン達は戻る。

 なんにせよ、ハーズルージュへ帰れるなら、兵にとってそれほど喜ばしい事は無かった。

 投降した兵達を連れてハーズルージュの城門をくぐると、町の人々がワッと歓声あげて出迎える。
 こういう歓迎を受けるのもまた、兵達にとって嬉しい事であった。

 歓声に迎えられて笑顔の兵達を連れ、カイエンは兵舎へ戻る。
 
 兵舎につくとすぐに戦後処理だ。
 投降した兵を兵舎の地下にある鍵のかかる部屋へ送り、食事を彼らに運ぶよう兵へ指示した。

 その次には兵達へ報酬を渡す。

 賞罰というものは生ものだというのがカイエンの信条で、機会を逃せばその意味を失うのだと思う。
 僕は君達の働きをしっかりと見ていると伝える為にも、賞罰はすぐに行うべきなのだと思っていたのだ。

「ご苦労であった。本日仕事のある者は申し訳ないが休みに出来ぬが、しかし、仕事の無いものは休むが良い」

 そう伝えて、疲れた兵達を家へ帰した。

 全員を帰したい所であるが、森の番や地下の投降兵への見張り、兵舎や武器庫の警戒等々、全員を休ませる事は不可能なのである。

 それに、カイエンの仕事もまだ終わらない。
 カイエンは兵舎の奥に引きこもって戦死者の確認を始めた。

 賞与を兵へ渡す際、予め名前を確認しておいたので、居なかった者を戦死者として扱うのだ。
 そして、その戦死者の葬儀と遺族への補償を行う必要があったのである。

 もしも死んだのが傭兵ならば、このような事をする必要も無かったのであるが、残念ながらカイエン軍は全兵が正規兵なので、死に対する保障をせねばならなかった。
 正確に言えば、カイエン軍の内、開拓村の自警団はハーズルージュの民では無いので傭兵団扱いであったが、カイエンは彼らを傭兵扱いには出来なかったのである。

 それに、カイエンとて疲れていない訳では無いが、カイエンの為に死んだ兵を放っておくことなど出来るはずもなく、休んでられないのだ。

 すると、扉がノックされる。

「どうぞ」というと、サマルダが入ってきた。
 その手には手紙が握られている。

「義兄様。どうしました?」

 サマルダは先に休憩へ入って、屋敷に向かった筈だったのだ。

 なぜわざわざ戻ってきたのかというと、サマルダが屋敷へ着いたとき、ちょうど郵便屋がやって来たのである。
 その郵便屋は、配達が遅れたけど城門を閉めてたこの町が悪いんだから文句を言うなよ。とサマルダへその手紙を渡したらしい。

 どうやらその郵便屋は、ハーズルージュについたは良いが戦争の為に城門が閉じられていて、郵便物を届けられなかったようだ。

「俺は字が読めませんからね。何も読んでませんよ。さ、カイエン様」
「いえいえ。わざわざありがとうございます。義兄様」

 サマルダから手紙を受け取り、その手紙の差出人を見たカイエンは「おや?」と眉をひそめる。
 
 手紙の差出人はサルハなのだ。

 なぜサルハから?
 手紙に書かれた差し出し場所はハーズルージュから二日、三日の距離にある隣町だし、一体なぜそんな所からわざわざ手紙を寄越すのか、どうにも奇妙だとカイエンは思う。

 封を切って中身を読む。

「……え?」

 カイエンが驚きの声を出すので、サマルダは「どうしました?」と聞き、カイエンは青い顔で手紙に書かれている事をサマルダに説明する。

 手紙には、なんと、サニヤがハーズルージュへ向かって森の中へ入っていってしまったという事。
 不甲斐なく見失ってしまった事。
 ハーズルージュへ戻るのは危険なので、リーリルを連れてルーガの元へ向かう事を優先するという旨。

 それと謝罪の言葉が書かれていたのである。

 カイエンからそう説明を受けたサマルダも同じく青い顔になり、「その手紙は何日前からですか?」と聞いた。

 封に書かれている日付を見れば、およそ一週間前。

「……」

 カイエンもサマルダも黙りこくってしまった。
 
 サニヤは……恐らくもう手遅れだろう。
 だが、それを口に出したくなかった。

 まだ確認しても居ないのに口を出しては、それが本当になってしまいそうな気がしてしまうのである。

「城門は閉めてました……。もし、幸運にもサニヤがハーズルージュへ戻って来れてたとしても、入ることは出来ない……」

 カイエンは唇を震わせてそう言う。

 そんなカイエンの肩をサマルダは掴み、その顔を覗き込むと「まだ諦めちゃダメだ」と言うのである。

 しかし、手紙には森へ入ったと書いてあるし、町の近くに必ずしも居るとは限らない。
 見付かるとは思えないのだ。

「アイツならきっと見つけてくれるはずだ。アイツを頼りましょう」

 サマルダは何か、サニヤを見付けるのに伝手があるようである。

 アイツとは何者かカイエンにはとんと分からなかったが、しかし、サマルダに連れられて、自警団が泊まっている安宿へと案内された。

 染みと穴だらけの廊下の宿では、自警団の人達がカイエンに気付いて奥の寝室からワラワラと出てくる。

 基本的に高級な宿でも無い限り、宿というものは共有空間なので個室の概念は無い。
 広いホールをせいぜい薄布で仕切っている程度である。
 この安宿も、廊下の奥は薄布で区画を仕切られた広いホールがあるに過ぎないのだろう。

「カイエン様は忙しいんだ。挨拶はまた後だ。また後!」

 サマルダはそう言って皆を散らせると、口笛を吹いた。
 すると、奥より白い何かがやって来る。
 人の腰ほどもあるそれは、四足歩行をして、口からハッハと舌を垂らしていた。
 犬だ。
 白い犬だ。

「ライ!」

 つまりはライであった。

 ライは尻尾を振りながらカイエンを見上げている。

 なぜライがここに居るのかと疑問に思うが、サマルダ曰く、ライは猛獣や魔物、待ち伏せする野盗をいち早く見付けてくれる為、連れてきたのだと言った。

 そして、「サニヤ様と仲が良かったですからね。ライなら見付けてくれるかも……」と言う事だ。

 確かにその通り、犬の鼻の良さなら、サニヤを見付けられるかも知れぬ。
 カイエンは早速、屋敷からサニヤのシャツを持ってくるとライに嗅がせながらハーズルージュを出てみる。

 ハーズルージュ近郊の畑にはサニヤの臭いは無いようで、ライはまるで興味を示さない。
 もちろん、ハーズルージュの近くに居るなんてそんな虫のいい話があるなどと思っていなかったので、そのまま歩いてハーズルージュを離れて行く。

「どうします?」とサマルダが聞くので「どこにサニヤの臭いがあるか分かりませんので、大きく回りましょう」とカイエンは答えた。

 とにかくサニヤがどこに居るのか分からないので、二人はハーズルージュをグルリと回りながら離れていってみることにする。

 さて、サニヤは森の中で道に迷ったか、はたまた人攫いにあったか……。
 森に迷えば魔物や猛獣の餌食は必至。

 死んでたとしても、せめてサニヤの事を見つけたいとカイエンは思ったが、すぐに「いいや。サニヤはきっと生きている」と自分の頬を叩いた。

 すると、森の方から数名の兵が出てくる。
 斥候を命じていた自警団の男達だ。

 彼らはカイエン達に気付くと近づいてきて「敵軍は完全に撤退したみたいです」と伝えた。

 カイエンが彼らの労をねぎらってゆっくり休むように伝えた時、ライが吠えて一人の兵の腰へ前足を掛けだしたのである。

 兵はライが突然、腰に足を掛けてカリカリと足を動かすので、訳が分からず戸惑っているようだ。

 カイエンとサルマダはライのその動きがきっとサニヤに関する何かに違いないと気付き、「腰に何かあるのか?」と聞いた。

 すると、兵はうなずき、腰袋から干し肉とフラットブレッドと言われるパンを取り出す。

 兵が言うには、敵兵が撤退したかどうかを斥候していた折、どこかに敵兵は隠れていないか森の深くまで探索へ向かったのだという。
 すると、食べ物を乗せた輜重車が放置してあったのだ。

 輜重車とは、要は軍の食事などを運ぶ荷車の事であるが、その輜重車は壊れていたのである。
 その壊れた輜重車に乗せられた食べ物は幾つか腐っていたが、日持ちするもので食べられそうなものを選んで拾ってきたらしい。

「ライ。これが食べたいのか?」と、兵がライの口元へ食べ物を持っていくも、ライは鼻をスンスン鳴らすばかりで食べようとはしなかった。

 それを見たカイエンは「まさか」と思い、「そこへ案内してくれませんか?」と兵に聞いた。

 もちろんその程度の事なら、この自警団の兵達が断る訳もなく「構いません。こちらです」と案内を始める。

 彼らの後ろをついて歩きながら、カイエンがサマルダを見ると、彼は力強い眼で頷いた。

 恐らくであるが、サニヤの行方の手掛かりはその輜重車にあるに違いないと思うのだ。
 だから、ライが反応したに違いない……と、そう考えたのである。

「こちらです」

 森からやや奥まった所に、確かに車軸の折れた輜重車と散らばった糧食が落ちていた。

 ライがその輜重車へ近づいて臭いを嗅いだ後、カイエンへ一鳴きして森の中を走り出す。

 カイエン達が急いでライの後を追うと、ライはワンと大きく吠えて茂みの中へ飛び込んだ。

 直後、茂みの中から笑い声が聞こえて「ちょっと! くすぐったいよ!」とカイエンが聞きなれた女の子の声がする。

 まさか! まさか!

 カイエンが心躍らせて茂みを覗くと、泥だらけの顔で干し肉とフラットブレッドを手に持ち、ライにのし掛かられてキャッキャと笑う女の子……サニヤが居た。
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